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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#7前編

『シュー…ところで、この下には何があるんだ?王の都だと、あのコトダマ空間のモアイ像は言っていたが』ファウンドはデンタータに問いかける。一行が階段を降り始めて数分、未だ目的の場へは辿り着いていない。「あら。教えてなかったかしら?」デンタータは首をかしげる。

「そういえば、ボーイは一ヶ月間ハッカーとコトダマ空間のイロハを教え込まれていたから、計画をほとんど知らなかったか」ファウンドのモノアイが、ヒプノシスを凝視する。ファウンドは一ヶ月間、得体の知れないハッカーギルドや神秘主義めいたハッカーに弟子入りさせられていたのだ。

ファウンドはかつて、どこにでもいるようなストリートチルドレンだった。生きるためには何でもし、ニンジャになったと判明した後は、コトダマ空間へ干渉する能力を元に企業へハッキングを仕掛け、企業通貨などを奪い生きていた。だが、僅か12歳の少年にはコーポの怖ろしさはわからなかった。

奪った企業通貨を現金化しようとしたら、住処としていたボロ小屋を強襲されたのだ。一度ならず二度、三度も奪えば対策は容易く練られる。企業通貨の情報に紛れ込んだ位置情報発信ウィルスの存在に、ファウンドは気づきもしなかった。

襲撃を仕掛けた企業ニンジャに拉致されかけたその時、デンタータが現れ、彼女がファウンドを救いあげたのだ。あの地獄から、明日も生きていられるかわからない薄暗がりから、ファウンドを見つけてくれたのだ。例えそれが、このイースター島の計画を進めるための人員確保の為だとしても。

「そうね…ここにあるものの説明をする前に、事の発端から語ったほうがいいかしら…」デンタータは考え込みながら階段を降りる。ヒプノシスはデンタータが気づいていないクモの巣を手で払いのけた。そのヒプノシスの行動一つ一つが、ファウンドにとっては忌々しかった。

「事の発端は数か月前、協力関係にあるカタナ・オブ・リバプール社の、ドイツのシュヴァルツヴァルトで発見した古代のアーティファクトに関する報告書を私が見たことから始まったわ」

◆◆◆

「このままじゃマズイ…!」デンタータは親指の爪を激しく噛みながら、アダナス社の廊下を歩いていた。彼女の脳裏に思い浮かぶのは、嫌悪感を抱いている同期入社の社員。頭の側面の剃った場所に「仇アダナス仇」のタトゥーがあるモータルの男。

社のプロジェクトの為とはいえ、アラスカに飛ばされたかの社員を嘲笑っていたら、どのような策を弄したか本社に帰還しただけには留まらず、デンタータよりも出世していたのだ。しかも、社内の噂好きや政治屋が言うには、彼女を部下にしようという人事の動きがある。

その男の、部下のニンジャへの扱いはデンタータから見たら最悪の一言に尽きる。何としても、その人事異動だけは回避しなければならない。そのためには、短期間で手柄を上げ男よりも出世をしなければならない。デンタータの脳裏に、いくつかのプロジェクトが思い浮かぶ。

世界各地の古代のニンジャが残した遺物をアダナス所有にするためのプロジェクト。あるいは他のメガコーポとの共同で進めている案件。「…ダメね」しかし、デンタータはそれらを切り捨てる。それらの案件に彼女が関われる余地はなく、仮に紛れ込んでも人事異動を変えられるほどの影響もない。

誰の手垢もないゼロの状態から始めた、彼女自身の案件でなければならない。その時、彼女の視界の端に何かが動いているのを彼女は見逃さなかった。情報を管理するための部署。その室内のデスクの上にある封筒から、紙が一枚落ちかけている。「不用心ね…」

世界全土を電子ネットワークが覆いつくし、サイバネ技術が普遍化した時代。そんな時代だからこそ、アナログ的に情報を紙で渡すこともないわけではない。企業間の情報のやり取り。特に暗黒メガコーポは敵対企業、民間のハッカー問わずどこに目や耳があるかわからないからだ。

「これは…カタナの」書類を封筒に戻そうとした時、そこにある名前に目が付く。カタナ・オブ・リバプール。協力関係を結んでいるとはいえ、こういった書類が送られるのは珍しい。デンタータは興味に抗えず、その書類を、送られた情報を読んだ。

