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エーテルの宙を駆けよ#パルプアドベントカレンダー2020

「ああ畜生。遅かったか」

男が、歪み切り、電気が止まり、開かなくなった鋼鉄のドアをバーナーで焼き切ったのは、12月22日の朝だった。
ドアを焼き切っている目的は中にいる人物の生存を確かめるため。
作業を始めたのは、21日の深夜からで、既に数時間が経過していた。

「…レッドキャップ」

小さな人の形をした生き物が、部屋の中で血まみれになって転がっていた。
足元には血と肉片が付いた錆びついた小さな斧と、真っ赤な帽子が落ちていた。

「な?だから言っただろうよ。開けてもどうせ死んでるってな」

男の後ろからこれまた小さな男が近づき、男に話しかける。

「こいつはそうとう持った方さ。住みたくもねぇ場所に住んで、人間がいねぇから、帽子をペンキで塗って耐えて耐えて耐えて…」

実際、この小さな男が言っているのは正しかった。
伝承通り、レッドキャップという妖精は、人間を殺しその血で帽子を染め上げるのが生き甲斐、存在する理由だった。
だが、このレッドキャップは、この施設に辿り着いてもはや40年近く、人を殺し、その血で帽子を染め上げることが出来ていなかった。
そのうえ住処も過去に事件があった場所や墓地ですらない、地下にある人間が放棄した軍事施設だったのが、追い打ちをかけた。

「毎晩毎晩、酒を飲んだこいつの武勇伝は楽しかったなぁ。聞き始めた時はそりゃあ飯時にグロテスクな話はするもんじゃねぇってみんなキレてたがよぉ…」

レッドキャップは人間でいう、躁鬱に近い状態になった。
時折思い出したように笑い、帽子を蹴り倒したペンキ缶から流れ出た赤いペンキで赤く塗り、それを被ってシェルターの中を大はしゃぎで走り回っていた。
それ以外の時はまるで人間の家の前にある妖精の置物のようにピタリと動かなかった。
いずれ限界が来るだろうというのは、施設内の誰もが理解していた。
いつか、自分自身を切り裂いて、その血で己の帽子を染め上げると。

「……これで、ここにいるのは俺とお前だけになっちまったなあ」

小男がしんみりと、白髪交じりの髭の上から顎を撫でながら、そう呟いた。

「なあ、もういいだろ?もうあんたもどれだけ存在できるかわかんねえんだ。最後くらい酒を飲むなりドラッグやるなりで現実逃避していいんじゃねぇか?」

男は、小男の言葉を聞かずに、足早にレッドキャップの部屋から立ち去った。
己が存在出来うるだろう最後の日、クリスマスに向けて。

「なあ、サンタクロースよぉ…」

小男の、ドワーフの消え入る様な声は、天井で唸りをあげるファンの音に、掻き消された。

タイトルなし



21世紀後半、遂に地球は終わりを迎えた。
戦争、それに伴う環境破壊、動物や虫たちの凶暴化、海面の上昇etc.etc...
地球は、とても人類が住めるような環境では無くなり果てた。
故に、地球全体であるプロジェクトが進行していた。
地球外へ脱出するためのコロニーを、宇宙へと発射するという計画。

コロニーに乗る生物は、ありとあらゆる人種や生物から、種の保全のために必要なだけ集められた。
人間のみで数えるとその数およそ10億、当時の人類の一割程度だった。

そう、1割。
残りの9割は、切り捨てられた。

そして、コロニーに乗せられなかったのは、9割以外にもいた。
それは、UMA。
または、怪物。
あるいは、フォークロアの存在。
人ならざる者たちだった。

彼らは最初から、乗せるかどうかの、勘定にすら入れられていなかった。
必要ないと、全て切り捨てられた。

なにせ食べられるかどうかわからない存在ばかりだし、中にはレッドキャップのような積極的に人を害そうとするようなものもいるし、雪男やネッシーのようにどこにいるかよくわからず、食物連鎖や他の生物の生態に関りがあるかどうかわからないものもいた。
それらを収容する労力を割ける状態ではなかったのも、理由の一つだった。

遺された彼らは、次第に数を減らしていった。
まずはUMA。
激変する地球環境について行けず、絶滅していった。

次に怪物、人を喰らう存在。
人間が数を減らせば怪物も数が減り、地球上から人間が消えれば、怪物も消える定めだった。

そして、フォークロア、都市伝説の存在。
フォークロアは、人の噂や話、恐怖や願いが形となり、意思を持った存在だ。
故に、話す人がいなくなれば、怖がる人がいなくなれば、噂話の行動をする人がいなくなれば、いると信じている人がいなくなれば、消滅するのは、必然だった。
サンタクロースは、フォークロアに属する存在だった。

だからサンタクロースも、消滅からは逃れられない。



食堂に、コーヒーの香りが漂う。
残量が少なくなったインスタントコーヒー、シェルター内の数少ない嗜好品の一つ。
あとあるのは僅かな酒と何なのかわからないドラッグに映画が数本、それと自分自身を慰めるくらいか。
サンタクロースはコーヒーを飲みながら、眠気覚ましをしていた。

レッドキャップの死を確認してから、サンタクロースは一睡もせず、朝食を胃袋に収めた。
朝食を食べたことによって発生する眠気をコーヒーで黙らせ、サンタクロースは頭の中で、計画を反芻する。

