論文の中のポジティブな言葉
研究者を取り巻く状況は,年々厳しさを増しています。職を得たりよりよい職場への移動,上位の職へのプロモーション,研究費の獲得,他の研究者との比較,そして心理的なプレッシャー……どのような場面でも,他の研究者との競争にさらされていてその状況が以前に比べて厳しくなってきています。
論文数でいうと,1996年から2011年までの間に,1500万人を超える研究者が2500万本もの論文を公表したそうです。おそらくその後の10年間は,もっと多くの研究者がもっと多くの論文を執筆しているはずです。
インパクト
競争が激しくなると,論文にどのような変化が生じるのでしょうか。
論文の中に用いられる「単語」に注目した分析を行った研究があります。論文の中ではどんな言葉が使われるようになっているのでしょうか。この論文を見てみましょう(Use of positive and negative words in scientific PubMed abstracts between 1974 and 2014: retrospective analysis)。
論文データベースの中で,論文タイトルと要約(アブストラクト)の文章を分析の対象にしています。あらかじめ,25語ずつのポジティブ語,ネガティブ語,ニュートラルな語について,発表年度ごとに出現頻度を計算しました。論文は1974年1月1日から2014年12月31日までが対象です。
また,それらの単語を一般的な表現の変化と比較するために,GoogleのNgram Viewerというシステムを用いて,論文で見つかった単語の頻度と比較しています。
結果は?
さて,どんな結果になったのでしょうか。
1974年から1980年のあいだに,タイトルや要約の中で1つ以上の「ポジティブな言葉」がつかわれていたのは,全体で平均2.0%だったそうです。それが,2014年にはなんと「17.5%」になっていて,相対的に「880%増加」しているという結果になっています。ものすごい増加率です。
ちなみに,この間に出版された書籍では,1975年から2009年にかけて同じポジティブな言葉は増加していたのですが,46%にすぎませんでした。
ということは,論文の人目に触れやすい部分(タイトルや要約)には,ポジティブな言葉がとても増えてきたということになります。
要約の中の単語
要約の中でよく用いられるようになったポジティブな単語は,次のようなものだったそうです。
◎robust(頑健な)
◎novel(いままでにない)
◎innovative(革新的な)
◎unprecedented(前例のない)
これらは,2500%から15000%という,とてつもない比率で使用頻度が増加した単語だったそうです。
さらにより近年の論文では,次のような単語もよく見られるようになってきているということでした。
◎breakthrough(飛躍的進歩,躍進)
◎cure(「解決策」「決め手」という意味もある)
◎marvel(驚くべきこと)
◎miracle(奇跡的)
◎revolutionary(革命的な,画期的な)
◎transformative(斬新な)
いや,それにしても気軽にこういった単語を使うようになったものなのですね……。ちなみに,この増加率で計算をしていくと,2123年には,すべての論文に「novel」という単語が載ることになる,というくらいの増加率なのだそうです。
また,インパクトファクターの高いジャーナルとそうではないジャーナルとを比較してみると,インパクトファクターの高いジャーナルでは,ポジティブな単語の使用率の増加は,比較的高くはなかったそうです。こういったジャーナルでは,一応,抑制的な表現が用いられがちということでしょうか,あるいは,研究分野によるのかもしれません。
生命科学クライシス
ちなみにこの論文は,この本『生命科学クライシス―新薬開発の危ない現場』でも取り上げられていました。「成功するためには,華々しい論文を雑誌でたくさん発表して評判を築くことが一般に求められる」のだそうです。心理学でも同じような傾向はあるのでしょうか……?
成功するためには,華々しい論文を雑誌でたくさん発表して評判を築くことが一般に求められる。影響力の大きい雑誌に論文が掲載されるためには,ストーリーが意外で(ひょっとすると単にそれが正しくないからかもしれないが),刺激的で(だからといってその研究が重要とは限らないが)なくてはならない。精神科医のクリスティアン・ヴィンカースとオランダのユトレヒト大学医療センターに所属する彼の同僚たちは,医学雑誌で誇大な言い回しが急増していると報告してきた。彼らは,論文の冒頭で「肯定的な言葉」が使われることが劇的に増加していることを見出した。「特に『robust(根拠がしっかりした)』『novel(新奇な)』『innovative(革新的な)』『unprecedented(先例のない)』といった言葉は,1974年から2014年にかけて相対頻度が最大で1万5000パーセントにまで増加した」という。(p.222)
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