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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#9

スカーレットは、ジゴクめいているハンガロアの街を歩く。その歩みは、久方ぶりに訪ねた地の土地勘を取り戻そうとしているようにも、単純に散歩しているだけのようにすらも思える。未だ無事な歩道から車道へ逸れると、その数秒後に歩道に腐敗液流弾が降り注ぐ。「…ふむ?」上を見上げた。

「なんだ貴様は」「どこのネズミだ?」近くの民家の屋根に、二人の植物に覆われしニンジャ在り。スカーレットから何かを感じ取ったのか、警戒をしながら車道へと飛び降りる。「ドーモ、スカーレットです」歩みを止め、スカーレットはアイサツをする。

「ドーモ、スカーレット=サン。アルファルファです」「ドーモ、アイビーです」二人のニンジャもアイサツを返し、石槍を構える。「特に貴公らと敵対するつもりなどないのだが…」「ぬかせ。このような場にたまさか居合わせただけとほざくつもりか?」「ソガの一派やもしれん!ここで殺す!」

「ならばしょうがない。貴公らを打ち倒し、進ませてもらうとしよう」スカーレットの腕を、緋色の稲妻が這い上がる。「「イヤーッ!」」アイビーは石槍を、蔦を振り回し殺戮円を描く!スカーレットの首を切断するつもりだ!アルファルファは心臓目掛け石槍を投擲!

スカーレットは、心臓目掛け飛来する石槍の側面を撫でて逸らした。そして、首目掛け迫る殺戮円を捌かんと手を緩く構える。「バカめ!」アイビーの殺戮円を描く石槍は、既に元の形とかけ離れていた!穂以外全てが毒々しい茨に覆われている!「少しでも掠れば毒で終わりよ!」棘から滴る毒!

「おお!それは恐ろしい!」だが、スカーレットは緋色の稲妻を纏わせた人差し指と親指で、容易く棘を掴み、石槍を止めた。毒液は蒸発し、致死毒はスカーレットを冒せずに終わる。「エ」「イヤーッ!」緋色の稲妻が迸り、茨から蔦へ、アイビーへと遡る!「アババババーッ!?サヨナラ!」爆発四散!

「アイビー=サン!おのれ!」アルファルファは石槍の蔦を引き戻し、スカーレットに振り下ろす!アルファルファの全身は、瑞々しい若葉に覆われていた。アルファルファのジツ、全身から生えた若葉が敵対者のカラテを、ジツを受け止め、生え変わることによりダメージを受け流す守りの力だ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」振り下ろされた石槍をスカーレットは柄を掴み、カウンターの緋色の稲妻がアルファルファを襲う!緋色の稲妻は、アルファルファの体を覆う若葉へ吸われ、若葉は枯れ落ち次の若葉が瞬時に体を覆う!「貴様の小癪なジツなど俺のジツの前には無駄でしかない!」

「貴公。自身のジツに自信があるのは構わないが…今一度自分の体を見てみたらどうかね」「負け惜しみを…」アルファルファは自身の体を見下ろし、目を見開いた。今だ生え変わり続ける若葉。だが、その生え変わるスピードは余りに早すぎる。いや追いつかなくなり始めている。

「なんだこれは!?」「君のカラテが、ジツが届かない相手もいる。覚えておくといい、アルファルファ=サン。イヤーッ!」「アバーッ!」スカーレットのチョップが、アルファルファの胸を引き裂いた!傷口から噴き出す毒々しい液体、血、そして心臓!「サヨナラ!」爆発四散!

スカーレットは二十秒とかからず、二人のニンジャを返り討ちにした。そしてある物を目にする。アルファルファらの戦利品、モータル狩りによって捕えた島の人々。彼らは、脇腹を貫く蔦と地に縫い付けられた槍によって逃げ出せないようにされていた。「助け…て…」彼らは血を流し、死にかけていた。

「良かろう」スカーレットは指先から緋色の稲妻を放ち、人々を貫く蔦を焼き切ってゆく。「貴公ら、彼らを船まで連れて行きたまえ。確かここには…私の記憶が確かならば、診療所があっただろう?そこの医師に見せたまえ」スカーレットは家の影や路地裏に隠れ窺っていた警察官らに語り掛ける。

警察官たちは、突如現れたスカーレットに警戒心を抱きながらも、島民を救うために急いで駆け寄る。それを尻目にスカーレットは歩み出し、数歩進むと、その歩みを止めた。「これは…」スカーレットの体にかかる不可視の圧力。それには覚えがある。今は無きネザーキョウ。ハリマの地にて。

「アンタ!どうしたんだ!」警察官の一人が、突如足を止めたスカーレットを奇妙に思い、走り寄る。「気にしないでくれたまえ。少々のトラブルに見舞われているだけだ」「だが」「小生を気にかけずに、島民を救うのに従事したまえよ」「アッハイ」そして、警察官はスカーレットの指示に従った。

これ以上深入りしてはならないと、本能的に何かを感じ取ったのだろう。重傷を負っている島民を担ぎ警察官らは歩き出した。最後に振り返った時、警察官の一人はスカーレットの前に、酷く朧げな銀色の人影が滲み出るのを見た。

「また貴公か…貴公のアンテナに、私が引っ掛かったかね」スカーレットは銀色の人影に語り掛ける。だが銀色の人影は何の反応も返さず、こめかみに指を当て、スカーレットを凝視する。「お喋りをする気はないかね。貴公はそれなりに話せる質だと思うが…」スカーレットの鼻から鼻血が流れ出す。

銀色の人影は、スカーレットを凝視しながら、周囲の気配を探る。そして、ある方角の意識を向けた瞬間、酷く困惑したような気配を漂わせる。「貴公も、流石にこの地に近づけば気づくか…左様、この地にあるとも。貴公の探し求めるもの…ギンカクの一つが」

銀色の人影は疑心を深めたか、スカーレットへの不可視の圧力が強まる!「クキィ…!」スカーレットの流す鼻血の量が増える。この地での騒乱に、スカーレットが、何らかの形で関りを持っていると確信したのだ!銀色の人影は、スカーレットを凝視しながらも、意識を何かに向け始める。

「ふむ、誰かを呼ぶ気かね?例えば、ネオサイタマから…」スカーレットは、不可視の圧力を特に苦にも思っていないのか、少しずつ銀色の人影へと歩み寄りだす。「君の愉快な仲間の…サツバツナイト=サンやニンジャスレイヤー君を呼んでも、私は構わんがね?」鼻を拭う。もう血は流れない。