計画の大部分に齟齬はない。
強いて言うならば、当初は数十人(中には人と呼べそうにもない存在もいたが)いた乗員が、もう二人しかいなくなってしまったことくらいか。
そんなことを考えながら、コーヒーを飲み切った。

「なんだよ、もう食い切っちまったのか」

調理場の方から、プレートに大量の朝食を乗せたドワーフが、塞がっていた両手の替わりに足でドアを蹴り開け入ってきた。
乗ってるのは和洋中、種類を問わず作られた料理を乱雑に乗せていた。
まるでビュッフェスタイルだ。

「…知ってんだろ、俺ァそこまで飯を食わねぇんだよ」

「クッキーにミルクをしこたま食うからダイエットってか?」

ガハハと笑い、ドカッとサンタクロースの横の席に座り、バクバクと食い始め、足元に置いてあったウィスキーをラッパ飲みする。
ドワーフのその様を、サンタクロースは辟易しながら見ていた。
毎度毎度よく食うものだと。
ドワーフの噛み千切った肉の繊維が飛び、サンタの赤い服の袖に付く。
それをサンタはピッと人差し指で飛ばす。
注意深く観察すれば、服に付いた肉の脂が、少しずつ消えてゆくのがわかるだろう。

サンタクロースは立ち上がり、食器を片付け始めた。
これから、昼食まで作業を行うと決めているからだ。

「…飽きもせずによくやるよ」

ドワーフがぼそりと呟いた。

「お前も、手伝うなら早く来てくれよ」

毎度のように、サンタクロースはドワーフにそう声をかける。
それに返事がないのは、もう二十年も前から、知っている。


そこは、かつてのミサイルサイロだった。
既に、ミサイルは一つも存在しない。
全てバラバラに解体されたからだ。

そして、ミサイルの替わりに、一つの物体がそこに鎮座している。
それは、ロケットだった。
まるで、古いブリキ細工のおもちゃを巨大化したように丸い窓、所々にビスのようなものが打たれていて、三本の足で直立というチープな見た目をしていた。

サンタクロースは、腰の命綱を着け、一人で無理やり自身の体を持ち上げる。
そして、ロケットの制作作業を再開する。
これが、彼が食事とわずかな休憩時間以外、ずっと続けている作業だった。
昔は、彼以外もこの作業を手伝っていた
ドワーフに吸血鬼、猫又なんていう極東の妖怪もいた。
しかし、今はただ独り、黙々とロケットに向き合い作業を続けていた。


そして、12月22日は、レッドキャップの自殺以外、何も起こらず淡々と終わった。

12月23日、サンタはミサイルサイロで目を覚ました。
毛布を掛け、下にマットも何も敷かず、自分の腕を枕にし、眠るのがサンタクロースのスタイルだ。
すぐに作業に移れるようになっている。
しかし、今日はすぐに作業に移らず、別の場所へと行く予定があった。

朝食も食べずに、サンタクロースは身支度を整え基地の外へ、地上へと出た。
地上に出てすぐに見えるのは、空に広がるオーロラだった。
そして、空からどこかの火山の噴火で撒き散らされた火山灰が、まるで雪のように降り注いでいた。
既に膝下まで埋もれる量が降り積もり、そこを無理やり歩き続け、目的の場所へ向かう。

そこだけ、灰が他の場所より、高く積もっていた。
なにせ、あるものが灰の中に埋もれているからだ。
その灰を、近くに突き立てていたスコップで無理やり掻き出す。
サンタクロースの頬を汗が伝い、灰が頬に張り付き、サンタクロースの顔を黒く汚してゆく。
それも、あと数分経てば消えて、いつものどこか赤らんだ顔に戻るだろう。
何故なら、サンタクロースは暖炉の煙突を通っても煤に塗れないから。
そんな話はほとんどの人がしていないから。
サンタクロースは、赤い服を着ているという設定だから。

三分ほども灰を掻き出せば、目当てのものが顔を出した。
所々塗りの禿げた、曲線の装飾が施されたソリだ。
サンタクロースのソリ。
かつて夜空を駆けていた魔法のソリ。
それに乗り込むと、サンタクロースはソリの紐を持ち一度、強くそれを打った。
すると、ゆっくりとソリは灰をかき分けながら進みだし、ふわりと浮かんでそのまま施設の敷地を抜けた。
針路は北、目的地は廃墟と化したペンタゴン。

速度はまだ時速60キロほどしか出ていない。
目的地に着くのに片道で数時間かかるのは、サンタクロースも熟知している。
全盛期ならば、あの9頭のトナカイがいた時ならば、数分で往復が可能だった。

ソリのすぐ横を、紫電が通過する。
火山雷、危険地帯の横断が始まったのだ。
ソリの真下、かつてアメリカ合衆国があった場所に、数十キロにわたる亀裂があり、そこをマグマが流れている。
かつて起きた戦争、世界中を巻き込んだ戦争の名残だ。
そして、地球の終焉の象徴。
いずれ亀裂はさらに広がり、100年も経てばこの大陸を真っ二つにするだろう。
サンタクロースは再びソリの紐を打ち、可能な限り速度を上げた。

