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記事一覧

天の川 星の海

 夜のとばりが降りてなお、冷めやらぬ初夏の風。ところどころ修理の行き届いていない壁や窓の隙間から、それが吹き込んで肌をしっとりと撫でていく。
 オルカは夜風を肩で切るようにしながら、割れた常夜灯の魔法ガラスの代わりに星明りを頼りとして、誰もいない廊下を歩いていた。
 すっかり通いなれたある一室の前で止まる。最低限必要な開閉ができるまでには直された扉を、その馬鹿力で壊さないよう――それと近隣の戦闘員

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武器の咆哮

 「お前、俺の言うこと聞こえてんの?」
 どれぐらい前のことだったか。ある日、訓練が終わった後でダグの兄貴が俺に聞いてきたことがある。
 俺は最初、聞かれていることの意味がわからなくて首を捻った。
 「聞こえてるぞ」
 「いや、今じゃなくて。転身してる時。お前、すっごくデカくなって高いとこ飛ぶじゃん」
 兄貴は空を指差して言う。転身……俺がシャチになっている時の話か。
 「その時も声は聞こえるぞ。

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迷子の慟哭

 灰色の雲が分厚く空を覆う昼下がりだった。砂利と砂が混じる道を、おれはイルカと一緒に登っていた。
 「おなかすいた」
 おれと手を繋いで、おれの少し後ろを歩きながら、小さなイルカはたどたどしくしゃべる。うん、とおれは振り向かずにうなずいた。
 「もうこれが最後の坂だ。これを登ったら、あとは町まで下るだけだから。お昼ごはんにはお家に着くよ」
 「きょうのごはん、なにかなあ」
 「何だろうね。まあ、何

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シャチと光壁

 変わったことを言う男だと思った。
 『戦場で死にたいとかなら、他あたれよ』
 光り輝く魔法陣の前で、オルカは確かに男がそう言うのを聞いた。
 ――戦場で死にたい奴なんているのか?
 そう尋ねてみようかと思ったが、しかし魔法陣の光に目を奪われて、結局オルカは何も言えない。
 契約が完了する。これで、自分か契約相手の男――ダグのどちらかが武器になり、どちらかがその武器の使い手となる。
 ――どちらに

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シャチと白花

 たまの休暇には海に行く。妹と揃いのジャケットはなくさないように機関の自室に置いて行って、日の出も始まらないうちに部屋を出る。朝市の品を運ぶ馬車を捕まえて山を越え、まだ人の賑わいの高まらない海辺の街に着いたら御者に礼金を渡してそこからは自分の足で歩く。街を抜けたら浜辺に出る。浜辺を抜けて、そのまま自分の家のように、何の拍子も時機も待たないで、オルカは海に潜っていく。
 オルカは海が好きだ。光の届く

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