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歌うひとのための「セレナータ(La serenata)」

曲:F. P. Tosti/詞:G. A. Cesareo

対訳

Vola, o serenata:
翔んでいけ、ああセレナータ
La mia diletta è sola,
愛する女(ひと)はただひとり
E, con la bella testa abbandonata,
きれいな頭をもたせかけ
Posa tra le lenzuola:
シーツの間に横たわる
O serenata, vola.
ああセレナータ、翔んでいけ

Splende pura la luna,
輝く、月は清らかに
L'ale il silenzio stende,
静寂(しじま)は翼をはためかせ
E dietro i veni dell'alcova bruna
暗いベッドの幕の奥には
La lampada s'accende.
ランプの光が灯りだす
Pure la luna sprende.
清らに月は輝いて

Vola, o serenata.
翔んでいけ、ああセレナータ
Ah! là.
ああ、あの場所へ

Vola, o serenata:
翔んでいけ、ああセレナータ
La mia diletta è sola,
愛する女はただひとり
Ma sorridendo ancor mezzo assonnata,
微笑みつつもウトウトと
Torna fra le lenzuola:
シーツの間へ舞い戻る
O serenata, vola.
ああセレナータ、翔んでいけ

L'onda sogna su 'l lido,
波は浜辺で夢を見る
E 'l vento su la fronda;
風は葉叢で夢を見る
E a' baci miei ricusa ancore un nido
このキスはまだ宿れない
La mia signora bionda.
わが金髪のご婦人に
Sogna su 'l lido l'onda.
夢を浜辺で波が見る

Vola, o serenata.
翔んでいけ、ああセレナータ
Ah! là.
ああ、あの場所へ

歌詞について

詩人であり、評論家であり、文学研究者であり文献学者でもあったG. A. チェザレーオの詩による。

第二連に登場するalcovaは、単純に「ベッド」と訳してしまったが、文語で「(愛の語らいの場としての)寝室,ベッド」(伊和中辞典 第2版(小学館))のこと。
元は貴族の邸宅にある、壁を窪ませて作った寝室を指す。Google画像検索がわかりやすい。

 *

歌詞は四連だが、原詩は九連からなる。全文をForgotten Booksというサイトで読める。(51〜53ページ)

七音節詩行と十一音節詩行がシンメトリックに配されている。各連の最終行は第一行の倒置になっており、原詩ではさらに第一行と最終行が二音節と五音節に分割されている。
訳詞もできる限り原詩の視覚効果を活かすように書いてみた。

Vo/la, / o / se/re/na/ta:
La / mia / di/let/ta è / so/la,
E, / con / la / bel/la / tes/ta ab/ban/do/na/ta,
Po/sa / tra / le / len/zuo/la:
O / se/re/na/ta, / vo/la.

(「/」は音節の切れ目。太字はアクセント)

歌では各連の最終行が二回繰り返され、さらに偶数連の最後に「Vola, o serenata. / Ah! là.」というリフレインが加わる。

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なお、原詩にはより直截に性愛を連想させる表現が登場するが、Sanvitale(1996)によれば、上流階級の女性が歌うのに都合が悪い箇所は作曲時に削除された。(トスティは声楽教師でもあったので、「レッスンで生徒に歌わせる」ことを意識せねばならないという事情もあっただろう)
結果として、原詩と比べ、歌詞は切ない片思いの告白といった趣に変化している。

こころみに原詩も全訳したので、以下に載せる。

翔んでいけ
ああセレナータ
愛する女はただひとり
きれいな頭をもたせかけ
シーツの間に横たわる
ああセレナータ
翔んでいけ

輝く
月は清らかに
静寂は翼をはためかせ
暗いベッドの幕の奥には
ランプの光が灯りだす
清らに月は
輝いて

裸の
彼女は百合のよう
眠りに体を開くまで
楚々たる肢体がふわり咲き
褥の帳を閉ざすまで
百合の花なる
裸の彼女

波は
浜辺で夢を見る
風は葉叢で夢を見る
このキスはまだ宿れない
わが金髪のご婦人に
夢を浜辺で
波が見る

翔んでいけ
ああセレナータ
燃え立つようなこの喉は
彼女を口説き、愛撫する
マンドーラのつく溜息は
ああセレナータ
翔んでいけ

彼女は現れ
わが歌声に
耳を澄まして聴入るが
私が泣いても気にかけぬ
硝子窓から目を留める
わが歌声に
現れて

屈み
機敏な脇腹に
小さな薔薇の靴の紐を
あえかな白い足に結う
幼い少女のするように
機敏な腹に
屈み込む

止(とど)める
彼女の両腕は
匂いやかなる乳の上
けれど大きなクッションに
くねった腰の熱い跡
彼女の腕は
制止する

翔んでいけ
ああセレナータ
愛する女はただひとり
微笑みつつもウトウトと
シーツの間へ舞い戻る
ああセレナータ
翔んでいけ

参考文献:
Sanvitale, F.(1996), "Il canto di una vita Francesco Paolo Tosti", EDT(森田学(訳)、長神悟(監修)(2010)『トスティ ある人生の歌』、東京堂出版)
Cesareo, G. A.(1887), "Le Occidentali", Triverio

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