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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#7後編

前編はこちら。

「これは…」デンタータはしゃがみ込み、転がっていた石を掴む。ヒプノシスらと散開した彼女は、大通りと思しき道を歩いていた。彼女は石を見る。どこにでも転がっていそうな、ごく普通の石。彼女はそれを握りつぶすと、指の隙間から少しずつ下へとこぼしてゆく。

「火成岩…やはりここはかつて地上だった…」デンタータの脳裏に、かつての出来事、ギンカク封印を成したリアルニンジャの存在が浮かぶ。「石の蓋…ドトン系のジツの使い手ね」天井を、ファウンドが打ち上げた二発目の照明弾の光に照らされた天井を見上げる。

デンタータのニンジャ視力には、天井に継ぎ目などは一切見えなかった。恐らく、一度のジツの行使で天井を作ったのだろう。ソガの軍勢、ニンジャの力の影響下のネズミから都を守るために、籠城戦のためにジツで天井に蓋をしたのだろう。

降りてきて一度、デンタータが跳躍して見渡した石造りの都の大きさは、ネオサイタマで言うならディストリクトが3つほどはあるだろうか。「神話の時代だからこそ可能な御業ね…」現代のニンジャで、これほどの広範囲に影響を与えるジツの使い手はそうそういないだろう。

「それと確か、イースター島は火山の噴火で出来た島だったはずよね…」都が存在するのは恐らく、休火山の火口跡。確認されていない四つ目の火山が、ここにあったのだ。降りて来た階段は、すり鉢状の都へと降りるためのものか。

その時、デンタータのニンジャ聴力があるものを捉える。ガサガサと蠢く音を。デンタータは無言でカラテの構えを取った。デンタータの四方、大通りや脇道から飛び出したのは…!

◆◆◆

「この建物の建築様式は…インカ帝国に通ずるものがあるな」ヒプノシスは適当に入った石造りの建物の中を調べて呟く。「…いや、インカ帝国よりも前の時代に作られたものなのか?」恋人がそういった考古学に通じているため、彼も話について行くためにある程度の知識は有していた。

「王国崩壊時に建築に携わった住民がペルー本土に流れ着いて、その子孫がインカ帝国の建築のルーツとなった…は、流石にロマンに溢れすぎかな?」ヒプノシスはカメラで撮影を行い、階段を上がり二階へと足を進める。

「ここは、寝室かな?」恐らくベッドであろう石造りの台が、小さな窓枠の近くに存在した。台の上にはボロボロの布切れが転がっていた。「当時の織物か…」ヒプノシスは手を伸ばそうとするが、その手を止める。布の内側、そこから何かが溢れ出さんとする…!

◆◆◆

「日々の商いの様子…贄を奉げる際の祭り…ギンカクに関する情報はないのか?」ファウンドは、手近のハックしたモアイ像からかつての王国に関する情報を吸い上げ、精査していた。コトダマ空間内で、ワイヤーフレームで作り上げられる古代の人々の生活の日々。

「定期的に王とやらは、ランダムで選んだ王国の民を贄とし、作物を生み出していた…」石造りの都の中心に存在する石のピラミッド。その一番上で、ワイヤーフレームの人影が、首根っこを掴んだ人影の胸を手刀で貫く。すると、貫かれた人影の全身から、作物のワイヤーフレームが生えた。

その様を見て人々は熱狂し…そこでファウンドはワイヤーフレーム再現を止めた。「やはり、あの黒いモアイ像にもう一度ハッキングを仕掛けなければいけないか…」いくら全てのモアイ像がオヒガン的に繋がっていようと、吸い出せるデータに限界はある。

「王とやらが住んでいた場所にあるか?ッ!?」その時、ファウンドの背筋に冷たいものが走る。とっさに振り向いたのは、石のピラミッドの方角。そこから何者かがこちらを見ている。そうファウンドは感じ取った。BEEP!BEEP!現実世界のファウンドが纏う機械鎧が警告音を発する!

機械鎧のセンサーは、ファウンドの全方位から生命反応が近づくのを感知したのだ…!

