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「一生分の一歩」を踏み出した私たちが、明日からも健やかに生きていくために

炊飯器から、もくもくと湯気が立ちのぼる。グツ、グツグツ、と聞こえるのは、もったりした沸騰の音。あと10分くらいでお米が炊き上がるサインだ。

二口あるコンロのうち、右奥にかけたお鍋の火を止める。たまねぎの透き通った白、水を含んで膨らんだ油揚げ、サイの目に切った絹豆腐は、形が崩れてしまったものもある。どれも、夫の好きな具材だ。

調味料がずらりと並ぶ棚から、プラスチック容器に入ったお味噌を取り出す。ふたに手をかける、その瞬間、キッチンの窓の外から自転車のスタンドを止める音が聞こえた。

ちょうどいいタイミング。

作業する手をストップして、玄関へと向かう。

「おかえりなさい」

勢いよく開いたドアの隙間から、一気に冷たい空気が流れ込む。先に待ち伏せていた私を見て、目の前にいる夫は、少し驚いた顔をした。

「朝より、夜のほうが寒くなってきた」

片道40分かけて自電車通勤をする夫は、この時期になると、顔の下半分がスヌードで埋もれている。私は「すっかり冬だね」と言葉を返し、ちらり、と見えている夫の両頬に自分の両の掌をくっつけた。

ひんやり、冷たい。

今年も、もうそんな季節が来たのかと思う。彼の頬が凍り始める季節。それは、もう少しで一年が終わるサインでもある。

「あとちょっとで、ご飯炊けるから」

早々と部屋着に着替える夫に声をかけ、もう一度、お味噌の蓋に手をかける。

ねっとりとした赤色のそれをスプーンですくいながら、ふと、「今年は何があったかな」と考えた。


大切な人と、“一生分の一歩”を踏み出した

真っ先に思い浮かぶのは、「彼」が「夫」になったことだ。

付き合って6年目の記念日の朝にプロポーズをされ、6月、私の誕生日に入籍。ずっと望んでいただけあって、ほんとうに嬉しかった。

そのときの感情をずっと忘れたくなくて、すぐに書いたnoteは、想像以上にたくさんの方々に読んでいただいた。とてもありがたい。

この日から、およそ半年。もともと同棲をしていたから、さほど大きな変化もないだろうと思っていた新婚生活では、ふとした瞬間に、「もう、ただの恋人同士じゃないんだな」と実感することがある。

1ヶ月ほど前、夫が突然激しい腹痛を訴えて救急にかかったとき。めったに体調を崩さない彼が、息も切れぎれに青ざめている姿を見て、「どうか無事でありますように」と何度も強く願った。

「そういえば、会社の健康診断で、結石の可能性があるって言われてた」

症状の和らいだ夫からその報告を受けたとき、「そういう大事なことは、もっと早くに言ってよ」と涙目になりながら、「もう一人だけの人生じゃないんだから」という言葉がポロッとこぼれた。

夫は「ごめん、ごめん」と笑ってごまかしていたけれど、内心は驚いていたかもしれない。年下で、末っ子気質で、いつもは頼りない私の口から、そんな言葉が飛びだすとは思ってなかっただろう。

むしろ、私のほうが驚いていた。結婚してからも「実感湧かないね〜」なんて悠長に話していたのに、いつの間にか、「家族」としての“責任感”や“連帯感”に似た何かが芽を出し、すくすくと育っていたみたいだ。

今までとまったく同じようで、まったく違う。

病院からの帰り道、ふらっと入ったカフェで、さっきまでの出来事が嘘みたいにランチプレートを頬張る夫を見て、全身からふわっと力が抜けるのを感じた。

大切な人が、もっと大切になった2019年。“一生分の一歩”を踏み出した私たちは、大きくは変わらない生活の中で、来年以降もこうやって少しずつ「家族」になっていくのかもしれない。

ライターになって初めて、自分の書いた記事で泣いた

フリーランス2年目の今年は、仕事の面でも充実していたように思う。名古屋と東京の2拠点で、プロジェクトマネジメントとライティングの案件をかけ持ちするスタイルは、忙しくもあるが、それ以上に刺激がある。

ライティングに関して言えば、今年は、昨年以上にスキル面で悩んだり、上手く書けずに落ち込んだこともたくさんあった。論理構成、表現力、ライターとしての自覚。赤の入った原稿を見て、何度も泣きたくなったが、それでも諦めずに踏ん張った分、思い入れの強いコンテンツがたくさん生まれた。

なかでも印象的なのは、Jリーグクラブ「名古屋グランパス」さんを取材した記事。真夏の昼下がり、汗が滲むほどにヒートアップした会議室で、インタビュイーの口から語られた言葉は本当に「アツ」かった。

いかにして、この「アツさ」を記事に落とし込むか? 取材現場にいなかった読者にこの熱量を伝えるにはどうすればいいものかと悩み、書いては消し、書いては消し、を何度を繰り返し書き上げた。

担当編集者さんが最後まで根気よく向き合ってくれたこともあり、今年書いた記事の中では周りの反応も一番良く、お気に入りの記事に。

公開前日に原稿を読み直したとき、後半のあたりから、ふいに泣けてきた。取材時の感動を思い出したのもあるかもしれないけど、「少し前の自分じゃ、こんな文章は書けなかったな」という感動が大きかったように思う。