「だが仮に、彼らがネオサイタマからポータルを用いてここに来るとしてもだ」スカーレットは、銀色の目前にズイと一歩近寄る。「ここに到着するまでに、事態は終わると思うがね?君の好まざる結末でだ」銀色の人影もその可能性、いや事実には気づいている。

チリ本土からイースター島までおよそ3000キロメートル強。ネオサイタマからウキハシ・ポータルでチリまでは即座に来れても、飛行機を使おうが、船を使おうが間に合わない。到着した時には、既に終わっているだろう。島民の皆殺しという最悪の結末をもって。だがそれは。

「君、私を見逃したまえよ」スカーレットをこの場で押し止めた場合の結末だ。スカーレットは銀色の人影の耳元で囁く。「ネザーキョウの時と違い、今日の私は…本当に何の企みもないとも。知人の家を訪ねに来たら、トラブルに巻き込まれただけだ」欺瞞。あからさまに嘘である。

スカーレット、ケイトー・ニンジャが何の企みもなく、この動乱の地にやってくる?ありえない。ケイトーの目論見を打ち砕くには、この場で戦闘不能に追い込むしかない。だが、その代償は島民全員の命。しかし…「貴公は勘違いしているやもしれんが…」

「見逃せとは言っても、誰にも言うなとは言ってはいないのだよ」スカーレットは更に言葉を紡ぐ。「この後急いで君の仲間に伝えれば、運が良ければ帰り際の私と出会えるかもしれない。帰りの船の燃料の給油もあるのでね」それは余りにも皮算用めいた希望的観測だった。

運が良ければ。かもしれない。挙句の果てにその希望的観測を語るのは問題を起こした本人と来たものだ。だが、銀色の人影は。「ほう!」銀色の人影は出現した時と同じように滲み、姿を消した。今回だけだと言わんばかりに。

「クキキィ!君は正しい決断をしたぞ!シルバーキー=サン!イヤーッ!」スカーレットは足元に落ちていたアルファルファの槍を蹴り回し石突を、石槍を蹴り飛ばす!「アバーッ!」銀色の人影の後方からアンブッシュを仕掛けようとしていた、ユグドラシルの僕のニンジャの胸に突き刺さる!

「イヤーッ!」「サヨナラ!」スカーレットは石槍を掴み上に、ニンジャを縦に裂き殺した。そして石槍を振り回し血を払う。「何者だ」「王の敵!」「殺すべきだ!」スカーレットの起こした騒ぎを聞きつけたか。スカーレットの周囲を、ハンガロアの街でモータル狩りをしていたニンジャ達が囲む。

「ふむ、ちょうどいい」スカーレットは石槍を構え、笑う。「来たまえ諸君。一人十秒で片付けよう」「「「「「イヤーッ!」」」」」周囲のニンジャ達は一斉にスカーレットに飛びかかる!緋色の稲妻が、辺りを駆け巡る!

◆◆◆

「イヤーッ!」「イヤーッ!」マウイの突き出した銃槍を、ユグドラシルは枝に突き立てた木槍を使い、ポールダンサーめいた動きで回避!カウンターの蹴りを見舞う!「イヤーッ!」マウイはブリッジ回避!その勢いを利用しバク転を数度行い距離を取る!BLAMBLAM!銃声が鳴り響く!

バク転中に構えた銃槍からライフル弾が発射されたのだ!ライフル弾はユグドラシルを狙う!「そのような玩具を用いるとは嘆かわしい!」ユグドラシルは憤怒の形相を浮かべながら、木槍でライフル弾を打ち払う!ガガガッ!突如ユグドラシルの腕に数度、衝撃が走る!「チィッ!あの女め!」

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」マウイは己の勘と、僅かに見える人影を目で追い回避!周囲の大木の枝はすさまじい勢いで破砕されてゆく!デンタータの跳躍だ!「邪魔だ!下郎!貴様の様なものに時間を割いている暇などないわ!」ユグドラシルは跳躍を続けるデンタータを睨みつける!

デンタータは構わず跳躍を続ける。マウイがこちらと手を組む気が一切無いのならば、こちら側でマウイを利用するしかない。マウイとユグドラシルの戦いに割り込み、まずはユグドラシルを殺し、そしてマウイを殺す!「イヤーッ!」ユグドラシルの石鎧の関節部を破壊するため、足の刃を振るう!

「貴様はこれと遊んでいろ!」ユグドラシルは石突で枝を叩く。すると、そこから多種の植物が生え出し捩じれ絡み合い、人を模る。植物人形はぎしぎしと音を立て、手めいた形の植物を合わせ、オジギの形となる。「そんなもので!」デンタータは刃で植物人形の胴を切り裂いた!

「Shiiiiiiiii!」植物人形が鳴いた!泣き別れとなった上半身と下半身を新たに生えた植物が繋ぎ再生!デンタータに追随し始める!「嘘でしょ…!?」デンタータは驚愕する!植物人形の動く速度は驚くことに、デンタータのそれと同じ!「Shiii!」植物人形がデンタータに噛みつかんとする!

「イヤーッ!」体を無理やり捻り、噛みつきを回避!しかし!デンタータの着ている白衣の裾がボロボロと焦げ落ちる!「Shiiiii!」植物人形の口内の液が撒き散らかされる!周囲の大樹の枝、果ては植物人形自身すらもジュクジュクと溶け始める!「強酸性溶解液…?食虫植物なのこいつは…!?」

「フン。死ぬまでその人形とカラテでもしてろ。さて…」ユグドラシルは視線をデンタータからマウイへと戻す。「…ッ!」マウイはカラテシャウトを放つのを抑えながら、銃槍をユグドラシルの石鎧から僅かに覗く目元を狙って突きを放っていた。

「その程度のアンブッシュ、気づかないと思っているのか?」歴戦の戦士たるユグドラシルにとって、マウイのアンブッシュは例え五感を潰されていたとしても見抜けただろう。「イヤーッ!」「グワーッ!」ユグドラシルは銃槍の銃身を掴むと、背負い投げめいてマウイごと枝に叩きつける!