◆◆◆

「ギーッ!」デンタータのすぐそばの脇道から大量の小動物が飛び出した!ナムアミダブツ!ネズミの群れだ!灰色の毛皮の大半が抜け落ち、毒々しい色の水疱が全身を覆っている!ガチガチと歯を噛み鳴らしコワイ!「ホロビの力を受けたネズミ…まだいたのね」

大通りを、脇道を駆けるネズミの群れ。ネズミたちはデンタータへと殺到する!「イヤーッ!」デンタータは跳躍!大通り沿いの建物の壁面を駆ける!「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」駆ける壁面にある窓からもネズミが湧きだす!「イヤーッ!」デンタータは上空へ跳ぶ!

ウサギ・ニンジャクランのニンジャソウルに憑依された彼女の跳躍力はモータルの数倍!それがサイバネにより更に強化され、瞬間的に時速数百キロに迫る!デンタータは天井の石壁を蹴ると、ネズミのいない場所へ向かう!BOOOOOM!遠方で火の手が上がる!「あらあら、派手にやってるわね」

『シュー…!燃えろ…!』ファウンドの機械鎧の右腕のヒジが反対側に向き、そこから火炎が放たれる!火炎放射器が内蔵されているのだ!「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」ネズミの群れが炎上!ネズミからネズミへ延焼した火は石造りの建物すら飲み込み、辺りはジゴクめいた様相と化す!

「ギーッ!」燃え盛る炎の中から一匹のネズミが飛び出し、ファウンドの機械鎧に張り付き駆け上がる!機械鎧の排熱口から内部へ侵入するつもりだ!『コー…!しゃらくさい!』ファウンドは排熱の勢いを全開にし、ネズミを吹き飛ばさんとする!「ギーッ!」だが、ネズミは牙を立て抗う!

「ギッ!?」その時、ネズミが奇声を上げると機械鎧を飛び降り、己の爪で全身をズタズタにし始める!「頑張るのはいいんだけどさ」炎の切れ目から、一人のニンジャが姿を現す。ヒプノシス。「あとどれだけネズミがいるかわからないのに、燃料を使い切る勢いはいただけないな。ボーイ」

『シュー…!なら残りはアンタがやれ…!』「了解。ボーイの師匠の頑張りをたまには見せてあげよう」ヒプノシスは、迫りくるネズミの群れを前にして立つ。そして、目を見開いた。「ギッ!?」「ギギッ!」ネズミは一斉にその場で足を止める。「お互いを食い殺せ」ヒプノシスはそう命じた。

「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」ネズミは一斉に近くの同族へ牙を突き立て、その肉を貪りあう!「まあ、ざっとこんなものさ。ボーイ」『…チッ!』ファウンドは露骨に舌打ちをする。ヒプノシスは肩をすくめ、周囲のネズミの残りがいないか見渡す。

ドン!「ハァイ、頑張ってるかしら」ヒプノシスの横に、デンタータが着陸する。彼女は天井から降りた地点より、一度の跳躍でヒプノシスの横まで辿り着いたのだ。「悪いけど、私とこのネズミたちの相性はかなり悪いから、二人で何とかしてもらっていいかしら?」

「構わないけど、際限がなさそうだよ。お互いを食い殺せ」「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」ヒプノシスのジツで第二陣のネズミは互いを貪り始める。しかしその奥には次のネズミウェーブが控えている。いずれジツを使う体力も気力も尽き、ネズミはヒプノシスを食い殺すだろう。

『シュー…あのピラミッドだ』ファウンドは石造りのピラミッドを指す。『コー…あそこに、コトダマ空間から何かがいてこちらを見ていた。ネズミをこちらにけしかけているのかはわからないが…』「都市の中心にある…可能性としては、祭壇、王の居住していた地、もしくは…封印」

「ギンカクがあるとしたら、あそこの地下か」ヒプノシスの頬を汗が伝い、ファウンドの火炎放射によって蒸発する。あまりにジツを使わせられる頻度が早すぎる。デンタータは恋人の顔を見て、限界はそう遠くないことを悟る。「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」

「…あそこへ行きましょう。前方はファウンド=サン、後方はヒプノシス=サンで。近づいてくる奴だけを殺して!」『コー…わかった!』「頼んだぞボーイ!」三人のニンジャは一直線に都の中央へと向かって駆けだす!

