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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#8

「イヤーッ!」「イヤーッ!」デンタータの腕の刃と、ユグドラシルの振るう槍がかち合う!デンタータの刃は、ユグドラシルの木槍を少しずつ焦がしながら破砕して行く!「やはりその跳躍力、ウサギ・ニンジャのクランの脚力だな」だが、ユグドラシルに一切の焦りはない。刃の進みが鈍化する。

そして木槍を破砕していた刃が止まると、逆に押し戻され始める!「その血の通わぬ四肢。外界は面白い方向に進んでいるようだ」「ギーッ!」「ギーッ!」ユグドラシルの腕をネズミが食い破り、木槍からデンタータの刃へ至らんとする!「イヤーッ!」デンタータは飛びのき回避!

「ちょっと…貴方がそのネズミにやられたからこの国は滅んだんじゃないの?」デンタータは忌々し気に、ユグドラシルの腕を駆けまわるネズミを睨みつける。「この者らの事か?あの時はちと手を焼いていたが…」ネズミはユグドラシルの腕から肩へ上り、ユグドラシルの頭に登る。

「今はこの通り。仲は良好よ。我が肉体を住まいとさせ、我を守らせておるわ」「理不尽な…!」「そら、我ばかりに構っていられるか?」ユグドラシルはデンタータの後ろを指差す。「王から離れよぉおおおおおお!」「Arghhhhhh!」二人の木に覆われたニンジャが槍を手に飛びかかる!

『イヤーッ!』「グワーッ!」「グワーッ!」そのニンジャたちの前に、ファウンドが跳躍し、二人を殴り飛ばす!「溶けよ…!」「愚かなり…!」殴られたニンジャたちの水疱が潰れ、血が飛び、ファウンドの体に付着し白煙が上がる!『コー…フン!』ファウンドは火炎放射で己を熱消毒!

「その玩具の寄せ集めも愉快だな。それ、もう一度行くぞ!」ユグドラシルは木槍の石突を、足場にしている大木の枝に強く叩きつける!木と木のぶつかる音が辺りに響いた!すると、大木の枝が蠢きだす!「ファウンド=サン!」デンタータらは跳躍し、殺到する大木の枝から回避!

ユグドラシルとの戦いが始まり数分。ユグドラシルが眠っていた地は惨憺たる有様だった。地面は噴き出す腐敗液に沈み、辺り一帯がユグドラシルのジツの影響により乱雑に生えた大木の枝に満たされつつあった。そして、石棺から飛び出したミンティーと同じ姿のリアルニンジャたちも!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」二人の槍を構えたニンジャが、枝に乗ったままヒプノシスを追う!そして、槍に巻き付いた蔦を使い、殺戮円を描く体勢に入る「イヤーッ!」ヒプノシスはスリケンを投擲し牽制!

「邪魔…だ!」「この程度…!」ニンジャたちは槍を振るいスリケンを叩き落とす!「厄介な…!」ヒプノシスは周りにいるリアルニンジャたち相手に攻めあぐねていた。相性があまりに悪すぎるのだ。

カラテで接近戦を仕掛ければ、確実にニンジャの体を蝕んでいた毒を直に喰らうことになる。そしてヒプノシスのスリケンは、特筆すべき点もない。あのニンジャ達からすれば容易く叩き落とせるレベル。ジツも、目元を木の葉で覆う者もいれば、最初から目がない者もいる。

「ヒプノシス=サン!」自分より下層の位置で苦戦を強いられる恋人を見て、デンタータは名前を呼んだ。「こっちはまだ大丈夫だ!それより、そいつを!」「ほう、情を交わした仲か。我にもかつて妃が数人いてな…」いつの間にデンタータの横にいるユグドラシルが、彼女の肩に手を置く。

「ハハッ。気になるだろうが、我の事は無視かね?」「イヤーッ!」デンタータは回転し腕の刃で周囲を切り裂く!ユグドラシルはバックステップで回避をしたが、デンタータの肩に手を置いていた方の腕が半分ほど切れ、腐敗液混じりの血が溢れ出す!「おっと、反応が遅かったか?」

「思ったより体が鈍っているようだな」ユグドラシルの切れた腕の切断面から、何らかの植物の新芽が生えたかと思うと、傷口を縫合。更にアロエが腕を覆って数秒後、傷の跡すらなく癒えていた。「だが、今ので間隔と感覚は掴んだ。次はその四肢を引きちぎってやろうではないか!」

「なら!それより前に一撃で殺す!イヤーッ!」デンタータは上へ跳躍!そして伸び続ける枝を蹴り、更に別の枝へ!「ほう。これはこれは…」ユグドラシルの全方位で枝を蹴る音が響き続ける!音は徐々に大きく、そして枝が蹴り砕かれてゆく!

ビビビッ!ユグドラシルの足が浅く切り裂かれる!次に脇腹!そして腕!攻撃の間隔はゼロコンマ数秒以下!「フハハ!これは中々にタノシイぞ!」ユグドラシルの全身の切り傷から腐敗液混じりの血飛沫が舞う!デンタータはその血飛沫の間を掻い潜りながら切り裂き続ける!タツジン!

「イヤーッ!」高速で跳び回るデンタータの刃が、ユグドラシルの首を掻き切らんとする!「イヤーッ!」だがユグドラシルは木槍で逸らし回避!ユグドラシルはその速さにもう対応したのだ!デンタータの着地点がズレる!「イヤーッ!」デンタータはすぐさまユグドラシルへと跳ぶ!

「イヤーッ!」ユグドラシルは跳躍回避し、木槍でデンタータの背を切り裂かんとする!「ハッ!」デンタータは体を捻り、両腕から出した刃でユグドラシルの一撃を受け止める!「イヤーッ!」足場の枝に叩きつけられそうになるも、足から出す刃で枝を切断し逃れる!

「フハハハ!」ユグドラシルは石突で枝を叩く。落下するデンタータの着地地点に大量の人間大のささくれ!更にユグドラシルも槍を構え落下!デンタータを縫い留めんとする!「イヤーッ!」デンタータの義肢からワイヤーが四本射出!

「オグーッ!」ワイヤーは近くのユグドラシルの配下のニンジャの全身に突き刺さる!「イヤーッ!」「オゴーッ!」ワイヤーは引き寄せられ、デンタータとニンジャの位置が交換!ささくれ回避!「おっと」「ゴバーッ!サヨナラ!」ニンジャはユグドラシルの木槍とささくれに貫かれ爆発四散!

