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目的に応じたアイデア発想法の使い分けvol.1【今すぐどうにかしたい編】

 ビジネスアイデア発想のための手法やアプローチは、書籍やプロフェッショナルファームのサービス紹介などで簡単に手に入れることができるようになりました。しかし、そのようなアイデア発想法を実務で活用する回数は意外と多くないのではないでしょうか?もしくは、全く活用したことがないフレームの方が多い方もいるのかもしれません。

こういった現象が起こるのは、「自らが置かれている状況に応じて、適切な手法を選択できない」ということが原因にあることが多いように見受けられます。様々なテクニックやアプローチが、それぞれに語られているものの、全体感をもってそれらがどういった状況であれば有効なのかは意外と語られていません。

そこで、今回は全3回に分けて新規事業における悩みや、自社が重視している発想の起点、検討のフェーズに応じてアイデア発想法を整理しました。
本記事vol.1では、足元の新規事業に活用するためのアイデア発想法をご紹介します。vol.2ではそもそもテーマが決まっていないときのドメイン策定・機会領域策定の手法を紹介する【テーマ探索編】、vol.3では未来から逆算した事業機会の探索法【未来創造編】、といった3編続きでお送りします。

本稿vol.1【今すぐどうにかしたい編】では、あなたのプロジェクトが重視している発想の起点に応じて、どのようなアプローチを採用することが有効なのかという視点で整理を試みます。




大別して3つの起点から発想

 切り口としては、大きくわけて「顧客」「自社」「競合」の3つの起点からその手法をご紹介しています。

各手法が対応する悩み、有効なシチュエーション、注意点を付記していますので、適切な手法を組み合わせながら試してください。


1. 顧客起点でアイデア発想する

 近年の新規事業の検討アプローチの大きな方向性として、人間中心設計などの顧客起点の方法論がメインで活用されています。顧客起点の新規事業検討において、そもそも検討フェーズがどこかによって、明らかにすべき要素が異なるため、適切なアイデア発想の手法やフレームワークを選択してください。

1-1. 顧客がわからない(または新たな顧客を見つけたい)

価値交換マップ

 ステークホルダー全体に目を向けて顧客を探すことができるフレームワークです。まず、自社の既存ビジネスのステークホルダーを洗い出します。例えば、顧客、仕入先、パートナー企業、流通業者、行政、地域社会など。これらに対して、ヒト・モノ・カネ・情報などどのような価値が交換されているか俯瞰します。ステークホルダーの価値の流れをもとに、顧客以外に価値を提供できる相手がいないか、または顧客に対して一緒に価値提供できる相手がいないかを検討します。

「図1. Airbnbの価値交換マップ」Biz/Zineより引用

 活用できるシチュエーションとしては、オープンイノベーションを促進したい場合、自社以外のタッグ先が見つかりやすくなります。また新たな顧客を見つける点では、既に取引がある主体への価値提供のため取引コストが下がりやすいでしょう。

一方、注意点としては、既存事業の周辺ビジネスになりやすくなります。また、ステークホルダーの中から必ず有望なアイデアが生み出されるわけでもありません。他の手法と組み合わせて、並行でアイデアを探索するフレームワークとして活用するに留めておくのがよいでしょう。

セグメンテーション(STP分析)

 市場にいる顧客をざっくり分類します。あまりにも当たり前に思われるかもしれませんが、意外と既存顧客以外の顧客セグメントを把握していないことはよくあります。既存顧客を含め、市場全体の顧客をある程度ざっくり分類し、新たなターゲット顧客を特定します。BtoCとBtoB(BtoE)では分類方法が異なります。

「セグメンテーションの切り口例」帝国データバンク実践マーケティング講座第10回より引用

BtoCでは、年齢・性別・地域などの人口動態で分類する「デモグラフィック・セグメンテーション」、ライフスタイル・価値観・性格特性など心理的要素に基づく「サイコグラフィック・セグメンテーション」、購買行動・利用状況などの行動特性に基づく「ビヘイビオラル・セグメンテーション」などが挙げられます。

BtoBでは、ビジネス特性によるが、企業に対しての業界カット、売上・従業員規模のカット、BtoEでは、従業員の職種カット、ロールやポジションカットなどのセグメントの切り方が挙げられます。

 有効なシチュエーションは、自社のリーチ可能な顧客の全体像が整理できないときで、初期の凡そのあたり付けに活用できます。モレなくダブりなく洗い出すことで、より有望な顧客を見逃す恐れが少なくなります。

一方、セグメントを切るだけでは個別の具体的なニーズは救い上げられないため、ターゲットを決めて、個人・個社の実在する顧客課題を拾いにいくことが前提となります。また、セグメントの切り方によっては有意義な分析ができない可能性があるため、様々な切り口で捉え直す前提で分析を進めることが重要です。