◆◆◆

BRATATATA!BRATATATA!「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」「弾の補充を急げ!」白衣を着た研究者のアサルトライフルから放たれた弾丸がネズミの群れを掃射する!デンタータらが降りた階段の出口で、アダナスの研究チームとネズミの群れの攻防戦が繰り広げられていた!

「オートマタを使う!撃つのを止めろ!」研究員が持っていた箱を開け、小型UNIXで起動信号を送る!箱の中から金属の羽虫が飛翔し、ネズミに襲い掛かる!「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」ネズミは次々と羽虫に貫かれ死亡!しかし数が多く押されている!

「火炎放射器を持ってきたぞ!」そこへ、階段から火炎放射器を装備した警備員が駆け下りてくる!「全員離れてろよぉ!」GEBOBOBOBOBOBO!「ギーッ!」「ギーッ!」ネズミの波が燃え上がり、付近に生えていた植物も炎上。肉が燃える臭いと清涼感のある臭いが混ざる。まさに鉄火場!

ニンジャですら手こずるネズミの群れを、モータルである研究チームの面々が殺せているのは、入り口に存在したミント、ハッカ、ワサビなどのオーガニックハーブの香りがネズミを押し止めているからだ。それがなければ研究員らは既にネズミの腹の中。ネズミは地上へ向けて侵攻を開始しただろう。

「足元に気を付けろ!」階段を配線や機材を持った研究員たちが降りてくる。それらは、見るものが見ればシュヴァルツヴァルトでギュンター博士、セレクションがギンカクに用いたものと似ていることに気づくだろう。

これらはアダナス・コーポレーションが、南米に存在した彼のアジト跡を見つけ、そこから廃棄されていた資料や機材の残骸を再生。更にリバースエンジニアリングした試作品だ。今回の調査で得たデータで更なる改良がおこなわれる予定だ。

「ウォ…」配線を運んでいた研究員が、突然腕にかかる重さが増し前傾姿勢になる。「バカ!階段を降りているのに手を放す奴が」研究員は、後ろで配線を持っていた研究員が、何らかの理由で手放したのだろうと思い、後ろを振り返った。後ろにいた研究員の頭がなかった。「えっ」

マヌケな声を上げた研究員の頭も消え、頭を失った研究員たちの体が階段を転がり落ちる。不思議なのはどの体も断面から血が一滴も零れず、手や足をバタバタと動かしている。「う、あ」ネズミの対処に動いていた研究員らも、後方での異常に気付き振り返り、余りの事態に動けずにいた。

「ふむ…少々留守にしていただけで、ここまで害虫が湧くか…」階段を、一人の女が降りてくる。南米系。エキゾチックな雰囲気を漂わせる女。現代の装いをしているが、その身体の中に莫大な時の力を循環させているのは隠せない。「リアル…ニンジャ…」研究員らも、突然の出現に動揺を隠せない。

「下賤なモータル…オヒガンに干渉する気か…?」女は研究員たちに目を向けず、落ちていた機材に目を向け、踏みにじる。研究員らは動けなかった。デンタータやヒプノシス、或いはアダナス本社に居ればニンジャと接することもあり、急性NRSにはならずには済んでいた。だが、今は違う。

心臓を直接握られているような、或いは脳を直接掴まれているような。動けば死ぬ。その予感いや、確信があった。突如、頭を失った研究員らは一斉に体を大きくのけ反らせ、首から大量の血を噴出した。「ああ…もう霧散したか…やはりモータルは脆弱な…」「撃てー!」BRATATATATATATA!