「そのような隠し玉もあるとはな!」全身を貫かれ、水疱の毒々しい液体を浴び、ユグドラシルは笑う!ワイヤーを切り離したデンタータは大木の枝を蹴り加速!ユグドラシルを再び狙う!「イヤーッ!」ユグドラシルの全身からサボテンが生えると爆発し四方八方に針が飛び散る!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」デンタータは刃で針を打ち払い、防ぎきれないものは義肢で防ぐ!「アババッババー!」回避に失敗した周囲のユグドラシルの手勢のニンジャの全身に針が刺さり、水疱が破裂!『イヤーッ!』ファウンドが周囲に火炎放射を行い蒸発させる!『行くんだ!』

「イヤーッ!」デンタータは再び跳躍!狙うはユグドラシルの首!ユグドラシルもデンタータの狙いを察知。ユグドラシルの背中にいくつもの芽が生え始める!「イヤーッ!」だがユグドラシルの攻撃よりデンタータの方が早い!デンタータの腕が、刃が振るわれる!

「おいおい、そいつを使うにはまだ早いだろう」だが、振るわれたデンタータの刃はユグドラシルの首を覆った石の首輪に防がれた。「痴れ者が…!」いつの間にかデンタータの横に立っていた女が、受け止められた刃を触ると、デンタータの片腕が消失!

「イ、イヤーッ!」デンタータは飛びのき、失った腕の断面を触る。あまりに滑らかな断面。何よりゾッとするのが、疑似的に送られるはずの痛覚信号が発されないこと。痛みすらなく、腕を奪われたのだ。カラテか?ジツか?彼女は新手の二人のニンジャを睨む。

「よう!久しぶりだな!ファーティリティ・ニンジャ=サン!」大男のニンジャはユグドラシルの横に立ち、大男の足元を這い進む石のヘビが、木のささくれを薙ぎ払いユグドラシルを解放した。「ああ…!王よ…!」女のニンジャはユグドラシルの傍に侍り、労し気に刺さったままのささくれを抜く。

「ああ…久しいな。イシク・ニンジャ=サン。カミカクシ・ニンジャ=サン」ユグドラシルは立ち上がり、二人の顔を交互に見る。そこにあるのは、先ほどまでの闘争を楽しむ戦士の凶相ではなく、親しき相手との再会を祝う王の顔ばせだった。

「どうだったよ!俺の石棺の寝心地は!」「寝具の類いもないのだ。最悪に決まっているだろう」「タハハ!そりゃそうか!」「愚か者…何故用意しなかった…!」「アッ!?あんな国が滅ぶっていう瀬戸際にそんなもん用意できるわきゃねえだろ!?」「だから貴様は…バカなのだ…!」

「なんだとぉ!?」イシク・ニンジャとカミカクシ・ニンジャは睨み合う!「…ここで…一度ジゴクを見るか…?」「ああ…お前らの喧嘩を眺めるのも何百年ぶりか」「なんだかそう言われると、進歩がねえみたいじゃねえかよ…」「王の前で…とんだ粗相を…!」二人はバツが悪そうに離れる。

「構わん。久方ぶりの友と妾との触れ合いだ」「王よ…!なんと寛大なる心を…!」「カミカクシ・ニンジャ=サンよぉ…さっき俺が言ったことを忘れてんのか?」イシク・ニンジャは心底呆れたような表情を浮かべながら、乱雑に切られた前髪を掻き上げる。

「泥棒を叩くのが先だってな」「…ああ。忘れてはいないとも」デンタータの背筋が粟立つ!イシク・ニンジャの殺気を込めた視線に射抜かれ。カミカクシ・ニンジャの放つキリング・オーラに晒され。彼女に宿るニンジャソウルが委縮するように騒めく。だが、デンタータ自身は戦意を鈍らせない。

「…ユグドラシル=サンだけでも面倒なのに。余計なのが二人も湧くなんて」「あっ?ユグドラシル?こいつが?お前いつの間に改名しやがったんだ?」イシク・ニンジャはユグドラシルを指差しながら問いかける。「なに、現世のニンジャの名乗りに合わせただけの事よ」「…戯れを」

「それじゃあ俺もその遊びに乗ってやるか。ドーモ、ベルグリシです」「はぁ…ドーモ、スピリトフです」二人のリアルニンジャはデンタータにアイサツをする。「ドーモ、ベルグリシ=サン。スピリトフ=サン。デンタータです。所属は」「アダナスだろ?」ベルグリシはどうでもよさそうに言う。

「資材にデカデカと社紋がありゃあ、余程情勢に疎くなけりゃあ気づくに決まってんだろ?」「…」恐らく、研究施設建設予定地にいた人員は皆殺しにされただろう。デンタータはいたずらに人的資源を浪費したとして評価が下がると、舌打ちをしたい気分になった。

「そんじゃまあ、やるかぁ!」ベルグリシはデンタータに殴りかかる!その腕に巻き付いた石のヘビは形を変え、ショベルめいた爪へと姿を変えていた!「イヤーッ!」『イヤーッ!』ファウンドがインタラプト!その爪を腕で受け止める!『グッ…重い!』ファウンドはジリジリと押され始める!

「なんだぁ小僧!お前も混じりたいのか!?」『コー…!俺の名は、ファウンドだ!』「そうか!ファウンド=サン!」ベルグリシはローキックを放つ!ナムサン!足に黒曜石染みた材質の刃!ファウンドの足を刈り取る腹積もりだ!

『イヤーッ!』だがファウンドは回避をせず、自身もローキックを繰り出し迎撃の構え!ファウンドの足から唸り声のような音が響くと、足からチェーンソーの刃が飛び出す!火花を飛び散らしながらぶつかり合う刃と刃!

「この玩具!お前もアダナスの一員か!?」『シュー…!だったらどうした…!』「お前ら全員を殺した後に、アダナス本社まで行って本社ビル前にお前らの死にざまの石像を置いてやらぁ!」『コー…!お前の首でも飾ってやる!』BLAMBLAM!ファウンドの指先からショットシェルが発射!

ベルグリシの腕の石爪が蠢き、石のベールと化しベルグリシの体を覆う!撒き散らかされる弾丸を石のベールは受け止め、或いは貫通されようとも逸らす!「この程度の玩具しか使えねぇ奴が俺を殺せるかねぇ?」『なら』「イヤーッ!」ファウンドの上からユグドラシルが落下!木槍で貫くつもりだ!