1-2. 顧客がある程度明確だが、アイデアが見つからない

ユーザーモデリング(UXリサーチ/UXデザイン)

 ペルソナの行動、価値感を分析して、本質的ニーズを抽出します。
UXデザインの文脈で、調査で得た情報を「属性層」「行為層」「価値層」という3つの階層に分解して、本質的な価値を探る方法です。
ペルソナ作成(属性層)、カスタマージャーニーマップ(行為層)、KA法(価値層)など、代表的な手法が確立されていることが強みです。

「UXデザインの理論・プロセス・手法の体系とポイント」安藤 昌也より引用

各種デザインファームのWebサイトや、下記のような書籍によって簡単にメソトロジーを獲得することができます。ただし、本格的な活動にはデザイナー、デザインリサーチャーをチームに迎え入れなければ効果的な探索は難しいでしょう。

重要なのはより良質な問いを設定することです。本質的なニーズを特定し、そのニーズを満たすための問いを設定することで、プロジェクト初期よりも、核心をついた答えを出すことができるようになります。

有名な問いの定型文として、「How might we…?Question(私たちはどうしたら…できるか?)」があります。実現可能性を度外視して、何でも叶う前提で、どのように価値を満たすかを考えることで、(否定的な思考を抑制して)クリエイティブに発想できるようになります。このような本質的な問いを設定し、答えていく活動を、デザイナーは「デザイン・チャレンジ」と呼ぶことがあります。

 このアプローチを活用できるシチュエーションとして、「モノ売りからコト売りへの転換」「LTV(顧客生涯価値)を上げる」「価値提供のための接点を増やす」のような方向性をもって検討している場合に有効です。

注意点としては、ある程度、想定顧客セグメントが浮かび上がっていることが前提です。(もちろん顧客セグメントから探す方法も内包されてはいます)。また、必然的にサービスドミナントロジック(=一連の体験の中での価値提供)が前提となるため、モノ売りが支配的な企業におけるグッズドミナントロジック(=製品の機能による価値適用)とのギャップをチームメンバーが理解する必要があります。それでもやはり、手法やフレームワークは簡単に手に入るため、すぐに試しやすいことは利点といえます。


1-3. 顧客と課題がある程度明確だが、アイデアが見つからない

選択マップ

成功事例の戦術を徹底的に活用します。
まず、課題をサブ課題に分解したうえで、サブ課題に対して、成功事例をテーマ領域内と領域外に明確にわけて探索し、選りすぐりの戦術のみを並べ、評価のうえ適応させていきます。

領域外戦術を調査する際には問いの立て方が重要で、領域特有のワードをなくした「汎用検索」、領域を1段抽象化した「部分検索」、全く別の領域に置き換える「並行検索」などを駆使するとよいといわれています。

例)タクシーの利用料金を安くするには?
「比較的安価なサービスの利用料金をより安くするには?(汎用検索)」「個人交通手段の利用料金をより安くするには?(部分検索)」
「コインランドリーはどうやって安価にサービスを提供しているのか?(並行検索)」

「THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法」より抜粋・加工

 有効なシチュエーションは、勝ち筋にこだわる場合、試行回数が少なくなりがちなビジネス特性の場合、成功事例を重視する企業文化の場合に有効です。アナロジーを用いながら成功事例の強力な戦術を適用することができます。

注意点としては、先行事例の調査に掛ける時間がそれなりに必要なため、アイデア発想にたどり着くまでに一定程度の時間と労力がかかります。また、有用かつ新規性のあるアイデアを選定するために「全体像ツール」「第三の目ツール」が提唱されていますが、真新しいコンセプトのために理解・活用にやや労力がかかります。

前提として、量より質を重視したアプローチとなるため、量を重視する文化では注意が必要です。

2. シーズ起点でアイデア発想する

顧客視点のアイデア発想を下支えしてきたナレッジは数多あり、デザイン思考、CX戦略、ジョブ理論、バリュープロポジションなど枚挙にいとまがありません。

しかし、近年では事業環境の変化、とりわけ技術革新のスピードがあまりにも早く強力なため、シーズ起点のアイデア発想がより重視されつつあります。シーズ起点のアイデア発想が求められる場合、どのような手法が有効であるかをまとめました。

2-1. 複数のシーズから発想したい

活用するシーズを絞りたくないとき、または1つの製品やサービスが多様な機能を持つときに有効な手法です。

MFTフレームワーク

技術シーズを分解して市場ニーズと結び付けるフレームワークです。
自社が保有する技術を、「~できる」という文章形式で訴求機能に落とし込み、一方市場ニーズを「~したい」という文章形式で要求機能に落とし込みます。これらの発散した機能同士を新結合していくことで新たな提供価値を探索する手法です。