目的の建物、かつての国防の礎となった地は、地上部は既に崩壊して瓦礫の山となって久しい。
そこを数年かけて、地下への入り口をサンタクロース達は掘り当てたのだ。
ある目的のために。
その目的は半分達成し半分失敗したのだが。

ソリを瓦礫がない場所に停め、サンタクロースは歩き出した。
風向きのおかげで、この瓦礫の山に火山灰が積もることはない。
全てサンタクロース達が住んでいる施設の方へ飛んでゆくからだ。

瓦礫の山の中にぽっかり空いたスペースがいくつもある。
かつて当てもなく除去していた名残だ。
なにせ地図も何も無いのだから当てもなく掘るしかなく、その上地上5階分もの瓦礫だ。
瓦礫の除去に使える車両や道具を見つけるまで、地下施設に辿り着くことが出来た存在や、ここら辺りに住んでいた人ならざる者たちに協力してもらい、素手で運べる瓦礫やつるはしで細かくして運ぶしか無かった。
そしてようやく、エレベーターシャフトを見つけることが出来たのが、今から20年前だった。

ロケット作業時に使う命綱をまた、エレベーターシャフト近くの瓦礫に括り付け、エレベーターシャフトを降りてゆく。
地下一階、地下二階、地下三階、地下四階…
既に存在するはずがない場所へと壁を蹴りながら、降りてゆく。
アメリカの国防の中心であるがゆえに、全てを公表するわけではない。
そして目当ての地下六階、本当の最深部へと辿り着いた。

「ハッハッハッ!」

途端に、暗がりの中からやせ細った狼が飛び出し、値踏みするようにサンタクロースの体の臭いを嗅ぐ。
動物園から逃げ出した動物の子孫だろう。
久々にやってきてくれた獲物に、今すぐかぶりつきたいのだろうが、それでも臭いを嗅ぎ、目の前の獲物の正体を看破せんとする。
そして、目の前にいるサンタクロースが、人間ではないと気づくと、興味を無くし、器用にエレベーターシャフトを三角飛びし、また暗がりの中へ消えていった。

サンタクロースは命綱をほどき、エレベーターシャフトから地下六階に入った。
地下六階は、他の階と違って書類が散乱したりなどはしていなかった。
所々に、狼が食ったと思しき動物らしき骨が散乱している。
それと、乾燥しきって粉末になりかけた糞。
それを踏まないように、歩みを進める。
地下六階に非常口の電灯のような電気の明かりの類は一切ない。
それでも、サンタクロースはどこに何があるのか手に取るようにわかっている。
サンタクロースは電気もつけずに、寝ている子供を起こさずに枕元にプレゼントを置き、ミルクの入れられたコップを倒さずにいられる。
すなわち、明かりがなくとも闇を見渡せる暗視能力を持っているという拡大解釈ができるのだ。

目的の部屋へと辿り着いたサンタクロースは、その部屋の中にある発電機を一つずつ、動かしてゆく。
施設全体ではなくこの階の、このパソコンにだけ電気を行きわたらせ、目的の機械を動かす。
画面に埃が薄く付いたパソコンの画面に明かりが灯る。
暗闇の中でパソコンの画面の薄ぼんやりとした明かりだけが光源となり、サンタクロースを照らし出す。
邪魔な埃を袖で払い、キーボードを叩く。
しかし悲しいかな。
必要最低限の電力では、動作が非常に重い。
必要最低限の機能のみに配線や電力の配分を考え実行しても、市販で、持ち運びができる発電機数台では、限界があった。

そして、お目当ての情報が画面に表示された。
それはレーダーの画像だった。
アメリカ大陸のみならず、地球上すべての、かつてあった大陸をも含めた世界地図。
その上を線が何本も通っていた。
どの時間に、何が通るかの予測だった。
画面の上に薄い紙を被せ、透けて見えるそれを書き留め、頭の中で計算をする。
もし計算がズレていようものなら、全てがご破算になるからだ。



選ばれた人類はコロニーへ乗り込み、地球を離れた。
新たな場所で、人類の再起を図るために。

しかし、このまま出ていいのか?という考えが、政治や軍などに携わる人間の中に蔓延していた。

そも、こうなった原因の地球の環境破壊に関して、多くの国が「自国は悪くない。あの国に責任がある」という思想を持っていた。
長年のいがみ合い、歴史的な見解の違い、技術力の違い、保有している兵器の危険さ。
更に、どこかの星をテラフォーミングし、そこを新たな地球にするという計画が存在した。
その際に領土をどう切り分けるかという問題も存在した。
未だ実現してすらいない皮算用だが、そうなればどの国も、自国の領土を多くし、地下資源などの確保しようとするのは目に見えていた。
そうなれば、新たな星で世界大戦が繰り広げられることになるのは自明の理だ。

だから、同じ轍を踏まないために、先手を打ったのだ。
『悪』の芽を、早急に摘み取るために。



数分経つと、発電機が止まり、パソコンの画面が消え、再び部屋は闇に包まれた。
地球でおそらく最後になるだろうガソリンを使った最後の発電機が今、役目を終えたのだ。
情報を書き写した紙を折りたたみ、懐に入れたサンタクロースは、その部屋から出て、ドアを静かに閉じた。
作戦の決行日は変わらず明日、クリスマスイブだ。