「これは…!?」叩きつけられた衝撃を利用し立ち上がろうとしたマウイの体をトラバサミめいた植物が挟み捕縛!「ぐぬぬ…!」マウイは身をよじり脱出を図るが、植物は万力めいてびくともしない!「終わりだ。愚かなるニンジャよ」ユグドラシルは、絶対零度の視線を持ってマウイを見下ろす。

「…待たせたな。今その身から解放してやろう」ユグドラシルは、木槍の穂先を下に、マウイの心臓へと定める。「死ね!イヤーッ!」そして、木槍を降ろした!「イヤーッ!」「イヤーッ!」その時、ユグドラシルに殴りかかる影。ファウンドだ!ユグドラシルは石鎧の肩当で受け止める!さらに!

マウイを捕える植物の節間にスリケンが突き刺さり、マウイを捕える力が緩む!「イヤーッ!」マウイは植物を無理やり開き脱出!ユグドラシルから距離を取る!「あれだけ啖呵を切っておきながらなんだそのザマは!ゴミクズめ!」離脱したファウンドはマウイと並び罵倒する!

「お前…あの時の奴か」マウイはボロボロになり、中身の少年の体が露出しかけているファウンドを見て、自分の傷口を押さえる。「やあ、マウイ=サン。悪いけどしばらく手を貸してもらうよ」更にヒプノシスも空いているマウイの隣に並ぶ。顔色は優れず、鼻血が数本垂れていた。

「お前らと慣れ合うつもりは…」不快そうにマウイは銃槍を向ける。「おっと、休戦協定を結ぶつもりは無い。ちゃんと君を利用するつもりだよ」マウイは先程よりさらに顔を不快気に歪める。ヒプノシスは己のジツの影響により冴え渡るニンジャ第六感によって、ある事実に気が付いていた。

マウイが来てユグドラシルとの戦いを初めてから、スピリトフの異様な攻撃は一度も発生していない。ユグドラシルの激昂とスピリトフのジツ。この二つには何か関係がある。そして、マウイが爆発四散すれば再びスピリトフは動き出し、今度こそデンタータは殺されてしまうだろう。

「邪魔を…!しおって…!」ユグドラシルは全身からキリングオーラを放ちながらマウイらに近づきつつある。「落ち着け!ユグドラシル=サン!簡単に殺せる雑魚だぜ!あのマウイって奴は!」ベルグリシはクールダウンさせようとするも、効果は無い。

「良い兆候だ。このまま彼を怒らせ続けて、致命的な隙を狙おう」「アンタに指図されるつもりはない」「ゴミカス、助けてやった恩義くらい返すんだな!」三人のニンジャはほぼ同時に、ユグドラシルへと仕掛けた!

「オオッ!」ユグドラシルは高速工業機械めいた正確さで、マウイの心臓、目、動脈、手などの急所やカラテを行うための必須の個所を突く!マウイはそれを、切り裂かれながらも回避を行い続ける!流血が伴い、肉が浅く裂かれる。だがそれでも、致命傷には至らない!

明確なまでに格上たるユグドラシルの攻撃を、マウイがギリギリで避けることが可能な理由とは何か?それは、彼の内に溶けたニンジャソウルに理由がある。

マウイは、己に宿ったニンジャソウルのルーツが、目の前のリアルニンジャにあるというのは一目見た瞬間から理解していた。誰に言われるでもなく槍を獲物とし、振るうカラテの一つ一つも誰に学ばずとも、今の形になった。それが、ユグドラシルを由来としているのなら、やりようはある。

今、己の目の前にあるのは、己のカラテの完成形。マウイというニンジャが今の数十倍、いや怪我をして動きが鈍っていることを加味するなら百倍以上強い姿だ。だから、予測できる。己のカラテを振るうイメージを何倍速にも引き上げ、それを元に動く。

『イヤーッ!』次に来るのは、首を切断するために振るわれる一閃。「イヤーッ!」マウイはしゃがみ回避。間に合わず切られた髪の毛が舞う。『イヤーッ!』次に振るわれるのは、足を切るためのもの。「イヤーッ!」限界まで引きつけ、槍の殺傷範囲からバックステップで離脱。

「どうした王様!その程度か!」マウイは、己の顔を無理やり悪辣そうに歪めて嘲笑う。背筋には一手打つ手を間違えれば死ぬということへの冷や汗が伝う。だが、それでも笑う。「き、さま…!」ユグドラシルのこめかみ辺りから、比喩ではなく血が噴き出す。憤死しかねない形相だ。

「らぁ!」BLAMBLMBLAM!その横からファウンドは連続で射撃を行う!「じゃ!ま!だ!」ユグドラシルは木槍を苛立たし気に振るい銃弾を弾く!「イヤーッ!」更に反対側からヒプノシスが仕掛ける!その手の形はダーカイ掌打!それをユグドラシルの脇腹に叩き込まんとする!

「貴様も!邪魔だ!」石鎧を割りながら咲いた大輪の南国花がダーカイ掌打を受け止める!「グ、ヌゥ!」しかし、ダーカイ掌打の衝撃を殺しきることは叶わないか、ユグドラシルは呻き声を上げ、半歩下がる!「イヤーッ!」マウイは南国花が生え割れた石鎧めがけ、銃槍で突く!

「させるか!」「グワッ!?」その時、大木の枝を破壊しながら、二人の間からベルグリシが姿を現す!マウイを石の爪で引き裂かんとする!更に!「死ね!イヤーッ!」マウイの後方から、全身を蔦で覆い、縄人形めいたニンジャがマウイの頭を捩じり千切らんと蔦まみれの腕を巻きつけんとする!

マウイはバランスを崩し、対応しきれない!「そのニンジャを殺すのは我だけだァあああああああ!」だがその時、ユグドラシルの全身から鋭い木が大量に生え、周囲にいたニンジャ全てに迫る!「おもっくそブチ切れやがって!」回避するベルグリシ!ユグドラシルはもうマウイ以外目に入らない!

マウイは全身に突き刺さる木の枝を銃槍で叩き折りながら突き進む。激痛に襲われ、それでも叫び出さない様に歯を噛み締め、ユグドラシルから生えた木の枝を踏みしめ駆ける。「死ね!我が弟子を愚弄するニンジャよ!死ね!」ユグドラシルから絶えず伸び続ける木!砕ける石鎧!

