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とうこ

完璧な物なんて無い。
村上春樹なら「完璧な絶望なんか存在しないようにね」と付け加える所か。

彼女は全く眠れなくなった僕にそう言った。
でも本当は彼女の方こそ、そう言って欲しかったのかも知れない。

彼女はくしゃくしゃに丸めて放り出してあった T シャツを拾い上げて洗濯機に投げ込み、シンクに溜まっていた洗い物を片付け始めた。

僕は何だか空恐ろしい気持ちになって、必死に喋り始めた。
彼女にそう言われて、初めて自分が何処に向かっていたのか気付いた。
喋り続ける事で、其処から戻る事が出来るかのように喋り続けた。

彼女は洗い物を終え、コーヒーを淹れ、僕と向かい合って、ずっと話を聞いていた。
何を喋ったかも忘れてしまった。
どうでも良い様な事を延々と喋ったはずだ。

話し終えた頃には日も落ちていた。
僕は猛烈に腹が減り、彼女もお腹が空いた、と笑った。
何もかも、こんな風に過ぎていけば良いのにね。
彼女が玄関で靴を履きながらそう言った。

自分に向かって「完璧な物なんて無い」と呟く事がある。
あるいは、あの時の彼女に向かって言っているのかも知れない。

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