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【ブラジル総選挙2022】憎悪は何も生み出さない

ブラジル総選挙の結果の実情

4年ぶりのブラジル総選挙が怒涛のように終わりました。ここバイーア州はブラジルの低所得者層が多い北東部に位置しており、今回のルーラ勝利はほぼこの北東部の支持者が強かったためです。

WhatsAppに送られて来たため出典不明。いちばん上のNordeste北東部以外の地域は全てボウソナーロ推しでした。南部と南西部は特にボウソナーロが強かった。

赤が労働党のルーラ、青が社会自由党のボウソナーロが勝利した市町村。北部と北東部以外は南に行けば行くほど青の勝利率が高くなっています。人口分布も北:貧困層と南:裕福層の割合が高くまた混血の具合も北:黒人インディオと南:白人の割合が高い。4年前の選挙結果も同じように赤と青が地域によってはっきり分かれていました。

ブラジルの市町村別人種の割合、高いほど各色が濃く示される。青:Brancos白人系、赤:Pardos褐色系、緑:Indígenasインディオ、黄:Pretos黒人がほとんど見当たら無いのも興味深い。

2022年ルーラ支持層、現地の反応

中でもここサルヴァドールの労働党支持率はブラジル1と言われており、ルーラ当確が決まりそうになったあたりから周囲では続々と花火が打ち上げられ、車のクラクション、ルーラ!ルーラ!という叫び声も響いていました。

ブラジルでラインの代わりに多く使われているWhatsAppのグループでも私の周りに限って言えばほとんど労働党支持者で構成されている場合が多く、当確が決まっていく過程でどんどんお祝いのメッセージが溢れました。もともと準備していたのでしょう、ルーラ勝利おめでとうの画像や動画も電光石火で続々届き驚きました。

そもそも私が入っている(と言うか基本入らされているものが多い)グループはカポエイラや大学、脱植民系の学会関連がほとんどで、その中でボウソナーロ支持者はほぼ皆無。同調圧力的なものもあるため、特に大学のような教育機関で政治的な傾向が偏るのはどうかとも思います。しかし私が属するバイーア連邦大学はずっと共産党や労働党支持者に偏ってしまう歴史もあったので仕方ない…で済ましていいものかとも思いつつ。

2018年ボウソナーロ当選時から、忘れてはいけないこと

さて、2018年の昨晩つまり現ボウソナーロ大統領の当確が決まった時には近所もWhatsApp内も反対にお葬式のようでした。近所でも花火などは打ち上げられず、WhatsAppのグループには喪に服す意味合いの真っ黒の画像が送られて来たり、ブラジルは終わったというメッセージが溢れました。

2018年のブラジル総選挙時に喪に服す雰囲気が立ち込めていたのも、当時カポエイラ界で衝撃的な事件が起こったためでもあります。それを忘れてはいけないという意味合いも込めて、うちの師匠のコブラ先生Mestre Cobra Mansa(タイトル写真)が昨日撮影した動画は1日であっという間にブラジルSNSに広まりました。

昨日の早朝5時半に師匠から電話があり、今送った動画編集をしてSNSアップしてくれという依頼が。しかし朝イチでアップし無いと意味が無い動画だったため、結局編集したバージョンは後ほどアップすることになったのですが。(編集後の動画は下に貼り付けました)

その内容はというと、市民としての義務を果たして投票したら速やかに家に帰って誰とも口論したりするなというもの。1ヶ月前の総選挙第一ラウンド投票日にも同じ内容の動画をアップし拡散されました。それでも今回もう一度同じメッセージを伝えなければと師匠は思ったのでしょう。

なぜかというと2018年の総選挙時、サルヴァドール在住のMestre Moa do Katendêというカポエイラの師匠が自宅近所の飲み屋で現大統領支持者と口論の末、その人物に背後から12回刺されて死亡したのです。そのような嫌悪や憎悪は何も生み出さ無いから、生き残ってより良いブラジルを再構築しよう、というメッセージ。

”O ódio não vai vencer.”
直訳は「憎悪は勝利しない。」

イデオロギーが個人レベルに落とし込まれると

イギリスにいるときによく聞いた、パブで飲みながら議論してはいけない話題3つ=政治・宗教・サッカー。個人の見解が強く反映される、または個人が影響されたイデオロギーが強く反映されるこの3つに、もう一つ加わったのはウィルス感染疾患とワクチンに関する見解だと個人的には解釈しています。