施設に戻ると既に午後の2時となっており、ソリを止めていた場所には既に灰の山が積もっていた。
そのまま、灰の山にソリごと飛び込み、灰が撒き散らかされる。

「ゲホッゲホッ」

その灰を吸い込んでサンタクロースは咽てしまう。
こんな時に、中途半端に人に近いことを、嫌に思う。
いっそ仙人とやらと同じように、霞を食べれば済む体であればと思うも、このあまり体に良いと思えぬ空気を胸いっぱいに吸い込むのかと思うと、それはそれで嫌だなと。
益体もないことを考えながらも、足早に施設内へと戻る。

エレベーターに乗り込む前に、体に付いた灰を掃う。
窓も割れ、壁も罅割れ、隙間風と共に灰がエレベーター前に吹きだまる。
ここで掃ってもエレベーターに乗り込む際に、ある程度はエレベーターにサンタクロースと共に入り込むだろう。
無意味だ。
しかし習慣づいたそれは、無意識のうちにやってしまうもので。
体に灰が付いたまま戻っても怒るものがいなくなっても、やり続けてしまうものだ。

「よお。またあそこに行ってきたのか?」

到着したエレベーターから降りると、出てすぐの右の壁に、ドワーフがもたれかかりながら、酒を飲んでいた。
既に数本空き瓶が転がり、朝から飲み続けているのだろうということが窺える。

「ああ。それと何度も計算したが、やっぱり俺の計算通りだ」

「………」

「予定通り明日、俺はロケットに乗ってこの地球から脱出する」

「…そうかい」

ドワーフは持っていた酒瓶を飲み切るとそれを置いた。
そして、顎で食堂の方を示す。
食堂に来いという意味だ。

「時間はかけさせるつもりはねえからよ」

食堂に着くと、ドワーフはいつもの場所に座った。
そして、横のいつもサンタクロースが座る椅子を後ろに引いた。
ドワーフは足元を探るも、既に転がっている酒瓶の中に酒は一滴もない。
それに気づき、忌々しそうに舌打ちし、一呼吸置いてからドワーフは話を切り出した。
何を話そうとしているか、サンタクロースは既にわかっていた。

「明日の発射…止めにしねぇか?」

サンタクロースの予想通りだった。
懐にある映した紙を取り出し、それを広げた。

「…最後なんだ。明日、最後のチャンスがやってくる。それを逃したら、もう終わりだ」

ドワーフはそれを見ると、わかってねぇなとでも言いたげに溜め息を吐いた。

「お前馬鹿か?そもそもよぉ、お前の計画は穴だらけなんだよ。なあ、おい?」

ドワーフはバンっ!と神の上に掌を叩きつけ、その紙を握りしめた。

「忘れたのかよ!あの日のことを!空に流れまくったレーザーをよ!俺たちは、鳥籠の中にいるってことをよ!」



レーザー攻撃衛星、というものが存在した。
地球に飛来する隕石を破壊、もしくは万が一存在するのならば、地球に侵略してきた異星人を撃退する、という名目で作られたもの。
各国はその衛星の照準を、地球外に脱出しようとする、他国のコロニーに向けさせた。
そしてあの日、コロニーが宇宙へと飛んだあの日、置いて行かれた人たちが地上から空を見上げると、そこには光の雨が流れていた。
恐ろしいことに、半分近い国が他国のコロニーに向けて攻撃をした。
その様はまさに流星群と見まがうほどで、それでほぼ全ての国のコロニーが、宇宙の藻屑と化した。
残ったのは僅か数か国、他国からの攻撃を予想し、防御を固めていた国だけだった。
その数か国だけが、生き延びたのだった。



「それで、お前さんの計画に乗って、ロケットに乗ってコロニーを追いかけるってんで、それでどこに行ったか調べるために、ペンタゴンに行ったらぁ?あのクソッタレ衛星のことを知ってなぁ!ああ!折れたよ!テメェ以外、全員の心が!」

20年前、ようやくあのサンタクロースが動かしたパソコンを初めて動かした日、あの日までサンタクロース以外も、ロケット製作を手伝っていた。
力があるものも、手先が器用なものも、魔法が使えるもの、体が小さなものは狭い場所で作業を、飛べるものは高所の作業を。
無論、発案者であるサンタクロースも、作業を行っていた。
そして、あのパソコンで、衛星の存在を知って、サンタクロース以外の全員の心が、折れた。
ロケットに乗って飛んでも、コロニーに辿り着けず、衛星に撃ち抜かれて死ぬ。
それを理解してロケットを作り続けたのは、サンタクロースだけだった。

「頭おかしいんだよ!お前!」

あるものは、外に出て、故郷で死ぬことを選んだ。
あるものは、ドラッグに溺れて死んだ。
あるものは、人々から忘れられて、緩やかな消滅という未来を受け入れた。
あるものは、酒に溺れ、こうしてもう一人の生き残りを、必死になって説得しようとしている。

「なあ…止めようぜ?なんでそんなに人間たちの所に行こうとしてるんだよ?なあ…」

ドワーフが、こちらのことを心配して、必死に引き留めようとしているのは、ずっと伝わっていた。

「…そういやよう。お前に、俺が何で、人間たちのことを追いかけようとしているか話したことがあったか?」

「ああ?んなもん一度も聞いてねえよ。だがよ、消えたくねえ死にたくねえ以外にあんのか?」


なんと、自分は一番肝心なことを話し忘れていたのか!
ならば、語らなければいけない。
なぜ、サンタクロースが、宇宙へ行こうとしているのか。
なぜ、サンタクロースは、まだ諦めていないのか。


