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私にとっての当たり前と彼らにとっての当たり前|6月24日〜6月30日

はじめに

アマホロ〜!(平和!)

今週で学期末試験が終わりました!

そして、生徒が帰省するまでは部活動の日々です。

あ、あとテスト採点も!

では、スタート!


6月24日|カンニングを見つけてしまった。

テストが始まり、机間巡視をしていた時のこと。
カンニングを見つけてしまった。
生徒のひとりがカンニングペーパーを持ち込んでいた。
解答用紙はテスト開始前に配るのだが、
その用紙には学校のスタンプが押してある。

その生徒が持ち込んでいたのは、
そのスタンプが押されていない紙だったため、
カンニングに気づくことができた。
「これなに?」と尋ねると
「紙だよ。」とのこと。
(そんなの見たらわかるわ!)
しらこい顔をしていた。

一度その紙を取り上げ
本当にカンニングペーパーであるかどうかを確認した。

始まって30分しか経っていないというのに
最後の問題の解答が書かれていることから、
これはカンニングペーパーであることを確信した。

その生徒の解答用紙を取り上げ、強制的に退出してもらうことに。

今回のテストは、NESAという教育機関が作成しているテストであるため、
問題用紙を事前に入手することは不可能。

私はそう思っていた。


しかし、他の先生や生徒に聞いてみたところ、テストの時間割に関しては各ディストリクトによって違うらしく。

スマホをこっそり持ち込んでいる生徒(学校は持ち込み禁止)が他校の生徒にメッセージアプリを使って連絡をし、事前に問題を送ってもらう事例があることを知った。


先週のnoteでカンニングについて書いたところで
カンニングを発見してしまうという。
なんとも複雑な気持ちであった。


- 落書きがいっぱい!ルワンダのつくえといす!-

6月25日|「ここはアフリカ。アジアとは違うからさ」

朝、突然体育教員から連絡があった。

「これまでのテストのデータを送れ」とのこと。
通常、3学期、最終学期の定期試験問題はNESAから届く。

しかし、体育に関しては、昨年に引き続き、届かなかった。

すなわち、NESAは体育の定期試験を作成していないということになる。

このことからも、体育が軽視されている現状が窺える。

「とりあえず、すぐに学校向かうね!」と伝え、学校に向かった。

「なんで?」と聞かなくても、事情、背景がよくわかる。

これまでのテストを、異なる学年の定期試験として使用するようだ。

本来であれば、学年それぞれに単元があり
それに応じた試験を作成する必要があるのに。


「ここはりさが生まれた日本ではなく、アフリカだからね。」
「アジアみたいにしっかりとしていないから、仕方ないんだ。」
「君たちと僕たちは違うから。」


作成しながら、隣でつぶやく彼の言葉を聞いていて、非常に悲しくなった。
環境は違えど、体育・スポーツが好きで教えることを職にしている同士として私たちに違いはあるのだろうか。

事前にNESAから届かないと予測して、
作成しておけば良いものを、前日、当日になっても準備していなかったことも、少しでも楽をしたいがために、問題をアップデートすることなく使用していることも、全部全部事情がある。

この瞬間だけを切り取って「あーだこーだ」言うのではなく、こうして1年以上、彼と共に働き、現状を見てきた中で考えることにはきっと価値があると信じている。


彼はわかっている。

それでも、こうした行動に至る理由を私はもっと追求したい。

6月26日|「ありがとう」って当たり前?

