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レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#10&エピローグ


#10

「オウロォォォン!」「オウロォォォン!」モアイデーモンが組体操を始め、捻じれ狂い鞭めいた動きを開始した!「イヤーッ!」「イヤーッ!」背中の電子光翼をはためかせ、デンタータとファウンドはきりもみ回避!デンタータの電子腕の爪が伸び、モアイデーモンの表面を剥いた!

「アバーッ!」「アババババーッ!」モアイデーモン組体操が崩壊!しかし!「貸せ!鞭打とはこうやるのだ!」肉の巨人の腕から血管と植物の根の混合物が伸び、組体操を補強!「イヤーッ!」デンタータら目掛けて振り下ろす!

「*ナガスクジラを飛び越えるカエルはいかにして六人の興奮した体操選手を冷静にさせたか!*」ファウンドはハッカー・チャントを唱え、物質世界の機械鎧、そのスケールを十倍程に拡大したものを構成!「Vrooooooom!!!」「イヤーッ!」巨大機械鎧の腕が、肉の巨人の鞭打を防ぐ!

「狙え…!放て…!」スピリトフの指示を受けたモアイデーモンが相方のモアイデーモンと手を繋ぎ、ドーピング全開スモトリハンマー投げ選手めいて投擲!KA-BOOOOOM!KRA-TOOOOM!デンタータへ接近したモアイデーモンは次々に自爆!デンタータは電子光翼を繭めいて纏い防御!

「イヤーッ!」投擲モアイデーモンの一体の背に飛び乗ったスピリトフの爪がデンタータの電子光翼を抉る!「ンアーッ!?」デンタータは、自身のうなじから伝わる喪失感に叫び声をあげる!

「物質世界から…オヒガンに引きずり込めば、いずれ霧散するが…」着地したスピリトフは、自身の爪に残る電子片を吹き飛ばす。「オヒガンから…物質世界に送り付ければ…どうなると思う…?」そのエキゾチックで端正な顔立ちを嗜虐的な笑みで歪め、デンタータを見上げた。

デンタータは抉られた電子光翼の再生を試みるも再生は行われない。自身の存在の一部が、永劫に失われた喪失感。もし、抉られたのがより中心部だったら?「放て…!」デンタータがその末路を考えるよりも先に、スピリトフが次の自爆モアイデーモン投擲を指示!モアイが宙を舞う!

「こっちに来ても一撃必殺のままってわけ…!」デンタータは周囲に薄緑の光点からなる小さなPONG立方体を生成!「PING!PING!PING!」両手のラケットを振りぬく!自身に迫る自爆モアイ目掛け、光速で立方体がクラスター爆弾めいてばら撒かれる!

「アバーッ!」KA-BOOOOOM!「アバーッ!」KRA-TOOOOM!PONG立方体にヒットしたモアイは次々に爆発!爆風の中を潜り抜けたスピリトフが迫る!「PING!」デンタータはスピリトフ目掛けPONG立方体を打つ!だが!

「イヤーッ!」「アバーッ!」KA-BOOOOOM!スピリトフは裏拳でPONG立方体を弾き飛ばし、モアイに当て爆破!ハッカーではないスピリトフはPONG決闘法の流儀も知らず、知ったところで誘いに乗るつもりもない!

だが、PONG決闘法の敗北への致命的なダメージのみはニンジャ第六感で感じ取ったか。ダメージを手近なモアイに肩代わりさせているのだ!「児戯…!」「ええ、元はただの遊びよ。でも、負けたらどうなるかしら…!」デンタータは両手のラケットを振りぬく!

「PING!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「PONG!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「PING!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「PONG!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「PING!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「PONG!」「イヤーッ!」「アバーッ!」死の遊戯が続く!

◆◆◆

「イヤーッ!」「イヤーッ!」マウイとユグドラシルの打ち合いは十合を超え、槍と槍が離れた瞬間に両者はタタミ十枚の距離まで離れた!「キャアーッ!」ユグドラシルの肩から生えた人面樹、その苦しむモータルの顔周辺が叫びながら隆起!木の小人が飛び出し駆ける!その数は無数!

「イヤーッ!」マウイは両手でSoMの槍の柄を掴み、口金に当たる部位から大量の蔦を生やしマトイめいて振り回す!「キャアーッ!」「キャアーッ!」蔦は次々に小人を捕らえ、帯びていた緋色の稲妻により焼き焦がす!「キャアーッ!」だが、あまりに数が多く捕らえきれない!

「キャアーッ!」小人の一体がマウイの腕に齧りつく!食獣植物…いや種子!小人の歯から伸びた根がSoMの防具を、マウイの腕を貫き骨に根付かんとする!「イ、ヤーッ!」「キャアーッ!」生成したナイフを片手持ちし、腕の肉ごと根を抉り取り摘出!

「キャアーッ!」「キャアーッ!」「キャアーッ!」次々に小人たちはマウイに飛び掛かり組み付く!「離せ!」マウイが身じろぎするだけで小人は振り落とされる。あくまで種を広範囲に根付かせるための仕組みであり、戦闘能力は皆無!だが、それら小人たちに意識を向けすぎた。

「イヤーッ!」小人にゼロコンマ数秒、気を割いた隙を狙いユグドラシルが接近!黒い茨の槍を振りぬいた!「イヤーッ!」マトイ状態のSoMの槍を片手で持ち、槍を受け止めんとする!恐らく受け止めきれず、吹き飛ばされると予想。「なにっ!?」だが、事態はマウイの想像していない結果となる。

つい十数秒前まで、鋼鉄以上の硬度を誇っていた黒い茨の槍が見た目通り、普通の茨と変わらない柔らかさとなり、SoMの槍に巻き付いた!「イヤーッ!」「グワーッ!」ユグドラシルはマウイの脇腹を蹴り飛ばす!耐え切れず、槍と腕を繋ぐ蔦が千切れ、茨のドームへ吹き飛ばした!

「…ッ!壁!」マウイの背、両腕の防具を繋いでいた部分から植物の壁を生成し、茨に全身を貫かれる末路から身を守る!「…やはり、そちらに本体があるか」ユグドラシルは朽ちゆく奪ったSoMの槍を捨てる。荒く息を吐きながら、マウイは徐々に槍の形を取り戻す黒い茨を見る。

硬度を保っている時は、茨の棘が生半可な武器を破壊しカラテ弱者を引き裂く。硬度を失ったときは茨が絡めとり武器を奪い、カラテ弱者を捕らえ貫き殺す。愚直に近づいて戦えばいいというわけではなくなった。遠距離からの攻撃手段が求められる。

「今なら、投擲以外にも遠距離攻撃ができる!イヤーッ!」マウイは新たに槍を生成、腕に絡めた蔦を振り回し殺戮円を描く!さらに!「イヤーッ!」殺戮円が極彩色に色づく!読者の皆様の中に、ニンジャ動体視力をお持ちの方がいるならば、柄や穂先に咲き乱れる花々が見えただろう!

「イヤーッ!」そして、咲き乱れた花はスリケンめいて飛ぶ!花は僅かに緋色の稲妻を帯びる!当たれば敵対者を焼き焦がすだろう!「借り物のうえに付け焼刃の小手先の技が通用するか!オグッ!」ユグドラシルの腹部が大きく膨張!膨れ上がる箇所が腹部から胸部、そして喉、口へ!

「オゴーッ!」ユグドラシルの口から大量の黒い花粉が吐き出された!花粉は花のスリケンを飲み込むとそのまま直進!花粉を突き抜けた花のスリケンは枯れ果て力なく落ちて砕けた。「イヤーッ!」マウイは跳躍回避!数舜前までマウイがいた場所を黒い花粉が通り過ぎ、茨の壁にぶつかった!

茨の壁も枯れ果て、およそ人間が一人ほどの大きさの穴が開くも即座に編み直された。「脱出させる気はないか!」「オゴーッ!」着地したマウイにユグドラシルは第二射を放つ!先ほど以上に巨大!回避は不可能!「イヤーッ!」マウイはユグドラシルに向けて突撃を開始!ヤバレカバレの捨て鉢か!?

