『夜もすがら もの思ふころは 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり』俊恵法師
《意味》
つれないあなたを想って一晩中悩んでいる今日この頃は、なかなか夜も明けないように思えて、光の射さない寝室の隙間まで、つれなく感じられるよ。
明けない夜はない。解ってはいてもそれでもつらい、長い夜を恨んだ一首です。
この一首は『千載集』という歌集に「恋の歌とて詠める」という前書き付きで次のように載っています。
「夜もすがら もの思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり」
最初にご紹介したものとほとんど一緒なのですが、「明けやらで」と「明けやらぬ」という違いがあります。実は室町時代までのほとんどの文献で「明けやらぬ」となっており、小倉百人一首撰者の定家も「明けやらぬ」として載せていました。
「明けやらぬ」となるとそれは「閨のひま」にかかる言葉となり、《“なかなか夜が明けない寝室”の隙間》と訳が限定されます。《なかなか夜が明けない寝室》となると、それは夜が明けないことが客観的事実、単に冬であるためという季節的な理由を示し、余情がなくなります。
しかし「明けやらで」となると「なかなか夜が明けなく思えて」となり、明けないのは季節のせいだけではなく自分の心情も含み、解釈に幅が出てきます。
本来は「明けやらぬ」だっただろうところが「明けやらで」に変化し、ここまで広まり愛されているのは、明けないのは自分の気持ちのせいであるという余情に、より多くの人が共感をしたからではないでしょうか。
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