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高いレベルを当然と考える錯覚

学力低下は錯覚である』という10年前に出版されたとても面白い本があります。

「学生の学力が低下している!」という話は大学について語るときにつきものです。
それに対して,「いや,低下していない!むしろ今の学生の方が真面目に授業に出てきて優秀だ」という話もあります。

実は少子化と進学率上昇によって,全体の学力が低下していなくても,あるところで定点観測していると学力が低下するように見えてしまう,というカラクリがあるのだということをわかりやすく示してくれるのが,この本です。

目次

・100人の高校生と50人の高校生
・誰でも入れる
・「誰でも入れる」を真に受ける
・就活も同じような枠組み
・スキルという罠

100人の高校生と50人の高校生

たとえば,ここに100人の高校生がいるとします。
そのうち,成績の上位10人だけを合格にする大学があるとしましょう。
そしてA氏はこの10人だけを教えるこの大学の教授であり,100人全体の学力の様子はわからない状況にあります(これは多くの大学教員と同じ状況です)。

この世界のパラレルワールド(平行世界)があると想像してください。
同じ100人を成績上位者から順に並べて1番から100番まで番号をつけます。
そして奇数番号だけ50人を抜き出し,偶数番号の生徒には消えてもらいます。
残った50人の成績から,上位10人が大学に合格して進学します。
A氏が教える学生は,入学してきた10名だけであり,全体の様子はわかりません。

このようなとき,A氏が通常世界とパラレルワールドの2つの世界を経験したとすると,教えながら何を感じるかというと,
なんだか今回の入学生は出来がよくない」という感覚を抱くのです。
そして,それは正しいのです。
入学してきた学生の学力は,100名から上位10名のときと50名から上位10名のときでは,後者の方が実際に低い学力の学生が入学してくるのですから。

大学に入学した学生は,
・最初の100人から:成績1,2,3,4,5,6,7,8,9,10位の生徒
・成績番号奇数の50人から:もとの成績1,3,5,7,9,11,13,15,17,19位の生徒
となりますので,大学のなかだけで観察すると,「入学者の成績が悪い」と見えます。確かに成績は下がっていますので,事実としてそうなのです。

では,「入学してきた学生の成績が悪くなっているのだから,以前よりも全体の平均値が下がっているはずだ」と考えることは正しいのでしょうか。この推測は,学校や企業の中にいる人がよくやる推論です。

100人を成績順に並べて奇数番目の50人を抜き出していますので,全体の平均値はほぼ同じになるはずです(極端に成績が良かったり悪かったりする生徒がいなければ)。

問題は,入学した学生だけの様子を見て「若者全体の出来がよくないのでは」と推測してしまうことにあります。全体の成績平均値は100人のときも50人のときも同じなのですから,その推測は誤りになります。

誰でも入れる

○○大学なんて誰でも入れる

この「○○」にいろいろな言葉が入った言い方は,ネット掲示板の書き込みでよく見かけたものです。

ネットの書き込みではよく,この「○○」に受験が成立している(受験生の中から選抜する行為が成り立っている)大学の名前が入っていたりします。

たとえば早稲田大学を入れたとしましょう。早稲田大学には毎年約1万人の学生が入学してきます。これだけ多くの学生が入学してくるのですから,「誰でも入れる」ように思うかもしれません。
しかし,毎年の受験生は60万人弱いますので,とても「誰でも入れる」ような状況ではありません。

でも「そんな大学には誰でも入れる」という言い方をします。

もしかしたら「誰でも入れる」なんていう言い方をすることによって,暗に自分の優秀さをアピールしているのかもしれません。

あるいは,基準を上げることで周囲の能力を相対的に低く見て,そのことから自分自身の能力が高いという感覚を得たり印象を与えたりする言い方であるのかもしれません(これは仮想的有能感という概念に近いですね)。


「誰でも入れる」を真に受ける

本当は誰でも入れるわけではない大学をこのように書き込み,それを見た受験生が「そういうものなのか」と思ったとき,何が起きるでしょうか。

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