「イヤーッ!」マウイの両腕の防具を繋いでいる場所から三つの巨大な扇風機が生成!扇風機の送り出す風が黒い花粉を押し返す!ユグドラシルは黒い花粉の塊に飲み込まれる!「イヤーッ!」マウイは扇風機を切り離すと、後方に向けてSoMの槍を振るう!「イヤーッ!」そこにはユグドラシル!

黒い花粉の塊が通り過ぎた場所には、枯れ果てた木人形が立っていた。巨大な第二射はあくまで目晦まし。その陰に隠れて木人形を作り、マウイの背から強襲をかける作戦だ。長き時を生きたリアルニンジャが、歴の短い憑依ニンジャ相手にそこまで第二第三の矢を用意する必要があるのか?

ユグドラシルは知っている。かつて自分がSoMを手に入れる前、歴代の所有者たちがどのような強敵と渡り合い、己の破滅と引き換えに討ち滅ぼしたかを。使い手次第では、ジャイアントキリングが有り得る。故に、叶うならばケイトー・ニンジャの込めた生命力が尽きるのを待ちたいが010101…

010101「Vrooooooom!!!」0101010「グヌゥ!」ユグドラシルは忌々しげに表情を歪める!オヒガンでは未だデンタータらを仕留められずイクサは継続中!片方に意識を傾けすぎればもう片方が疎かになる!ユグドラシルは、マウイに気取られぬよう視線を茨のドームの外に向ける。

大気に僅かに、人の輪郭のようなものが凝固している。だが、ユグドラシルが視線を外すと凝固していた何かは消える。「イヤーッ!」マウイは積極的にユグドラシルへ襲い掛かる!「イヤーッ!」ユグドラシルもそれに応える!切り札を切るべきタイミングは、今ではない…!

◆◆◆

「イヤーッ!」ヒプノシスはキノコに塗れた指でスリケンを放つ!しかし!「チィッ!」キノコに邪魔をされ、あらぬ方向へ飛ぶか威力が足りない!「コフッ!イヤーッ!」マイシリアムはキノコに覆われた腕でスリケンを殴り飛ばし、デンタータらのいる方角へ進みだす!

「イヤーッ!ゴフッ!」ヒプノシスはタックルを仕掛け、マイシリアムの行動を阻まんとする!「何度も煩わせるな!死兵め!貴様はもう死んでいるのだ!」マイシリアムが強く踏み込むと、その足元から巨大なキノコが生えマイシリアムは高く跳躍!デンタータへ接近!

デンタータはファウンドの機械鎧の腕パーツに抱かれ、機械鎧の自動で動く脚部によってイクサの余波から逃れんとしていた。だが自動操縦のパターンをマイシリアムは既に見抜いている!「イヤーッ!」体から生えているカエンタケをスリケンとして放つ!二人の口内に入るルートだ!

スリケンでの迎撃、不可能。ジツを使いユグドラシルの軍勢を操り守らせる、不可能。出来るのはただ一つ。「イヤーッ!」身を挺して守るのみ!ヒプノシスの体にぶつかったカエンタケスリケンは炸裂!ヒプノシスの全身に猛毒の汁が飛び散り全身に酷い炎症が発生!「ゴボーッ!」嘔吐!

「ゴフーッ…ゴフーッ…」ヒプノシスは、狭く感じる、実際狭い喉を酷使し、荒い息を吐く。未だ周囲にはマイシリアムの全身から放出された黒い粉、胞子が漂い続けている。対化学兵器防護マスクを持ってくるべきだったか。いや、ニンジャのジツに現代の科学がどれだけ通用するか。

マイシリアムの放出する胞子を気づかぬ内に吸わされたヒプノシスの体内には、おそらく大量のキノコが所狭しと生えているだろう。それも、先ほどのカエンタケのような毒性の高いものばかりだろう。それが肺を、喉を満たし始めている。恐らく、血管内部にも。満足にカラテ粒子が体内を巡らない。

ただ、救いがあるとすればマイシリアムはあまり広範囲に胞子をバラまかないようにしていることだけか。変にばら撒けばユグドラシル達すら巻き込む恐れがある。タタミ3~4枚程度の距離。その範囲内に二人を入れさせなければいい。「近づけなければいい。とでも、思っているのだろう?」

マイシリアムの口が、弧を描く。瞬間、辺り一面の枝に菌糸が蔓延り始める!菌糸が出現したコンマゼロゼロ一秒後、ヒプノシスはマイシリアムに向かい跳躍した。迫る死と、彼のジツがもたらす強化されたニンジャ第六感によるある種のゼンめいたマインドが、瞬時に予測させ、跳ねたのだ。

このままでは数秒後、大樹の枝から枝へ菌糸が生え渡り、ファウンドの機械鎧の足を捉え、二人の全身を覆い尽くし、殺す。今までの飛んだり跳ねたりは、菌糸を枝に植え付けるためのもの。キノコの原木栽培のソレ。だが、同時にカラクリも理解した。

「クゥッ!?」ヒプノシスはマイシリアムを抱きしめたと思いきや、ジュドーのダキアゲめいて持ち上げる!「離せ!貴様!」やはり。ヒプノシスの予想通り、菌糸の蔓延る速度が明らかに遅くなった。最初は、大樹の枝から栄養を、生命力を奪い生えた。が、栄養はいずれ尽きる。そのあとは?

マイシリアムの足。セッタかサンダルめいた足の装具の裏から、菌糸が漏れ出している。菌糸と菌糸のネットワークを、自身に接続し成長を促す。なら、それを引きちぎればいいだけの話だ。「離せ!ゴミが!イヤーッ!」マイシリアムの両手がヒプノシスの頭を掴む!

「死ね!」マイシリアムは全力で、ヒプノシスに寄生させたキノコたちに、ジツを用い成長を促す!臓腑を貫き、血管を押しつぶす破壊的な一撃!だが、ヒプノシスの全身を覆うキノコが僅かに成長しただけで終わる!「コイツ…!」マイシリアムは見誤った。目の前のニンジャの脆さを。

もはや、キノコが奪えるだけのカラテも生命力もない。出涸らし。あと少し背中を押すだけで死の崖を転げ落ちる。なのに、何故死なない?「くっ!?」その時、マイシリアム達に迫る菌糸が大樹の枝の生命力を全て吸い上げたのか、朽ち果て二人は落下した。

二人は、腐敗液の海から僅か数メートル上の枝に着地した。腐敗液が波打つたびに、飛沫が二人のすぐそばまで迫る。「このままでは…!」このままではいずれ飲まれて死ぬ。「グワッ!?」ヒプノシスの締め上げる腕の力が強まる!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」マイシリアムは腕を振るう!

マイシリアムのチョップが当たるたびに、ヒプノシスの骨は砕け、肉は削がれる!だが、腕の力は微塵も緩まない!「死ね!死ね!早く!死ね!」「ハな…さなイ…!」

◆◆◆

『覚えておきなさい。小さき命のニンジャよ』二階建てのペントハウスの修行場。『この世には、我々には計り知れない存在がいるのだ』当時まだ合法だったハーブを香にした甘い香りが漂う中、彼のハッカーとしての師匠は虚空に視線を漂わせながら、睦言のように囁く。

『いずれ、君の想像を超えた何かと出会った時。君が立ち止まらずにいられることを願うよ』その言葉を背に、彼は師と別れた。『思考の停止は、ハッカーとしての死と同義なのだから』

「ああ、まったくもってその通りだ!クソ師匠!」ファウンドは、崩壊し続ける機械鎧の再現データの補修と、カラテ操作を同時に行いながら吐き捨てる。路地裏から暗黒メガコーポの一員に。「イヤーッ!」「Vroooom!!!」今じゃオヒガンなのかなんなのか、定かじゃない場所で戦っている。

「木偶人形風情で、我を止められると思うな!」相手は古代の自称王様。ブクブクと何が原因なのか膨れ上がって、こちらを殺さんとカラテを振るってくる。「Vroooom!!!」こっちは即興で作ったタイガー・オブ・ハリコのデーモンで立ち向かう。まったくもって理解に苦しむ状況だ。

少年ニンジャにとって、これが初の実戦だ。ここまでケオスに狂った戦場。並みのニンジャならば失禁混乱のち、些細なミスから爆発四散するだろう。なら、何故彼は戦えるのか?それは彼女がいるからだ。

肉の巨人と、機械の人形がカラテを交わす周りを、小規模な爆発が輝く。「イヤーッ!」デンタータの電子光翼から撒き散らかされる羽根が、チャフめいて飛来するモアイデーモンに接触!「「「アババーッ!」」」自爆モアイデーモンらは触れたそばから爆発を起こす!

