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ガーデニング・エクスペリエンス。

よそにいく理由のなくなった、よそ者。

僕にとってノイズなき奇跡の町、和歌山県すさみ町。昨夏の終わりに改修中の古民家へ滞在させていただいたところから、物語が始まります。歩いて1分で、緑が映える芝生が心地いい白砂の美しいビーチ。南紀は太陽が強く、クリアな光のコントラストにヤシの木が揺れるのを見て思うわけです、僕にはもうハワイにいく理由がないな、と。古民家にお風呂がまだなく毎日ビーチシャワーだったのですが、夕暮れに水浴びしているとシャワー越しにここはピピ島かと見まごうわけです。僕にはもうタイにいく理由もないな、と。バイパスのおかげで交通量が激減した海岸線は驚くほど静かで、この通りは父島かと感じるわけです。僕にはもう小笠原にいく理由もないな、と。そして、安易な土産店もドギツイ看板も皆無で、かしましい旅行客はゼロ。僕にはそもそも南紀白浜にいく理由がないな、と。自然に笑みがこぼれながら、自転車で散策に出かけます。海沿いで暮らしてるので山を目指してみると、透き通った清流で素敵な光景に出会いました。男子3人が深い淵に飛び込んで、川で遊んでる。僕の中で、井上陽水の少年時代が聞こえます。君ら、いいやん、最高やん。思わず僕も遊ばせてもらってもいい?と声をかけ、海パンも持ってなかったので、パンツ一丁で飛び込んだらひらひらと煌く数多のアマゴたち。豊かも豊か、「ココ、めっちゃいいね!」と少年たちに伝えると、訝しげにしてた(そりゃそうです、見知らぬパンイチのおっさんに声かけられて)彼らの目にキラッと輝きが宿りました。生まれ育った故郷、彼らにとって当たり前だった風景を“超いいじゃん!”と言う大人が現れた。これは地元の大人もできないんです、なぜなら彼らも視点は同じだから。時には武勇伝を語る存在にもなる。これはこれで大事ですが、外からの視点があって初めて価値を相対化できる。僕がよそ者の意味を感じた瞬間でもあります。

夏がすぎぃ風あざみぃ〜♪

心を撃ち抜く、ネイチャーマン。

 そんなすさみで出会ったのがニックネーム、ガーデン。観光協会の木下和也氏。すさみ人ですが、一時は釣りで生計を立てるほどで、世界で自然と向き合いまくって、Uターンしてきたネイチャーマン。いろんな土地へ出向いたからこそ、故郷の自然の素晴らしさに気付いたという彼は、すさみの森羅万象を隅々まで熟知する博覧強記のナチュラルボーンキラーガイド。往年のハードボイルド映画を持ち出してまで敢えてキラーと書いたのは、心を確実に撃ち抜くから。ある夕まずめに連れていってくれた堤防で五目釣りをしたのですが、魚影の濃いこと濃いこと。東京湾の堤防で釣れたことありませんが、さまざまな魚種の魚たちが釣れる釣れる。それだけで豊かな気持ちになりますが、ガーデンは裸足で堤防を颯爽と行き来しながら、ひからんぼ、ゆるめ、びりこ、ちゃりこ、ばりこ、こっぱ、とごろ、あたんぼ、とそれぞれどんな魚か生態を解説してくれます。これが楽しい。ある晴れた日に連れていってくれた秘密の川原は、びっくりする透明度の清流で澄み切った水に潜ると鮎がたくさん。先日の子どもたちにならって大人たちが川ガキになって飛び込んだり、泳いだり。身体が冷えてきたら、あったまったゴロタ石に横になって陽光浴びて甲羅干し。ある夜連れていってくれた炭焼き小屋は、紀州備長炭を焼いていた石窯をそのままサウナにしていて、窯の中に入ると熱い熱い。しこたま玉のような汗をかいたらキンキンに冷たい山清水を集めた小さなプールにどぶん。ビーチベッドに横になって見上げると天の川がはっきり見える、満天の星空。おそろしく整いながら思わずここは天国か?と思ったほど。どれも旅行代理店のパンフにはけして載ってない体験で、アーリーアダプター垂涎のコンテンツだらけなのです。

よくあるやつ

参加したくなる、物語。

 それどころじゃなくまだまだ面白いところが死ぬほどあるよ、という彼はあの手この手でディープでドープな自然体験にいざなってくれます。毎日、現在進行形で繰り広げられるので、もはや“ガーデニング・エクスペリエンス”。メキシコ、チリ、ペルー、コロンビア、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、中国、ラオス、ミャンマー、バングラディシュ、ネパール、タイ、ベトナム、フィリピン、インドネシア、シンガポール、カンポジア、インド、スリランカ、アラブ首長国連邦、チベット、カタール、ベラルーシ、セルビア、モンテネグロ、イタリア、トルコ、レバノン、シリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ウクライナ、フィンランド、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、ルーマニア、ギリシャ、スイス、オーストリア、ドイツ、北海道、沖縄・・・と、さまざまに自然が豊かな美しい風景を歩いてきた彼は、ひょんなことで十数年ぶりに故郷のすさみに里帰りしたのですが、しばらくしてまた乗る予定だった飛行機に乗らなくなった。地球の多様な素晴らしい自然を体験したからこそ、すさみのとびっきりの素晴らしさがわかったと彼は言います。遊びが自然だったので、彼はとことん遊びまくった。しかもそこには、それぞれ詳しい先輩がいるのです。うなぎを獲るなら、メジロを獲るなら、とこぶしを獲るなら、サワガニを獲るなら、きのこを獲るなら、とその道の達人たちが。その知識を好奇心と行動力に秀でる彼は全部吸収していて、目をキラキラさせながら惜しみなくよそ者の僕らに教えてくれます。その姿はすさみという大自然の優れたソムリエであり、翻訳者。そこから生まれるめくるめく物語に、僕らは夢中になることになります。

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