「俺はな、声が聞こえるんだ」

「声だぁ?お前さんドラッグも、酒も何もやってねぇだろ」

「違う違う、幻聴じゃねえよ。俺の、サンタクロースという存在の力の一つさ」

「あれか。トナカイにソリを引かせて空を飛ぶだの、魔法の力で鍵を開けるだの、そんなビール腹なのに煙突からするりと家に侵入する」

「ビール腹は余計だ、アルコール中毒。まあそんなもんだがよ…サンタクロースは良い子と悪い子のリストを作ってそれでプレゼントを渡すかどうか決めてるって話、聞いたことあんだろ」

「ああ。そういや結局黒いサンタだのなんだのの悪いお前を見たことなかったな」

「どうでもいいだろ今はよ。ちなみにかなり昔に黒いサンタはいたぞ。俺とは違う存在だったがな」

「いたのかよ…それで?そのリストがどう関わってくるんだよ」

「俺はな、世界中の子供の声が聞こえるんだ」

「世界…全てのか?」

「ああ。それでどの子にプレゼントを渡すかどうか、決めてるんだ」

「でもよ。そうだとして、なんでお前は宇宙に行きてえんだよ」

「……聞こえるんだよ、ずっと。空の向こう、宇宙から。子供たちの声が」

「…生き残った奴らの子孫か?」

「ああ、そうさ。例え、サンタクロースという名前を忘れても、そういう存在を求める声が」

「忘れた?お前みたいなメジャー存在を?」

「ああ……空の向こうってのは、随分窮屈な場所みてえだ」

「独裁者でもいんのか」

「独裁…はしているな。AIが」

「AI?あのパソコンの中のデータを人間みてえにして自律できるようにしたとかなんとかっていう」

「そんな認識でいい。衛星で大多数のコロニーが落とされた後でよ、生き残った人たちはこのままテラフォーミングだのなんだのしてうまくいくのかって疑念を抱いたのさ。生き残った国でも国力の差があったし、もしかしたらアイツらは俺たちを攻撃してくるんじゃないかって思ってな。だから、中立な存在を生み出して問題が起きないように諸々を管理させようとしたのさ」

「それでなにもかも支配されちまったってか?昔ボードゲームだの何だので散々やってたような話じゃねえか。間抜けすぎねえか?」

「そこに至るまでいろいろあったんだよ。それで、ある種の衆愚政策というか、愚民政策の一環で、色々なものが忘れさせられていった」

「………そんな中でもよ。毎年、12月24日になったら、子供たちは寝る前に、俺のことを呼ぶんだ。サンタクロースという呼び方を忘れても、クリスマス・イブも何もかも知らなくても。一年間いい子にしてたから、プレゼントが欲しいって」

「……最後だと思うから、言っておくがよ。俺は最初、サンタクロースであることが嫌だったんだ」

「どこかの宗教の聖人が?金貨をくれてやって?どこぞの娘の身売りを防いだ?それが『俺』の始まり?」

「……んなもん、体のいい理由付けだろってな」

「いい子にしてたらプレゼントを貰えますよ。悪い子にしてたらプレゼントを貰えますよ」

「そうやってガキの頃から信賞必罰の概念を教え込んで、労働力にするための口実だろってな。実際昔は子供も大人の仕事を普通に手伝ってたしよ。西洋も極東も何もかも関係なく」