一人の研究員の掛け声とともに、一斉に女へ銃撃が開始!階段近くに設置されたライトを銃弾が破壊し、辺り一面にガラスが舞う!「待て!撃つのを止めろ!」異変に気づいた研究員の一人が、周りに銃撃を止めるように叫ぶ。「いない…?」周りのどこにも、女がいないのだ。

相手がニンジャなら、銃撃を回避しこちらに反撃をしてくる可能性はあると、この場にいる全員が理解していた。だが、読者の中にニンジャ動体視力をお持ちの方がおられればわかっただろう。銃弾が体を貫く寸前で、女の姿が掻き消えていたのを。「愚かな…」二人の首なし研究員が倒れる。

残りの研究員らは近くに存在する女に慄く。色付きの風すら見えなかった。「撃て」フレンドリーファイア覚悟の銃撃を行おうとした瞬間、生き残った研究員らは石の手に押しつぶされ粉砕死した。「貴様…俺が降りてくる前に片付けろと言っただろう」階段から苛立つ男の声。

階段の天井がまるで水飴のように溶け、3m近い大男が姿を現した。「ふん…石工風情が…王の妾である私に意見をするか?」「ハッ!情婦風情が妾を名乗るか!」二人の間に僅かにキリングオーラが漂う。「…止めだ」「今ここで喧嘩をしているわけにはいかねえわな…」しかしすぐに霧散する。

「ここは…変わらんな…あのお方と過ごした頃のままだ」女は都を、燃え上がる炎に照らされた都を見つめ呟く。「そりゃそうだ。この俺が手掛けて、この俺が仕込んだモータルの弟子共が作った作品だからな」「…貴様には…他人の心情を…慮る能力は…ないのか…?」

「昔の思い出に浸っていたけりゃな、泥棒を叩くのが先だと思うぜ?」男は辺りに転がる機材や死体を睨みつける。「なら…いくか…王の僕を黙らせる餌は…あるしな」「…俺にこの死体どもを担いでいけって言いてぇのか?」「お前以外に…誰がいる?」「クソが…」

◆◆◆

「昇るわよ!」デンタータらは石のピラミッドを駆け上がる!「ギーッ!」「ギーッ!」「ギーッ!」ネズミらもその後を追う!「扉だ!」最上層、そこにはピラミッドと同じ石造りの扉が存在した。『シュー…俺が開ける』一番に到着したファウンドが扉に手をかけ、機械鎧の出力を最大にし引っ張る!

扉は数世紀もの間一度も開かれなかったのか、鈍い音を立て開かれた。「急いで!」三人は扉の奥へ入ると全力で扉を閉めた。「ギーッ!」一匹のネズミが扉に尻尾を挟まれながらも、デンタータに飛びつこうとその身を暴れさせていた。『フン!』「ギッ!」ファウンドによって踏みつぶされるまでは。

「ここまでは今のところは入れないみたいだね」ヒプノシスは顔を伝う汗をニンジャ装束で拭い辺りを見回す。闇だ。一寸先の闇すら見通す事の敵わない闇。「光源の類いはないのかしらね…」『コー…照明弾は?』「駄目ね、部屋も階層も分かれているでしょうから」その時、異音が響く。

闇の中でファウンドの放つ光や懐中電灯で互いの顔を見ていたデンタータらを、眩い光が照らす。あまりの眩さにデンタータとヒプノシスは目を細め、辺りを見回す。石造りの広間、水晶で出来たシャングラスが周囲を照らし、かつての時代の名残、美術品や装飾品などを照らす。

「…自動点灯ってわけじゃなだそうだね」他に天井にあるいくつかの光源は、明かりを絞り、スポットライトのようにヒプノシスを照らす。『…シュー…やはり、いるな』「コトダマ空間、オヒガンからこちらを見る何者か、ね」デンタータはシャングラスを睨みつける。

「シルバ以外にも、この都を守る者が存在するなんてね」「それも恐らくニンジャ。こっちが本命なんでしょうね」デンタータとヒプノシスは一点を見つめながら、壁際へゆっくりと歩みを進める。ファウンドも、装備の安全装置を外す。三者は気づいているのだ。視線の先、階段から何かが来ると。

「Arghhhhhh…」階段から、ヒトが姿を現す。しかし、それはただの人ではなかった。全身をネズミと同じ毒々しい水疱が覆い、何より全身から木の枝や蔦が生えていた。ズンビーめいている。だが、枝から生えた葉に隠された眼には、明確な意思が垣間見える。「Arghh…侵入者か…」

人影は、手に持っていた槍を己の体から生えた木の枝にひっかけると、両の手を合わせオジギをした。「ドーモ…ミンティー…です」アイサツ。デンタータは目の前のネズミの犠牲者らしき成れの果てが、ニンジャであると気づく。「ドーモ、ミンティー=サン。私たちはアダナス・コーポレーション。この都をいただきに来たの」デンタータもアイサツをする。