「ADLが開発した「MFT」フレームワーク」ARTHUR-D-LITTLEより引用

MFT(Market Function Technology)はアーサー・D・リトルが開発したフレームワークの中の代表例である。
Market(市場)の要求と、それを実現するTechnology(技術)の相関関係を、両者の中央に位置するFunction(機能)によって、結びつけ、様々な業界や事業における市場・課題・開発技術の連関関係を整理するのに有効なツールです。

「ADLが開発した「MFT」フレームワーク」ARTHUR-D-LITTLE

 有効なシチュエーションは、確実に活かしたい技術シーズが固まっているときです。技術やアセットを機能に分解することで新たな市場機会と結び付けることができます。

一方で、マーケットニーズの洗い出しは、本フレーム以外の手法で集める必要があります。また、要素の結びつき自体には思考体力が必要です。後述の生成AIを活用することも手です。


クリエイティブ・マトリクス

 縦軸と横軸に異なる視点の要素を並べ、その組み合わせを強制的に発想します。例えば、自社アセット×有望顧客、自社アセット×マクロトレンドなどを組み合わせます。

時間を区切って1マスずつブレストすることで、検討したことのない組み合わせを考えることができます。1行/列分、分類できないアイデアを貼り付けておくワイルドカード行/列を確保することであそびを持たせます。

「How to Use Design Thinking Methods to Improve Your Nonprofit’s Strategy and Measurement | Beth’s Blog」より引用

注目したい、または活かしたい2軸の要素が決まっているとき、まったく着手できていない新たな領域を発見することができます。

ただし、強制発想で要素の新結合を試行していく活動のため、アイデアの質は担保できません。広くもモレなく検討できることに終始する印象です。


2-2. 1つのシーズを活かしたい

明確に1つ、起点として活用したいシーズ、製品、アイデアがあるときも当然あり得るでしょう。または、1度作ったアイデアが「おしい」「魅力はあるがそのままでは使えない」と感じたとき、さらに磨き込むために次に紹介するアプローチを活用することができます。

因数分解法

要素に分解して、ズラします。デザイン思考を教える大学ではよく取り上げられる方法です。

物理的要素、時間的要素、事業モデル的要素などいずれかの視点で対処のアイデアを分解し、そのうち1つのみを変数とし、残りを固定します。変数とした1要素について異なる要素と入れ替えることで新しいコンセプトを発想します。

例えば、傘を「柄」×「生地」×「軸」の3つに分解するとして、「生地」を変数に取ると、太陽光発電できる傘、セカンドモニターになる傘、仮眠スペースになる傘、などが発想できます。

「Method 1:因数分解法」Biz/Zineより引用

「デザイン思考の先を行くもの」各務 太郎、「SHIFT:イノベーションの作法」濱口 秀司、などで紹介されている考え方です。


強制発想法(オズボーンのチェックリスト、SCAMPER法)

オズボーンのチェックリストは、アレックス・F・オズボーンが発明した代表的なチェックリスト型発想法です。アイデアを9つの多角的な視点から見直すことで新しいアイデアを強制発想します。

オズボーンのチェックリスト
1.転用(Other uses):他の使い道を考える

  - そのままで新しい使い道は?
  - 改良・改善した使い道は?
2.適合・応用(Adapt):他からアイデアを借りる
  - 他にこれに似たものはないか?
  - 真似できないか?何か他のアイデアを示唆していないか?
3.変更(Modify):変えてみる
  - 色・形・音・匂い・意味・動き、様式、型などを変えられないか?
4.拡大(Magnify):大きくしてみる
  - 大きさ・時間・頻度・高さ・長さ・強さを拡大できるか?
  - 時間、頻度、付加価値、材料を拡大できるか?
5.縮小(Minify):小さくしてみる
  - より小さく・軽く・低く・短くできるか?
  - 携帯化できるか?省力化・省略できるか?
6.代用(Substitute):他のものでは代用してみる
  - 他の何かに代用できないか?
  - 他の材料・順序・場所・アプローチ・人で代用できないか?
7.置換(Rearrange):入れ替えてみる
  - 要素を取り替えたら?
  - 要素・配列・レイアウト・位置・ペースなどを入れ替えられないか?
8.逆転(Reverse):逆にしてみる
  - 正面反対、上下、左右を逆にできないか?
  - 役割を逆にできないか?
  - マイナスをプラスにできないか?
9.結合(Combine):組み合わせてみる
  - 組み合わせられないか?合体できないか?混ぜられないか?
  - 目的や考えを組み合わせられないか?
  - 単位、ユニットを組み合わせられないか?