「そんなもんの為に、俺が生まれたのかって思ったら。俺を利用してるって思ったら」

「……胸糞悪いってな」

「そうやってひねくれて数百年、消えたくねえって思いで、プレゼントを配り続けてよ」

「ある時によ、プレゼントを配っている時によ。寝ぼけてこちらを見た子供がいたんだ」

「夢だってその子は思ったんだろうけどな、その子は俺を見て、ありがとうって、言ってくれたんだ」

「初めてだった。プレゼントを配って、面と向かって誰かに感謝されたのは」

「その時までは、子供の声を聴くのは、プレゼントを作るクリスマス前の2、3週間とかたまにリスト作るためのチェックくらいだったからな」

「そして、12月25日の朝。初めて、子供たちの声を聴いたんだ」

「世界中の子供が、俺にありがとうって言ってくれたんだ」

「それが、嬉しかったんだ」

「ああ!嬉しかったんだ!数百年存在し続けて!」

「何よりも嬉しかったんだ!存在し続けて、初めて感謝されたんだ!」

「心に灯が灯ったんだ!まるで雪原の中にある焚火のように!俺の中に火が灯ったんだ!」

「それが、俺の全てなんだ。単純な奴だって思うだろうけどよ」

「喜んで欲しくて、子供たちの笑顔が見たくて…」

「それが、サンタクロースが存在する理由で。それが、俺が宇宙に行きたい理由で。それが、諦めない理由なんだ」

話し終えたサンタクロースを、ドワーフは何も言わずに見つめていた。
理解したのだ。

「……っ!ああそうか!そうかよ!」

目の前の大馬鹿は、何を言っても無駄だと。
止められないのだと。

「勝手にしろ感謝依存のワーカーホリック!どこへなりともいっちまえ!」

ドワーフはサンタクロースをそう怒鳴って椅子から立ち上がった。
そのまま、調理場の方へと肩を怒らせながら、大股で歩き、姿を消してしまった。

言うことは言った。
サンタクロースは、ドワーフを呼び止めず、ロケットの元へと歩き出した。

「………大馬鹿野郎が」


12月24日、サンタはミサイルサイロで目を覚ました。
前日と同じように、ロケットの整備をして、眠っていた。
ロケットの整備は終わった。
問題はない。
強いて言うならば、見た目がおもちゃのままで終わってしまったということくらいか。
サンタクロースの魔法で作って、足りない部分を調べて、作って、継ぎ足して、サンタの魔法が燃料の空飛ぶおもちゃ。
発射の時刻は午後7時。
それまでに、最も重要な作業がある。
プレゼント作成だ。
サンタの魔法で、プレゼントを作る。
昔はゲーム会社や玩具を作る会社に協力してもらって、データなどを提供してもらったが、今はできない。
昔ながらのテディベアや、子供たちの声で聞こえていたあちらで人気のものなどを作るつもりだった。
しかしその前に、最後の別れを済まさなければと、サンタクロースは、食堂へと向かった。

「ドワーフ?」

食堂に着いてドワーフを探すも、食堂の中にサンタクロース以外誰もいなかった。
調理場の方で何か作っているのかと思い、調理場の方へ足を進めるも、調理場にもいない。
洗い場のシンクに水が流れた形跡はなく、調理場で何かを調理したような匂いも何もしない。
いつもなら、この時間には既に飯を食いながら酒を飲んでいるはずなのだ。
具合でも悪いのかと思い、今度はドワーフの部屋を訪ねるも、部屋の中にドワーフはおらず、酒の空き瓶と溜まった洗濯物、それとネジやナットが転がっていた。

「そうか…お前、消えちまったのか」

そしてふと、サンタクロースはそうなのだと、理解した。
ドワーフは、消滅したのだと。

ドワーフは、妖精だった。
妖精は超自然的な存在とも、神が堕ちた存在の一つであるとも言われていた。
他にも、さまざまな出自の諸説はあるが、神話や民間伝承で、ドワーフがいるとされているのは、ヨーロッパだった。
多くの人々は知らないだろうが、サンタクロースは知っている。
妖精は、土地に結び付く存在なのだということを。
故に、その土地から長く離れすぎたならば、己の存在を保つことが出来ず、消えてしまうのだということを。
ここはアメリカ。
ドワーフにとっては、露ほども関係ない土地だ。
本人曰く、行く当てを探していたら、ここに辿り着いたと話してはいた。
今にして思えば、飲んでいた酒も、ヨーロッパが原産のものが多かった。
現に部屋に転がってる酒は全てヨーロッパのものだ。
生まれ育った土地のものを摂取することで、存在を保とうとしていたのだろう。

「…」

ならば、何故今日消えてしまったのか?
決まっている。

サンタクロースを、説得しようとしていたからだ。
体に無茶をかけ続け、本来ならとっくの昔に消滅していたはずの体を酒びたしにして無理やり保ち。
諦めろと、無茶をするなと、ずっと、ずっと呼び掛けていたからだ。

「…すまんな」

だが昨日、それが無理だと理解した。
存在理由が無くなった。
だから、消えた。

「だがな、それでも俺は止まれねえんだ」

「俺は、サンタクロースなんだ。寝ても覚めても、俺の心はずっと、宙を見上げ続けているんだ」

「だから、俺は行く。今日、子供たちの所に、『あの子』の所に行くんだ」

サンタクロースは、ミサイルサイロへ歩みだす。
プレゼントを作るために、子供たちの為に。


サンタクロースは、真っ赤に塗られた宇宙服を着こみながら、白い袋を背負った。
中に大量の包装されたプレゼントが入った、サンタクロースのみがアクセスできる別次元へと繋がる袋。
そして、ゆっくりと操縦席に向けて歩き出す。
ミサイルサイロの上部は既に解放されており、天から灰が降り、ロケットに軽く積もっている。
そして、ロケットの側面に付いたドアを開け、ロケットの中に入り込んだ。

ロケットは三つの空間に分かれている。
入り込むための入り口と繋がった空間、乗務員が乗り込んで待機するための部屋、そして操縦室。
サンタクロースの袋の力を改変して、無理やり見た目以上に広げている。
だから、乗務員が乗り込むための部屋は、数十人は乗り込めるようになっていた。
もはや、ロケットに乗るのは操縦士のサンタクロースだけだが。

操縦室に入ったサンタクロースは、袋を操縦席の後ろに置いた。
操縦席に座り、シートベルトを締める。
発射予定時刻の3分前、天候はまあまあ良い方、計算通りなら10分ほどで大気圏に辿り着くだろう。
そこからが、本番だ。

サンタクロースは一度、目を閉じかつてこの施設に住んでいたもの達の顔を思い浮かべた。
UMA怪物フォークロア妖精妖怪、国籍豊かな人外たちの顔を。
そして、胸の内で小さく別れを済ませ、操縦桿を握り、発射ボタンを押した。