「ソガの一派では…なさそうだ。リアルニンジャというわけでもなし…奇妙な、ニンジャどもだ」ミンティーは槍を持つと、槍の穂先を撫で灰色の光を纏わせる。すると、石槍の柄の木材から蔦が生え、ミンティーの腕に巻き付いた。

デンタータはその槍の構え、ミンティーの姿に強烈なデジャヴを感じた。「マウイと同じ…」「Arghh…我、王の寝所の守りを任されし者…貴様らを…殺す!イヤーッ!」ミンティーは、先ほどまでのズンビーめいた動きの遅さから一転、出鱈目な速さで突進!デンタータの喉を貫かんとする!

「イヤーッ!」デンタータはブリッジ回避!そして蹴り上がり、槍の柄を蹴り砕く!だが!「なっ!」砕けた柄と柄の間に、瑞々しい新芽が生えたかと思うと、互いに絡みつき成長。柄が再生!さらにデンタータの右足を巻き込んでいる!「イヤーッ!」体を無理やり回転させ再度破壊し脱出!

「ほう…なかなかにやる」ミンティーはクツクツと笑う。格下であると見下していた相手が、予想以上に出来た事実に望外の僥倖を抱く。『彼女に…何をする!』ファウンドはミンティーの背後を取ると指先からアサルトライフルの弾丸を放つ!「スリケンもクナイダートも使えぬ、軟弱者…」

ミンティーは槍を回転させ防御!ファウンドは機械鎧の中で目を見開く。ミンティーの槍から伸びた新芽が、弾丸を一つ一つ掴み取る。アサルトライフルで仕留めきれるとは考えてはいなかった。だが槍で打ち払うのではなく、ジツの影響下とはいえ新芽で受け止められるとは、彼も考えてはいなかった。

「イクサの最中で手を止めるとは…」ミンティーは穂先をファウンドの機械鎧、その胸の部分に定め突き出さんとする。「ヌッ…」しかし、突き出さんとした槍をミンティーは何故か回転させ、自身の肩を浅く切り裂いた。「小癪な、ジツだ…」ミンティーはヒプノシスを睨みつける。

「おっと、怒らせたかな?」ヒプノシスは肩をすくめながら、指の間に挟んでいたスリケンを投擲。ミンティーは跳躍しファウンドから距離を取る。だが、ミンティーの行動はそれだけでは終わらなかった。ミンティーは槍を手放したのだ。「っ!しゃがんで!」デンタータは大声で指示を出す!

「イヤーッ!」ミンティーは腕を振り回し、腕に絡まった蔦が伸び、槍が殺戮円を描く!アダナスの三人はしゃがむことにより槍を回避!槍は壁に浅くない傷跡を残す!「我がクランの…王の戦いを知っているのか?ならば…!」ミンティーは再び蔦を、槍を振り回す!だが!

ナムサン!槍の柄から鋭い枝が四方八方に乱雑に生え、回避可能な範囲を激減させている!そうなれば回避できる場所は限られる。描かれる殺戮円の中心。つまりミンティーの下!『コー…燃えろ!』飛び込んだファウンドは上空、天井付近まで跳躍したミンティーに火炎放射を行う!

GEBOBOBOBO!ミンティーの姿は炎に呑まれ消えた。だが!槍と繋がった蔦は少しも燃えず、炎の中へと引き戻された。『シュー…ジツで強化されてるか…!』炎が撒き散らかされ、中から健在のミンティーが姿を現す!全身から生えた木が素早く生え変わり、炎からミンティーを守ったのだ!