「させないよ!」ヒプノシスは妨害のためにスリケンを放つ!「王に…歯向かうな…!」だがスリケンとユグドラシルの間にスピリトフが姿を現すと、スリケンは消滅する!「中身ごと貫いてやろう!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユグドラシルは木槍を振るいながら横にスライドした!

デンタータは既に跳躍加速を行い連続斬撃を始めている!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」連続で斬撃を放つも、ユグドラシルは全てを防ぐ!空中で行われ続ける攻防!「ギーッ!」「ギーッ!」ユグドラシルの体から溢れるネズミがバリアめいて球形を成し始める!

『デンタータ=サン!』「よそ見すんなよファウンド=サン!」ベルグリシの石のベールは既に変形を終えている!バイオイッカクの角めいた槍だ!「イヤーッ!」『グゥッ!』放たれた槍はファウンドの機械鎧の指を貫き抉り取る!『コー…!離れろ!』ファウンドは足元に榴弾を放つ!

「おっとそりゃあぶねぇ!」ベルグリシは石のベールでは捌き切れないと踏んだか、今度は石の盾を作り出し榴弾の破片から身を隠す!『喰らえ!』その盾に狙いを定め、ファウンドは二射目を放つ!ナムサン!HEAT弾だ!戦車を破壊する弾頭!HEAT弾は、ベルグリシの盾に命中した!

「おお!」ベルグリシのニンジャ動体視力は、己のジツで作り出された石の盾をゆっくりと貫通するものを見た。メタルジェット。このままではベルグリシの胴を貫通し、少なくないダメージを負うだろう。だが、それは当たればの話だ。

「イヤーッ!」ベルグリシは闘牛士めいて盾を振るう!貫通したはずのメタルジェットはベルグリシを貫かず、あらぬ方向へ!「アバーッ!」そして、大樹の枝の上で待機していたユグドラシル配下のニンジャの上半身と下半身を真っ二つにした!ベルグリシ本人は、勢いに身を任せ別の枝に着地!

「まるでビックリ箱だな!どんな武装が飛び出すかワクワクするぞ!」ファウンドは機械鎧の中で、ベルグリシを忌々しそうに睨む。今のは、虎の子の一発だ。アダナスの経理部は、正式な契約を経ずにデンタータの一存で採用されたファウンドに、必要以上に予算や武装の弾薬を与えることはない。

「楽しんでいるようだな、ベルグリシ=サン」ベルグリシの横にユグドラシルが着地する。「応とも!お前はどうだ!ゲッ!?」ユグドラシルの方を向いたベルグリフはギョッとした。ユグドラシルの全身に、先ほどの榴弾の破片が大量に刺さっているからだ。

「バカお前!?何してんだよ!?」「この程度、どうということはないが」ユグドラシルの言うように、既に破片の刺さっている場所からは新芽が生え、破片を押し出し始めている。「やっぱりお前全然本調子じゃねえだろ!」ベルグリシは目の前のあっけらかんとする友人を見て頭を抱えた。

「これ着てろ!今のお前は危なっかしすぎる!」ベルグリシの持つ石の盾は二つに分かれ、一つは石のヘビとなりベルグリシの腕に。そしてもう一つはユグドラシルの体へ付着すると、一瞬で鎧となる。「久しいな。お前の鎧を着るのは」「懐かしがってる場合かよ」

こちらの事を意に介せず会話をする二人にどのように攻撃を仕掛けるか。そのようなことを考えていたファウンドの横に、デンタータが着地する。『コー…無事か?ファウンド=サン。っ!』デンタータの方を振り返ったファウンドは、その姿を見て息を飲む。

デンタータの残されていたもう一本の腕も、消失している。「…その首…落としてやるつもりだったのだがな」いつの間にかユグドラシルの傍に、スピリトフは立っていた。「…次は…逃さん」スピリトフはゆっくりと腕を回し、その姿を眩ませた。

「…ファウンド=サン。私の腕は、あるかしら?」『……無いように、見える』デンタータの問いかけの意図が読めず、ファウンドは失われたデンタータの腕、その断面を見る。余りにも滑らか。まるで最初からそうである様にすら錯覚するほどだ。だが、ある可能性が頭に思い浮かんだ。

『コー…エラーが出ていないのか?』「ええ。私の腕は、今も稼働している」それは一体どういうことか。9割強が失われた義肢が、今も問題なく稼働している?一切エラーを出さずに?あり得ない。だが、自分もデンタータも、スピリトフもニンジャだ。あり得ない、わけでもないのだ。

デンタータは感覚を研ぎ澄ませる。恐らく、スピリトフのジツの影響下に己は置かれている。ゲン・ジツの類いか?それとも別の系統のジツか?どこかに糸口があるはず。「イヤーッ!?」突然、デンタータは自身でも訳も分からずしゃがむ!『コー…何をッ!?』ファウンドの機械鎧の首が半ば消失!

『イヤーッ!』「イヤーッ!」両者は同時に飛びのく!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」デンタータは側転をし続ける!デンタータの体に薄く、だが少しずつ出血を伴う得体の知れない傷が刻まれ出す!ファウンドは機械鎧のセンサーをフルに稼働させ、デンタータの周りをスキャンする!

熱、生体反応、動体、赤外線。果ては臭気のセンサーすら稼働させたが、デンタータの周囲には何の生物の反応もない。「何が起きてる!?」ファウンドは、機械鎧の中でダメージを受けた個所、自身の頭部のすぐ横を見る。デンタータの腕と同じ。余りにも滑らかな消失。

BEEP!BEEP!動体センサーが警告を発する!大樹の枝が再びユグドラシルの力により蠢きだしたのだ!「イヤーッ!』跳躍し、己を貫かんとする枝から逃れる!ピピッ。「んっ?」その時、ファウンドの髪の毛に何かが付着したような感覚があった。髪の毛は、音を立てて腐敗を始める。「マズイ!」

ファウンドは、腐敗を始めた髪の毛の周辺を根元から引きちぎり、機械鎧の外に投げ捨てる!「何が…」ファウンドは頭上を見上げ、驚愕した。己の頭上から、濁流の如き勢いで腐敗液が降り注ぐのを目にしたからだ。『イヤーッ!』己に迫りくる枝を蹴り軌道変更!腐敗液を回避!だが!