「グヌゥ!?」その時、ユグドラシルの動きが数瞬停止した!「止まれ…!」ヒプノシスはサイバーサングラスをずらし、ユグドラシルに干渉を仕掛ける!今までの強化のフィードバックで流れ出す血涙!だが石鎧の大部分が破砕し、ユグドラシルが動くのを止めた今こそが好機!「ここで決めさせる…!」

「イヤーッ!」ベルグリシはユグドラシルの周囲に石の壁を築き守りを固めんとする!石が波打ち、結界めいてユグドラシルを包まんとする!BLATATATA!「イヤーッ!」だがファウンドの銃撃から身を守ることを強いられ、石の結界の大部分はベルグリシを守る!

「死ィいいいいいいいいねェええええええ!」ユグドラシルの怨嗟の叫びが響き渡る!木が弾け、マウイの全身に大量のささくれが突き刺さり体が血に染まる!だが、マウイは止まらない!マウイは銃槍の穂先を撫で、灰色の光を宿す!

ユグドラシルは、自身から生える枝を掴むとそれを投擲!「イィィヤァァァ!」マウイも同じタイミングで銃槍をユグドラシルの胸、心臓目掛け突きを放つ!「グワーッ!」ユグドラシルの枝がマウイの左肩の肉を抉り取るのと、マウイの銃槍が心臓を貫くのは同時だった。

「ヤッタ…!」ファウンドは、小さく喜びの声を上げた。見下しているマウイとはいえ、面倒な相手が倒されたからだ。「イヤーッ!」ヒプノシスは、ユグドラシル目掛けスリケンを投擲した。相手は植物で縫合が出来る、心臓の傷すら治しかねない。治そうとする時間の内に追撃を行うためだ。だが。

「クランのジツの理すら理解できぬか…」ユグドラシルは貫かれた傷口から大量の腐敗液を噴出しながら、即座に銃槍の銃身を掴むと、握り潰し破壊した。「このような玩具にジツを使った所で何となる?」「グワーッ!」そして、木槍を掴みなおすと、振りかぶり柄でマウイの脇腹を打ち付ける!

「ゴボーッ!」大樹の枝を転がりながら、マウイは胃液と血の塊を吐き出す!今の一撃で内臓に大きなダメージ!ユグドラシルは体から生えた枝を一瞬で払いのけると、迫るスリケンを叩き落とす。胸の銃槍の残骸を引き抜き、マウイに迫る!

「愚か者。我が眼前に立った事を後悔せよ」「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」ユグドラシルは瞬時に木槍を振るい、マウイの両腕の骨を細かく、そしてカラテが出来ぬようにと丹念に粉砕して行く!マウイは見た、突如精神が凪いだように見えるユグドラシルの目を。その奥に燃ゆる殺意の炎を。

極まった怒りが、殺意が。精神をある種のフラットな状態へと導いたのだ。確実に殺す。だから、怒りを吐き出すこともしない。派手なジツを使った殲滅も、裏を掻くための策謀も無い。ただ、積み重ねたカラテでマウイを殺すための作業を進めてゆく。

「マウイ=サン!」「オラァ!」ヒプノシスはマウイを救おうとするも、ベルグリシにドロップキックで蹴り飛ばされる!「ヒプノシス=サン!」「王の、邪魔を、させる、な!」「かかれぇ!」マウイ討伐の邪魔をせぬよう包囲していたニンジャらがファウンドへと迫りだす!分断が成る!

「終わりだ」ユグドラシルは、両腕を完璧に使い物にならなくなったマウイを見下ろし、木槍で首を切断するために振るう。マウイは内臓のダメージにより、未だ立ち上がることが出来ず、防ぐこともかわすことも不可能。そして、己の首に迫る木槍を何もできず見続け…010101….

010101気が付けば、マウイはどこか知れぬ場所にいた。銀色の浜、だが、至る所にノイズが走り、全体像がぼやけている。「01010聞こえ0101」声。

マウイの前に、銀色の人影が滲み出る。「0101000疑似イントラネッ0101010繋がりにく01010」銀色の人影は何かを伝えようとしている。だが、ノイズのせいで断片的にしか伝わらない。「01これだけは010101イトー・ニン0101信じるな!」01010…

01010…「イヤーッ!」ユグドラシルの振るう木槍に突如、緋色の稲妻が飛来!「イヤーッ!」ユグドラシルは木槍を手放しバックステップ!手放したコンマ一秒後、木槍は炭化し崩れ去った。「ふむ。どうやら間に合ったようだ」そして、空から一人のニンジャがマウイの前に降り立った。

「スカーレット=サン…!?」マウイはそのニンジャを見上げ、驚きの声を上げる。「久しいな、マウイ=サン。ゴンザレス=サンが存命の頃に会った以来か?」スカーレット。父、ゴンザレス・シルバの友人。滅びし都を、眠り続ける王たちをどうするかの相談役。

◆◆◆

「これの正体、中心になっているのは食虫植物じゃ、ない」「shiiii….」デンタータはゆっくりと、足の刃で植物人形を縦に焼き切っていく。「攻撃に使ってるのはそれだけど、核になってるのはそうじゃない」植物人形は噛みつかんとするが、その動きの速さは緩慢だった。

「植物界には、種子を遠くに飛ばすために動物に種子がくっつくものがあるけど…」デンタータは自身の体を目を細めて観察する。彼女の体やニンジャ装束には、ナットウの糸めいた何かが付着していた。「こんな子供だましに苦戦させられたなんて…」この植物人形は、自立などしていないのだ。

正体としては、食虫植物と種子をくっ付ける植物が奇跡的なバランスで組み合わさったもの。恐らく、ユグドラシルがクランのニュービーの鍛錬目的で生み出した木人代わり。こちらの力量が高ければ、速く動けば。それだけこの人形も強く、速く動く。それがデンタータの考察。

「なら、こっちがゆっくり動けば…」自身をゆっくり焼き切っていくデンタータに反撃をしようとするも、余りに遅い。デンタータの足の刃が、何か小さなものをぷちゅんと音を立て、切り裂いた。「shii」植物人形は力なく解け、枯れてゆく。

デンタータは一度大きく息を吐き、辺りを警戒する。植物人形の分析の傍ら、周囲の状況は観察していた。だが、僅かな時間で事態は大きく変わっていた。得体の知れない救援の正体も気になるが、デンタータが気にしているのは別のもの、ユグドラシルのことだった。

マウイによって開けられた胸の穴。ユグドラシルはそれを植物で縫合しようという素振りを一切見せない。今もその胸の穴から、穿たれても脈打つ心臓が見え、腐敗液と血液を溢しているのに。どのようなジツの使い手であろうと、あのような傷を放置するのはあり得ない。ならば、その理由は?

