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ありがとうに「いつも」を付ける

相談室の先生である私が
いつもサポートしている
高校生のいずみくんは、常に疲れている。

発達障がいの特性を持つ彼は、
対人関係が苦手でこだわりが強い。
「普通」の人が
直感的にやっていることでも、
気を張っていなければ
人の表情を読み取ることも出来ない。
常に人に気を遣い、
周りに溶け込もうと必死で
カモフラージュを続ける。
そして時に対応を見誤り、
トラブルになる。
すぐに忘れてしまうので
提出物のプリントをいつも探している。
行事の日程が頭に入らず、
今どこで何をすればいいか
パニックになる。
そんな毎日だから、
いつもくたびれているか、
イライラしている。

なんでただ学校に行って、
座って授業受けているだけで
そんなに疲れるの?
と何も知らなければ思われてしまう。
でも、いずみくんは
生きているだけで過酷な毎日を送っている。
必死ないずみくんをサポートすることが、
私の大事な仕事の一つだ。

「せつない子育てをしてきました。」
はじめていずみくんのお母さんに会ったとき、
そう言って涙を流された。
いつも一生懸命なのになかなか報われない。
常に誰かに謝っている。
誰にも感謝されない。
そんな子育て。

せめてお母さんの話を聞く。
聞き切る。
それをやることにしている。

よくやっておられますよ。
お母さんは休憩できてますか?
ケーキでも買ってこっそり食べてくださいよ。
楽しいことをしましょうね。
そういって労う。

先日雑談中にいずみくんが
「お母さんが疲れているんです。」
といった。
そりゃそうだよ。あんたのせいだよ。
とは言えない。
いずみくんだって疲れている。

「ため息をついてしんどそうです。
 どうすればいいんだろう。」
と考えているいずみくんに聞いた。
「なんで疲れているとおもう?」
「多分、毎日仕事して家事もして
 僕の送り迎えもしてるから。」
本気でどうすればいいか考えている様子だ。

私は聞いてみた。
「ちゃんと感謝の気持ちを伝えてる?」
「言ってます。 
 駅まで送ってもらって降りるときには
 いつもありがとうって。」
「そうか。」
「ご飯作ってくれたり、洗濯してもらったり、
 話を聞いてもらったときは?」
「特に何も言っていません。」

それだ!
思春期の難しい男子と疲れたお母さん。
二人の心を繋ぐ言葉が見えた。

「いずみくん、
 次からありがとうの前に
 『いつも』を付けたらどう?」

?って顔をしている。

「お母さんに
 『いつもありがとう。』って言ってごらんよ。
 私がお母さんだったら、
 泣いちゃうかもしれんな。」
「恥ずかしいです。。。でもやってみます。」

そういっていずみくんは帰っていった。

いずみくんの毎日は、事件が絶えない。
いつも話を聞きながら
 「今日もよく頑張った!」と励ます。
お母さんとも度々電話連絡をしながら、
「ゆっくり育てましょうね。」と確認をする。

お母さんから「ありがとう」の報告はない。
どうやら私のアドバイスは
忘れてしまったようだ。
残念だけど、
一瞬でもその気になってくれたらいいとするか。
そう思っていたら、
いずみくんが思いだしたように言った。

「先生、
 まだいつもありがとうって言えてないんです。
 でも、言わなくちゃって、
 いつも覚えてるんです。」

そっか。覚えてるんだ。
いつか言えるタイミングが来るといいね。

世の中のお母さん。
思春期の子ども達には
恥ずかしくて言えないけど、
言いたいと思ってる言葉があるようです。
うまく伝わらないかもしれないけど
それは分かってあげて欲しい。

いずみくん。
私もいつか
直接言えたらいいと思っている
言葉があるよ。

「生まれてきてくれてありがとう」
「生んでくれてありがとう」
「出会ってくれてありがとう」
「生きていてくれてありがとう」

いつかお互い言える日が来るといいね。
いずみくんのお母さんにも伝わりますように。


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