それは、報告書の体を取られているが、どちらかと言えば注意喚起を促す類いのものだった。現地で起きた騒動。謎の地下空間。蔓延るガイスト。そして、地下に存在するギンカクと、それを狙ったセレクションというニンジャの存在。報告書は最後に、ギンカクに触れるべからずと書かれていた。

報告書の中にはブラックヘイズなど、彼女の知ってる名もあった。一筋縄ではいかないニンジャらを相手取れるだけの力を与えるギンカク。コルヴェットという妨害者の存在がなければどうなっていたか。デンタータは、ギンカクという遺物に、可能性を感じた。

ニンジャ一人にそれだけの力を与えられるのだ。もしそれを自由に引き出せるようになれば?ニンジャの強化だけではなく、ありとあらゆる可能性を叶える、無限の鉱脈になるのでは?そしてそれを、手に入れられれば?昇進はまず間違いなくある。あの男が追いつけない地位まで。

だが、そのギンカクがあるのはドイツ。EURO戦闘領域に外様のアダナスが関わることは厳しい。「…ちょっと待って。ギンカクは確か別のプロジェクトで…」デンタータはそこで思い出す。他のメガコーポとの合同プロジェクト。その中にギンカクという単語があったことを。

そして、そのプロジェクトが行われるのは確か、ネオサイタマ。つまり。「ギンカクは、いくつか存在する…?」デンタータの口端が持ち上がる。「こうしちゃいられないわね…!」彼女は報告書を封筒に戻すと、資料室に。古代のニンジャ、平安時代のニンジャの資料を調べるために走る。

そのような遺物が存在すれば、必ずどこかに情報が残っているはず。彼女は、報告書を書いた人物の名を思い出す。「ありがとう、フランク・シュルツ。貴方のおかげで希望が生まれたわ」

◆◆◆

『シュー…それで、ここに目を付けたわけか』ファウンドはごちる。フランク・シュルツなる人物は、ファウンドにとって恩人ということになる。デンタータと結び付けてくれた人物。もしどこかで会うことがあれば、感謝の言葉の一つでもくれてやるべきかもしれない。

「ええ。時代は遥か平安時代、ソガ・ニンジャの治世からこの地の話が出てくるの」デンタータが楽しげに語る。その姿は自身の研究成果を披露しようとする研究者のそれであり、その話について行けるのはヒプノシスだけだった。それもファウンドが彼を嫌う理由の一つだった。

「ファウンド=サン。貴方にクイズよ」デンタータは振り返り、ファウンドに問いかける。「貴方はハイヌウェレ型神話って言葉を聞いたことがあるかしら?」『…コー。ないな』ストリートチルドレン時代にそのような物語などを聞いたことはない。聞くべきは生きるための知恵のみ故に。

「なら、教えてあげるわ」このような時、大通りを牛耳っていたオヤブン格のストリートチルドレンは無学を責め、殴りつけてくるが、デンタータはそんなことをしない。ファウンドは一字一句聞き逃さない様に注意する。

「ハイヌウェレ型神話は、世界各地にある食料の起源の神話よ。食べ物を生み出す神が殺され、その死体から食物の種が出来て、その種が今の世界の作物の元となった」殺す殺さないの違いはあれどおおよその食物起源神話の流れは、そういったもの。

「でも、大体の神話にはひな形となるリアルニンジャが存在する。でしょ?」ヒプノシスが言葉を紡ぐ。「ええ、食べ物に関するリアルニンジャはそれなりにいるからかなり混ざっているだろうけど、このイースター島と関りがあるのは、一人のリアルニンジャ。この島に王国を築こうとした反逆者」

◆◆◆

平安時代。リアルニンジャがモータルを支配する世。まだ化学の発展が一部のリアルニンジャに独占されているか、そもそも研究すらされていない時代。そんな時代故か、飢饉は度々発生していた。

貧困に、空腹に喘ぐモータル。ダイカンであるリアルニンジャも、いくらモータルを嬲ろうとも作物が育つわけでもなく、中央のヘーアンキョ・キャッスルへ納めるコメも何もない。ダイカンは泣く泣くソガ・ニンジャへ泣きつくと、ソガは一人のリアルニンジャを派遣した。