跳んだ先からも腐敗液が降り注いでいた!それだけではない!至る所から、腐敗液が降り注ぐ!「アバーッ!アババーッ!」運悪く降り注いだ腐敗液を頭から浴びたユグドラシルの手勢。そのニンジャの全身を覆う木が枯れ落ち、全身を毒々しい水疱が覆い尽くす!「サヨナラ!」そして爆発四散!

「フハハハハ!まさかここまで溢れているとはな!」ユグドラシルは呵呵大笑し、降り注ぐ腐敗液をその身に浴びる!すると、どこからか光がスポットライトめいてユグドラシルに降り注ぐ。それに続くように更に光が、そして腐敗液が勢いを増しながら降り注ぐ!

『コー…空が…!』天井の大地が、都を塞いでいた石の天井が腐り落ち始めたのだ!ナイアガラの滝めいて降り注ぐ腐敗液!回避に専念をしなければならない!枝から枝へ飛び移り、そして、ファウンドは無防備なユグドラシルに狙いを定める。榴弾だが、少なくとも枝を操るのは防げるはず!

「オラァ!」『グワーッ!』ファウンドは出鱈目な衝撃と共に吹っ飛ばされる!機械鎧の脇腹を、同じく跳躍しながら腐敗液を回避していたベルグリシに蹴り飛ばされたのだ!機械鎧の脇腹は大きく凹み、生身だったらそれだけで爆発四散しかねないダメージだったことが窺える!

「ク、ソ…!」機械鎧ごと中で回転させられたファウンドは、センサーで自分の飛ぶ方向に、降り注ぐ腐敗液があることを知る。今の小破損状態の機械鎧では、腐敗液を防げない!なら、これをパージして脱出するか?そうなれば己の戦力は限りなく下がる。それなれば、どちらにせよ死!

「どうすれば…!」「イヤーッ!」吹き飛ばされていたはずのファウンドは、突然止まった。誰かが受け止めたのだ。「無事かい?」受け止めたのは、ヒプノシスだった。だが、先ほどとは違う箇所が一つ。サイバーサングラスを装着していることだ。「アンタ…!もうそれを使っているのか…!」

ヒプノシスのサイバーサングラスは、一般のそれとは違う。内側全てが鏡張りにされている。己の目が見えるように。本来ヒプノシスのジツは、目を合わせた相手に催眠をかけるというもの。だが、鏡で自分の目と目をを合わせたなら?ジツをかける対象を、己へと変更することが可能なのだ!

自己催眠により肉体のストッパーを一時的に破壊、カラテも冴えわたり五感も、ニンジャ第六感すら強化される!「ボーイや、彼女ばっかりに無茶をさせるわけにはいかないからね」だが、おいそれと使える代物ではないのだ。

自己強化中は、他者にジツをかけることは出来ず。肉体は強化され、限界を超えた力により少しずつ崩壊して行く。まさに諸刃の剣。ヒプノシスの、ファウンドの体を受け止めた腕は内出血を起こし始め、肌の表面付近の血管が裂け、腕を血が伝う。

「イヤーッ!」デンタータは枝を破壊し、その枝を蹴りヒプノシスらの元へと着地する!デンタータも、全身を浅く傷つけられ、ニンジャ装束とその上から纏っていた白衣が赤く染まりだしている。「ヒプノシス=サン…!その使い方はもう止めてってあれほど言ったのに…!」

「勝つためには、必要な痛みさ」ファウンドを降ろしたヒプノシスは、なんてことも無いように言う。だが、以前別のプロジェクトで、リアルニンジャとこの状態で決闘をしたヒプノシスは、数週間昏睡状態に陥ったのをデンタータは忘れていない。早く、ユグドラシルを仕留めねば。

「ああ。久しぶりの青空だ」デンタータらの下方。腐敗液に呑まれかけている枝の上で両手を広げ、ユグドラシルは空を臨む。「そろそろ外の世界がどのような変遷を経たか。確かめるために散歩をしたい気分だ。故に…」ユグドラシルは指を、デンタータらの方に差し向ける。

「我がクランの、王国の戦士達よ。我が敵を刺し貫け」「「「ウォオオオオオオオオ!!!」」」辺り一帯を、ユグドラシルの僕たちの喚声が響き渡る!一部の血気盛んなニンジャが飛びかかることがあれど、今まで大部分のニンジャは枝の上でユグドラシルの命を待っていた。

だが、ユグドラシルの命が下ったこの瞬間。全てのニンジャ達は槍を構えデンタータ達に向かって駆けだす!「「イヤーッ!」」「イヤーッ!」デンタータは突き出された槍を踏みつけ跳躍回避!「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」ヒプノシスはスリケンを投げ、数人のニンジャの目を破壊!

「やれっ!」「「イヤーッ!」」「グワーッ!」一人のニンジャがデンタータ達の上に跳躍すると、別のニンジャが槍の柄でニンジャの水疱を破壊!毒々しい液体のシャワーが降り注ぐ!ファウンドは火炎放射器を構えようとするも、複数人のニンジャが機械鎧の破損個所から槍を突き入れんとする!

『イヤーッ!』「イヤーッ!」「イヤーッ!」三人は別々の方向に跳んで回避!「チッ!」デンタータは舌打ちをする。分断を強いられることへの苛立ち。「イヤーッ!」デンタータは近くのニンジャを蹴り跳躍!蹴られたニンジャは頭部を消失!スピリトフの攻撃が再開したのだ!

『イヤーッ!』ファウンドは辺り一面に指から撃つ銃弾で弾幕を張る!デンタータらなら回避するだろうと踏んでの攻撃だ!だが!「ファウンド=サン!お前もそろそろその壊れかけの玩具から出たらどうだ!」石鎧を纏ったベルグリシがファウンドの前に着地をすると、手を掴む!

『コー…ヌグーッ!』ファウンドの機械鎧の腕は徐々に降ろされてゆく!ヤクザトラックすら悠々と引きずりまわせる出力だが、相手は幾年月も経たリアルニンジャ。「イヤーッ!」ベルグリシは、ファウンドの機械鎧の前腕部を引きちぎる!『イヤーッ!』ファウンドは照明弾を撃つ!

「グワッ!」ベルグリシは目の前の眩い輝きに数瞬目が眩む!『イヤーッ!』ファウンドは足のチェーンソーでベルグリシの石鎧の切断に挑む!「甘い!」だが石鎧が蠢くと、チェーンソーの回転が鈍り始める!チェーンソーの刃の一つ一つに纏わりつく石!