書き手でもあり、最初の読み手でもある自分が、シンプルに「この記事は最高だ」と思えるものを作れる幸せ。この記事は、これから先、文章が書けなくて辛くなったときに立ち返る場所として、何度だって読み返したい。

ほかにも、思い入れのあるコンテンツはたくさんある。

学生時代から、ライターとして携わってきたシティガイド『IDENTITY名古屋』では、媒体としても初の連載企画として「あの娘とナゴヤ。」を始動。

名古屋で暮らす女性の“日常”をそっと照らすようなお店やスポットを、ストーリー仕立てで紹介する形式に挑戦した。

連載の企画を始め、記事のサイトデザイン(文章のフォントや色味など)やアイキャッチ、バナーなども周りのメンバーと相談しながら主導権を持って担当。少し期間を要したが、無事にローンチしたときは心が踊った。

それまで、まったく興味関心のなかった「ものづくり」「工業」「テクノロジー」の分野で書いた記事も忘れられない。

取材・執筆が決まったときは、専門知識に乏しい自分がどれほど熱量高く記事を書けるか見当もつかなかったが、ふたを開けてみれば無用な心配だった。

ものづくりやテクノロジーの業界は、知れば知るほどに奥が深く、どんどん面白くなっていく。そして、取材を進めるうちに、いかに私たちの生活がこれらの業界に支えられているかを痛感した。そういった点でも、この記事に携われたのは、自分にとって意義のあることだったなと心の底から思う。

姉夫婦が始めたクラウドファンディングのプロジェクト文を執筆したのも、特別な仕事の一つになった。

依頼を受けて、名古屋から特急に乗り、まだ雪の残る長野県まで向かった。二人が暮らすアパートで夕飯にお手製の四川料理を食べながら行ったインタビューは、どこか新鮮で、楽しかったのを覚えている。

新卒で入った会社を辞めて、フリーランスになろうか迷っていたとき、一番に背中を押してくれたのは姉だった。彼女のおかげで手に入れられた「ライティング」という職能を、彼女の夢のために役立てる。

3姉妹の末っ子として生まれた私は、今まで、家族から無条件に何かを「もらう」ばかりだったが、この年になって少しずつ「返せる」ようになってきたのかもしれない。そう思えたコンテンツだった。

ここに挙げたものは、ほんの一例に過ぎない。2019年に執筆した記事は、そのどれもが特別で、大切なものばかり。一年を振り返ったタイミングで、迷いなくそう言い切れることは、ライターとして何よりの幸せだと思う。

私生活でも、仕事でも、「より良く暮らす」に向き合う年へ

私生活も、仕事も充実していた2019年。来たる2020年では、私はどんな風に生きていたいだろうか?

小さなものから、大きいものまで。願望は数え出したらキリがないけれど、たった一つだけ挙げるとするならば、今まで以上に「より良く暮らす」にきちんと向き合えるようになりたい。

日進月歩の速さで技術が進み、便利なものが溢れ出すこれからの時代。私は何を求め、何を選び、どう生きるのか? 自分にとっての幸せとは、ウェルビーイングとは何なのか?

今すぐには「答え」が思いつかないこの問いに、「いつか考えればいいや」と先延ばしにせず、まっすぐ向き合える人でありたい。

アプローチの方法はいろいろあると思うが、まずは身近なトピックでもある「食」から考えてみたい。

そう思ったのは、先日、仕事でお世話になっている人から勧められた一冊の本がきっかけだ。

福岡で、90歳を超えてもなお現役で料理教室を開く桧山タミさんの著書。彼女が実践する日々の食事や生活習慣からは、人生を健やかに生きるヒントが溢れ出している。

旬の野菜を旬のうちに食べる意義、切り方一つで変わる食材の味、素性を知って食材を選び取る大切さ……。桧山さんの等身大の言葉からは、食や台所を通じて幸せになることの可能性がひしひしと伝わってくる。

「食」は、体だけでなく、心もつくる。いいものを口にすれば、心も前向きになる。忙しいときはどうしても生活の手を抜きがちだし、すぐ便利なものに頼ってしまう。それが必ずしも悪いことだとは思わないけど、自分と大切な人の命を作る「食」に対しては、なるべく真摯に向き合いたい。

ちょっとくらい時間はかかっても、お味噌汁の出汁は一から取りたいし、お米も電気ではなく火で炊きたい。年明けには夫と地域の味噌作り教室にも参加して、春先になれば小さなバルコニーで家庭菜園を始めてもいい。

そうやって、少しずつ自分が実践すること、そこから感じたことや学んだことを、自分の言葉で発信できれば申し分ない。

どんなに小さなことでも、簡単なことでもいい。自分にできることを、日々の暮らしの中でコツコツと積み重ね、焦らずに生きていたい。


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ピー、ピー、ピー。

聴き慣れた電子音が、ご飯の炊き上がりを知らせる。弱火にかけていたお味噌汁は沸騰する手前。その瞬間を待ち構えていたかのように、夫が台所へ来た。何も言わず、しゃもじを水で濡らし、つやつやのご飯をすくい上げる。

ご飯をよそうのは夫、お味噌汁は私。約3年の同棲生活で、ごく自然と決まった我が家の役割分担は、今日も変わらない。

湯気の立ち込める食卓は、四季の中でも、冬が一番似合う。

「いただきます」

合わせた両の掌は、ほんのりと暖かい。

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