「待て…!」モアイデーモンの背を飛び渡るスピリトフ!「待つわけないでしょう!」デンタータが一瞬、まばゆい輝きに包まれたかと思った瞬間に彼女は小さな妖精めいた姿になり散らばる!偽装IPのばらまきだ!「小癪…な…!」

デンタータとスピリトフの疑似PONG決闘法は数十秒で拮抗状態が崩れた。そも、決闘と言ってはいるが一対多の状況。四方八方から迫るモアイデーモンの物量を捌き切るのは不可能だと判断し、戦い方を変えた。よりハッカーらしい戦い方、相手を翻弄する戦い方に。

「「「キャハハハハ!」」」妖精らは自在に舞う。そこらじゅうを飛び交うモアイデーモンと衝突する者もいれば、発射役のモアイデーモンに群がり投げる方向を狂わせる者もいる。「忌々しい…!」スピリトフも、その手で妖精らを引き裂き排除するも、あまりの数の多さに追いつかない。

単純な話だ。スピリトフは、ハッカーではないから。この場での手数の多彩さという意味では、デンタータの方が勝る。現に、目の前の偽装妖精を捌くのに気を取られ、後方でドロップキックの構えを取るデンタータに気づくのが遅れたのだから。「イヤーッ!」「ンアーッ!」墜落するスピリトフ!

デンタータの優勢を視界の端に収め、ファウンドは高揚していた。今、彼女の傍で戦っているのは、あのキザッたらしい奴ではない!俺なんだ!その事実が、少年ニンジャの限界を超えた力を発揮させる。

「イヤーッ!」「ッ!」だが、あくまで初陣のニンジャの限界というだけの話。「やはり、がらんどうか!」歴戦のリアルニンジャも、押されっぱなしなどではない。ファウンドの機械鎧の再現データのいたるところから、植物の芽が生え、ひび割れる。植物の生える力は、強靭なる壁をも貫くのだ。

肉の巨人は、ひび割れた箇所に両手を突き入れ、こじ開ける。「オゴーッ!」そして、がらんどうの再現データ内部に口から大量の腐敗液とネズミの大群を流し込む!「クッ!」加速度的に崩壊してゆく機械の巨人!「これで、人形遊びも終わりだな」肉の巨人は、ファウンドを見下ろす。

「なら、こうする」ファウンドが指を鳴らすと、崩壊し続ける再現データのあらゆる箇所から光が溢れ出す!「デンタータ=サン!回避してくれ!」「Vrooooooom!!!」ファウンドが叫んだ直後、機械の巨人は肉の巨人に抱き着き、自爆した!

◆◆◆

「アバッ!?」槍と槍をぶつけ合わせるユグドラシルとマウイ。だが突然、ユグドラシルがのけぞった。何が起きた?まさか誘いか?「だが!」マウイは、さらに強く踏み込み、SoMの槍を叩きつける!既に稲妻に前腕半ばまで焼き落されている!これ以上はカラテに支障を来す!

「このまま…!倒す!」マウイは深く考えるのを止め、目の前のユグドラシルに全神経を集中する。「イヤーッ!」「イヤーッ!」再びぶつかり合う二槍!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イ…グワッ!」そして、片方の槍が相手の胸部を切り裂いた。ユグドラシルの胸部を!

先ほどまで奇妙なまでに噛み合っていた膠着状態が、マウイの側へと傾いたのだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」マウイの振るう槍が、回避するユグドラシルの体を切り裂き続ける!つい先ほどまでとは逆転した構図!

ユグドラシルの動きは、明らかに精彩を欠く。マウイに、疑似的なコトダマ空間で起きているイクサを知る術はない。だから、何故ユグドラシルが劣勢になっているか知りようもない。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」

だから今、目の前にいる存在がある種の分裂をしており、あまつさえこの状況さえ利用した企みを、配下に指示しているとは、知りようもなかった。「これで!終わりだ!」マウイは、ユグドラシルの首を切り落とすため全力で槍を振るった。瞬間。

ボッ。空を切り裂く音と共に、マウイの左腕の残されていた上腕が切り飛ばされた。

「アバーッ!」吹き出す血液!マウイの腕を切り裂いた輪郭は、マウイの返り血により、僅かに花に覆われた姿を現す!「…ドーモ、ディフィレグレイです」そのニンジャは、返り血を浴びた花を引き抜くと。再び透明な花が咲き乱れ姿を消す。自然の齎すステルス・ジツの亜種だ!

彼こそが、ユグドラシルが今の今まで、デンタータらが最初にこの地へやって来た時すら伏せていた戦力。王の寝所を守る影。「ハッ…!ハッ…!」マウイは失われた左腕の部分を、SoMで義手ならぬ義腕として再生。直後、ユグドラシルの蹴撃を食らい、吹っ飛んだ。

周囲を囲む茨のドームは、マウイの後方だけ綺麗に除去されていた。彼がユグドラシルに集中しきった瞬間、不可視の暗殺者は差し向けられていたのだ。そして、わざわざ牢獄の中から出すつもりなど、ユグドラシルにはない。編み直される茨の壁に、マウイは叩きつけられた。

「ガッ!?」マウイの体を刺し貫く黒い茨の棘、棘、棘!蹴り飛ばされた間に、咄嗟に頭部や脊髄周辺など、生存に必要最低限の場所をSoMの鎧で守らなければ、爆発四散していただろう。タッ。タッ。タッ。血で半分潰れかけた視界が、僅かに揺れる枝を見た。ディフィレグレイが迫っている。

「イヤーッ!」同時に、ユグドラシルの投擲した黒い茨の槍が迫る。二者択一のように見せかけた、確定した死。茨の切除は到底間に合う訳もなく。だから。「王様。さっきのアレ。パクらせてもらう」マウイはこの一対二の状況を覆すことにした。マウイの義腕が解けた瞬間、そこから小人が溢れ出す!

「キャアーッ!」「キャアーッ!」「キャアーッ!」SoMより生み出されし小人は叫び声を上げ、ユグドラシルの投げた槍に身を投げ出す。槍は、十の小人を貫いて健在。二十の小人を貫き進む方向が歪み、三十の小人を貫きマウイの側頭部から僅か1センチズレた茨の壁を貫いた。

「キャアーッ!」なお溢れ出す小人は、一点を目掛け駆け出す!ディフィレグレイは、咄嗟に呼吸を止めた。彼は、主と敵対者の戦の趨勢を眺め、この小人が如何様にして獲物を見定めるのかを理解していた。吐き出される呼気。それを感じ取り、獲物に襲い掛かる。

だから、呼気を吐き出さなければ小人たちは相手を見失うしかない。「キャアーッ!」だが、彼の予想に反し小人は彼の体を覆うステルスの花を掻き分け、彼の体に飛びついた。何故!?