「イヤーッ!」輝きに目が慣れたベルグリシは裏拳を放つ!機械鎧の頭部、センサー類が寄せ集められた場所が粉砕される!「次は胴体を引き裂いてやる!」ベルグリシは唐竹割チョップの構え!ガガガッ!「グワッ!」その腕に数個のスリケンが刺さりバランスが崩れる!ヒプノシスの援護だ!

「「「イヤーッ!」」」「イヤーッ!」スリケンを投擲したヒプノシス目掛け、蔦を振り回すニンジャ達!いくつも描かれる殺戮円!ヒプノシスはその殺戮円を、蹴った!ゴウランガ!「なにっ!?」「イヤーッ!」「アババババーッ!」殺戮円ニンジャの一人の正中線にスリケンが深々と突き刺さる!

「サヨナラ!」「イヤーッ!」バク転回避し爆発四散に伴い巻き散らかされる毒々しい液体からヒプノシスは逃れた!そして、視界の端にデンタータの戦いを納め、焦る。余りにもデンタータを取り囲むニンジャの数が多い。

「フハハ!散れい!」「イヤーッ!」ユグドラシルの叩きつける木槍から、テッポウウリめいた植物が弾け、種子が手榴弾めいて撒き散らかされる!デンタータは回避しきれないと踏んだ種子のみを残された足の刃で切断し、体を丸めながら跳躍回避!「「「イヤーッ!」」」数多の槍が投擲される!

「イヤーッ!」デンタータは足の刃で槍を絡めとり、それを振り回し他の槍を叩き落とす!「イヤーッ!」そして槍を近場の枝に絡め体を逸らす!デンタータの肩が浅く抉られている!スピリトフだ!「「「イヤーッ!」」」だが攻撃の正体を見極める間もなく襲い来る殺戮円の数々!

デンタータに襲い掛かる敵は、ユグドラシルを含め二十近く。余りに分が悪すぎる。ヒプノシスやファウンドにも、ベルグリシや残りのニンジャたちが張り付き、デンタータの援護に向かうことが出来ない。何時押しつぶされるかわからない攻防戦。そしてその決壊は余りに容易く起きた。

デンタータらも、気づかずに頭の中で排除をしていたのだろう。周囲のユグドラシルのニンジャが、ジツを使う可能性を。

デンタータの足元の枝が一瞬膨れ上がったかと思うと、そこから槍を構えたニンジャが飛び出したのだ。ニンジャの体は体を覆う植物が半ば抜け落ち水疱に覆われ駆けている。だが、僅かに覗く目は、デンタータへの殺意を燃え滾らせていた。

「ッ!」デンタータも己に迫る敵に気づくも、今は攻撃を捌くために片足で立っている状態。回避は間に合わない。「デンタータ!」ヒプノシスがスリケンを構えるも、遅い。「死ね!王の敵!イヤーッ!」

◆◆◆

時は少し遡る。

腐り果て行く大地を横に、中古トラックは全速力で車道を行く。「おい!本当にこのまま進むのか!?」運転席の中年の警察官が、ルーフの上に叫ぶ。「先輩!前!」助手席の若い警察官が叫び、中年警察官はハンドルを切り降ってくる腐敗液流弾を回避!車道から飛び出す!

「あそこだ!」屋根の上の人物はある地点を指し示す。イースター島に空いた大穴。そこからあふれ出す大樹の枝。眼下に望むかつての都。シルバの一族が守り通させられたニンジャの国。「なんだこりゃ!?こんなのが俺達の足元にあったってのか!?」

「先輩マジでヤバいです!」進む先に道が、大地がない。「クソッたれぇ!」中年警察官はハンドルを切りブレーキ!トラックは縁で留まる!「あいつは!?」「アッ!あそこに!」若い警察官は空を指差す!そこにはブレーキの勢いで跳躍した人影がいた。「行け!」トラックは街に戻るため走る!

人影は、大樹の枝に着地するとその上を駆ける!都を見るのは、幼少の頃に父親に連れられ見せつけられた時以来だ。その後、ショックで一週間寝込み続けたのも、人影にとっては苦い思い出だ。「ん?あれは…」向かう先、足場の枝とは別の枝に何かが引っ掛かっているのに気づく。

大樹の枝には、アダナス・コーポレーションの運搬していた建設資材や警備員たちの死体が引っ掛かっていた。ネギトロめいている者。頭や四肢がない者。人影と浅からぬ因縁があるが、このような末路を辿ったことに思うところがないわけでもない。数秒ほど祈り哀悼を奉げ、走り出す。

走り進むと、異様な存在が枝の上で立っていた。全身を花で覆われた異様な人影。己の内のニンジャソウルが騒めくのを人影は感じた。ニンジャ。相手も人影の存在に気づいたのか振り向く。「なんだ…貴様」「邪魔だ!イヤーッ!」「グワーッ!?」人影は背負っていたライフルでニンジャを殴る!

殴られたニンジャはバランスを崩し下へと落ちて行った。それを確認してすぐに人影は走り出す。眼下には更に大きな穴がありナイアガラの滝めいて腐敗液が落ちてゆく。そして、見つけた。デンタータらを。得体の知れないニンジャとイクサを行っている。

その内の一人、石の鎧を着て木槍を振るうニンジャを見た瞬間。人影の内に宿るニンジャソウルは歓喜するように一際騒めいた。「あれが、王」人影は呟く。あれこそが、シルバの一族の運命を定めたニンジャなのだと理解したのだ。

「デンタータ!」ヒプノシスの声が聞こえる。眼下でのイクサの趨勢が傾いたのだ。デンタータの足元、大樹の枝からニンジャが飛び出し、心臓を槍で貫かんとしている。「どうする…!」咄嗟に枝を蹴り、加速しつつ降下しながら考える。デンタータは敵だ。騙し討ちをし、王を目覚めさせた敵。

『あの時はわたしの事を助けてくれて、本当にありがとうございました』だが、人影の脳裏に浮かぶのは存在しない彼女の、ソフィアの笑顔。デンタータを見殺しにするか否か。答えは出ぬまま決断の時が迫られる。

「ええい!ままよ!イヤーッ!」人影はライフルを、ナイフを銃剣のようにダクトテープで巻きつけた簡易的な槍を投げた。

◆◆◆

「死ね!王の敵!イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」デンタータに槍を突き刺さんとしていたニンジャが、突如飛来した銃槍に貫かれた!「おのれ!」貫かれたニンジャは大樹の枝へ潜り姿を消す。デンタータは、バックステップでヒプノシスの横まで下がり、銃槍の横に降りた人影を見た。