「砕けろ…!」ミンティーは横回転から体を捻り縦回転に。そして槍が繋がった蔦を振り回す。マズイ、アレは『槌』だ。ヒプノシスは、あの攻撃がそのままミンティーの思惑通りになればどうなるか。それを一瞬で理解した。槍は音速に到達し、衝撃波と共に自分たちを殺す。

ヒプノシスは全力で自身のジツの発動を行う。ニンジャのジツの影響下でも、ネズミ程度なら少し見れば己のジツの支配下に置くことが出来る。だが相手がニンジャ、しかも太古のニンジャならば数秒はかかる。それでは間に合わない!「ネヴァ!」彼は恋人に撤退するように叫ばんとした。だが。

既にデンタータはそこにはいなかった。「アバーッ!」ミンティーが叫ぶ。彼の上半身と下半身は泣き別れとなっていた。「へぇ…やっぱり、カラテなら破壊は出来そうね」その奥、天井のシャンデリアを掴んだデンタータは腕を払い、絡みついていた植物や蔦、毒々しい液体を落としていた。

おお、彼女の腕、戦闘用の義肢からは刃が飛び出していた。白刃は熱を帯びたように陽炎を放ち、そして主の腕へと収納された。ボトボトと音を立て、ミンティーの上半身と下半身は床へと落ちた。「まだだ…!」だが、上半身と下半身の傷跡から新芽が、元から生えていた植物が蠢きだす。

『コー…心臓を抉るか、頭を踏みつぶすか…』「でも、この調子じゃどちらをやっても手痛いカウンターがありそうだ」ファウンドとヒプノシスは、如何にしてこのしぶといニンジャにカイシャクを施すか相談を始めた。「ゴボーッ!」「ん?」だが、その時ミンティーの口から毒々しい液体が噴き出す。

「おのれ…!モータル共から奪った精気が…!」ミンティーの全身から生えていた植物が徐々に萎れ、枯れてゆく。その枯れた跡に水疱が増え、膨れ上がってゆく。「王よ…!申し訳ありませぬ…!だがこの者らを道連れに!サ!ヨ!ナ!ラ!」ミンティーは爆発四散!だがそれだけでは終わらない!

ミンティーの爆発四散と同時に、水疱が弾け、中の毒々しい液体が四方八方に飛び散る!ナムアミダブツ!恐るべき最終攻撃だ!『デンタータ=サン!』ファウンドはデンタータの名を叫ぶ!デンタータは予想をしていたのか既に彼女はファウンドの元へと跳んでいた。

ファウンドは目の前に降りたデンタータを抱きしめ、毒液の放射から彼女を守る。散弾に撃たれたかのような衝撃に機械鎧はいくつも警告を出すが、ファウンドはそれを無視し、彼女を守らんと腕の力を緩めない。そして、一秒にも満たない殺戮の嵐が吹き終わった後、ファウンドは腕を緩める。

『シュー…あんたを入れてやったつもりはないんだがな』「良いじゃないかボーイ。相合傘に入れるスペースがあったんだからさ」いつの間に入り込んだのか、デンタータの横にヒプノシスもいて、ファウンドの守りの中にいた。

「酷い有様ね…」周囲の美術品の類いはすべて破壊され、壁にも大量の穴が開いていた。貫通しただけではない。穴からは白煙が、石が融解して発生した煙が立ち上っていた。『シュー…デンタータ=サン。腕のブレードは無事か?』周りの有様を見て、ファウンドは心配そうに問いかける。

「ええ。熱で蒸発させてるもの。それより、貴方の方が心配よ。ファウンド=サン。ちょっと溶けてるわよ」『ぬぉ!?』ファウンドの機械鎧の背面、毒液を受け止めたそこからは白煙が上がり始めていた。ファウンドはいそいそとデンタータから離れ、火炎放射器を自分に当てて毒液を蒸発させる。

「ホロビ・ニンジャクランの力を受けたネズミの毒を喰らって、そこから感染して毒で死ぬならわかるけどさ。この溶解力はどういうことだろうね」ヒプノシスは、持っていたボールペンを解けている壁の穴の中に差し込む。戻したら半分以上が溶けて無くなっていた。

「ネズミに働きかけたのがそういうジツの使い手だったか、それとも、ここのクランのニンジャの力でおかしくなったか…真相は闇の中ね」デンタータは熱消毒をしたファウンドの機械鎧を確認し白煙が上がっていないかを確認する。その時、天井から異音が響いた。

金属が引きちぎれる音。「下がって!」三人は先程まで経っていた場所からバックステップで下がる。そのコンマ数秒後、シャンデリアが落下した。ミンティーの毒液は天井から吊るされていたシャンデリアの鎖に当たり、溶解させていたのだ。

