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【裁判例メモ】商標権:審決取消訴訟(色彩商標:自他識別力(商標法3条1項3号等))(知財高判令和5年1月24日(令和4年(行ケ)第10062号))

1 「商標」とは

商標法第2条(定義等)
1 「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であって、次に掲げるものをいう。
①  業として商品(※1)を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用(※2)するもの
②  業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)

※1 無償で配布される物品(販促物)など、商品該当性が問題となった事案(知財高判平成19年9月27日(平成19年(行ケ)10008号)(「東京メトロ事件」)など)
※2 「使用」 については、商標法第2条3項各号

商標法第2条1項は、文字・図形・色彩等の「標章」のうち、業として商品を生産等する者がその商品について使用する標章又は役務を提供等する者がその役務について使用する標章を「商標」として定義する。
なお、商標権侵害が認められるためには、被疑侵害者が単に標章を付すだけでなく、自他識別機能、出所表示機能を発揮する態様による商標の使用(いわゆる商標的使用(「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」(同法第26条1項6号)))をしていることが必要である。

2 商標の構成上の分類

商標の構成上の分類は、一般的には、文字商標(文字だけで構成されている商標)、図形商標(図形のみで構成される商標)、記号商標(記号のみで構成される商標)、立体商標(立体的な形状で構成される商標)、色彩商標(色彩だけで構成される商標)、結合商標(文字・記号・図形・立体・色彩のうち、2つ以上の要素を結合して構成される商標)、音商標(音だけで構成される商標)、「政令で定めるもの」に区別される。

3 商標の登録要件

商標法第3条(商標登録の要件)
1 自己の業務(※3)に係る商品又は役務について使用(※4)をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
① その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
② その商品又は役務について慣用されている商標
③ その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
④ ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
⑤ 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
⑥ 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。

※3 「他人が使用するために商標登録を受けることはできない。」「ただし、実際には、出願段階で自己使用証明書のようなものを求められることはなく、特許庁は出願商標が他人に使用させるものであるものであると決めつけるわけにもいかない。そのため、自己使用の要件は有名無実化し、他人に使用させる目的があることを理由に拒絶されたという例はないようである。」「商標審査基準においても、「指定役務に係る業務を行うために法令に定める国家資格等を有することが義務づけられている場合であって、願書に記載された出願人の名称等から、出願人が、指定役務に係る業務を行い得る法人であること、又は、個人として当該国家資格等を有していることのいずれの確認もできない場合」に商標を使用できない蓋然性が高いものとして、本項柱書により登録を受けることができる商標に該当しないと判断する旨の拒絶理由の通知を行い、出願人が指定役務を行い得るか確認するとされている。」(茶園成樹編「商標法第2版」41〜42頁、有斐閣、2018年)
※4 将来使用しようとする意思のある商標を含む。

(1)概要

商標登録を受けるためには、①「自己の業務に係る商品又は役務について使用する商標」(同法第3条1項柱書)であること、②自他識別力を有する商標であること(同法第3条1項各号に該当しないこと)、③商標登録を受けることができない商標に該当しないこと(同法第4条1項各号)、が必要である。
ただし、②同法第3条1項3号〜5号に該当する場合であっても、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」(同法第3条2項)については、商標登録を受けることができる。

(2)「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」(同法第3条2項)

審査実務において、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」とは、何人かの出所表示として、その商品又は役務の需要者の間で全国的に認識されているものをいう(特許庁編「商標審査基準(改訂第15版)」第2)。
そして、同商標審査基準において、3条2項該当性の考慮事由としては、① 出願商標の構成及び態様、② 商標の使用態様、使用数量(生産数、販売数等)、使用期間及び使用地域、③ 広告宣伝の方法、期間、地域及び規模、④ 出願人以外(団体商標の商標登録出願の場合は「出願人又はその構成員以外」とする。)の者による出願商標と同一又は類似する標章の使用の有無及び使用状況、⑤ 商品又は役務の性質その他の取引の実情、⑥ 需要者の商標の認識度を調査したアンケートの結果、が挙げられている。

