未来の特別支援教育_ATACニュースレター#4
その昔、生まれた家柄や身分は代々引き継がれる時代がありました。違う仕事や地位につくことは出来ず、人々は、ただ与えられた仕事を黙々とこなしていました。障害のある人も同じで、江戸時代に鍼灸は視覚障害者の専業であったように、個々に応じた出来る仕事が割り当てられていました。
近代に入って職業も民主化の時代を迎えます。「メリトクラシー」(業績主義)という言葉があります。これは、イギリスの社会学者マイケル・ヤングが1958年に唱えた、メリット(業績)とクラシー(支配・統治)の造語です。前近代では生まれや身分によってその先の生き方が決まっていましたが、近代では頑張って業績をあげれば報われ、社会的地位が配分されると言う、言い換えれば、「頑張れば皆平等になれる」と言う考え方です。その中で受験戦争が生まれ、多くの人は社会に包摂されるように頑張ってきました。障害のある人も同じで、特別支援教育はその一端を担ってきたと言えます。
しかし、次第にメリトクラシーは綻び始めます。それは人の能力は皆違うという点を考慮してない点にありました。どんなに努力しても業績を上げられない人もいれば、あまり努力しなくても業績が上がる人がいました。仮に能力が同じだとしても、限られたポストを巡って、必ず順位づけがされるわけです。メリトクラシーは旧来の身分制度を崩したものの、社会の不平等や格差の再生産しているとみられるようになってきました。本田由紀はポスト近代を「ハイパーメリトクラシー」の時代だと呼んでいます。これまでの学力に加えて、コミュニケーション力や創造性など新たな能力も社会が求めるようになってきました。これは業績の軸を多様なものにしていこうという流れでもありますが、結局は人に求められる能力がさらに総合的になり高まっているように思えます。
今日では、A Iやロボットが、産業構造を大きく変え、人の働き方に大きな影響を及ぼしつつあります。これまで専門職とされてきた医師や弁護士など専門職の仕事の一部もAIに置き換えられ仕事を失う人が出てくるだろうと言われています。そしてK字経済と呼ばれるように、プラットフォーマーなど一部の専門職に富が集中し、収入格差が拡大しています。そこでの税収をもとにベーシックインカムを保証しようと言う考えも議論される時代になってきています。そうなると誰もが社会に包摂されるように過度に努力する時代ではなくなるのかもしれません。そんな時代にはむしろ自分を楽しむ能力が求められるように思えます。生まれ持った自分の特性を楽しみ、他者の個性を尊重し、1つの社会の中でそれぞれが生活を楽しむ時代です。それを考えると、今の特別支援教育は大きく変化すると思います。
しかし、楽しんでいることを評価する軸は社会には多くありません。美術コンペやスカラーシップに応募する時には必ず順位がつきます。美術だとその技巧で、スカラーシップだと動機や成績が優秀と言う軸が現在の一般的な審査基準と思いますが、これからはどうでしょう?専門家が採点したり投票の数で決めるこれまでの方法だけでなく、「下手だけど僕はこの絵を飾りたい」、「成績はオール1だけど楽しそうな人間だ」と言う一部の人からの評価をもっと重視してもいいかもしれません。「今の君を評価する人が一人でもいるんだ」というメッセージが伝わることが大切です。これまでメリトクラシーにマッチしていないために評価されず自信を失ってきた人に対して新しい軸となるはずです。atacLabが参加した「やり続ける先に見えるもの」展はまさにそういった世界を実現しようとしたものだと思います。LEARNというプロジェクトが東京大学先端科学技術研究センター人間支援工学分野でスタートします。学業成績がオール1であっても、重度障害があっても応募できるスカラーシッププログラムなど新しい軸への挑戦が始まっています。未来の特別支援教育はみなさんの心の中の常識の枠を外して子どもを見ることから始まるはずです。
(東京大学先端科学技術研究センター 教授 中邑賢龍)
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今回のニュースレターは,YouTubeコンテンツ「未来の特別支援教育を考えるために 〜メリトクラシーの時代からAI・ロボット・DX時代へ〜」と同時リリースしております。こちらもぜひご覧くださいませ。
YouTube URL:https://youtu.be/It41efVXCrs
(atacLab事務局)