そのリアルニンジャは、ニンジャ大戦の時にハトリ・ニンジャの側につき後方支援、ニンジャスモトリへのチャンコ補給や各部隊への食糧の補給を担っていたニンジャだった。

ニンジャは己のジツでモータルを一人贄とすると、その贄となったモータルの体から様々な作物が生え、その作物を植え畑を再生させたのだ。ダイカンとモータルは大層そのリアルニンジャに感謝した。

『シュー…ダイカンはともかく、民衆は何故感謝する?犠牲は出てるんだろう?』「今までダイカンの遊びやストレス解消で無意味に殺されるのと違って、自分たちのために死んでくれたという理由があるだけ救われたんじゃない?話を続けるわよ」

その飢饉事態、ソガ・ニンジャへ反感を抱いていた地方のダイカンの力を削ぐために、ソガ配下のニンジャのジツで引き起こされていたという説もあるが、真実はソガのみが知るばかり。そして、そのニンジャにとって転機が訪れる。

ヘーアンキョ・キャッスルより遥か彼方の地、そこから海を挟んだ島にて、奇妙な物体が発見されたのだ。銀色の輝きを放つオブジェクト。近づけばニンジャモータル問わずに死ぬという正体不明の物体。

ソガはその地に調査のニンジャを送ろうとしたが、件のリアルニンジャが手を上げた。「その地への調査は我が向かう。だが、調査完了の暁にはドージョーを立ち上げることを許して欲しい」そうソガへと求めたのだ。

件のニンジャはソガの命を受け世界各地を転々としており、とてもドージョーを持つ余暇も場所もなかった。ソガはそれを認め、リアルニンジャはかの地に、現在のイースター島へと奴隷のモータルを引き連れ向かった。

リアルニンジャは調査を行うも、それが自然発生した存在なのかニンジャによって作られたものなのか。一切何もわからなかった。ただ調査の犠牲となった奴隷モータルの数で、その危険性のみがわかるばかり。このような結果ではとても調査報告とは言えず、ソガとの約束は反故となった。

次にリアルニンジャは、その物体を封印するので、その暁にはドージョーを持つことを許して欲しいとソガに願い出た。ソガは渋々それを認めた。ニンジャは、世界を転々とする間に友誼を結んだリアルニンジャを呼び寄せ、その物体の上に石の蓋を被せ、誰も近寄れないようにした。

ニンジャは、その結果をもってソガへドージョーを建てる許可を求めた。だが、ソガの答えは認めないというものだった。別のニンジャの力を借りた時点で約束は反故となった。ソガはそのような書状をニンジャに送り付けたのだ。

「仮に、そのリアルニンジャの独力で成し遂げても、ソガは認めなかったでしょうね」『コー…何故そうだと?』「だって、自分の手元以外に、遠方でそんな食べ物を延々と作るジツがある奴がいたら、将来の自分の対抗勢力にしか思えないでしょ」

リアルニンジャは怒った。ソガは約束を守るつもりがなかったのかと。すると、封印の地を己の領地であると勝手に宣言し、奴隷のモータルを率いてその地に都を築き、ドージョーを手に入れたのだ。そして、近隣の地を襲い、支配していった。ソガはそれを知り怒り狂った。何の真似だと。

怒り狂うソガに、そのニンジャは言った。「我はストラグル・オブ・カリュドーンの開催を宣言する!」ストラグル・オブ・カリュドーン。勝者に与えられる絶対の承認。それにより、ニンジャは王国をソガに認めさせようとした。だが、ソガの返答はカリュドーン開催前の殲滅だった。

ホロビの力を有したニンジャの放つ、病の運び手のネズミが島に蔓延り不毛の地と化し、ニンジャもその力に冒され倒れた。王は病に冒された後、殲滅を生き残った奴隷のモータル、王の力で生やしたヤシの木を育てる役目の者へ命じた。「我はいつか必ず帰還する。それまでにこの地を再生せよ」と。

『コー…それが、あのゴミカスの祖先か』「ええ、シルバ(ラテン語で森)の名は、そこから取ったのでしょうね」

そして、王は姿を消し、王国は滅びた。それから長き年月を経て、この地に幾度か文明が築かれるも、その度にかつての出来事をなぞる様にネズミによる森林破壊や、外部からの侵略者による島民の奴隷狩りなどの憂き目に遭い、島の再生は進まなかった。