「テスト採点があるから、テスト監督を変わってほしい。」
とある先生に言われて、引き受けた。

無事テスト監督を終え、スタッフルームに戻ると彼がいた。
私をチラリと見ても、何も言わない。

ひとまず、ご飯を食べて、学校に戻ると
「午後もやってくれるよね?よろしくね!」と言われた。

「No!No!No! You didn't say thank you…I don't want to do!」と伝えた。


「Sorry! I didn't see you!」と言われ、嘘つき!!と叫びたい気持ちを抑えていると、別の先生が「そうよ!互いにリスペクトし合わなきゃ!」と同意してくれた。


結局、テスト監督はせず、体育の採点業務に取り組んだ。

帰ってから、今日の出来事について改めて考えた。

こんな記事を見つけた。


人は日常生活で何かを頼まれると、ほぼ例外なくその頼みを聞いてあげるけれど、それに対して「ありがとう」と言われることは20回に1回程度だという。

https://toyokeizai.net/articles/-/228180?page=2


「ありがとう」に該当する意味をもつ言葉がない言語もあるらしい。

日本では、子どもの頃から「感謝」の大切さを学ぶ。
「ほら、やってもらったんだから「ありがとう」言いなさい!」と子どもに
伝えている保護者の方の様子を何度も何度も見てきた。

「ありがとう」を言うのは私にとっての当たり前ではあるけど、それは必ずしも世界共通ではないこと。

これを知ることも大切。

良くも悪くも、これまでの環境で人の価値観は形成される。

自分が思う以上に世界は多様で、価値観は違うもの。

文化や価値観を知る、受け入れる


改めて、その大切さを実感した1日だった。


6月27日|この先の進路について


もうすぐでルワンダで活動開始してから一年と半年が経過する。

協力隊任期満了後の進路について考える時期だと、個人的には思っている。

私は社会人として働くことも、大学院に進学することも検討している。
今日は、検討している研究室の先生にオンラインで面談を行う機会を設けていただいた。

結論から言うと、大学院に進学する自分を想像するとワクワクできた。
それと同時に、新たな悩みも増えた。

3月頃に、高校時代から仲良くしている友だちにこんなことを言ってもらった。

「モヤモヤ悩んでおけば、決まるべきときには決まるんじゃないかなと思うよ。今は悩む時期。そのうちこれって道が見つかると思うよ。」

悩みは尽きないけど、今は悩む時期なのだから、これでいいはず。

なにをするにしても、自分の決断を正解にできるのは自分しかいない。

迷いながら、悩みながら、自分にとっての道を見つけていこう。


テストが終わり、練習を再開することに。

いまだに決まらない全国大会の日程にイライラしつつも
目の前のことに取り組むことは大切。


選手のひとりの変化が著しい。
体幹やランニングドリルにしても、
私が主導することはほとんどなくなった。

これまでやってきたことをベースに
他の選手たちにも伝えてくれている様子を見て「あ、これが、私が考えていたあるべき練習の姿だな」と思った。


- 何ヶ月も前に生まれたひよこがいつのまにか、にわとりになっていた -

トレーニングメニューはもちろん考えるけど、選手たちに決定権というか、主導権を渡して、ある程度自由に練習を行うこと。

彼らには考える力があると信じて委ねてみる。


時々、それが怖い日もあるけど。


自分の活動が、本当に意味のあるものなのか
考え込んでしまう日もあるけど、

やってきたことは必ず誰かに響いているはず。
そう信じて、やっていこう。



6月28日|一刻でも帰りたい生徒たち

テストが終わり、NESAから生徒の帰省日が発表された。

ディストリクトによって、生徒の帰省日は異なる。

大量の生徒が移動するとなると、交通が大変なことになるから。

私の活動先が位置するルワマガナ群の学校に通う全寮制の生徒たちの木整備は、7月6日。

それまでの期間、生徒は何をするのか。
特別ななにかイベントがあるわけでもなく
生徒は学校で過ごさなくてはならない。

成績がもらえるのは、来週の木曜日。

帰省日の2日前。

長い!長すぎる!