「マウイ…」人影、マウイは銃槍を引き抜き振り払うと、周囲を見渡す。「おお、おお。その生命力の波動、覚えがあるぞ。お前が今代の我が都の守護者か」ユグドラシルは喜ばし気な声を上げ、マウイに声をかける。

「そしてそのニンジャソウル…忘れもせん。我がクランの一番槍。ソガの遣わしたニンジャ達に果敢に立ち向かい、散った戦士のものよ。よくぞ、再び我の元に馳せ参じた」ユグドラシルは手を差し伸べる。「来い、我が戦士よ。我が敵を打ち滅ぼしイサオシとせよ」

「マウイ=サン!そいつがこの腐敗液の元凶よ!そいつを滅ぼさなければ、この島は滅びるわ!」デンタータは叫ぶ!相手は騙し討ちで殺そうとした相手。だが、ユグドラシルを含め数十人ものリアルニンジャを相手取るには一人でも頭数が欲しい。

敵の敵は利用するだけ利用せよ。平安時代の詠み人知らずのコトワザである。デンタータはそのコトワザと同じように、マウイとの共闘を目論んだのだ!「来い!戦士よ!」「来て!マウイ=サン!」「戦士よ!」「マウイ=サン!」二人は何度もマウイに呼び掛ける。「…なあ、二人とも」

「一つだけ聞かせてくれ。貴方たちはこの島を手に入れたらこの島を、ここの住民たちをどうするつもりなんだ?」ユグドラシルとデンタータは、予想もしてない質問に少々面食らったような表情となる。

質問に何か、隠された意図でもあるのか。答えたら何か面倒な事態になるのか。そのようなことを考え、気づく。目の前のニンジャは何の策略も抱かず、純粋に島民の未来を知りたいのだと。そして二人は同時に答えた。「お前は何を言っているんだ?」「アナタは何を言っているの?」

「この島に住まうモータルどもは皆、我のジツの贄。我が生命力を手に入れるための家畜だ。それを好きに喰らい何が悪い?」古きニンジャは語る。それは、ニンジャが世を支配する平安時代から生き続けるニンジャにとって、当たり前のことだった。

「この島の住人はもうアダナスの所有物よ。どう生きてどう死ぬか、例え実験に使って死んでも、それは私たちの裁量の範囲よ。貴方に口出しする権利はないわ」新しきニンジャは語る。それは、混沌の時代を暗黒メガコーポに所属し生きるニンジャにとって、当たり前のことだった。

だから、ガブリエル・シルバは。「じゃあ、貴方たちにこの島は渡せないな」ライフルの槍を構え笑った。「父さんはずっと悩んでいた。この都を守り、このニンジャの国を世界に解き放っていいのかを」シルバの一族は知っていた。王たちが、王国の最後に数多のモータルを犠牲にしたことを。

いつの日か、王がかつての宣言通りにこの地に舞い戻ったらどうなるか?かつての時代の再来。島の住民たちは王国の民、ユグドラシルがジツを扱うための家畜となるのは想像に難くない。だが、今までのシルバの一族、ゴンザレスの父親の代まではそれを良しとしていた。だが、ゴンザレスは。

「だから、この都をどうするべきか。父さんはずっとその答えをずっと探していた」ガブリエルの父、ゴンザレスが何度か島外で出会った知人のニンジャと相談をしていたのを、ガブリエルは知っている。父の苦悩している背中を、彼は兄や姉と共に見続けていた。

「父さんは、その答えを見つけられないままこの世を去った」「だから、テメェが代わりに答えとやらを出すと?」ベルグリシは敵愾心を隠そうともせずに問う。既にガブリエルが色よい返事を返さないということに気づいたのだろう。

「そうだ。僕は、僕の答えを持ってここに来た」「問おう。我がクランのニンジャソウルを宿した若きニンジャよ」ユグドラシルは問う。闘争を楽しむ戦士としてではなく、王として。「貴様はこの国と、我らと敵対するつもりか?」ガブリエルに問う。

「その通りだ、王よ。僕は、貴方たちを滅ぼすためにここに来た」「ならば重ねて問おう。何故、そのような結論に至った?」ユグドラシルは、心底理解できないといったような雰囲気だった。「貴様のその答えは、父親の答えではないのか?貴様自身の考えだと、本当に言えるのか?」

ユグドラシルにとって、目の前の若きニンジャにそこまでの答えが、覚悟があるようには見えなかった。鍛錬に欠け、ブレない精神の軸が、エゴがあるようには見えない。問い返しもしない惰弱、脆弱。揺さぶりをかけてしまえば、それだけで崩れる。そんな印象をガブリエルに抱いていた。

何より、ガブリエルがその身に宿すニンジャソウル。クランの一番槍。ユグドラシルにとって、初めての弟子であるニンジャのもの。叶うならば、手元に置いておきたい。「僕の答えか否か、か…」ガブリエルは少し考えこみ、どこか意を決したような顔をした。

「この際、ぶっちゃけてしまおう…僕は!島の守護者になるのは嫌だった!」突如叫びだすガブリエル。その場にいる殆どのニンジャは奇妙なものを見る視線をガブリエルに向ける。「自分の足元に、こんな場所が、ニンジャ達が眠りに就いている場所があるのは嫌だった!」

「兄さんが島の守護者になると知った時、僕はホッとした!そんな汚い自分が大嫌いだった!」それは、青年の胸の内に秘めていた本音。「なんで、シルバの一族として生まれたのか、こんな使命を背負わせた王を呪った回数はわからない!」ソフィアにすら言わなかった真実。

「守護者になって、クローンの兵隊たちを殺し続けるのも、ソーデドを殺したのも嫌だった!あんな嫌な奴なのに!」守護者になってしまったせいで背負ってしまった罪。「武器を用意するのに盗みを働くのも嫌だった!」守護者であるために重ねる罪。そのどれもがガブリエルにとって重荷だった。

「ずっとずっと!この島から逃げ出したかった!守護者だったから、守護者の一族だったから父さんたちは殺されたのだから!」胸の内を言い切ったガブリエルは、肩で息をする。「ならば何故、逃げ出さない」ユグドラシルは、怒りを滲ませながら問う。