マウイは、刺さる棘の根元をSoMのノコギリを使って切除しながら、虚空に群がる小人を眺めた。現代のニンジャと古代のニンジャ。前者にあって後者に無いものは、現代の知識だった。

呼気の中に含まれる二酸化炭素については、古代のニンジャも知っているだろう。だが、彼らは現代の、機械の知識がない。マウイは、ガブリエル・シルバはニンジャになる前は、当たり前にこのサイバネが世界を覆い尽くした世界を生きるモータルだった。だから、サーモグラフィーの知識もあるのだ。

「出来ればラッキー程度だったけど、上手くいったのなら良かった」切り落とされた棘はそのまま、マウイは落ちた。全身は薄い葉のようなものに包まれ、熱を遮断している。狙われるのは、二人だけ。「イヤーッ!」「離せアババババーッ!」ユグドラシルと、ディフィレグレイだけ。

「キャアーッ!」「キャアーッ!」二人の生みだした小人たちはぶつかり合い、砕け、炸裂する。「ディフィレグレイ!」ユグドラシルは、目の前で緋色の稲妻に焼かれる弟子に手を伸ばす。マウイの小人は、根を張ることはない。爆ぜ、その身に秘めた緋色の稲妻を撒き散らす。

「王…!セン…セイ…!サヨナラ!」だが、彼が何かをする前にディフィレグレイは爆発四散した。弟子が、カイデン・ネームを付けることが叶わなかった我が子に等しいニンジャが、この世を去った。「ガァァァァァァァァ!!!」ユグドラシルの、精神が再び荒れ狂う!

マウイの行動一つ一つが逆鱗を引きはがすがごとき所業!マイナスにマイナスをかけ合わせればプラスとなるが、それに更にマイナスをかければ反転するのは世の条理!「そんなに大事な弟子ならァ!箱の中に閉まってろ!」「死ね!マウイ!死ね!」再びぶつかり合う二槍!

◆◆◆

「ンアーッ!」何故だ!何故このようなブザマを私は晒している!?「離せッ…!死兵…!」今日この日まで、私はうまくやってきたはずだ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」あの日!奴をソガの軍勢の只中に放り込んだあの日から!師ですら、私の行動に気づかなかった!なのに!これはなんだ!?

「この…!ゴミが…!私は、偉大なるファーティリティ・ニンジャの弟子…!」ただ、一番弟子というだけで師の寵愛を受けた奴を!「貴様ごとき歴史の浅いニンジャに…!」私より弱いくせに!ただ私より一つ先に弟子になっただけの奴を!あの日、唯一人で戦わせ爆発四散させた!

「ゴボッ…!」見ろ!私のジツを!この男の全身を覆うニンジャですら殺せる毒キノコの数々を!その気になれば都市一つすら殺せる私のジツを!「この、私が!カイデンを控えていた私が!」たかが植物の強度を上げる程度のジツしか使えん奴とは比べ物にならない、私のジツを!

「たかが催眠術などというチャチなジツしか使えんニンジャに!」なのに、何故私を締め上げる力が弱まらない!?「何故!勝てない!?」もはや脳はキノコに塗れマトモに考えれず、肺に隙間もなく、血管は潰れカラテも満足に流れない!なのに!何故!?「答えろぉおおおおおおおおお!」「…ア」

「…アい!」アい?愛!?我らニンジャの奴隷になるか、殺されるしか能がないモータル風情が嘯くような薄っぺらい戯言に、私は敗れるのか!?この数百年が、そんなものに!?「ふざけ」幾たびも響く、骨が砕ける生々しい音。

「アバーッ!」マイシリアムの心臓を折れた肋骨が、砕けた背骨が貫く!だが!「死!ネ!」マイシリアムは即座に破壊された機能をキノコで代替!喉の奥からなんらかのキノコの石づき、短刀めいた形のソレが生え、ヒプノシスの頭を削り飛ばす!だが、ヒプノシスの腕は緩まない!

「ア、アアアアアアアアアッ!」「アバーッ!」ヒプノシスのマイシリアムを締め上げる万力めいた腕の力は限界を超え、遂にマイシリアムの胴体を断裂させた!「この私が!こんな!」未だ爆発四散せぬマイシリアムの上半身は喚き続け、そして腐敗液の海へと落下し、ようやく爆発四散した。

残された下半身も、力無く崩れ上半身の後を追った。ヒプノシスは、デンタータのいる場所を探そうとするも、もう指一本動かすことすら叶わず、ゆっくりと倒れ始めた。彼の脳裏に過るは過去の思い出。ソーマト・リコール現象。

言い出せなかった。結婚してほしいと。そして結婚をしたら、君は安全な本社勤務を目指してくれと。一線に身を置き続けてわかった自身の限界、伸びしろ。加速し続ける、リアルニンジャの現世への復活。力不足の実感は何時まで経っても消えることはなかった。

このままではいずれ、己は殺されることになる。デンタータ、ネヴァと共に。だから、彼女を引き留めたかった。でも、彼女の翼を奪いたくなかった。

『聞いて!凄いことがわかったの!』フィールドワークを行う彼女は、本当に楽しそうで。『あっちに行ってみましょう!』彼女の知識は、彼女を行きたい場所へと連れてゆく翼だ。『リアム!』その翼を、彼女から奪うのが、自分になりたくなかった。

そんな、優柔不断な態度が、この結果を引き寄せた。自分がいなくなった後の彼女は、大丈夫だろうか?自暴自棄に走らないだろうか?そう考え、そうならないだろうと彼は笑った。

ネヴァの隣の少年を思い出す。生意気盛りで、そしてこっちがくすぐったくなるくらいにネヴァへ真っすぐな好意を寄せている少年を。自分の恋人にちょっかいをかけてくるのが面白くなくて、カラテの鍛錬をキツくしたが、それでも彼は喰らいついてきた。

彼なら、自分がいなくなった後に彼女を託せる。「ボー…ファウン…ド…サン…彼女を…頼む…よ…」ヒプノシスは、そう呟き、眼を閉じた。『リアム!』瞼の裏には、最愛のネヴァの笑顔がありありと浮かぶ。

「サヨナラ。マイ…フェア…レ…ディ…」ヒプノシスはゆったりと力なく倒れ、そして爆発四散した。

◆◆◆

「っ!」デンタータは、大きく目を見開いた。全身を通り過ぎた喪失感が、耳元で聞こえた最後の通信が、彼女に理解させた。己の最愛の人が、もうこの世にいないのだと。「アアアアア!」彼女は絶叫し、目の前の肉の巨人に突撃した!

「クソッタレ…!」ファウンドも、最後の通信を聞き、顔を歪める。いつか、彼女を賭けてカラテを交え、打ち勝って彼女に思いを伝えるのだと。そう誓っていた。なのに。「なにを勝手に託して、逝きやがった!」少年は、機械鎧の腕のみを再び再現し、巨人に殴りかかる!

「それがどうした!」体の大部分が自爆によって、大きく抉られた肉の巨人が怨嗟の声を上げた。「貴様らは失ってたかが一人!我がクランの弟子たちは!貴様らのせいで、どれだけその命を散らしたと思っている!」巨人は、迫りくる光と腕に立ち向かう!

「お…のれ…!」スピリトフは歯噛みし、肉の巨人を襲い続ける光と殴りかかる腕を睨む。彼女は、自爆の衝撃をもろに受け、イクサから離れた場所で呼吸を整えていた。「モアイ・デーモンの残りは…」辺りを見回すも、残りは両の手で数え切れるほど。支援は、厳しい。

「…………」状況を打破する方法を、彼女は知っている。アダナスの二人がここまで暴れられる理由。ここが疑似的なネットワーク内だからだ。なら、そのネットワークを一度閉じ、ここをまっさらなオヒガンに戻してしまえばいい。それなら、あの二人はほぼ無力化できる。

しかし、それをすれば肉の巨人、ファーティリティ・ニンジャはかつての戦いより今に至るまでの時の流れを、その身に受けることとなる。数多のレリックや薬を用いたうえで、時間の流れが現世とは違うここだからこそ、今の状態で耐えられた。それが無くなったら…

「イヤーッ!」「イヤーッ!」マウイのSoMの蔦と、ユグドラシルの黒い茨が絡み合う!両者は同時に、腕と全身から生えたソレを切除し駆ける!「イヤーッ!」「イヤーッ!」緋色の稲妻を帯びた義腕の拳と、黒い花粉を帯びた茨を纏う腕の拳がぶつかり合う!

「だが…!」イクサの流れが向こうに傾く今、それを打破する手段を持ちながら使わないなど、それこそファーティリティ・ニンジャは激怒するだろう!「ハーッ!」スピリトフが柏手を打つと、彼女を中心に空間が崩壊を始め、被せられたベールを引き裂くように、暗黒の空間が広がり始める!