天井から落ちて砕けたシャンデリアは、一際明るい輝きを放ったかと思うと爆発した!その爆発により床が崩れ、三人は下の階層へ。「なにっ」下の階層で待ち構えていた、ミンティーの仲間と思しき植物に覆われた人影は落石に押しつぶされ爆発四散。有毒溶解液が更に階層の床を脆くする。

落下!爆発四散!融解!落下!爆発四散!融解!「これ大丈夫じゃないんじゃないかなぁ!?」「このまま最下層に!ギンカク封印の地に行くわよ!」『コー!いつもこんな感じなのか!?』「今回はたまたまよ!」三人は暗闇の中へと落下して行く!

………轟音と共に、大量の落石が地面へと落ちた。アダナスのニンジャたちはなんとか落石と押しつぶされた防衛ニンジャの毒液から身を守り着地することに成功していた。そして、彼らを包むのは再びの闇。今度は明かりがつくことはない。ファウンドは、照明弾を頭上に打ち上げる。

「………墓場」デンタータが呟く。周囲に存在するのは、大量の石棺。それと、乱雑に積み上げられた骸骨の数々だった。「カタコンベ…ってわけでもなさそうだ」ここがカタコンベなら、骸骨は壁に埋め込まれるか壁の装飾となるか。あるいは作られたスペースに収納されるだろう。

しかし、ここにある骸骨はどれもゴミの様に積み重ねられている。『コー…食い散らかした後だな』ファウンドは、その有様に見覚えがあった。ストリートチルドレン時代、時折殆ど痛んでない食べ物を手にした時。誰も彼もが必死に貪り、その食い散らかした後のゴミを投げ捨てていた。

切羽詰まったものの行動。ファウンドにはそう見えたのだ。「恐らくそうかもね」ヒプノシスも追従する。骸骨には枯れた木が絡まっていた。仮に生きていた頃にそこにあったのなら、確実に死んでいるだろう位置に。「さっきのミンティーとかいうニンジャ。モータルの精気とか言ってたよね」

「他者から生命力を簒奪し、植物の育成に使うのが、ここの王のドージョーのニンジャたちのやり方ってわけね…」デンタータは近くの石棺の蓋を撫でる。事前に調べた過去の話と合致する。恐らく間違いはないだろう。「デンタータ、あそこ」ヒプノシスが彼女の肩を叩き、ある地点を指差す。

「エメツ…」緩やかに小高い丘となっていた墓場。その一番小高い丘に、エメツの結晶が発生していた。そして、結晶の隙間から垣間見える少しの歪みもない石の塊。「多分あれが、ギンカク封印の地」デンタータは警戒をしながら、一歩一歩歩みを進める。

彼女の首の異形生体LANから何かチリチリとした焦燥感が神経を伝い、全身の細胞という細胞が悲鳴を上げている。自分は今、何者かが己を殺せる領域に足を踏み入れていると。その時、エメツに反射して何者かがいるのを彼女の目は捉えた。

振り返り、人影のいる場所を見るも誰もいない。ファウンドとヒプノシスも釣られて彼女の見ている場所を見るも、そこには何もいない。自然、戦闘態勢を取る。デンタータは結晶をもう一度見る。そこには今だ人影がいた。人影は歩き出し、エメツの傍にある石棺へと歩み寄った。

人影の歩み寄る石棺。見事な装飾が施された石棺は、そこに眠る人物が高貴なるものであると、見るものに主張を行っていた。その石棺の蓋が、誰にも触られていないのに空き始める。いや、一人いるのだろう。石棺に眠っている人物自身が。蓋は音を立て落ち、そこで眠っていた人物は立ち上がった。

「貴様らの珍道中は、なかなかの見物であったぞ」そこに立っていたのは、一人の戦士だった。「我が眠りを守る戦士どもを退ける様、アレがなかなかに痛快であった。ミンティーも、最後に詰めを誤るとはな」その戦士にはミンティーの様な水疱も、体から生えた木もなく精強なる肉体を保っていた。

