見出し画像

身体から見えてくるどこにもない時間‥ ブログAs above So below-#8 幸福への窓口であり、その物自体の束縛をとくもの

〈年末少数民族カラジャの声で踊る‥見えない身体が繋がり合うよう‥グルーヴって愛のこと?だったりして〉

南米ブラジルに
カラジャ という少数民族がいる

ななおがまだお腹にいるころ、旦那殿の舞台制作のためのワークショップで一緒にドイツについて行った時、そこで、その不思議な民族にであった。

そういえば奇跡のセッションって言うのがあったよねー
なにか思い出したのか18年前のその時の曲をかけはじめた旦那殿と2人でそんな話になった。

ぴーとかじじじとか電子音が流れだすとカラジャ達は何やら大興奮で踊り出した、、
さらに中東のアーティストが、コーランを唱え始めると、カラジャ達はどんどん絶頂に向かって行った、、

電子音を、虫の音と間違えたのか?コーランはどんな風に聞こえたんだろう??

人間の作り出した音、また宗教的な文化の中に、カラジャを恍惚とさせる周波数に一致する何かが刻まれていた、、、と言うこともできるかもしれないけれど、私はむしろ自らを鼓舞する信号としてそれらを“受け取る“カラジャの受容の感性、感覚の方に奥底から湧いてくるなんともいえない感動を憶えた。

何が健康に良いのか人を豊かにするのか、
“何が“については、それこそ、食品からサプリからあらゆる療法まで、、、物質からありとあらゆる情報まで、人のさまざまな欲望を飲み込むようにどんどん膨れ上がってる‥
本当は1円もかからない、感じる力の奥義には誰一人目を向けないまま、、、

感じる力の共通言語を持たない現代っ子の私たちにとってそれは、気のせい、で片付けられてしまうようなささいなもの
カラジャ達の集団のグルーヴを改めて聞きながら

幸福感と躍動は、身体の叡智と統合されてこそのもの、気づかれないところで結び合い、その深い繋がりの感覚が、切り離されているという人の孤独を忘れさせてくれるのだと思った

幸福への窓口であり、その物自体の束縛をとくもの
身体の神秘は際限がない、、、

先日とある研究会でご縁を頂いた伝統医療の歴史と生命倫理がご専門の田野尻先生がご紹介くださった
リチャードカッツの“癒しのダンスー「変容した意識」のフィールドワーク もまた興味深い

リチャードカッツ自身が、アフリカ、ボツワナのカラハリ砂漠に住むクン族とともに暮らし、踊り、調査した稀有な記録だ
クン人のダンスにおいて、重要なのは、誰でもが、このダンスを踊り、そのうちの約四分の三が変性意識状態を体験すること、そして、それを描き出す、とても精密な表現を作り出してきたことだ。変性意識状態、とくに、意識が体から離脱する状態を、クンの人々は「キア」と呼ぶ。現代社会に住む私たちにとって、とても興味深いのは、クンの人々が、この「キア」を、人間の条件だと考えていることだ。……「訳者解説より」

人間の条件、、、この言葉がとても重く、そして明るい光のように感じる、、
人間の企てとは、まったく別のところで、物事は動いている、、ひっそりと、、平和に基づいて、、、
それを感受する媒体として、すべての人に宿るシャーマニックな感性と交流を続けたい、、
年末、カラジャの声で2人で踊りながら
そんなことを思った
https://www.amazon.co.jp/%E3%80%88癒し〉のダンス-「変容した意識」のフィールドワーク-リチャード・カッツ/dp/4062175533#productDescription_secondary_view_div_1608334978748

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?