「イヤーッ!」ユグドラシルの拳が、マウイの義腕を粉砕する!「イヤーッ!」「グワッ!?」粉砕され僅かに近づいた間合い、それをマウイはヘッドバットで縮め、ユグドラシルの顔面に頭部を叩きつける!槍の間合いより短い拳の間合い!両者は再び拳を握る!

「デンタータ=サン!」背後から迫る崩壊に、ファウンドはデンタータへ向けて、肉の巨人に叩きつけていた機械鎧の腕の再現データを圧縮して渡す。「あとはたの0101010111」オヒガンに放り出されたファウンドは、即座に現実世界への帰還を目指す。

「カラテで!」「グワーッ!」「我に!」「グワーッ!」「叶うとでも!」「グワーッ!」「思ったのか!」何度もマウイの腹に膝蹴りを叩き込むユグドラシル!「今度は腹を抉ってやる!」膝より生える茨!「イヤーッ!」「グワーッ!」マウイは掴み、パワーボムめいた動きで投げる!

ファウンドから託された機械鎧の腕のパーツを装着したデンタータ。彼女は、拳から血が滴るような感覚を覚えるまで硬く拳を握る。恐らく、与えられるのはあと一撃のみ。「イヤァァァァアアアアアッ!」ならば全力を!己の放ちうる最強の威力を!肉の巨人も迎撃せんとチョップを放つ!

ユグドラシルは立ち上がり、全身からトリカブトの花を咲かせる!辺り一面に毒をバラまくつもりだ!マウイは義腕を変形させる!より強い一撃を!ユグドラシルを止められる一撃を!そして、マウイの義腕の変形は終わる。テッコV9型!彼が昔、インターネットで目にした、強力無比のサイバネ!

空を蹴り、翼の加速を得て、デンタータは流星と化す!チョップの腕をかいくぐる!「ハァッ!」デンタータが放つは暗黒カラテ、ダーカイ掌打!その一撃は、肉の巨人が自爆により負った傷口から覗く、心臓へと叩き込まれた!

「イヤーッ!」マウイに、詳しいテッコの知識はない。どのようなカラクリで、拳部分が高速で打ち込まれるかは知らない。だが、SoMは応えた。ユグドラシルの上半身に当たった瞬間、高速ピストンを開始!ユグドラシルの胸部を、粉砕した!

「『アバーッ!!!!!』」現実世界とオヒガン、二つの世界で叫び声が共鳴した。

◆◆◆

「どうした!マトモに戦う気概もないのか!」ベルグリシは、スカーレットへ吠え立てる。戦い始めてから、スカーレットは石槍を振るうことも、カラテを振るうこともしない。ただエイトヘッズドラゴンの攻撃を軽やかにかわし続けるだけ。

ベルグリシ、イシク・ニンジャはかつての大戦では後方支援の役目だった。スモトリ・ニンジャらに石の鎧を着せたり、あるいは即席の砦を作るなど、前線に出ることはなかった。しかし、スカーレット、ケイトー・ニンジャの話は聞こえていた。

緋色の稲妻がもたらす苛烈なる死に様。何度も夢想した。もし、ケイトー・ニンジャが後方を襲撃し、そこに己が居合わせたならと。脳内で何度も、何度もイメージしたカラテの応酬。そして、己の手で掴みとる比類無きイサオシを。

そして現代。今、己の前にいるケイトー・ニンジャのカラテを見たベルグリシに満ちるは、白けだった。この程度か?せいぜいが、ジツとおぼしき緋色の稲妻だけで、それさえ封じてしまえば容易く封殺出来てしまう程度のニンジャが、あのケイトー・ニンジャなのかと。

「プロパガンダの英雄!このまま喰い殺されろ!」ベルグリシが号令をかけると、エイトヘッズドラゴンの全ての頭部が同時にスカーレットに食らいつかんと殺到!回避不可、一つを迎撃しても残り七つの頭部が喰い千切るだろう!

スカーレットは、回避するそぶりも、迎撃するそぶりも見せず八つの頭の噛みつきをその身に受けた。「…あれほど欲しかったイサオシが、この程度だったとはな…」咀嚼し続ける植物龍たちの頭部を、ベルグリシは無感動に眺める。

「グワーッ!」「ッ!ユグドラシル=サン!?」その時、遠方よりユグドラシルの叫びが響く!まさか、あのガキに負けてるのか!?あり得ぬ事態に狼狽し、ユグドラシルのいる場所へ向かおうとする!「クキキ!ようやくか!」聞こえるはずのない声。

「なっ!?」同時に切り落とされる、植物龍の頭部。そこから無傷のスカーレットが姿を現す。そして、石槍を投擲する構えを取った!「バカが!」咄嗟にベルグリシは、エイトヘッズドラゴンに着せる石鎧の厚みを増す!

生存していたのは驚いたが、だがスカーレットが切り裂いたのは、鎧の薄い部分のみ。未だ有効打を一撃も与えることは出来ていない。頼みの繋の稲妻も、ベルグリシの鎧の前に霧散することしかできない!どうにか出来るわけがない!ベルグリシは獰猛に笑う!

スカーレットは、軽い動作で石槍を投げた。ベルグリシのニンジャ動体視力は、投げられた石槍を見つけることができなかった。そこで、ようやくベルグリシは理解した。例え、緋色の稲妻を封じられようとも、ケイトー・ニンジャの力は、カラテは!神話に近いレベルに達していると!

エイトヘッズドラゴンの胴体に、音もなく石槍と同じ直径の穴が開いた。鎧は砕けるどころか、傷口と同じ形の穴が出来ていた。遠方で、岩が砕ける音が響く。「イヤーッ!」ベルグリシは両手に石の爪を纏い、スカーレットに飛びかかる!

ベルグリシには、スカーレットの思惑が理解できなかった。スカーレットが、今の今まで本気を出さなかったのは、時間稼ぎなのだろうというのはうっすらと理解した。しかし、その理由が理解できなかった。

あのSoMを与えられたニンジャ、マウイがユグドラシルを追い詰められると信じていた?あり得ない!どれだけ力の差があると思っている!まさか奴はこうなる未来でも見えていたのか!?

「イヤーッ!」ベルグリシは腕を振り下ろす!素手と、人間一人分もある爪。リーチ差の利は己にある!「イヤーッ!」スカーレットは、懐に入れていた腕を振るう!「アバーッ!」ベルグリシの右腕が、肩の付け根から切断された!

スカーレットの手に握られているのは、どこにでもあるようなナイフだった。緋色の稲妻を帯びた刃は少しの欠けも、血と脂が付くことも無く煌めく。「水浴びでもしたまえ!」スカーレットは痛みに呻くベルグリシの胴体に強烈な蹴りをし、腐敗液の海に落とす!

「イシク・ニンジャ=サンが!」「行くぞ!」エイトヘッズドラゴンと同化するのを待っていた、残りのファーティリティ・ニンジャクランのニンジャ達は、半分はスカーレットに襲い掛かり、もう半分はベルグリシの救助に向かう!

「イヤーッ!」「「「「「アバババッババー!」」」」」飛来し、連鎖する緋色の稲妻!「「「「「サヨナラ!」」」」」爆発四散!ナムアミダブツ!「さて…」ナイフを懐に戻し、スカーレットはマウイのイクサを眺める。古代のリアルニンジャと、若きニンジャのイクサは、あと数十秒で終わるだろう。

◆◆◆

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」マウイの拳が、ユグドラシルの顎を強かに打つ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」マウイの拳が、ユグドラシルの側頭部を殴りつける!

「カーッ!」ユグドラシルの失われた胸部、蔦と蔦で無理矢理再構成したそこから幾本もの蔦で編まれた腕が、拳撃がマウイ目掛けて飛ぶ!それをマウイは紙一重で躱す!ユグドラシルのカラテの全てで切れ味が、動きに精彩がない!