「貴様は腐り果てようがニンジャ。我が弟子のニンジャソウルを宿したニンジャだ」ユグドラシルにとって、もはやガブリエルは殺すべき対象。「その力があればいくらでも、無様に遁走する術はあるだろうに」その身に、弟子のニンジャソウルを宿しているという事実すら、弟子への侮辱でしかない。

「…何度も、何度も逃げようとしたさ。遠泳や、物資運搬の船に忍び込もうとしたり…でも、その度にみんなの事が頭に過った」「みんな…?」ユグドラシルは訝しげに一部分をオウム返しした。

「雑貨屋のおばさんはさ。お使いに行ったら母さんには内緒だってアイスをくれたり。漁師のおじさんは、売り物にならない魚をくれたり…友達だっていてさ…」ガブリエルが語りだしたのは、生涯の思い出。今日に至るまでの、島の人々との記憶の数々。「父さんたちも…この島で生きていたんだ」

親切にしてくれた人々の顔を思い出すと、槍を持つ手の震えが収まった。友人との思い出を振り返ると、逃げ出したいと思う恐怖が消えた。家族の記憶を思い起こせば、あともう一歩、踏み出そうという勇気が湧いた。「だから、僕は…」

ガブリエルが何故、今まで守護者として在れたのか。父親に託されたという事実もあった。王国を復活させてはいけないという恐怖もあった。だが、ガブリエルの中心にあったのは。

「やっぱり僕は、父さんたちとの思い出があるこの島が、この島に生きる人たちの事が。たまらなく大好きなんだ…!」家族と生きてきたこの島を、島の人々が今も生きているイースター島を、故郷を想う心だった。「だから、僕はもう逃げ出さない…!ここで、全て終わらせるんだ…!」

「…郷里への愛着如きで…その死にかけた体を引きずり…王に逆らうと…?不可能だ…」スピリトフは目前の愚かな弱者を、強者としての気配もなく、脇腹の包帯から少しずつ血を滲ませたニンジャを蔑む。「不可能だとか、可能だとか。そんなことは関係ない。やるんだ!」「愚かな…」

「こんなバカだったなんて…」デンタータは、数日間手玉に取り謀殺に失敗したニンジャを睨む。一時的に手を組む気すらなく、ガブリエルは一人でユグドラシル側も、アダナス側も全員殺すつもりなのだ。「安心してください。貴方もこの島から出すつもりはない」「…イカれてるわ」

マウイは呼吸を整える。もう、恐れはない。そして思い出す。いや、その身に染みついていたが意図して無視していた作法を。ニンジャ同士のイクサの作法、アイサツを。「やるか。僕、いや我のやり方で」

「…我が名はガブリエル・シルバ!ニンジャとしての名はマウイ!シルバの一族の末裔にして、王国への反逆者!」マウイは、銃槍を儀仗兵めいて構え、瞼を閉じる。「我、この地にて宣誓する!」そして、カッと瞼を開き、銃槍を眼前の滅ぼすべき敵たちへと向けた。

「恐るべきニンジャの王国から」ユグドラシルは木槍をマウイへと向ける。「掘り起こすべきではない秘密を掘り起こさんとする強欲なる組織と世界から」デンタータも跳躍を始めた。「この島と、この地で生きる人々を守って見せる!」マウイは駆ける。

「貴様の体を引き裂き、我が弟子のソウルを解放してみせようではないか!」「そんなに弟子が好きなら、死んでジゴクに行ったらどうだ!」ガブリエルの振るった銃槍と、ユグドラシルの振るった木槍がぶつかり合い、周囲の大木の枝が揺れた!

◆◆◆

ハンガロアの街は、ジゴクめいた有様と化していた。「逃げろ!早く!」「港の方だ!」警察官らは大声で人々を誘導し、人々は我先にと港の方へと走る!SPLASH!道路が、水道管が弾け腐敗液に満たされた火山湖から流れ込んだ腐敗液が噴き出す!「「Arghhhh…」」警察官ら腐敗死!コワイ!

病院前の争いが終わってから数分後、ハンガロアの街は休火山から噴き出した腐敗液の脅威に見舞われていた。火山弾めいて降り注ぐ腐敗液。溶岩流めいて流れ街へ迫る腐敗液。家の中に隠れようと、屋根を貫き、壁を破壊し、中の住人を腐敗させ殺してゆく災厄。そして問題はそれだけではない。

「イヤーッ!」「「「アババーッ!」」」「イヤーッ!」「「アバーッ!」」二つの石槍が、住人たちを貫き引き寄せる!「俺の方が稼いだ!」「運がいいだけだ」蔦を引き寄せるニンジャ達。ユグドラシルの僕の一部。彼らはモータル狩りのために街を襲撃、住民を捕えているのだ。

「クソ!誘導を終わらせた者は私についてこい!カカレーッ!」警察署長は市民の誘導を終えた警察官らを率い、ニンジャ達に向かって射撃を行う!その横を、死に物狂いの表情で市長は通り過ぎる。

「なんで…何でこうなったんだ…!」息を切らし走りながら、彼は港へと駆けて行く。彼が乗っていた車は運転手ごと腐敗液弾によって破壊されていた。そして頭の中に過るのはソーマト・リコールめいた彼の人生。

漁師の子として生まれ、漁師の子として育った彼。彼が子供の時代、ハンガロアの街は街とすら言えない、漁村のような状態だった。物資運搬用の長距離運航船も性能の問題で現在の様な頻度で来ない。寂れ、死にかけた街だった。島民の誰も彼もが爪に火を点す様な日々。だが、ある家だけは違った。

丘の上にある館、シルバの一族。あの家だけが、栄華を誇っていた。『ならん!貴様らが何度言おうとも、土地は売らん!』街の権力者などが何度土地の売買を、モアイ像を観光資源としたイースター島観光地化計画の協力を要請しても門前払い。

何より忌々しいのがあの男、ガブリエルの祖父の目だ。無知なるものを見下す目。嘲笑う目。蔑む目。愚かなお前たちは知らないものを私は知っていると、その目は雄弁に語っていた。

『ゴンザレス。お前からも親父さんを説得してくれよ』友人であるゴンザレス・シルバにも説得を願った。『僕も父さんを何度か説得してるけど、聞き入れてくれないんだ…』ゴンザレスも、島の未来を憂う若者だった。資産家の息子と漁師の息子。立場は違えど島の事を想っているのは変わらない。