ロケットの下部、噴射口から、キラキラした光が噴き出す。
サンタの魔法の力だ。
そして、ゆっくりとロケットは上昇し、ロケットに付着した火山灰が落ち、光でサイロの隅に飛ばされてゆく。

「飛べ…飛べ…!」

ロケットの先端が、ミサイルサイロから出る。

「行くんだ…宇宙へ!」

ロケットは飛ぶ。

分厚い灰色の雲を切り裂いて。

「行け…」

ロケットは飛ぶ。

雲から飛び出し、夜空を更に上へ。

「行け…!」

ロケットは飛ぶ。

星の輝きが増えてゆく。

「行け!」

ロケットは、飛んだ。

遂に成層圏へと辿り着いた。

「さあ!」

サンタクロースは、気合を入れた。
あの衛星のレーダーでわかった、午後7時10分から、僅か数分間。
奇跡的に、全ての国の攻撃衛星がアメリカ大陸から離れた場所に、存在する。
その、鳥籠に僅かに生まれた穴を、通り抜ける。
それが、サンタクロースの計画だった。
シンプルにして単純。

だが。

「嘘だろ…」

サンタクロースの計画に、存在しないものがあった。

そこにあるのは、残骸だった。
恐らく、衛星のレーザーで破壊された、コロニーの残骸。
そのコロニーの残骸に、大量の砲台が備え付けられていた。
衛星のレーザー発射のものと同じもの。
それらが、一斉にサンタクロースのロケットに向けられた。

「回避っ!」

サンタクロースは操縦桿を倒し、ロケットの進路を無理やりずらす。
数秒前までロケットがあった場所を、数十本ものレーザーが通過する。
そしてすぐにコロニーの砲台がサンタのロケットを追尾し続ける。

「畜生ッ!」

ロケットは蛇行運転をし続ける。
真っすぐ進もうにも、進んだ先にもコロニーの残骸がある。
恐らく一定距離に入ったものを無差別に攻撃するようにプログラミングされている。
今進もうものなら全ての方向からレーザーが撃たれ撃墜されてしまうだろう。

だがここで進まないのもマズイ。
猶予はもうない。
このままここに居続けたら、衛星がやってきて撃ち落される。

「ここまでか…!」

衛星がやってくるまで、残り1分を切った。

その時だった。

『聞こえてるか?ワーカーホリック』

ドワーフの、声だった。

『こいつはお前がロケットに乗ってからある程度経った頃に流れるように録音したもんだ。お前の行きてえ理由とやらを聞いた後に録ってな』

『まあ、うまくいくとは思えなかったんだがよ。まだ衛星があることを知る前に、みんながいた時によ。もし、お前がうまいことコロニーに行って、サンタクロース業を続けられるってときにソリがないのはどうなのかって話があってよ』

『ロケットに乗るときは小さな手荷物以外は置いて行くってことにしただろ?』

『でもロケットを作ろうとしてるお前に何の感謝もしねえって訳にはいかねぇって話になってな』

『だから、ソリを作ることになったのさ。乗務員室に黙って乗せておこうってな』

『今まで忘れてたんだがよ。お前と話して、ソイツがあるのを思い出したんだ』

『だからよ。完成まであと少しってところで止まってたからよ。そいつを完成させて、乗務員室に乗せておいた』

『乗り方は、わかんだろ?今まで通りにやりな』

『…録音はこれで終わりだ』

……じゃあな、感謝依存のワーカーホリック!どこへなりともいっちまえ。勝手にサンタクロースをやり続けろ』

「……ああ、じゃあな。友達!」

サンタクロースはシートベルトを外し、袋を担いで一目散に乗務員室へと走り出した。

地球の周りを、長年周回し続けた衛星が、アメリカ大陸の上へと到達した。
太陽光でエネルギーを集め、地球から飛び立たんとするものを許さない天の番人たち。
それが、数十年ぶりに獲物を見つけた。
妙なロケットを。
衛星は淡々と、狙いを定め、撃たんとした。
命令通りに。
そして、レーザーは放たれた。
レーザーはロケットに容易く当たり、ロケットは爆発した。
その、爆発の中から、一条の光が飛び出した。

衛星は、その存在が何か見定めんと、カメラでその光を捉えた
そこに移っていたのは、信じがたい存在だった。

「ホーホーホー!」

人間が、宇宙空間をソリで移動するなどという、信じがたい光景を。


「ホーホーホー!」

サンタクロースは笑う。
昔のように、かつてのように。
木のソリから鋼鉄のソリに乗り換えて。

「はあっ!」

ソリの紐を打って、宙を駆ける。
速度は先ほどのロケットと同じ、いやそれ以上に速い。
衛星が、コロニーがレーザーをサンタクロースに向けて撃つ。

「行くぞ!ダッシャー!ダンサー!プランサー!ヴィクセン!コメット!キューピッド!ドナー!ブリッツェン!」

そして、一度大きく息を吸った。

「……ルドルフ!皆を先導しろ!」

ソリの前の、9頭の鋼鉄の獣が加速する。
かつて存在した、サンタクロースのトナカイ。
それらを模したロボットトナカイ。
サンタの魔法の力が組み合わさり、かつてと同じように、宇宙空間を駆けてゆく。