「傷を…治す必要はない?」デンタータは目を細め、ユグドラシルの傷を凝視する。そこに、見慣れたものを見た瞬間、デンタータの中で全てが繋がった。「ファウンド=サン。聞こえる?」『すまない!今!イヤーッ!囲まれて面倒な状態なんだ!』「ユグドラシルの正体がわかった、かもしれない」

『イヤーッ!かもしれないってBRATATATA!どういうことなんだ!というより正体って!』「なんとかヒプノシス=サンとこっちに来て。ベルグリシ=サンをマウイたちに押し付けて」デンタータは自身のうなじを撫でる。「飛ぶわよ」

◆◆◆

スカーレット。ゴンザレスたちが存命だった頃、何処よりこの地へ、シルバの一族を訪ねに来たニンジャ。「この地で僅かな事象の乱れを感じ取ったのだ」ガブリエルが生まれる前、ガブリエルの祖父が亡くなりゴンザレスがシルバの家の当主となった頃の事だった。

スカーレットはゴンザレスの信頼を勝ち取り、家族とも信頼関係を築いた。ガブリエルも、スカーレットには懐いていた。遠い異国の地、ネオサイタマの話や、不思議な出来事の話もねだり、聞かせてもらっていたのを覚えている。あの頃と変わり無い姿。だが、何故ここに?

「この地でかつて感じ取った僅かな事象の乱れが、突如大きな乱れとなった。それを知るためにこの地に来たのだ」スカーレットはあの頃と一切変わりない厳かな口調で、マウイへと語りかける。言葉の節々から、わずかな動きからですら、でたらめなまでの力の断絶を、若きニンジャは感じ取った。

「スカーレット?ハッ!そのような名で隠し通せると思うのか!」闖入者をユグドラシルは鼻で笑う。「かの大戦。我は最前線で戦うことは終ぞ叶わなかったが、後方でもその緋色の稲妻のもたらす死の話は届いたぞ…ケイトー・ニンジャ=サン!」

「ケイトー・ニンジャ…」マウイの脳裏で銀色の影が話そうとした何かがチリリと掠めたような気がした。「ふぅむ、貴殿は…誰だったかね。貴殿の思う人物とは他人の空似やもしれんぞ?もしや私はケイトー・ニンジャの弟子であるやも…」「イヤーッ!」ユグドラシルは体から木を、木槍を生成し投擲!

「せっかちは損を生むというのは知らないのかね」スカーレットが木槍を掴むと、緋色の稲妻が駆け巡り木槍は一瞬にして朽ち果てた。「誤魔化せると思うな!貴様は、ケイトー・ニンジャ本人だ!」ユグドラシルは再び木槍を生成すると、全神経を注ぎ警戒の構えを取る!

「スカーレット=サン!何がどうなってるんですか!ケイトー・ニンジャとは、誰のことなんですか!?」マウイはスカーレットに問う。ユグドラシルはスカーレットを知っているようなそぶりだが、ユグドラシルは数百年前から眠りについていたはず。なのになぜ知っているのか?

「語るべきではないと思い、語らずにいたが…」スカーレットは観念したかのように口を開く。「私も、かの古きニンジャらと同じリアルニンジャ。古き時代よりこの世をうつろい、時を逆さまに生きるもの」漂わせる圧が、時の力とも言うべき何かがマウイの肌を粟立たせ、真実だと知らせる。

「スカーレットの名は、世をうつろうために名乗る名。何せ、小生はそれなりに有名人なものでね…」ヒプノシスを殺さんとしていたベルグリシすらカラテの手を止め、スカーレットを警戒している。他のユグドラシルの僕たちですらも、カラテを止め警戒をしている。ただ一人のニンジャに対してだ。

今、この場の空気を、流れを制しているのはスカーレット。だからこそ、知らなければならない。「スカーレット=サン。貴方は、誰の味方なんだ?」どこの所属かもわからず。目的もわからない。事象の乱れが何を指すのか。この場にいる全員を殺せば収まるという判断を下す可能性すら、有り得る。

「なに、君の味方だとも」だが、スカーレットはかつての頃、まだガブリエルが小さな子供だった頃と変わりない声色で、マウイの味方であると答えた。「かの滅びた王国の再興や、暗黒メガコーポがこの地を制すれば、今の世に極大の災禍を齎すことになる。手を貸そうぞ。マウイ=サン」

「でも…弱音を吐くわけじゃないですが、一緒に戦うのは厳しいと思います」マウイは上半身を揺らし、ユグドラシルに丹念に破壊された両の腕をぶらつかせる。開放骨折複雑骨折多数。カラテの起点の大部分を腕から始めるマウイ、力の大部分を封じられたに等しい。

「何とかなるとも」スカーレットは懐に手を差し入れ、何かを探る。「本来はゴンザレス=サンに土産として渡すつもりだったが…」スカーレットは、懐より巨大な種子を取り出した。

人間の拳大の種子。それを見たユグドラシルは驚愕した。「それは、シード・オブ・ミストルティン!バカな!ケイトー・ニンジャ=サン!貴様、どこでそれを!」

シード・オブ・ミストルティン。己を傷つけんとする万象から身を守るジツを使う、賢しきバルドル・ニンジャを暗殺せしめた強大なるレリック。かつてユグドラシルが手に入れ、そしてソガの軍勢との戦いの最中、僅か一分にも満たない休息の眠りの合間に消え失せ、敗北を決定づけた因縁のレリック。

それが何故、ケイトー・ニンジャの手にある?一瞬の考察。そして、ある可能性に思い至った瞬間、凪いでいたユグドラシルの精神が再び荒れだした。「貴様!まさかあの時、我の国に!?」

ケイトー・ニンジャはあの時、ユグドラシルのクランとソガの軍勢の戦いが起きたこの地に、王国にいたのだ!SoM(シード・オブ・ミストルティン)を奪うために!「いや?小生はこの種子をさる古物商から購入してね…貴殿の国に立ち寄った事は一度もないとも!」スカーレットはどこ吹く風。

それが更にユグドラシルの怒りを駆り立てる!「イヤーッ!」ユグドラシルは瞬時にスカーレットとの距離を詰め、木槍を振るう!「イヤーッ!」「イヤーッ!」木槍と石槍がぶつかり合い衝撃波が荒れ狂う!スカーレットの腕から緋色の稲妻が石槍へと駆け、木槍を焼き焦がし朽ちさせてゆく!

