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状況が行動に影響する力はどれくらいあるのか

私たちが自分自身や他の人を見たときに,「昔から変わらない」と感じるのは,自分自身やその人の「内部にある特徴」が継続しているからなのでしょうか,それとも「環境が継続しているから」なのでしょうか。

◎1年後も同じような行動をするのは「環境が同じようなまま」だから
◎1年後も同じような行動をするのは「その人の内部が同じようなまま」だから

「環境が同じようだから」という中身も,いくつかのことが考えられます。

◎行動を生み出す背景の環境が同じようなものだからその行動が生じる
◎環境に大きな変化が生じないから行動パターンが大きく変化しない
◎環境に大きな変化が生じないから,行動パターンに影響する個人内の特徴(パーソナリティなど)が大きく変化しない

うーん,なかなか複雑です。

パーソナリティ係数

心理学者ウォルター・ミシェルは本の中で「パーソナリティ係数」という言葉を使っています。

実際のところ,質問紙から推測されるほとんどすべてのパーソナリティ次元を,異なる手段で——つまり,他の質問紙ではなく——抽出された反応を含むほとんどすべての考え得る外的基準に関連づける研究では,.20から.30の間の相関が繰り返し見いだされているが,これを記述するために,「パーソナリティ係数」という語が作られるかもしれない。一般に,そのような相関はあまりにも低すぎて,大まかな選抜のふるい分け以外のほとんどの個人測査の目的に対しては価値がない。
(ウォルター・ミシェル 詫摩武俊(監訳) (1992). パーソナリティの理論:状況主義的アプローチ 誠信書房 p.82)

他の研究でも,個人特性を表す得点と,時県内の行動の測定値との相関係数を計算すると,その値が0.4を越えることはほとんどないという報告もあります。この「パーソナリティ係数」がとても小さな値であり,行動を説明するにはあまりに影響力が小さいのではないか,というのがひとつの大きな問題になってきました。

では,状況や環境の影響を測定することができたときには,行動への影響力はどれくらいあると言えるのでしょうか。

状況の影響力

では実際に,状況の影響力の大きさを計算した研究では,どのくらいの数値が得られているのでしょうか。少し昔の論文ですが,心理学の歴史のなかでも重要な研究だと思います。こちらの論文を見てみましょう(Behavior as a function of the situation)。

この研究では,実際に過去に行われた有名な社会心理学の実験から,効果量を算出することで「効果の大きさ」を評価しようとするものです。

ケース1

実験室に来た参加者は,とても退屈な作業をするように言われます。この作業に対して報酬が支払われます。「20ドル」「1ドル」「なし」のいずれかです。この実験はずいぶん前(1950年代)に行われたものですので,今のお金に直すと20ドルはなかなか価値がある金額なのではないでしょうか。

そして,次に実験室に来た参加者(実際は実験協力者)に対して,この作業がどれくらい面白かったかを説明するように言われます。

どうでしょう。どの報酬の場合に,本当に「面白かった」と報告するでしょうか。実は,報酬が少ないほど「面白い」と報告する傾向があるのです。報酬が支払われて外発的な動機づけが高まるほど,その作業を「おもしろくない」と感じると考えられるのです。

では,この実験で「報酬の効果」はどれくらいあるのでしょうか。「20ドル」と「1ドル」の間の効果と,「20ドル」と「報酬なし」の間の効果を計算すると……

◎0.36と0.35

という値でした。この値は相関係数と同じような効果量なので,相関係数でもこれくらいだと考えられます。ということは,報酬の金額という状況要因の効果の大きさも,「パーソナリティ係数」と同じくらいだということになります。

ケース2

次の実験です。

あなたは,ある実験に参加するために待機室で待っています。ここで,入り口のインターフォンが鳴ります。すると,向こうから助けを求める声が聞こえてきます。あなたは扉を開けて,助けに行くでしょうか。

実際にこのような実験をした研究者がいます。条件は,部屋の中にいる人数で,2人の場合,3人の場合,6人の場合です。グループの人数が増えるほど,助ける行動は減少していく傾向があります。では,どれくらい減少していくのでしょうか。周囲にいる人数が増えていくほど,-0.38という相関係数の割合で行動が低下していくという結果になっていました。

これも,「パーソナリティ係数」と同じくらいです。

ケース3

次の実験は,有名なミルグラムの服従実験です。

実験の参加者がより命令に服従する条件には,2つの要因があります。

第1に参加者と被害者との物理的な近接性です。相手が隔離されているほど,より危害を加える指示に従う可能性が高くなります。ミルグラムの実験は数多く大古なわれていて,被害者が隣の部屋にいる,声が聞こえる,同じ部屋にいる,接触できる,という条件がありました。これらの実験結果から,実験の参加者と被害者との距離と,服従の程度との関連を計算することができたそうです。その相関係数は0.42でした。

もう一つの条件は,命令を出す人と実験参加者との近接性です。指令を出す実験者が部屋からいなくなると,服従の程度は一気に低下するそうです。では,この条件の影響力はどれくらいだったのでしょうか,相関係数を計算すると,0.36となりました。

これらを見ても,状況の影響力は「パーソナリティ係数」と大きくは変わらないことがわかります。

有名な実験から

社会心理学でよく知られた実験結果から,状況の要因の「効果」を計算すると,0平均して.40を少し下回るくらいになるという計算結果になっていました。さらに,社会心理学の実験条件は互いにかなり異なるように設定されていますので,現実社会のなかで生じるような状況よりも極端な状況が検討されているとも言えます。にもかかわらずこれくらいの効果量だった,ということも論文の中では強調されていました。

論文の著者たちが言いたいこととしては,行動に影響するのは状況の要因「だけ」ではない,ということのようです。

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