若かりし市長はそう思っていた。ゴンザレスも同じだと彼は考えていた。だが、ガブリエルの祖父が病に倒れ帰らぬ人となり、ゴンザレスが家を継いだあの日から、何もかもが変わってしまった。

『どういうことだゴンザレス!?私とお前の計画を白紙にするだって!?』二人の計画。ゴンザレスがシルバの当主となり、市長が政治の道へと進み、島を良い方向へと進めようという計画。『すまない…友よ…事情が変わったんだ…』市長が幾度問おうと、ゴンザレスは何も答えなかった。

そこに、ゴンザレスの父親と同じ何かを見た市長は、諦めた。『裏切り者!裏切り者!裏切り者!ふざけるなあああああああ!』それでも市長は、計画を諦めなかった。ゴンザレスが裏切るのなら、一人でやってみせると。

それからの彼は、遮二無二走り続けた。政治家としてのキャリアを重ね、観光地化計画に対して協力をしてくれる企業や組織を探し続けた。そして、人生も折り返しとなったある日に、協力者が現れてくれた。アダナス・コーポレーション。

彼や県知事、チリ政府がアダナス・コーポレーションと協力関係を結んでから数日後。あの日が訪れた。ゴンザレス一家が、ガブリエル・シルバ以外殺害された日が。そのことに思うところがないわけではない。だが、裏切り者に相応しい末路だと、彼は計画成就まで深く考えないようにした。

ニンジャ化したガブリエル・シルバの妨害をも乗り越え、ようやく彼の計画はゴールの一歩手前まで来た、はずだった。だが、ゴールの前には恐ろしき巨大な穴があった。

「アバーッ!」「アバーッ!」市長の目前で、二人の漁師が腐敗液流弾を浴び腐敗死!市長のスーツに飛沫が飛び、彼はスーツの上着を脱ぎ捨てる。「はぁ…!はぁ…!ゴンザレス…!これが、お前が知ってしまったものなのか…!?これが、お前たちが守ろうとしたものなのか…!?」

どこからか大量に湧いて出た草木に覆われたニンジャ達。噴き出す人間を腐敗させ殺す液体。これが、シルバの一族の守ろうとしたものなのか?何のために?我々を生贄にでも奉げるつもりだったのか?「ママー!ママー!」後方からの泣き叫ぶ声。市長は立ち止まって振り返った。

「アーン!アーン!」後方、道路の上で少女が這いつくばって泣いていた。足を挫いたのか、前に這い進むことしかできていない。「嫌ぁっ!レオノル!どいて!」住民が避難した漁船の上で、少女の母親が降りようとするも、人が多すぎて降りることが出来ない。さらに。

「ああ…瑞々しい命よ。貴様の命は王に捧げられるのが相応しい」ひたひたと、槍を構えたニンジャが少女に迫りつつあった。見捨てるべきだ。市長の胸の内で、積み重ねた政治家としての経験則が冷酷なる答えをはじき出す。あんな少女より、島を立て直せる私が生き残るべきだと。

だが、かつての日々の記憶が、一人の漁師の息子としての日々の想いが、ゴンザレスと何の諍いもなく友人だったもう二度と戻らぬ日々が、胸の内で責めたてる。お前が島を救いたい理由は何だったのか、忘れたのかと。「あああああ!」市長は少女の元へと走り出す!

「あああああ!」そうだ!私が島を救いたかったのは!父の生活を楽にしたかったから!父の仲間の生活を助けたかったから!学友たちの生活を助けたかったから!「私は!この島で生きる人たちを、救いたかったのだ!」「さあ、王にその命、奉げよ!イヤーッ!」「グワーッ!」

ナムサン!少女を貫かんとした槍は、庇った市長の胴を貫いた!「なんだ貴様は…イヤーッ!」「ゴボーッ!」貫いた槍から生えた植物が、市長の内臓を貫き、攪拌し破壊してゆく!「し、市長!」近くを走っていた警察官が市長を救わんと駆け寄る!だが、市長は手で来るなと制する。

「グ…イヤーッ!」市長は少女の服を掴み、少女を持ち上げると警察官の方へと投げた!「キャアッ!」「ウワッ!大丈夫か!?」警察官は何とか少女をキャッチする!「い、けぇぇぇ!」市長は怒鳴り声を上げた!その口からは大量の蔦が溢れ出す!

「…市長!あんたの事は忘れないぜ!」警察官は少女を担いだまま、港の方へと走り去った!「その覚悟や見事。だが無駄だ」「ゴボ…無駄かどうか…まだわから…ん…」ニンジャは槍を振り払い、市長を腐敗液だまりに捨てた。そして、島のためにその生涯を駆け抜けた男は、この世から消滅した。

◆◆◆

「なあ婆さん!マウイは、ガブリエルの奴は本当に一人で大丈夫なのか!?」漁師が船のエンジンを稼働させながら老婆に問う。「ヒェッヒェッ!ゴンザレスの腕っぷしなんてアタシゃ知らないよ!」老婆は漁船の縁に腰かけ、ハンガロアの惨劇を眺めながら笑う。

「船を出すぞ!」漁師が操舵輪を掴み、漁船を外海へ。住民をイースター島から少しでも遠くへと逃すために船を発進させる。だが。「逃がすかぁぁぁ…」「王の供物となれぇぇぇぇ…」船へニンジャたちが迫りくる!一人でも多くの住民をユグドラシルに捧げるつもりだ!

「アバー!?アババーッ!?」突然老婆の目や鼻から血が流れだす!「来る!?来る!緋色の稲妻が!」老婆は叫び昏倒した。その老婆の胴を貫かんとニンジャは槍を放つ!だが!「アババババー!?」「アババーッ!」ニンジャらは突如飛来した緋の稲妻を喰らい痙攣する!

「「サヨナラ!」」ニンジャらは爆発四散!緋の稲妻が蒸発させたのか、ニンジャ達の全身にあった水疱が破裂しても、中の液体が飛び散ることはなかった。「何が…」漁師は、辺りを見回す。そして、ある物を目にする。ハンガロアの港へと近づいてくる高速艇を。その舳先に立つ男を。

男は放浪者めいた装いをし、ハンガロアの街を見渡し口を開く。「古い知人を訪ねに来たのだが、トラブルが起きているようだな」「あんたは…?」漁師が呟くと、男は漁師の方を向いた。「私にはいくつか名前がある。スカーレットと呼んでくれたまえ」男、スカーレットは不敵に笑った。

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#8終わり。#9へと続く。