「カーッ!」木槍を手放すと同時にユグドラシルの口いや、喉の奥からトリカブトの花が飛び出し花粉を放つ!スカーレットの全身を一瞬にして紫色の花粉が包み込む!「イヤーッ!」ユグドラシルは拳を握り花粉の中へと飛び込む!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ユグドラシルはスカーレットの脇腹目掛けボディブローを叩き込む!スカーレットは花粉を吸わぬよう口を開かず、人差し指からあらぬ場所へ緋色の稲妻を放った!すると、花粉の塊に積乱雲めいて緋色の稲妻が駆け巡り焼き払う!

「イヤーッ!」スカーレットは足払いをしユグドラシルの体勢を崩す!だがユグドラシルの背から強靭なつる植物が生えるとユグドラシルを受け止め、バネめいて跳ね返す!「イヤーッ!」ユグドラシルは再びスカーレットに殴りかかる!「イヤーッ!」スカーレットは腕で受け止め後退!

「クキキ…喉から手が出るどころか、喉から植物を出すとは…体中に植物の種子や芽を植え付けたと見える」マウイの横でブレーキをかけたスカーレット。彼は未だ片手で掴み続けていたSoMをマウイの前に置いた。「これなるはSoM。万能足りえる武具にして、所有者の命を貪る呪具。君の武器だ」

「…これを、どう使えと?」「ミストルティンには先に、私の生命力とカラテを吸わせておいた。起動の条件は整っている」スカーレットは啓示を与えるように言葉を紡ぐ。

「念じたまえ。己の腕を補助する形を。思い描き給え。己の振るう槍を。さすれば、応えるだろう」マウイは腕を揺らし、SoMに片手を置いた。すると、SoMは淡い光と緋色の稲妻を放ち、種子から根が、蔦が、木が生え腕を覆い、背を伝いもう片方の腕も覆った。

それは、植物で編まれた西洋鎧めいた篭手と腕当てだった。マウイは腕が動くイメージを頭の中に思い浮かべる。一切のラグがなく、腕が動いた。いつも使う槍をイメージすると植物防具から枝が生え、木槍となる。「ふむ。筋は悪くない」スカーレットは満足げに頷く。

その光景を見せつけられたユグドラシルの全身から植物が生えていた。だが、生えている植物は今まで生えていたものたちとはまるで違う。どす黒く捻じれ狂った茨。赤黒い花粉をバラまき続ける毒々しい花。果ては悶え苦しむモータルの顔が所狭しとある人面樹すら生えていた。

それらはオーガニックやバイオ生物がいる自然界にはないものばかり。ユグドラシルの体内で品種改良がおこなわれた、マウイとスカーレットを殺すために急遽生み出されたもの。「ギー!」「ギー!」ネズミたちも、宿主の殺意に呼応したか胸の穴から溢れ出す。

「チッ…!」ベルグリシは気を揉みながらも、ヒプノシスとのカラテを継続していた。スカーレット、ケイトー・ニンジャの武勇はベルグリシも知っている。SoMで武装をしたならばまだしも、今のユグドラシルでは…!「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが、アダナスの面々を放置するのも面倒!

「こちらは二人、敵は多数。何かの策は?」「なに、君と私がいれば二人の軍団だ。策を弄さずとも勝機はある」スカーレットとマウイはそれぞれ槍を構え、前を見据えた。対するユグドラシルは、黒い茨の槍を構えた。「「「イヤーッ!」」」三者は同時に駆けた!

「マッタ!」しかし、三者にマッタを申する者がいた。ユグドラシルの僕の一人。「なんだ!今、お前たちに構う暇は」「我らも、かの者らを殺す手伝いをいたしたいのです!」そう叫ぶニンジャの後方には、他の僕らが並び片膝立ちの体勢。一人の暴走ではなく総意であることを示していた。

「我らの長兄たるあの人を汚す者の死を望むのは我らも同じ!」「ですがその稲妻を操るニンジャは強敵」「二対一では些か荷が勝つかと…」次々に言葉を紡ぐ僕たち。「だが!ケイトー・ニンジャは強敵!カイデンしていないお前たちでは勝ち目は万に一つもない!」ユグドラシルはそれを否定した。

マウイはこちらから意識を逸らしたユグドラシルに飛び掛からんとわずかに構えた。しかし、スカーレットは手でそれを制する。このまま放置するほうが、こちらの理になると?マウイはおとなしく、事の成り行きを見守った。

「かの宝具を!」「大征伐にてツギキ・ニンジャより奪いし腕輪を、我らにお使いくだされ!」「っ!」ユグドラシルは、己の腕にある腕輪を見た。「駄目だ!これを使えばお前たちは!」「無駄な死ではありませぬ!」「植物は枯れれば、時代のための礎となる!それと同じこと!」

「かのニンジャらを滅ぼし、ドージョーを再興してください!」「師の願いを、もう一度!」ユグドラシルは瞑目し、一筋の涙を流した。「すまぬ…!我が弟子たちよ…!」ユグドラシルは、腕輪を外すとそれを天に向かい掲げた!

「ほう!バングル・オブ・パッチワーク!そのようなものも所有していたとは…」「イヤーッ!」ユグドラシルはバングル・オブ・パッチワークを握り潰すと、それを僕たちに向かって投げる!すると!バングル・オブ・パッチワークの砕けた個所から、白い糸のようなものがビルビルと溢れ出す!

「「「「「「「「グワーッ!」」」」」」」」白い糸は、何人かの僕たちの全身を貫くと、バングル・オブ・パッチワークへと引き寄せる!「ジツを…!行使せよ…!」「すべてはクランのために…!」「バンザーイ!バンザーイ!」ニンジャらの全身から植物が生え、捻じれ絡み合う!

植物たちは筋繊維めいて絡み、そして一つの形を作り出す。「クキキ…!エイトヘッズドラゴン…!」「「「「「「「「グルァアアアアアアアン!」」」」」」」」植物を肉に顕現せし八頭の龍が天に向かい咆哮を挙げた!

「マウイ=サン。二人の軍団を結成するのは、いつか別の機会としよう」スカーレットは、エイトヘッズドラゴンへと石槍を向ける。「君は、ユグドラシル=サンを討ちたまえ。私はかの龍を受け持とう」「ええ、カラダニキヲツケテネ。イヤーッ!」「イヤーッ!」二人は己の倒すべき相手の元へ!