自分には有益だと信じるもの=周りの人たちにも有益だ=あなたにも幸せになってほしい、みんなでいい社会ひいては世界をつくりたい…そんな強い想いや正義感のようなものから周りの人たちと意見をぶつからせる。そしてそれが嵩じて激しい口論になりやすい話題だからでしょう。

コブラ先生が伝えたかったことは、自分が正しい・相手が間違っている、そんなあなたのためを思って説得している…それが突き進んでいった結果、私がいいと思っていることを受け入れるどころか反対するあなたは私や世界にとって有害だと思い込み、憎悪を募らせ、相手の命を奪うまでになる。そんな戦いは無意味だと。

2022年総選挙期間の政治的暴力は2018年の4倍

今回の選挙期間中にもブラジル各地で通報されただけでも247の「政治的暴力」事件がありそれは2018年総選挙時の4倍、そのおよそ半数は8月1日から10月初めの第一ラウンド投票日までの2ヶ月間で、残り半数は10月の1ヶ月で起こったと報道されました。記録されていない件数を入れれば実際の事件数は遥かに多いことでしょう。この際どちらの支持者がより多くの暴力沙汰を起こしたという議論は無意味に思えます。

ブラジルでは例えば福音教会の信者さんたちは教会でボウソナーロを支持するように促されることが多く、日本のみならず世界どこでも宗教と政治は個人の世界観や価値観や行動を決定的にするツールとなっています。それを組み合わせてお互い憎しみ合うよりはお互いに冷静に明日へ繋げて行こうと言うメッセージ。

カポエイラの師匠の教え

O bom capoeirista nunca se exalta, procura sempre estar calmo para poder refletir com precisão”.
「優れたカポエイリスタは興奮することなく、正確に考察するため常に落ち着いていようとする。」
1981年11月13日に不遇のなかサルヴァドールで亡くなったMestre Pastinhaが残した言葉にもよく冷静でいることの重要さが引用され、今でもスタイルを問わずカポエイラの師匠たちは生徒たちに教えないことは無い教訓となっています。

自身は黒人でリオのファヴェーラ出身、半分ストリートチルドレンだったコブラ先生。彼のみならず特に貧困地区出身の黒人系のカポエイラの師匠たちは皆、ブラジルの不平等な社会システムの中を常に何らかの戦いをしながら30年40年カポエイラによって生かされて来たと公言する方が多くいます。そして今現在も戦っています。2018年に命を落としたMestre Moa do Katendêもそういう師匠の一人でした。

戦い続け、社会システムの中で思わぬ形で憎悪の的になり命を落とした師匠、そんな悲劇を数多く目の当たりににながら行き伸びて師匠たちからのメッセージだからこそ、憎悪に基づいた戦いをするなということをカポエイラの中だけでは無く、日常生活ひいては日常の中での政治的局面が浮き彫りになる時期にも忘れてはいけないのでしょう。

ブラジル黒人意識の11月に向けて

Mestre Pastinhaの命日のある11月は、20日がブラジル最大のキロンボ(奴隷制度時代からの主に黒人たちによる独立コミューン的な集落)であったQuilombo dos Palmaresのリーダーであり1695年に捉えられ斬首刑にされたズンビZumbi dos Palmaresの命日であり、それを記念した黒人意識の月とされています。

しかしながら、サルヴァドールのコミュニティーでカポエイラやアフォシェー(アフロブラジリアン音楽の形態のひとつ)を教え続け、ドレッドヘアーを纏いアフロブラジリアン文化の担い手であったMestre Moa do Katendêを4年前に殺害した犯人も同じコミュニティーに住む黒人系の男性でした。

政治は自分たちの生活に直接的な影響を及ぼすため、敵対する政党の支持者たちにとっては、お互いが自分たちの生活ひいては生命を脅かす政策を施行する傾向のある政治家を支持することを許せなくなるのも至極当然のこと。そんな中でもイデオロギーに振り回されず憎悪を持た無い形で戦って行く姿勢を受け継いでゆく、そんな黒人意識の11月を迎えたいと思わされたメッセージでした。


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