010101011…「王…よ!限界です…!」スピリトフは、目の前の心臓が張り裂けた肉の巨人に悲痛な叫びを上げる!「まだだ…!奴は…奴だけは…!」肉の巨人は、心臓の傷を植物で縫合しつつ、全身からカラテを滾らせる!最後の一撃を!マウイに叩きこむ!010111…

「イヤーッ!」ユグドラシルの肉体が突如バラバラに吹き飛んだ!体内の植物が、肉体を引き裂いたのだ!マウイの振るった拳は空を切る!「イヤーッ!」SoMから棘を生みだし、飛び散った肉体を貫かんとするも、生えた蔦が縦横無尽に動き回り、マウイから離れる!

そして、距離を取った肉体は再結合しユグドラシルとなった!「落ちよ…」ユグドラシルの肉体のあらゆる箇所から黒い茨が生え、周囲の大樹の枝を絡め取り出す!

010101…「オオオオオ…………」肉の巨人の体からボコボコと水泡が溢れ出す!限界寸前で保たれていた肉体が、通常のオヒガンの空間へと排出された肉体が時の流れにより崩壊し始めたのだ!「王よ…!お待ちを…!」スピリトフは、疑似ネットワークの再起動に勤める!0101011…

「落ちよ…落ちよ…落ちよ…落ちよ…」ユグドラシルは、両手を天に掲げ全身からカラテを、エテルを抽出する。肉体の表面はボロボロと剝がれ崩れ、ボコボコとクランのニンジャたちと同じ水疱が発生する。黒い茨に引き抜かれた大樹の枝が、空中で編まれてゆく。

0101010111「我が腕を現世へ出す!」肉の巨人がスピリトフに命じる!「ですが…それをしてしまえば…!」「構わぬ!これで奴を殺す!」「…わかり…ました…!」肉の巨人の横の空間に巨大な穴が生まれ、肉の巨人は腕を突き入れた。010101011…

その果てに生まれしは、黒い茨を纏いし大樹の槍。空中に発生した異様な穴から飛び出した、崩れ行く巨人の腕が、大樹の幹を破砕しながら構えた。槍の穂先たる根は幾千に分かたれ、敵対者を貫かんと生命力を滾らせていた。落ちれば、腐敗液により空いた大穴のほぼ全てを覆い尽くすだろう。

マウイは、咄嗟にSoMの槍を生み出すが、槍の形成が上手くいかない!「ガス欠か!」左腕の生成を諦め、右腕と槍を生成!構える!右腕が、灰色の光を纏い槍を覆い尽くす!「死ねェェェェェエエエエエエエエ!!!」巨人の腕が、大樹の槍を突き下ろす!

「オオオオォォォォォォ!」大質量が眼前まで迫る!マウイは、槍を突き上げた!Squiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiish!!!!!

…「…勝った」粉塵が舞う中、枝の上で大樹の槍を見下ろすユグドラシル。確実に殺したという確信があった。そも、この大質量の攻撃を叩き込まれどうにか出来るほうがおかしいのだ。「ゴボッ」口から溢れ出す体液と腐敗液。あまりにも、ダメージを受けすぎた。「また、眠りについて…」

ベルグリシに頼み、また眠りにつくか。そう考えていたら、粉塵が晴れだす。「…は」粉塵が晴れたときに、目に付いたのは大樹の槍。そこに空いた小さな穴。大樹とはいっても、元は枝を寄り合わせ、編んだもの。隙間もある。だが、その穴は大樹の枝を切断して出来た穴だった。飛来する影。

「まさか!」「イヤーッ!」影を見上げた瞬間、目にするは両腕を失ったマウイと、彼の足の指の間に挟まった槍の穂先だった。「アバーッ!」眼孔に突き刺さる穂先!穂先は押し込まれ、脳があるはずの場所まで到達!

ユグドラシルは思い出す。己の弟子のジツを。植物を、鋼鉄すら超える強度まで強化するジツを!マウイは、己のジツがどのようなものか。ユグドラシルとの戦いの最中で少しずつたどり着き、ぶっつけ本番に等しい状況で試し、かの大槍の一部を破壊し生き残ったのだ!

「オ、オオオオオオ!」ズブズブと、マウイの体重と勢いにより沈みゆく槍の穂先。「イヤーッ!」「グワーッ!」ユグドラシルは、マウイの足を殴りつけ、槍の穂先から足を離させる!ユグドラシルは、バランスを崩し、大樹の枝から落ちてゆく。その先にあるは、大樹の槍。

「待て!」マウイは即座に立ち上がり、追撃の構え!恐らく、ユグドラシルはあと一、二回カラテを叩き込めれば爆発四散させることができる!それを直感したのだ!ゴトリと音を立て落ちるSoM。スカーレットの込めたカラテが、生命力が尽きたのだ。腕が使えない今、足を使うしかない!

跳躍し、トビゲリを叩き込む!そのために膝を曲げた瞬間、マウイの肩を誰かが掴む。「待ちたまえ、マウイ=サン」スカーレット。「止めないでくれ!スカーレット=サン!あと少しで奴を!」「今、彼を倒させるわけにはいかんのだ」

「何故!?」マウイは、何度もスカーレットとユグドラシルを交互に見る。今、このタイミングを逃せばユグドラシルの闘争を許してしまうことになる!それを、スカーレットがわからぬはずがないのに!「今、彼を倒すのは、君のためにならない」

「…僕が、弱いからですか…!」マウイは、苦虫を嚙み潰したような顔になる。スカーレットの意図が、わかったのだ。「フム、理解の早い生徒は助かるぞ。マウイ=サン」スカーレットは満足げに頷いた。

仮に、今ここでユグドラシルを爆発四散させれば、残るのは手負いのニンジャ一人のみ。そうなれば、アダナスは大手を振って刺客をイースター島へ送り、マウイを爆発四散させるだろう。マウイが、アダナスへの脅威となるまで、ユグドラシルは殺せない。殺してはならない、もう一人の島の守護者だ。

「マウイ!」落下するユグドラシルは見上げ、マウイを睨みつける。落下する先、大樹の槍には石棺が待ち構えていた。「貴様は、我がいずれ必ず殺す…!必ずだ!」ユグドラシルをキャッチした石棺の蓋が、少しずつ閉じてゆく。

「首を洗って待つが良い…!」そして、蓋を閉じた石棺は大樹の枝に飲み込まれていった。直後音を立てながら周囲で岩が崩れ始める。枝が引き抜かれ、槍に傷つけられたせいだ。「…まずは、一人」マウイは立ち上がり、周囲を見渡す。そして、一人のニンジャがこちらに近づいてくるの見た。

「…スカーレット=サン。僕は、まだ倒さなければいけない人がいます。今度は、止めないでください」マウイは、スカーレットの目をまっすぐに見た。「あの小さな少年が、今は戦士へならんとするか」スカーレットは感慨深げにごちる。

「行きたまえ、マウイ=サン。君の父君に代わり、私が君の幼年期の終わりを見届けよう」スカーレットはマウイから跳躍し、いずこかへ姿を消した。それを見届けたマウイは、己に迫るニンジャを見た。

バレッタで纏めていた髪は、バレッタが外れ幽鬼のような有り様だった。髪と髪の間から垣間見える瞳に生気は無く、口は「リアム」と言い続ける。両腕は無く、カクン、カクンと右に左に上半身を揺らしながら歩く様は、正気とは思えない。そのニンジャは、デンタータはマウイに向かって歩みを進める。

タタミ5枚の距離まで近づいたデンタータは、歩みを止めた。生気を失った瞳に、マウイの像が結ばれた瞬間、瞳に光が宿る。暗い、憎悪の光。「…お前の」力の、憎しみの籠った声が、マウイの鼓膜を叩く。「お前の、せいだ…」

「お前のせいだ…」「お前のせいだ」「お前のせいだ!」「お前のせいで!ヒプノシスが!リアムが死んだ!」デンタータは上半身を、ヘッドバンギングするかのように頭を揺らす。腕があれば、髪の毛を掻きむしり、引きちぎっていただろう。

「…貴方と出会ったのは、わずか数日前だった」マウイは、静かに語りだす。「出会いは仕組まれたもので、まともに会話したのも、ほんの短い時間だった」それは、慈しむ声色で、目の前の憎悪を撒き散らす女とは正反対だった。

「お前が!お前がぁあああ…!」デンタータはマトモに言葉を紡ぐことができず、口の端から唾液が泡立ち落ちてゆく。「お前がいなければぁあああああ…!」

両者は、相手を通して別の相手を見ていた。「料理の味付けがしょっぱいのは、どうかとおもいますよ」片方は、ほんの短い期間心を通い合わせた相手を。「お前が!お前が!お前が!」もう片方は、ここに至ってようやく気付いた、この絵図を描いた"黒幕"を。

そして、デンタータはここでようやくマウイを見て。マウイは、彼女の面影を持つデンタータを見た。「デンタータ=サン。僕は、貴方と出会えてよかった」「マウイ!お前なんかと出会わなければ良かった!イヤーッ!」デンタータは、跳躍を開始した!