「王様!ついに決着の時だ!」ユグドラシルからタタミ五枚分ほどの距離に立ったマウイは、挑発的にSoMの槍を向けた。「…ああ、そうとも。もう誰にも邪魔はさせん」ユグドラシルの体から荒れ狂う黒い茨が生え続け、茨のドームを編んだ!「ここから生かしては出さんぞ、愚か者よ」

「「「「「「「「グルァアアアアアアアン!」」」」」」」」エイトヘッズドラゴンが身じろぎをする度に、大気が震え足場となる枝が折れてゆく。それを少し離れた位置に着地したスカーレットは楽し気に眺めていた。

「クキキ…かの龍はハガネ・ニンジャが元となったが、この植物龍の力はいかほどか…」スカーレットの人差し指から、緋色の稲妻が飛ぶ!「イヤーッ!」だが、その稲妻を石の爪がインタラプトした!「そう簡単にやらせるかってんだ!」ベルグリシだ!石の爪は弾けると、緋色の稲妻が霧散!

「ドーモ、ケイトー・ニンジャ=サン。ベルグリシです」「ドーモ、ベルグリシ=サン。スカーレットです」ケイトーと名乗らぬスカーレットを訝しげに見つめながら、ベルグリシは両手を叩き甲高い音を鳴らした!

すると、いずこからか大量の石の蛇が枝を伝い、エイトヘッズドラゴンに絡みつく!石の蛇は溶けると、エイトヘッズドラゴンの胴を、首を守る鎧と化した!「…一つ解せねえことがある。ケイトー・ニンジャ=サン、なんでお前がユグドラシル=サンと戦わねぇ。あのガキを死なせる気か?」

「小生には小生が考える、かの少年にとっての最良の未来がある、とだけでも言っておこう」「…テメェら!相手は強敵だ!気合いを入れろよ!」ベルグリシが、そう植物龍と一体化してないユグドラシルの僕に檄を飛ばすと同時に、植物龍は眼前の獲物に気づき咆哮を上げる!

…「とりあえず来たけど、今から何をするんだい?」ヒプノシスは、遠方のイクサを見ながら、デンタータに問う。あのニンジャの脅威度のほうが高いと考えたからか、アダナスのニンジャらは殆ど放置されているに等しい。「今から、私とファウンド=サンはコトダマ空間に飛ぶわ」「はぁ!?」

「なんで今あっちに行く必要があるんだよ!?」「私の推理が正しいなら、今あそこでユグドラシル=サンと戦っても意味がないからよ」デンタータはファウンドとLAN直結をし、大きく息を吸った。「今回はモアイがないけれども、飛べるわよね?」「…わかったよ!」ファウンドは意識を集中!

「で?僕は何をしたらいいんだい?」「私たちのことを守って」「オーケー、マイフェアレディ」二人の間には、それで十分だった。「チッ!デンタータ=サン!飛ぶぞ!」「わかったわ」二人は目を閉じ、そして意識は010101010…..

◆◆◆

……01010111「…やっぱり、そういうこと」「デンタータ=サン…!これは…!」コトダマ空間、そこに降り立ったデンタータとファウンドはあるニンジャを目にする「貴様ら…!なぜここに…!」スピリトフ。

「これでようやく合点がいったわ…」デンタータは、近場に転がっているある物を見ながら呟く。スピリトフに奪われた己の腕。拳を握ろうとすれば、思った通りにそれは動いた。「貴方のジツの正体は、物質をコトダマ空間に転送する力。ちゃんと考えれば、簡単にたどり着けたのに…」

ニンジャの中には、コトダマ空間や亜空間に関係する力やジツの持ち主もいる。そも、部下であるファウンドもUNIXなどを介さずに意識をコトダマ空間に飛ばせるタイプのジツだ。焦りのせいで気づかなかったが、一歩引いた視点で見れば、理解できる下地はあったのだ。

恐らく己の抉られた傷は、コトダマ空間側から物質世界、現実へと干渉し肉体の一部分だけこちら側に引きずり込まれたから。現に塵、いや01に分解されている肉片がそこらに散らばっている。そして、二人はスピリトフの奥にあるものを見た。「ちゃんと会うのは初めてになるかしら?王様」

「Arghhhhh….」そこにいたのは、肉の巨人だった。皮膚もなく、まるでシダ植物めいた筋繊維と血管が垂れて揺れていた。。「ギー!」「ギー!」肉の巨人の体をホロビの力に晒されたネズミが駆ける。「貴様らに…この姿を見られるとは…」そして、巨人の頭には巨大なユグドラシルの顔があった。

「そもそも、解せない点があったのよね」デンタータは答え合わせをするかのように言葉を紡ぐ。「ホロビの力を克服したのなら、なんでああも眠り続けたのか。それに、心臓を貫かれたのに特に痛みを感じてなさそうなのおかしい」

「そして、あちらの貴方の胸に空いた穴。そこにこっちで見慣れた01のノイズがあることに気が付いたとき、おのずとカラクリに気が付いたわ」「…まさか、あっちで今も暴れてるのは…」

「私たちが戦っていたユグドラシル=サンは本体ではない。抜け殻、操り人形。無事な部分だけをあちらに残して、大部分をこちらに、スピリトフ=サンのジツで移した」それが、デンタータのたどり着いた結論だった。

コトダマ空間側の巨人が、現実世界のユグドラシルを遠隔で操りイクサを、カラテを行っていた。恐らく、スピリトフが何らかの細工をしているのだろう。全盛期の頃ならば、どれほどの力を有していたか。だが、今のユグドラシルは。

「ホロビの力を克服したのは真っ赤な嘘。私たちの目の前にいるのは未だに死にかけている、ただのニンジャでしかない」「黙れえええええ!」巨人が吼えると巨人を中心に衝撃波が発生する!「我は王!この地の支配者!マウイといい貴様といい、何故我の逆鱗に触れる者ばかりなのだ!?」

揺れた肉の巨人の腕から、何本ものアンプルや注射器が転がり落ちる。ヨロシサン・インターナショナル製などの見慣れたものから、得体の知れない劇薬めいた色の薬剤の残りが付いているものまで様々だった。「効きそうなものを手当たり次第に注入し続けたってことね…」

ベルグリシとスピリトフ。恐らく二人はユグドラシルを救う術を求め世界中を放浪していたのだろう。かつてイサナトリ・キングの呪いの傷を癒すために聖杯探索に赴いた騎士たちのように。だから、代わりにこの島の守護者として、シルバの一族が必要となった。穴埋めのために。

「やるわよ、ファウンド=サン」「させると、でも…!」スピリトフが指を鳴らすと、モアイデーモンを生成!「やれ…!」モアイデーモンらは強靭な足で台地を踏みしめ、デンタータらを殺さんと駆け出す!