だが、19世紀後半になりようやく島の再生が進み始め、そして現在へと至る。何度か島を国立公園とするべきという意見も出るも、島の大部分を富豪であるシルバの一族が有していたため、それは進まなかった。だが…

◆◆◆

「その島も今じゃアダナスの所有か」ヒプノシスが壁を軽く叩く。天井から軽く塵が舞った。恐らく数世紀前のものがそのまま、耐久性に難があるか。「ええ、森は枯れた。あとはどうしようと私たちの好きなように」『シュー…止まってくれ』ファウンドが降りていたメンバーに静止を呼びかける。

『ここから先は、コー…入り口を司るモアイとは、また別の区分だな…』ファウンドは意識を研ぎ澄ます。自身の体と精神。現実とオヒガンがブレる感覚。ファウンドは、コトダマ空間に己を見出す。いや、ハッカーの師が言うなら、ここはかなりオヒガンよりの空間らしい。

ファウンドは辺りを見回す。あと数メートル進めば侵入者防止のシステムに引っかかり、侵入者を殺すための罠が発動しただろう。ヒプノシス一人が進んでいたならばファウンドは黙っていたが、この場にはデンタータもいる。解除しないわけにはいかない。

「そこか」ファウンドは、現実空間の肉体のすぐそば、階段の壁の外に隠されたモアイ像を見つけ飛翔。コトダマ空間の同じ座標に存在するモアイ像の目が輝き、黒いモアイ像と同じように蔦が生える!だが、その数も振るわれるスピードも黒いモアイ像と比較するとお粗末なものだった。

「イヤーッ!」ファウンドの片手の指先から光線が舞う!そして空いている手から血の泡が出て、ガブリエル・シルバの偽造IPが生成!デンタータから譲り受けた複製だ!偽造IPがモアイ像に触れると、蔦が枯れる。この階段一帯の古代の警備システムはファウンドのものとなった。

ファウンドは罠の機構の作動を停止し、他に何かないかが調べる。何か、デンタータの求めるギンカクとやらがこの先のどこにあるかの情報はないか。『これは…かつてここを歩いた人々の情報か?』ファウンドの機械鎧が合成音声を発する。コトダマ空間で活動時に彼の身を自動で守る装備だ。

『流せるものの中で、最新のものを流す』ファウンドのモノアイが、階段にホログラムを生み出す。『いいかい、ガブリエル。この先あるのが、私達シルバの一族が守り続けるものだ』『うん…』ホログラムの中で、男が少年の手を掴み階段を降りてゆく。「ゴンザレス・シルバとガブリエル・シルバか」

『もう一つ、数年後に誰かが通った情報があるが、破壊されている』コトダマ空間の内部で、モアイに蓄積されたデータを調べていたファウンドの前に、破壊された情報がある。それは雷か何かで焼き潰されたような形跡で再生ができないようにされていた。

「それも気になるけど、今はギンカクを見つけるのが先ね」かつてのゴンザレスとガブリエルは階段を降りてゆく。「私たちも降りましょう」

降り続けてさらに数分、ようやく階段の終わりへと辿り着く。降りた先に明かりはなく、デンタータらが持つ懐中電灯などでは照らしきれない闇だった。「ファウンド=サン」『わかった』ファウンドの機械鎧の左腕のヒジが反対側に向くと、砲身が現れ空中に何かが射出される。

それは弾けると、眩い輝きを放つ。『見るんだ、ガブリエル。これが私たちシルバの一族が守り続けたもの。王の帰還まで何人たりとも知られてはならない秘密。ニンジャの王国。いずれお前の兄さんが守るものだ』『お、オゴーッ!』闇に隠された真実を知り、幼いガブリエルは嘔吐した。

ファウンドの放った照明弾が照らすのは、広大な地下空間に存在する石造りの遺跡だった。

照明弾に照らされた遺跡を背に、振り返ったデンタータがヒプノシスとファウンドに笑いかける。「それじゃあ、楽しい楽しいトレジャーハントの時間ね」

後編へ続く。