デンタータは周囲の落ちてくる岩を蹴り砕きながら、マウイを睨みつける。敵は、両腕を失い槍を、あの得体の知れない種を失った。マトモに戦うことなどできない。だが、こちらも武装のほぼ全てを失った。足の刃は、迫りくる大樹の槍を切り裂き、根元から折れた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」加速を重ね、何度もマウイの全身に蹴りを叩き込む。わざわざ何度も蹴らずに、首や急所に蹴りを入れれば、首を切断するか首の骨を折って爆発四散させることができるとだろうと、普通なら彼女も考える。

だが、彼女はマウイの脅威的な粘りは知っていた。何せ、一度は不意打ちで殺したと思ったのに、ここまでやってきた挙句に死にかけながらも、ユグドラシルを撃退したのだ。だから、ただ蹴りを叩き込んだところで、奴は耐えるだろう。そして、こちらを殺す機会を窺っている。

「ヒヒヒ…!死ねぇ…!」デンタータの目の輝きが、さらに強くなる。デンタータは、暗黒メガコーポの一員として世界を回り、何人ものリアルニンジャや、現地のニンジャと戦ってきた。その中で、四肢を封じられるということもあった。だから、彼女は持っているのだ。四肢を使わぬ戦い方を。

「死ねぇ…!死ねぇ…!」デンタータの右目。それは彼女の生来の目ではない。サイバネ・アイ。その目は殺傷能力を、レーザー照射機能を兼ね備えた奥の手だ。そのレーザーで、マウイを切り捨て殺す。蹴りは、チャージを行うまでの時間稼ぎだ。

マウイは何度も蹴り転がされ、うつぶせに倒れ、立ち上がろうとしている。腹の傷口が、デンタータが貫いた傷が開き、臓物が零れかけている。チャージは、あと数秒で終わり。それで、トドメだ。

◇チャージ完了ドスエ◇その文字がサイバネ・アイに表示されるのと、マウイが立ち上がるのは同時だった。「死ィィィィィイイイイイイイネェエエエエエエエエエ!」デンタータは奇声を上げる!マウイのニンジャ動体視力は、ついにデンタータを捉えた。

デンタータの右目のサイバネ・アイからレーザーが射出される!デンタータは、マウイの真正面へと跳躍し、首を振るう!レーザーはケンドー50段、イアイドー50段のタツジンが振るうカタナめいて、マウイの首へ迫る!「「イヤーッ!」」両者の、カラテシャウトが響き渡った。

「…………?」ゼロコンマ一秒後、デンタータは違和感を覚えた。振るったはずの首が、途中で何かに止められている。そして、自身の胸元から激痛を感じることに、気づいた。

「う…そ…」デンタータは、己の首を掴み、胸を貫くマウイの腕を、呆然と見つめていた。失われたマウイの腕。それは腕の切断面から生えた、血にまみれた木々が編みこまれ腕。そして、マウイの胸部に輝く拳大の種子。種子は、マウイの心臓の鼓動とリンクするように光りを放つ。

マウイにとってこれは賭けだった。傷口から押し込み、SoMとの融合を果たす。これは恐らく外法中の外法だというのは想像に容易かった。なにせ、親和性のあるジツを使うユグドラシルすら試みなかっただろう悪手だからだ。いずれ、恐ろしい末路がもたらされる事となるだろう。

誰の目から見ても愚かしい決断だ。だが、今この時は。この戦いに勝つためには。己の初恋を終わらせるためには。その愚かしさが必要だった。

「イヤーッ!」マウイの樹の手が、デンタータの心臓を握り潰した。「リア…ム…サヨナラ!」彼女は最後に、愛する人の名を呼び爆発四散した。「…サヨナラ、ソフィア=サン」マウイは手を開き、そこから白い花が咲き乱れ、風と共に舞い散った。

「…………」それが最後の力だったか。マウイはその場に崩れ落ちた。意識は無く、浅い呼吸を繰り返す。危険な状態だ。「…マウイ…マウイ…」ガリガリと、引きずる音が響く。「よくも…よくも彼女を…」石槍を杖にして少年が、ファウンドがマウイに迫る。

デンタータの切り裂いた大樹の槍の穴を通り、彼も生き残っていた。「殺してやる…殺してやる…!」最愛の人を殺された少年は、殺意を滾らせ青年に迫る。そして、目前まで迫り少年は。「イヤーッ!」青年に向けて石槍を振るった。

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション#10終わり。そのままエピローグへ。

#エピローグ

「ああ。やっぱりそうなったの」イータは高級チェアに腰掛け、書類の処理を行いながら報告を聞いている。ニンジャ秘書の報告は、彼にとって想定していた結果の一つでしかなかった。「…はあ」よろしかったので?とでも問いたげな秘書の視線に、彼はくだらないとため息を吐く。

デンタータとヒプノシスには退社の兆候が見られる。片や目立った成績が無くなり始め、片や恋人を寿退社でもさせようかと考えている。人事課からそのような報告を受けたイータは、二人を使い潰す計画を立てるのに何ら躊躇はなかった。

適当な噂を流させ視野狭窄に陥ったところに、カタナ社の報告書を目に付くところに置いておけば、後は勝手に事が進む。上手くいけば儲けもの。悪ければそこまで。オイランマインドの件の時と同じ。だが、今回は上手くいった。それだけの事。

「でも、しばらくは塩漬けかなぁ…面倒だなぁ…」現在のイースター島は現地で眠っていたリアルニンジャの影響により、とてもではないがギンカクの案件に着手することができない。エネアド社との共同プロジェクトに専念するのが社の決定だった。

「それじゃあ、会議に出席するからその書類提出しておいてね」伸びをして立ち上がり、イータは部屋の電気を消して立ち去った。ニンジャ秘書の纏めた書類には、デンタータ、ヒプノシス、ファウンドの退職処理について書かれていた。全員死亡。退職金を払う必要なし。

◆◆◆

「クソ…!ケイトー・ニンジャ=サンを侮りすぎたか…!」ベルグリシは、残された腕の断面を岸壁の岩に叩きつけた。失われた腕の断面まで解けた岩が這い進み、失われた腕と為す。「ククッ…伊達に…なったな…」「黙れやアバズレ!」背後で嘲笑うスピリトフに苛立つも、それ以上は何もしない。

スカーレットに腕を切り落とされた挙句、腐敗液の海に叩き落されたのをスピリトフに救われた手前、あまり文句が言える立場ではないのを彼も理解しているのだ。「クッソ…!」「…ふぅ…しかし…これからどうしたものか…」ひとしきり嘲笑ったスピリトフは一転、不安げにため息を吐く。

ユグドラシル、ファーティリティ・ニンジャの寝床たる王国の遺跡は崩壊。その上溜め込んだモータルの生命力の大部分は失われた。試算千年近く眠りに就けるはずが、このままではもって一年ほどで限界を迎える。「あの愚か者め…!」脳裏でマウイをズタズタにする様を思い浮かべるも満足できない。

「あ?変わんねえよ」だが、なんてことないと言わんばかりにベルグリシは口を開く。「今までと同じ。あいつを治せるニンジャを捜す。それだけだ」そう言うベルグリシを、スピリトフは呆けたような顔で見て、そして呆れたような笑みを浮かべた。「強いな…貴様は…」「親友のためさ」