「あのモアイの疑似ネットワークを作ったのは貴方ね?イントラネットにして外部の干渉を退けてるみたいだけど…」デンタータの失われた腕の付け根から、光を放つ電子腕が生成。デンタータは口端を持ち上げた。やはりここはコトダマ空間だが、まだ定義されたモアイの疑似ネットワークの中。

「見せてあげるわ。最新のハッカーの戦い方ってやつを」デンタータの光る電子腕とファウンドの全身から多量の怪鳥が飛翔し、モアイデーモンとバードクラッシュ!大量の01ノイズが爆ぜ、その中から飛翔したデンタータとファウンドが、肉の巨人とスピリトフに迫る!

◆◆◆

「「「「「「「「グルァアアアアアアアン!」」」」」」」」エイトヘッズドラゴンの咆哮が轟く!スカーレット目掛け八つの首が一斉に襲い掛かる!「イヤーッ!」スカーレットは巧みに躱し、首の一つを目掛けて石槍を叩きつける!緋色の稲妻が迸る!だが!

首を覆う石鎧が泡のように弾け、緋色の稲妻が飛散し無効化!「無駄だ!ケイトー・ニンジャ=サン!テメェのその力は俺たちの前には通用しねぇ!まだそれがわからないか!」エイトヘッズドラゴンの後方、追加の石鎧を首に纏わせながらベルグリシは獰猛に笑う!

「グルァァアア…」突如、首の一本が力尽き、爆発四散した。「王よ!我が命を奉げます!イヤーッ!」そして、次の木に覆われたニンジャが胴体と一体化すると、新たな首が生え咆哮を上げる!「ふむ…直列ではなく並列化…負担を一人が背負うことにより他の首が長く持つ…」

エイトヘッズドラゴンが作り上げられ、暴れ出してから首となっていたニンジャが一人、力尽き果てるまで。時間にしておよそ3分弱。残りのクランのニンジャの数を見るにこの植物龍は1時間は暴れ続けることが可能。ファーティリティ・ニンジャクランはその全てを費やしスカーレットを滅ぼすつもりだ。

だが。「仕留めるには胴体に埋もれたバングル・オブ・パッチワークを破壊するしかない」スカーレットは何事もなかったかのように石槍を軽く振るう。ひゅうんと、穂先が空を切り裂く音が響いた。「なに。頑固者のサツバツナイト君を口説き落とすより簡単だとも。クキキィ…!」そして、駆ける。

◆◆◆

今まで、アダナス・コーポレーションの一員として一線に身を置き続け、死を予感することは何度もあった。プロジェクトに関わる土地に潜むリアル・ニンジャの排除。暗黒メガコーポのエージェントとの入札を賭けた殺し合い。幾たびも死にかけ、だが生き残り、デンタータと共にあった。

だがこの日。ヒプノシスは。「コフッコフッ」今までよりも色濃い死の予兆を、確信に近いものを感じ取った。「コフッコフッ。ドーモ、マイシリアムです」今までの植物に全身を覆われたニンジャ達とは違うニンジャが、ヒプノシスにアイサツをする。全身を多種多様なキノコに覆われたニンジャだ。

「ドーモ、マイシリアム=サン。ヒプノシスです…?」ヒプノシスはマイシリアムにアイサツをしながらも、喉の違和感を感じ取る。むず痒い。風邪の引き始めのような違和感。「コフッコフッ!まずは一人だ」マイシリアムは気味の悪い笑い声を発し、眼球ではなくキノコが生えた目を愉快気に歪める。

「ゴフッ!ゴフッ!」ヒプノシスは咳をし、口元を押さえた手の中に吐き出されたものを見た。血の塊と白い綿のようなものを。「…ああ、そういうことか」瞬間、ヒプノシスは駆け出しファウンドへ無線を飛ばした。「聞こえるかい、ボーイ」『010101なんだ0101』ノイズはあるが、繋がる。

「君とデンタータ=サンを守るのは無理になった。君のアーマーの自動操縦システムで何とかしてくれ」『01010フザケ01010』ファウンドとの通信が途切れた。イヤホンが、ヒプノシスの耳から鼓膜を破りながら生えたキノコに押し出され、腐敗液の海へと転がり落ちた。

ヒプノシスは、マイシリアムに掴みかかり、デンタータらから急いで離れる!「放せ死兵如きが!コフッ!コフッ!貴様程度にかかずらう暇はないわ!」マイシリアムを中心に、黒い粉が噴き出した!「そんな釣れないことを言わないでよ。ダンスタイムは始まったばかりさ」

◆◆◆

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ユグドラシルの黒き茨の槍と、マウイのSoMの槍がぶつかり合う!二つの槍が離れた瞬間、ユグドラシルは両脇を開き、背中で密かに生やしていた何らかの花から、棘めいた形状の種子をサブマシンガンめいた速度で放つ!

「イヤーッ!」マウイのカラテシャウトが響き渡る!SoMの槍の柄が蠢き、そこから緋色の稲妻を僅かに帯びた盾が生えると棘状種子を防ぐ!「思い描く形になる…か…!」思考の速度と同じ。考えた瞬間にその形になる。確かに、ユグドラシルが返せと喚くのもわかる。「グッ…」

マウイの指が、緋色の稲妻に焼かれ炭化し、二本落ちた。焼き潰された故に出血は無い。単純な話だ。SoMは、マウイを主と認めていない。生命力を、カラテを取り込ませたスカーレットこそを主と認め、例えその主に一時的に貸与されたとはいえ、マウイを仮の主と認めていない。

いずれ、SoMはマウイを焼き焦がし殺すだろう。「贅沢ものめ…!でも…!」SoMの盾を消し元の槍に。そして、生やした蔦を腕に巻きつける。いつもの構え。ファーティリティ・ニンジャクランの源流と同じ形。「それよりも前に殺せばいいだけの話だ!」

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#9終わり。#10及びエピローグへ続く。