「さて、ここまで来た褒美に教えてやろう。貴様らの狙うものはこの下にある。我が友が封印を施してな」身に着ける装飾品は華美にならず、だが一つ一つが強大な力を秘めたレリックであることは一目でわかる。それらの見た目が、マウイが身に着けていたものに似てるとデンタータは気づく。

「それでは遊ぼうか、侵入者どもよ。曲がりなりにも、ここは我の寝所。押し入ってタダで済むとは思うまい?」戦士は足で、石棺に共に寝かせられていた槍を蹴り上げ掴み取る。「あの屈辱のイクサより眠りに就いて幾星霜。今の『我』がどれだけできるかわからんが…」戦士は槍で近くの木を叩く。

木はドロリと腐り溶け始め、戦士はそれを面白げに見つめる。「そう簡単に壊れてくれるなよ?」戦士が石突で地面を叩く音が響く。辺りに存在する石棺の蓋が開き始める。「ギーッ!」「ギーッ!」空から降るネズミたちが、戦士の元に駆け寄ると体を食い破り、異常な量が体内へと消えてゆく。

「我、ファーティリティ・ニンジャ…いや、貴様らに合わせた名乗りをするか。我が名はユグドラシル。カリュドーン開催の前座だ。貴様らの命、頂くぞ」ユグドラシルの足元から、木の根と腐敗した液体が溢れ出す。「来るわ!構えて!」デンタータは腕から刃を出し、ユグドラシルへ跳ぶ!

◆◆◆

「デンタータ=サン…!応答を…!」地面をはい進む警備員が無線機に呼び掛ける。地上、アダナス・コーポレーションの社員らが作ろうとしていた施設建設予定地は壊滅していた。突如現れたニンジャ二人に、地上の警備員や建設作業従事者、研究員は殆ど殺されたのだ。

「デンタータ=サン…!撤退を…!」この警備員が殺されなかったのは単純に、二人が乱雑に暴れただけで、運良く生き残っただけ。運が良かったと言っても、足を二本とも失っているが。「デンタータ=サン…!」警備員は、この現場での上司のデンタータへ退避するように呼び掛け続けていた。

ZZZZZ…その時、建設予定地が揺れた。「デンタータ=サン…!応答を…!」警備員は揺れに気づかない。気づくだけの余裕も、足から走る激痛に奪われている。ゴボボ…「デンタータ=サン…!そこから離れArghhhhh…」すぐそばの地面から噴き出した腐敗液を被り、警備員は生きながら腐り果てた。

ドォン!ドォン!ドォン!三度、爆発的な音と共に建設予定地が、イースター島が揺れた。数十万年前、イースター島を生み出した三つの休火山。今は島民の飲み水の元となっていた火山湖から、腐敗液が噴火めいて噴き出した。

豊穣と腐敗。生命と死。イースター島を、恐るべき太古のニンジャの脅威が覆う。

◆◆◆

「突撃だぁ!」集中治療室の扉を、警官隊が蹴破る!「そこには他の患者も眠っているんだぞ!」部屋の外の廊下では、看護師や医者が警察官にねじ伏せられていた。

シルバ記念病院前での争いには決着がついた。最初は地元住民の勢いに警官隊が押されたが、何ら格闘技術も修めていない一般人と警察官では、余りに分が悪すぎた。徐々に住民が押され始め、最終的に住民側の守りが崩壊した。数十分、ただの住民が稼げた時間としてはかなりのものだった。

「ガブリエル・シルバ!マウイ!どこにいる!」警官隊は集中治療室に眠る患者のベッドを一つ一つ検める。漁船から落ちてスクリューに足を巻き込まれた漁師。放牧してる馬に巻き込まれ内臓にダメージを負った住民。どれだけ探しても、マウイは見つからなかった。「どこに消えたんだ!」

ドォン!ドォン!ドォン!「なんだ!?」「休火山から何かが噴き出してやがる!」その時、突如響き渡った轟音に警官隊は窓へ駆け寄り、火山から噴き出す腐敗液に驚愕し、上司へ報告するために駆け出した。

だからこそ気づかなかった。窓の下にあった中古トラックが、アダナス・コーポレーションの研究施設建設予定地がある場所へと走り出したことに。

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#7終わり。#8へ続く。