と言うわけで、生徒の多くは早めに変えるべく、手を打ち始めた。


- ルワンダの全寮制の生徒たちはみんな坊主。髪は20〜30円で剃れる -

親に電話をかけ、帰るための許可を取り付ける。

保護者が迎えにくれば、事情にかかわらず生徒は帰ることができる。

ただ、これが難しくて、生徒はスマホの持ち込みが禁止されているため、電話をかけられない。

電話を貸してくれる優しい先生ばかりではない。というわけで、遠慮気味に私に話しかけにやってくる。


テストも終わって、何もやることもなく、成績を待つ。


たしかに、早く帰りたいよね。


6月29日|「On time」を言い続けることについて

協力隊の誰もが経験したことがあるであろう
「待ち時間に相手がやってこない」ということ。
ルワンダに来て私自身も何度も経験してきた。
ただ、陸上競技は1分1秒争う競技。
それもあり、生徒たちには時間を守ることの大切さを私は伝えてきた。
・・・つもりである。

それでも、生徒が遅れてくることもあるし
「え?なんでまだ着替えすらすましていないの?」
と思う時が幾度となくあった。

大抵の場合、生徒はなんとか時間に間に合わせようとしているのだが、
彼らが遅れてくるのには事情があることがわかった。

例えば、寮のスタッフがいなくて、寮に入れず着替えができなかったり
寮で着替えを済ましたものの、セキュリティがサボっていて学校に入れなかったり。
突然、学校のイベントが決まり、練習ができなくなってしまったり
(しかし、そのイベントも2時間以上遅れるので、結局練習できたじゃん!となる)

彼らの事情は理解している。つもりである。


- 頭に乗せながら物を運ぶ方法を教えてもらった -

On timeを言い続けることによって

今まで無断遅刻や欠席が当たり前だったけど、事前共有してくれるようになったこと

「時間通りに来れなくてごめんなさい。」と選手に謝られたこと。

20分以上前に練習場所にくる選手がいたこと。

遅れてきた選手に対して、On timeで来た選手が「りさは、時間通りにこないこと嫌いでしょ?」と言っているのを見たこと。

大きな変化ではないかもしれないけど
たしかに時間を意識するようになった選手が増えたのは事実としてある。

でも、On timeは日本では当たり前だが
アフリカ諸国、ルワンダにおいては、当たり前ではない。

大人も子どもも共通の価値観として
「遅れてくる」ことに怒ることはおかしいと思っている節がある。

ひとそれぞれに事情があるのだから、状況は受け入れないといけないと。

そのような環境で生きる彼らにとって
On timeを守ることは、重要なのだろうか。

少なくとも「彼・彼女は時間を守る」という信頼にはつながるのかな。

一番嫌いなのは、会議などの際、既にその場所に着いている人に連絡をして「リーダーが来ているか?」と確認する人(笑)

リーダーが来ていない→会議は始まらない→まだ行かなくてもOK

これが「遅刻」を生み出すのかもしれない。

リーダーが時間を守れば、スタッフは時間を守る。

すなわち、誰が言うかっていうのも大切なのかなと。

選手たちが時間通りに来るようになったのも
私を信頼してくれているからかもしれない。


日本でOn timeなんて当たり前だけど
時間を守ることが当たり前ではない環境で、時間を守ることに対する人々の意識を変えることは難しいけど

これからも私はOn timeを言い続けようと思う。

6月30日|休日出勤!


テスト採点、入力のために学校へ。

この定期試験の採点期間、休日出勤をする先生たちもいる。

ルワンダにも「休日出勤」があることには驚いた。

職員室に行くと、エナジードリンクの匂いがする。

昨年もこの時期はエナジードリンクを飲んで
気合入れて採点していた先生がいたことを思い出した。

今日の午前中にお世話になっていた大学の先生とオンラインでお話をした。
アフリカにいても、日本とつながることのできる現代社会に感謝。

ほんとうにすごい時代。

2時間があっという間に過ぎてしまった。
卒業後も、近況報告をしたりとやりとりをしていた先生。

帰国後に直接話ができることが楽しみで仕方ない。

さて、学校が終わるのは今週!
夏休みは目前だ!


- 気づいたら、色が変わっていた校舎 -

おわり

テストが終わり、生徒が帰省するまでの期間は練習の日々です。

帰省後は、任地にいる選手を対象に、練習を続けていく予定。
そして地域のサッカークラブでタレント発掘が行えたらと密かに考えている。

あっという間に6月もおしまい。
明日から7月。

活動できる期間も残りわずかです。


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