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なぞなぞの王様

 ある国に、なぞかけを道楽としている王様がいました。王様はなぞなぞが大好きでした。とりわけ王様が好むのは、答えのない不思議ななぞかけでした。
「このなぞを解いたものには ほうびをあたえる」
 いつのころからか、お城の前には、いつでもなぞなぞの立て札が立つようになりました。しかも王様は、国中の智者どもが揃って頭を悩ませても、けして解けないようななぞかけを出すのです。この、王様の生き甲斐ともいうべきなぞかけには、巨額の懸賞金がかかっていたので、国の中だけではなく、遠い外国からも、このなぞを解こうと、あらゆる種類の老若男女が集ってきました。
 大臣たちは、この王様のなぞかけに、ほとほと手を焼いていました。謎掛け担当部門は年々仕事が増える一方で、たくさんの国民がなぞの答えを思案して、役人たちの中にも、働く手を休め思案にふけってしまうものがあるほどでした。
 あるとき、国でも一番力のある大臣が(この大臣はなぞなぞ部門を統括していた大臣ですが)王様のなぞかけを止めさせようと言い出しました。他の大臣たちも、もうずっと前から王様のなぞかけにはほんとうに困っていたので、ぜひそうしようと、全員が一丸となって、なぞかけを廃止するように決めました。
 いくら王様でも、大臣全員の意見を無視することはできないのです。王様は心底がっかりしてしまい、もうなにごとにも興味を失って、これまで以上に、ほかの国務をまったくやらなくなってしまいました。
 そもそも王様のなぞなぞには答えなどないのです。ですから、どんなに頭をひねって考えても本当の答えなどあるわけがないのです。しかし、王様はまだ言葉もうまく使えぬ幼児から、諸国に名を轟かせる哲人の話にいたるまで、答えを伝えにくる者には独りも拒まず、まんべんなく話を聞いていくのです。ですから、お城へ続く道は、来る日も来る日もすごい行列でした。謎掛け担当部門の役人たちは休む日もないほどで、どんどん新しい人員を補充し、次第に国でも一番大きな部署になってしまいました。
 王様は、突拍子もない子どもの答えなどに心底感心して褒美を与えたり、気の利いた発言をした相手が若い青年であったりすると、その者を取り立ててお城の任にあたらせることもありました。王様はそうやって人の話を聞くのがなによりの楽しみで、他の仕事をなおざりにしていました。

 しかし、なぞなぞをやめさせられた王様は何日も寝込んでしまわれました。もうすっかり気力が衰えて、病人のようでした。そしてある晩、突然王様はお城を抜け出してしまいました。王様には会いたい人がいたのです。それは、王様がまだ幼いころから、王様専属の家庭教師をしていた賢人でした。その賢人こそが、王様をなぞなぞ好きにさせた張本人なのですが、先王のころにあけすけに物を言い過ぎるので、先王と大臣たちの顰蹙を買い、国を追放されてしまったのです。
 王様は身分を隠してなるべく目立たぬように、賢人の籠るという山を目指しました。日頃従者や召使いにかしずかれ、何不自由ない王様には、ひとりでその山を登っていくことはひどく困難なことでした。しかし、王様は相当な苦労をして山を登りきり、ついに賢者の住む庵を見つけることができました。
 老いた賢人は、昔よりひとまわりもふたまわりも小さくなっておられました。王様と老師は再会を喜び、王様は心ゆくまで語りました。
 山からの眺めは麗しく、空気は澄み、空が近くに感じられました。王様は、森の木の実を拾ったり、野生の生き物と戯れたり、川のせせらぎで体を洗ったりしました。そこは王様にとって桃源郷のようでした。そして、久しぶりのなぞなぞにも心が洗われました。国では、王様はいつもなぞかけをするほうでしたが、そこでは老師から自分がなぞかけをされ、いつまでも心地のよい思案に耽るのは至福の時間のように思われました。

 一週間が過ぎた朝でした。老師は言いました。
「そなたはもう帰りなされ。そなたの民が待っておるぞ」
 王様はびっくりしてしまいました。もうすっかりこの山に住み着くことに決めていたからです。しかし、国では大臣たちも上へ下への大騒ぎで、王様のことを探しまわっているのでした。誰も王様を理解せずとも、王様を嫌ってなどいないのですから。
 王様は涙の顔をあげました。そして、その日山を降りることにしました。

 国への道中、王様はもう身分を隠さず、自分らしくお城への道を行きました。道々、王様の姿に気づいた国民は、みな親しげに声をかけました。そして、王様となぞなぞ話をしながら、大勢の者がついて来ました。
 さて、お城ではこの群衆の先頭に王様を認めると、大臣たちはそろって王様の帰りを喜びました。大臣たちは相談し、王様に少しだけならなぞなぞを再開してもかまわないというようなことを遠回しに告げました。王様は笑って
「いや、わしはこれからは外に出て民のために働こう」
そう言って国務に励むことを誓いました。

 それから王様は、なるべく外に出て国務を行うことにしました。しかし、外に出れば、国民のほうから王様になぞなぞをもちかけてくるので、どこに行ってもなぞなぞ話にことかくことはありませんでした。
 民の話に耳をかたむけ民と語らうということが、王様の非常に優れた特質であることに大臣たちはようやく気がつきました。実際、謎掛け部門がなくなり、お城への行列がなくなったことで、そこで働いていた人々や、その行列相手に商いをしていた宿屋や飯屋が困っていましたから、王様のなぞなぞも、そう悪いばかりではなかったのです。
 それからは王様は自分と民へのご褒美に、年に一度だけ十日間にも渡る大きななぞなぞ大会を開くことにしました。これは王様と国民と諸外国からの客人たちでたいそうにぎわい、この国の名物のお祭りとなりました。

 王様はずいぶんたくさんの人と話しましたから、この国では王様と話したことのない者はほとんどいないということで、なぞなぞの王様は長く広く国民に愛されたということです。



おしまい♪

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