先行研究のギャップを埋めるリサーチ・クエスチョン
リサーチ・クエスチョンを考えるときに,「まずは先行研究を読んでいきましょう」と指導されることがあるのではないでしょうか。でも,先行研究を読んでいくと「あれもこれも,もうすべて手がつけられていて,何をしたらいいのかわからない」という感覚に陥るという話も,学生からはよく聞きます。
リサーチ・クエスチョン
今回も,『面白くて刺激的な論文のためのリサーチ・クエスチョンの作り方と育て方: 論文刊行ゲームを超えて』から,リサーチ・クエスチョンの立て方について考えていきましょう。
ギャップを埋める
この本では,一般的にリサーチクエスチョンを作る際によく用いられる方法として,ギャップ・スポッティング(ギャップを埋める)が挙げられています。これは,これまでに見逃されてきた研究課題など,先行研究におけるさまざまな「ギャップ」を見つけ出して,それを踏まえてリサーチ・クエスチョンをつくっていく方法です。
とはいえ「過去の文献を読んで,足りないところを見つけていくんだよ」と指導されても,なかなかどうすればいいのか,途方に暮れてしまいそうです。そこで,この本のなかでは,ギャップ・スポッティングの基本型について類型化が行われています。
混乱スポッティング
ひとつ目のタイプは,混乱スポッティングと呼ばれています。これは,一連の先行研究のなかから,何らかの点での混乱や対立を見つけ出していくことです。
一番いいのは,矛盾する結果を見つけ出していくことですね。ある研究では,変数Aと変数Bとのあいだにプラスの関連が見出される一方で,別の研究では関連が見出されていない,ここには何があるのだろう……と考えていくことがひとつの例です。
また,同じ結果に対して異なる考察をしている論文を見つけるのも,良い方法に思えます。この競合する説明の部分のどちらが正しいのだろう,という研究につなげることができます。
軽視・無視スポッティング
ふたつ目のタイプは,軽視・無視スポッティングと呼ばれます。これは,先行研究で十分に検討されていないポイントや,無視されているポイントを明らかにするという方法です。「未開の領域を開拓する」という方向性ですね。
さらにこの軽視・無視スポッティングには,4つのサブタイプがあります。
◎見落とされていた研究領域
◎十分に研究されてこなかった領域
◎実証データによる裏付けの不足
◎先行研究の知見をより完全なものにする特定の側面の検討の不足
もっとも一般的なのは,最初に挙げた見落とされていた研究領域を見つけ出すというやり方です。これまでの研究ではこの部分に焦点を当ててきたけれども,ここに空白がある,という論の進め方です。
次に,論文では「十分に検討されていない」というフレーズもよく登場します。これも,よく見られるリサーチクエスチョンのパターンです。この部分ではいくつか研究が行われているけれども,まだまだ検討が不十分だ,という主張ですね(十分に先行研究を調べておらず,本当にその領域の研究が「存在しない」かどうか自信がない場合にも,このフレーズは使われます……)。
少し違った観点からのアプローチが,実証データによる裏付けが不足しているという主張です。「まだデータが足りない」「日本のデータが足りない」「この年代でのデータが足りない」といった言い方でしょうね。これも論文のなかではよく登場する論の進め方です。
加えて,もっともスモールステップなリサーチクエスチョンの立て方が,研究知見をより完全にするためにこれをする,という論の進め方です。本のなかでは,この小さなギャップを埋めようとするリサーチクエスチョンは,心理学で見られたと書かれています。「この変数を使ったらどうなるか」といったやり方をすることがありますからね……。
適用スポッティング
3つめのギャップ・スポッティングのパターンは,適用です。これはたとえば,特定の研究分野でこれまで用いられてこなかった理論や方法を,別の研究分野から持ち込んでくるようなパターンになります。ある研究分野を特定の観点から拡張していくようなリサーチクエスチョンの立て方になります。
これも心理学ではよく見かけるパターンであるかもしれません。この研究ではこの分析手法はこれまで使われてこなかった,という観点から研究の新しさを主張することはよくあります。
組み合わせ
ここまでギャップ・スポッティングのパターンを見てきましたが,これらを組み合わせていくパターンもあります。先行研究では不十分な点を指摘しながら,別の研究領域の理論を適用していく,などですね。
なお,ギャップ・スポッティング以外の方法でリサーチクエスチョンを作っていく方法もあります。たとえば,先行研究の主張を批判するなかで新しい観点を提示していく方法がひとつです。また,これまでにない全く新しいアイデアを主張していく方法もあります。
いずれにしても,先行研究を見ながらどこかを突いていく,というやり方が,研究のなかではよくおこなわれます。最初に研究の経験をしていこうとするときには,この方法で進めるのは有効です。もちろん,しっかり先行研究を読まないといけません。それも勉強になります。
ただし……
ただし,この本では,ギャップ・スポッティングは面白い研究につながるのか?という点に疑問を呈しています。ギャップ・スポッティングは,次々と研究を進めていく際には,取り組みやすい進め方であるのは間違いありません。でも,それでいいのか?という疑問は残ります。
この点はまた次の記事で。
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