「さて、次はどこに行くか。昔ネオサイタマにキヨミ・ニンジャ本人のソウルを宿したくさい奴がいたって聞いたから行ったが爆発四散してたしなぁ…」「ふん…世界中…全てを浚えば…いいだけだ…」そして、二人の姿は海岸から消失した。

◆◆◆

ギャラルホルンは四季庭園をゆったりと歩む。その手にはどこで買ったのか、新聞紙の包装のフィッシュアンドチップスがあった。湯気の出る揚げ立てだ。「あら、お早いお帰りね」ティーテーブルに座るカタナ社CEOエリザベート・バサラは、ティーカップから口を離し、ギャラルホルンを見た。

「ええ、少々社の周辺の散策をば」ギャラルホルンは、フィッシュアンドチップスを咀嚼した後に、包装紙を丸めた後握りしめた。そして開かれた手には、包装紙はなかった。「それはそれは、一日近くも散策してずいぶん気晴らしになったでしょう?海の方へ行ったのかしら」

「クキキ…何のことやらさっぱり…」ギャラルホルンはそう言うと、エリザベートの対面に座り、未だ穏やかに湯気が立ち上る紅茶が注がれているティーカップに口を付けた。「さあ、カリュドーンはつつがなく行われましょうぞ。クキキィ…!」

◆◆◆

「だから!ここら辺に大通りを作ればよ!」「いや!ここには学校を作るべきだ!」「アイエエ!落ち着いてください!」会議室はスシ詰めになっていた。サラリマンに詰め寄る老若男女。彼らは、イースター島に住んでいた人々だ。

ハンガロアの街は、イースター島ごと崩壊した。住民たちは、アダナス・コーポレーションの主導の元チリ本土まで避難していた。住民たちを「行方不明」にさせるかという意見もアダナス内にあったが、あまりに事が大きくなりすぎた結果、ヨロシサン・インターナショナルに釘を刺されたのだ。

『そちらの事業にあまり口出しする気はありませんが、やり過ぎれば周囲の目が厳しくなりますよ』ヨロシサンのCEOからの、遠回しな忠告を受けしぶしぶ住民たちに手厚い保護を行うことになったのだ

「いや!ここには漁船を泊めるスペースを!」「待て!病院はどうするんだ!」住民たちが詰めよってサラリマンの目の前の地図を指し示しながらまくし立てる。イースター島近海洋上プラットフォーム「トリノイワ」の建設予定図だ。

アダナス・コーポレーションが研究及び研究員の宿泊場所として建設をスタートしたそこに、住民たちは自分たちの居住及び生活する場所を要求しているのだ。「アイエエエ!箇条書きで書類にしてから来てください!」窓口サラリマンの悲鳴が会議室に響き渡る。住民たちは、力強く生きていた。

◆◆◆

一隻の船が、洋上を進む。船の上にあるのは船員の死体、警備員の死体、研究員の死体。全員の腕には、アダナスの社紋が描かれた腕章があった。そして、甲板に一人動く影があり。少年だ。少年の背には、幾本もの古めかしい義手があり、その手の一つには首が、船長の死体が握られていた。

少年は数日前の出来事を苦々しい顔で思い返していた。『まあ、待ちたまえ』振るわれた石槍は、放浪者めいたニンジャに受け止められた。『邪魔をするな!』激高した少年に、放浪者は甘言を注ぎ込む。『このままこの青年を殺したとて、君の思い人は報われるかね』

『何を』『確かに!今、君はこの青年の命を握っているとも。だが、それは漁夫の利で得ただけのものだ』『だが!』『それで、君は満足できるのかね?託されたのだろう?君の師であるニンジャに』少年は息を飲む。何故、知っている。放浪者は笑みを浮かべる。

『尋常なる果し合いの元、彼を殺してこそ君の汚名はそそがれる!』『…何故、オレにコイツを殺させようとしている。コイツは、お前の仲間だろう』『クキキ…私が欲するのは、この島の守護者だ。だが、彼はいずれレリックに飲まれるだろう。使い物にならない守護者は無用だ』

『君が、守るのだよ。君の愛する人が眠る、この島を』『…………』『物分かりがいいニンジャは好ましいぞ…クキキィ!』放浪者は、少年がこの場で敵を見逃した見返りと、いずれこの島の守護者となるために必要だろうと、レリックをいくつか融通した。この義手も、その一つだ。

少年は、アダナスが洋上プラットフォームを立てるために派遣した船を奪い取り、島を去る。放浪者が示した修練の道。それを完全にこなしきった時、己は敵を殺しうる力を得るだろう。振り返り、少年は崩壊した島を、大樹が生えた島を睨みつけた。「待っていろマウイ…必ず殺してやる…!」

◆◆◆

海岸近くの平原に、簡素な墓が立てられていた。廃材を組み合わせて作られた、下には誰も眠っていない墓。そこには、大量の白い花が手向けられていた。それを見下ろした青年、マウイの胸に去来するのは、昔日の思い出。ここは、彼女と初めて会った海岸のすぐそばだった。

マウイは振り返り、走り出す。『君を殺そうとしたアダナスのニンジャと交渉して、なんとかこの場は見逃して貰うことを取り付けた』思い出すのは、数日前に目覚めてスカーレットに語られたこと。『いずれ、あのニンジャはこの島に戻ってくる。さらに強くなり、君を殺そうとするだろう』

『それに、君の肉体に宿ったSoM。感じているだろう?自身の肉体にゆっくりと根を張る感覚が。いずれ、君は完璧に取り込まれるだろう』『強くなりたまえ。マウイ=サン。SoMを完全に御しきれるまでに。あの少年を打ち倒せるまでに』

…崩壊したイースター島を、マウイは駆ける。腐敗液だまりが、あちこちに点在する平原。ユグドラシルが再び眠りにつき、腐敗液の放出は止まった。膿を出し切るように、溜まっていた腐敗液が出されきっただけかもしれないが。

腐敗液だまりを避けながら駆けるマウイの眼前には、巨大な木が目に入る。ユグドラシルが眠る大樹。「イヤーッ!」マウイは跳躍し、大樹の枝へと飛び移る!「…やっぱり、以前より成長している」大樹は少しずつ成長していた。恐らく、大地に根付き栄養を、生命力を吸い取っているのだろう。

生命力の行きつく先は、大樹自身とユグドラシルか。マウイは、樹の腕から槍を生成し、構える。伐採だ。少しでも、大樹の成長を阻害し、ユグドラシルの復活を妨害する。その時、遠くから叫び声が聞こえ、槍を大樹の方へ向けた。枝の先から、迫りくる人影を見たからだ。

「マ、ウ、イィィィィィイイイ…」「マウィイイイイイイイイイイ!」木の人形だ。どことなく、ユグドラシルの面影を持ち、その手には槍を携えている。放つ圧は、一体一体がそこいらのサンシタのニンジャを超えていた。

ここ数日、あのような木の人形が四六時中襲撃を仕掛けてくる。ユグドラシルの怨念は、眠りに就こうとも健在ということなのか。「「イヤーッ!」」木人形は槍と結ばれた蔦を振り回し、殺戮円を描く!「イヤーッ!」マウイは回避し、槍で木人形たちを切り裂く!

「イヤーッ!」その勢いのまま槍をもう一度振るい、枝を深く切り裂く!数階建ての雑居ビルほどもある枝は、自重に耐えきれず音を立て折れ、落下した。クモが糸を飛ばすように、蔦を別の枝に巻き付けマウイはより太い幹へと着地し、周囲を見渡す。

周囲には、数十体の木人形が待ち構えていた。それぞれが槍を構え、臨戦態勢を取り、殺意をほとばしらせていた。「いいだろう!かかってこい!」「「「「「イヤーッ!」」」」」木人形が一斉に駆け出す!「イヤーッ!」マウイは獰猛に笑い、槍と結ばれた蔦を振り回し殺戮円を描く!

マウイ、ガブリエル・シルバにとって、この滅びた島は己を鍛える修羅の地。そして、掛け替えのない愛する故郷だ。

レスト・イン・ピース・トゥ・ザ・ガーディアン・フロム・シヴィライゼーション終わり。