(3)色彩のみからなる商標

色彩のみからなる商標について、知財高判令和2年6月23日(令和1(行ケ)10147号)は、「使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは、当該商標が使用された期間及び地域、商品の販売数量及び営業規模、広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情、当該商標やこれに類似した商標を採用した他の事業者の商品の存在、商品を識別し選択する際に当該商標が果たす役割の大きさ等を総合して判断すべきである。また、輪郭のない単一の色彩それ自体が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかを判断するに当たっては、指定商品を提供する事業者に対して、色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるという公益にも配慮すべきである。」と述べたうえ、「原告は、本願商標の色彩を車体の少なくとも一部に使用した油圧ショベルを長期間にわたり相当程度販売するとともに、継続的に宣伝広告を行っており、本願商標の色彩は一定の認知度を有しているとはいえるものの、その使用や宣伝広告の態様に照らすなら、本願商標の色彩が、需要者において独立した出所識別標識として周知されているとまではいえない。そして、本願商標は、輪郭のない単一の色彩で、建設現場等において一般的に採択される色彩であること、油圧ショベル及びこれと需要者が共通する建設機械や,油圧ショベルの用途とされる農機、林業用機械の分野において、本願商標に類似する色彩を使用する原告以外の事業者が相当数存在していること、油圧ショベルなど建設機械の取引においては、製品の機能や信頼性が検討され、製品を選択し購入する際に車体色の色彩が果たす役割が大きいとはいえないこと色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるべき公益的要請もあること等も総合すれば、本願商標は、使用をされた結果自他商品識別力を獲得し、商標法3条2項により商標登録が認められるべきものとはいえない。」と判示し、3条2項の適用を認めなかった。

4 事案の概要

原告は、文房具製造会社であり、指定商品を「鉛筆(色鉛筆を除く。)」とし、「DICカラーガイドPART2(第4版)2251」のみからなる商標(以下「本願商標」という。)について、商標登録出願を行ったところ、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求した。
特許庁は、概要として以下のとおり請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)を行った。本件は、原告が本件審決の取消しを求める事案である。

【商標法第3条1項3号該当性】
・本願商標は、色彩のみからなる商標であり、輪郭のない単一の色彩のみからなるものである。
・商取引においては、商品やその包装の色彩は、商品のイメージや美感を高めるために多様な色彩が選択されているから、本来的には商品の出所を表示する機能を有するものではないところ、筆記用具を取り扱う業界においても、赤系や茶系の多様な色彩(朱塗色、ボルドーカラー、バーガンディレッド、ワインレッドなど)が、商品の色彩(外装色)として採択されている実情がある。
・本願商標は、その指定商品に使用されるときは、その需要者及び取引者は、単に商品やその包装の美感を向上させる目的の色彩であると認識、理
解するにとどまる
というべきで、単に商品の特徴(商品の色彩)を普通に用いられる方法で表示するにすぎない。
・したがって、本願商標は、商標法3条1項3号に該当する。
【商標法第3条2項該当性】
・商標法3条1項3号に該当する単一の色彩のみからなる商標が同条第2項に当たるというためには、当該商標が使用をされた結果、特定の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至り、その使用により自他商品識別力又は自他役務識別力を獲得していることが必要であり、さらに、同条1項3号の前記趣旨に鑑みると、特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益上の見地からみても許容される事情があることを要する。
・上記認定事実によれば、原告商品は、昭和33年の発売以降、60年以上の継続した販売実績があり、新聞や雑誌、インターネット記事等による商品紹介記事も継続して掲載されているから、当該商品は、我が国の需要者の間において、一定程度の認知度を獲得している商品である実情はうかがえる。
・しかしながら、原告商品の外装は、本願商標に係る色彩を基調色としつつも、他の色彩(黒色、金色)や文字(「MITSU-BISHI」、「Hi-uni」、「uni」等)を表示してなるから、本願商標に係る単一の色彩のみで商品の出所を表示してなるものではない
・本願商標に係る色彩は、「ユニ色」なる色彩として紹介される場合がある
としても、原告商品について当該色彩と他の色彩の組み合わせ(「ユニ色」と「金」や「黒」)が特徴である旨を言及する記事情報もあるなど、本願商標に係る単一の色彩が、原告商品に係る出所識別標識として認識、記憶されているかは必ずしも明らかではない
・本件アンケート調査によっても、比較的鉛筆に親しんでいる需要者の間においても、本願商標から、原告との関連を想起できる者は50%にも満たず、半数以上の需要者は原告との関連を想起できていないから、本願商標の指定商品に係る一般の消費者(鉛筆の使用頻度が低い者を含む。)の間における認知度は、それより低いものと考えられる。
・本願商標に係る色彩は、その指定商品に係る需要者の間において、原告に係る出所識別標識として広く認識されるに至っているとまでは認められない。
・本願商標とも共通した印象を与え得る赤系や茶系の色彩を商品の外装色として彩色した商品(文房具)が、多数の事業者により製造、販売されている取引の実情があることを踏まえると、本願商標に係る単一の色彩のみで、文字等に依拠せずに商品の出所を識別することまでは事実上困難というべきで、また、本願商標に係る色彩について特定人に排他独占的な使用を認めることは、商品やその包装、広告の美感を向上させるために自由に使用が認められていた色彩について、第三者による使用を不当に制限する結果にもなるから、公益上(独占適応性)の観点から支障がある。
・本願商標は、その指定商品に係る需要者の間において、特定人(原告)の業務に係る商品であることを表示するものとして広く認識されるに至っているものではなく、特定人(原告)に排他独占的な使用を認めることは公益上
(独占適応性)の見地からみて許容されるともいえない。
・本願商標は、その指定商品との関係において、使用をされた結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるに至ったものと認めるこ
とはできず、商標法3条2項の要件を具備しない。

