IMG_6245のコピー

日本人の自尊感情は低下していることを示した論文のウラ話


日本人全体が,だんだんと自信を失っているのではないか,と感じている人がいるようです。学校の先生の中にも,「最近の生徒たちは自信がないのでは」と考える人がいるようです。

自信を失っているのであれば,なんとか対処しなければいけない,と考えがちですが,「そもそも本当にそうなっているの?」というところから疑問を抱く人もいます。

目次

・信じるためには
・メタ分析
・過去の記録を研究に
・記録にこだわる理由
・メタ分析も過去の記録
・時間横断的メタ分析
・歴史を扱う
・何なら可能か?
・たまたま
・結果を見て

信じるためには

いくら個人的な実感があっても,心理学者というのはなかなかそれが本当に起きているかどうかを信用しないように思います。「それは,その人がそう思ってるだけでしょう」という感じです。「そうはいっても,何か確固たる証拠はあるのですか?」という反応でしょうか。

国の機関が行うような調査の結果を見ても,あまりその意見は変わらないのです。「いやいや,でもそれって,ひとつの項目への回答の比率を見ただけでしょう」という感じです。「心理学の研究で使われる自尊感情尺度の得点が,年々下がって行くというなら信用するけれど」という意見が,心理学を学んだ人には多いのではないかな,と思うのです。

メタ分析

というわけで、調べてみたのがこの論文『自尊感情平均値に及ぼす年齢と調査年の影響—Rosenbergの自尊感情尺度日本語版のメタ分析—』でした。日本人を対象に行われた調査結果が報告されている論文から,自尊感情尺度の平均値を抜き出して調査年の影響を検討したものです。

個人的には,気に入っている論文のひとつです。とある先生に褒めていただいたこともありますが,反応は今ひとつでしょうか。

論文の内容はまた別の機会に書くとして,今回はこの研究の裏話を書いてみようかなと思います。

過去の記録を研究に

随分前から,「どうやったら過去に残された記録を心理学の研究に活かすことができるのだろう」と考えていました。世の中には記録は残っていて,工夫すれば研究になるのに何もされずに放っておかれているデータというものがたくさんあると思います。もったいない話です。

前任校でも,そういうデータのひとつを使わせてもらって分析し,論文を書いたりもしました。たとえばこんな論文です。ただ,今ならきっと,もう少しうまく分析できると思のですが...。

記録にこだわる理由

どうしてこういうことにこだわるようになったかというと,ひとつは調査をすることに対するハードルが上がってきたと感じてきたからです。

それまで気軽に調査をしていたところから,調査に際して学内の倫理審査を通すようになってきました(倫理審査を行うのは良いことなのですが)。また,無駄にたくさん調査をすることに対する,回答者への申し訳ないという感覚も以前より増してきたということがあります。

新たに調査をしなくても,工夫次第で過去の記録を使って素晴らしい研究ができるなら,それはひとつの方向性だろうと思ったわけです。アイデアを考えるのも面白いですし,面白い論文になるかどうかも発想次第です。

メタ分析も過去の記録

英語の接頭辞meta-は,「後〜」「共〜」「超〜」といった意味をもちます。メタ分析は,公表された論文や学会で発表された統計的な値を統合して,総合的な知見を見出そうとする試みのことです(公表されたものばかりではなく,未公表のデータを提供してもらうこともあります)。

論文に公表された統計的な結果も,ある意味で過去の記録です。研究という活動が知識の追加であるならば,論文に書かれた研究知見というのは我々皆にとって貴重な資産だといえます。

時間横断的メタ分析

サンディエゴ州立大学のジーン・トゥエンジは,時間横断的メタ分析という手法で,心理特性の時代変化を検討しています。

どういう手法かというと,論文の中に出ている統計値を集めて,調査年ごとに集計していくというものです。すると,その心理特性の時代変化を描くことができます。

研究知見についてはその是非が批判されていたりもするのですが,分析の仕方がとても面白く,いつかやってみたいと思っていたのも事実です。

トゥエンジの研究については,この本も面白いと思います。

歴史を扱う

心理学には過去の文献を丹念に調べる研究もあり,心理学史の研究もとても重要で興味深いものです。

でも考えてみると,心理学って,心理特性自体の時代変化や歴史を扱うのがとても苦手です。なぜなら,過去にさかのぼって調査をすることができないからです。どうしても,過去にたまたま残された記録にたよらざるを得ません。しかも,その記録の信憑性はさまざまです。

それに対し,論文に残っている「数値」は,もちろん誤りや信憑性の問題は残されているにせよ,曲がりなりにも論文に掲載されているのですから,一定の信憑性はあるはずです。

ですから,論文に残されている数値を拾っていって時代に沿って並べることができれば,まさにその心理的な特徴の時代変化が描けるだろうと思うわけです。

心理学が苦手な時代変化を検討できる時間横断的メタ分析に,そのあたりを解決するひとつの可能性を見出したという訳なのです。

何なら可能か?

心理学のひとつの特徴は,ツールを開発したら,それを一定期間使いつづける傾向があるというところにもあります。心理学では尺度開発という道具づくり(つまり,何かを測定するための複数の質問項目と選択肢のセットを開発すること)が今でも多数行われています。そして,そのうちの一部(ほんの一部です)の尺度は,長年にわたって使われるようになります。

そのような,長年にわたって使われてきた心理尺度であれば,その結果を報告した論文を集めることで時代変化を記述できるというわけなのです。

日本の研究で何ならできるか……おそらくいちばん使われている尺度に目をつけました。それが,Rosenbergの自尊感情尺度というわけだったのです。

たまたま

ここから先は

676字

【最初の月は無料です】心理学を中心とする有料noteを全て読むことができます。過去の有料記事も順次読めるようにしていく予定です。

日々是好日・心理学ノート

¥450 / 月 初月無料

【最初の月は無料です】毎日更新予定の有料記事を全て読むことができます。このマガジン購入者を対象に順次,過去の有料記事を読むことができるよう…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?