SCAMPER法は、「オズボーンのチェックリスト」をより使いやすく改良した、7つの項目からなる質問リストです。

SCAMPER法
S:Substitute(代用する)
C:Combine(組み合わせる)
A:Adapt(適応させる)
M:Modify(修正する)
P:Put to other uses(他の使い道を考える)
E:Eliminate(削減する)
R:Reverse・Rearrange(逆転させる/再編成する)

このあたりの発想法は、「進化思考」や「DXレンズ」など、変化の加え方のバリエーションはたくさんありますので、ピンとくるものはまずは試してみると良いかもしれません。ビジネス要件に合わせて、自社独自のフレームワークを作成しやすいともいえます。

アイデア発想といえば、オズボーンのチェックリストが代表例ですが、難点としては、問いが抽象的であるからこそ、答えも曖昧になりやすく、意外と活用できているひとが少ない手法のように感じます。

抽象的な質問をチームで思考するとドツボにはまりやすいので、自分だけで思考するときに、試してみるとよいかもしれません。


3. 競合と差別化してアイデア発想する

 市場に既にあるアイデアしか浮かばない、勝ち筋のあるアイデアと思えない、といった場合は、競合分析をしたうえでアイデア発想をするとよいでしょう。特に、新規性のあるアイデアを求めるとき、「新しさ」の基準は自社にとって新しいのではなく、市場にとって新しいものを考えることになりますので、市中のラインナップを理解しておくことは重要です。

戦略キャンバス

競合が目をつけていない新たな価値の軸を追加するフレームです。
顧客の購買決定要素(軸)を洗い出し、自社と競合を各軸に対して5段階程度で評価します。自社が勝つ、勝とうとしない軸を整理しつつ、競合がまったく手を付けられていないが、顧客にとって重要な購買決定要素を付け足します。

基本的な差別化の方向性は「付け加える」「増やす」「取り除く」「減らす」の4つです。軸が差別化できない場合、急速にコモディティ化する運命にあります。(このような考え方は、CX戦略で一般に語られています。)

「シルク・ドゥ・ソレイユの戦略キャンバス」MarTechLabより引用


Break the bias

二律背反をブレイクするアイデアを生み出す考え方で、濱口秀司氏が生み出した"破壊的な"アイデア発想のフレームワークです。

ポジショニングマップのように2軸で競合アイデア・類似アイデアをマッピングします。2軸がトレードオフになるような組み合わせの場合、2軸ともに満たすアイデアを発想します。

軸の切り方が肝なため、手元に紙を用意し、ひたすら2軸を切りまくる根気が必要です。濱口氏によると、最初に出てくるアイデアそのものの善し悪しよりも、なぜそれが良いと思ったのかという背景にある思い込み(バイアス)を顕在化することがコツだといいます。
例)運動用のスニーカーは軽い。おしゃれなスニーカーは重い。では、おしゃれで軽いスニーカーとは、、、?

「アイデアは「思い付いた理由」に着目せよ」Newspicksより引用

「SHIFT:イノベーションの作法」濱口 秀司を参照ください。



補足)アイデアがつまらないとき

 アイデアの発想法を変えても、まだアイデアがいまいちなことはありえます。その場合は、プロセスではなくインプットを変えてください。私が考える、アイデアを面白くするための方向性は下記で、うち上2つがインプットに関するものです。

アイデアを大胆(かつ実行可能)な面白いものにするための工夫
・新たな事実を加える
・仮定・前提を変える
・制約を加える
・アプローチを変える(ここまで紹介してきた他の方法に切り替える)
・人を変える

「新たな事実」とはまさに一次情報を当たったり、他の領域のアナロジーを取り入れることです。アイデア発想法自体にこの営みが組み込まれているものもあることはここまでの説明の通りです。

意外と見落とされがちなのは、「仮定・前提を変える」です。事前に指定された前提があることもあれば、知らず知らずのうちに当たり前においていた仮定を疑って、そもそも仮定自体も疑うことも必要です。

例えば、新しいPCに関する事業を創造するときに、そもそもPCは何年後まで使われるのか?自社はPCを通じて何を目指したいのか?それは本当にPCでないといけないのか?などの疑問をスタート時点で思い浮かべることは極めて重要です。

答えを変えるためには、問いを変えるのが一番です。

次回予告)複数のアプローチを組み合わせる

 ここまで【今すぐどうにかしたい編】として、足元で検討が進んでいる新規事業プロジェクトを想定しながら、アイデア発想法をご紹介しました。

ただし、実態としては、そもそもどのようなテーマで新規事業を生み出すべきか?10年先もこの事業でいいのか?といった俯瞰した議論が必要なケースもあるかと思います。

次回以降は、これらの俯瞰した議論を「テーマ探索編」「未来創造編」の2編に分けてご紹介します。お楽しみに。

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