5 裁判所の判断

(1)商標法3条1項3号該当性

一般に、商取引においては、商品の外装等の商品又は役務に関して付される色彩は、商品又は役務のイメージ、美感等を高めるために多種多様なものの中から選択されて付されるものにすぎないから、そのようにして付された色彩が直ちに商品又は役務の出所を表示する機能を有するというものではない。
そして、本願商標についてみても・・・(略)・・・本願商標は、輪郭のない単一の色彩のみからなるものであるところ、JIS系統色名の区分における位置付けとしては、「ごく暗い赤」「暗い赤」「暗い灰みの赤」の3区分の境界領域に位置するとされ、基本色名としても、「紫みの赤」に近い領域に位置するとされ、基本色彩語としても、「赤」「紫」「茶」の境界領域に存在し、色相「赤」ないし「赤紫」の暗い色として捉えられ、マンセル近似値をみても、当該近似値が近いボルドー、バーガンディー等が存在するなど、その近似色は、無数に存在するものと認められる。現に、取引の実情をみても・・・(略)・・・本願商標の近似色は、本件指定商品である鉛筆を含む筆記用具に関して、広く使用されているものである。
以上によると、本願商標は、本件指定商品である鉛筆について使用される場合であっても、本願商標に接した需用者及び取引者をして、本願商標に係る色彩が単に商品(鉛筆)のイメージ、美感等を高めるために使用されていると認識させるにすぎないものと認めるのが相当である。そうすると、本願商標は、本件指定商品である鉛筆の特徴(鉛筆の外装色等の色彩)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるということができるから、本願商標は、商標法3条1項3号に掲げる商標に該当する。

(2)商標法3条2項該当性

商標法3条1項3号に掲げる商標に該当する単一の色彩のみからなる商標が同条2項に規定する「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当するというためには、当該商標が使用をされた結果、特定人の業務に係る商品又は役務であることを表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至り、その使用により自他商品識別力又は自他役務識別力を獲得していることが必要であり、さらに、特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益上の見地からみても許容される事情があることを要すると解するのが相当である。
(略)
原告商品は、相当の長きにわたり新聞等の記事において取り上げられ、また、様々な媒体において広告がされてきたのであるから、原告商品は、需用者の間において、相当程度の認知度を有しているものと認められる。
しかしながら、前記認定のとおり、原告商品には、本願商標のみならず他の色彩及び文字も付されているところ・・・(略)・・・・本件指定商品である鉛筆を含む筆記用具について、ボルドー及びバーガンディーを含む本願商標の近似色が広く使用されている実情も併せ考慮すると、原告商品に触れた需用者は、本願商標のみから当該原告商品が原告の業務に係るものであることを認識するのではなく、本願商標と組み合わされた黒色又は黒色及び金色や、当該原告商品が三菱鉛筆のユニシリーズであることを端的に示す「MITSU-BISHI」、「uni」、「Hi-uni」、「uni☆star」等の金色様の文字と併せて、当該原告商品が原告の業務に係るものと認識すると認めるのが相当である。
加えて、前記認定のとおり、鉛筆の市場においては、原告及び株式会社トンボ鉛筆が合計で80%を超える市場占有率を有しており、比較的鉛筆に親しんでいる需用者としては、アンケート調査における質問をされた場合、回答の選択の幅は比較的狭いと考えられるにもかかわらず、本願商標のみを見てどのような鉛筆のブランドを思い浮かべたかとの質問に対し、原告の名称やそのブランド名(三菱鉛筆、uni等)を想起して回答した者が全体の半分にも満たなかったことからすると、本願商標のみから原告やユニシリーズを想起する需用者は、比較的鉛筆に親しんでいる者に限ってみても、それほど多くないといわざるを得ない。
以上によると、本件指定商品に係る需用者の間において、単一の色彩のみからなる本願商標のみをもって、これを原告に係る出所識別標識として認識するに至っていると認めることはできない
以上のとおり、本願商標については、これが使用された結果、原告の業務に係る商品であることを表示するものとして需用者の間に広く認識されるに至り、その使用により自他商品識別力を獲得しているといえないから、原告による本願商標の独占使用を認めることが公益上の見地からみて許容される事情があるか否かについて判断するまでもなく、本願商標が商標法3条2項に規定する商標に該当するということはできない。


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