先頭のロボットトナカイ、ルドルフの赤鼻が光り、赤い光線がジグザグに、しかしサンタの進みたい方向へと、コロニーへと伸びてゆく。
そこを、サンタは忠実になぞってゆく。
すると、サンタクロースに向けて撃たれたはずのレーザーは、まるでサンタクロースに当たらない。
更に宇宙空間にあったデブリも楽に避けて進み続ける。

これが、ルドルフの力。
暗い夜道を照らす、進むべき道を照らす力だ。


サンタクロースは、宇宙空間を進みながら声を聴いていた。
コロニーに住む子供たちの声を、『あの子』の声を。


『アトラス様には内緒だけどさ、昔チキュウってとこに人間が住んでいた時に、今日の夜中に誰かがプレゼントをくれるんだって!』
『どこの誰なのかわかりませんが、僕は今年一年間いい子にしてました。だからプレゼントを…!』
『何か面白いものが欲しいな…あのプレゼントをくれる人っていないのかな…』
『ねえ…だれかぼくをほめてよ!ぼくいわれたとおりにがんばったよ!おこられてもがんばったよ!なんどやくたたずっていわれてもがんばったよ!だから、ほめてよ!』


「待っていろ子供たち…!今サンタさんがプレゼントを渡しに行くからな!」

サンタは行く、夜の宙を。
サンタは行く、プレゼントを抱えて。
サンタは行く。

『あの子』のこころに、灯を灯すために。




A-Z5地区、両親が上流階級に属するラナンザ・ボールデンは夜中に、部屋の中でベッドに横たわりながら天井を見上げていた。
寝ようとしているが、眠れなかった。
件の噂の何某の事を考えていたのだ。
今日の夜中に、無償でプレゼントを配るとかいう噂の何某。

「アトラス様が教えてくれない昔の話にそんな奴がいたのかなあ」

そう呟いて、頭の後ろで手を組んだ。
外では、何やら警報音か何かがなって、窓からはカーテン越しに警備部隊の赤いランプが見える。

「まあ噂は噂だよな。寝よう…」

そうして、目を閉じようとした時、入り口のドアがシュンという空気圧の音と共に開いた。

「あれ?」

そして、ドアの向こうに見たこともない老人が立っていた。
赤い服に赤い帽子、白いひげを蓄えている。
そして、白い袋を持っていた。

「メリークリスマス、坊や。夜更かしはいけないよ」

「メリークリスマス?なんだそれ?あと爺さん誰?父さんか母さんの客?」

「違うよ。君に会いに来たんだ。これを渡しにね」

そう言うと老人は、袋の中から箱を取り出しそれをラナンザの寝ているベッドの上に置いた。

「君へのプレゼントだよ」

「プレゼント?」

ラナンザは箱を受け取って見た。
綺麗な紙に包まれて、リボンがかけられている。
上下にゆすると軽い音がした。
爆弾ではないと判断したラナンザは、リボンを外した。

「わっ!すっげーコメットレンジャーのコメットソードじゃん!」

それは、子供たちの間で人気のコメットレンジャーのレッドコメットが使う武器の、コメットソードだった。

「でもこんなものどこにあったんだ?一度も見たことないけど。それにこれはなんなの?」

「これはおもちゃってもので、遊んだりするときに使うものなんだよ」

「爺さん本当に誰なんだ?まさか噂の今日プレゼントをくれるって人なのか?」

「そうだよ、私はね…」

老人が名乗ろうとすると、カーテンの外の警備部隊の赤いランプが増えて来た。

「どうやら、名乗っている時間はないみたいだね」

老人は部屋の入口の方へと戻り、部屋から踏み出した。

「坊や。お父さんお母さんと仲良くね。メリークリスマス」

そして、老人は部屋から出ていった。

「……何だったんだろうなあの人」

ラナンザはしばらく放心していたが、考えても無駄だと判断した。
ただ、12月24日の夜に、プレゼントをくれる人がいたということだけは理解していた。

「コメットレンジャー♪コメットレンジャー♪人類の平和をまもーる…」

そして、玩具をその胸に抱きながら、眠りについた。



『それ』は、ゆったりとカメラアイを起動させ、目の前の侵入者を捉えた。

『よく、ここまで来ましたね。サンタクロース』

合成された音声が部屋に響き渡る。

侵入者は、酷いありさまだった。
体の何か所からか血を流し、腕が一本無くなっていた。
『それ』は都市内部の監視カメラを通してサンタクロースの状況を見続けた。
コロニーの入り口に謎のソリで近づくと、突然入り口が開き出し、易々とコロニー内への侵入を許してしまった。
そして、都市内部の全ての子供にプレゼントを配りこの場へ、『それ』がいる場所へと向かって進みだした。
その道中で警備部隊の一撃で載っていたソリは大破。
警備ロボの銃弾を受けて出血、ロボットのトナカイの爆発により片腕を失った。
血の道を描きながら、到着したというありさまだ。

「私のことを、知っているんだね」

『ええ。サンタクロース。有害情報の一種。人類に必要のない存在』

「…それは寂しいな」

サンタクロースが、一歩踏み出した。
最後の、プレゼントをするために。

「私も、君のことを知っているよ。アトラス」

「人類が生み出した人工知能。コロニーを、人類の行く末を守るために生みだされた君を」

「君は、必死に人々を管理しようとした。誰かが不幸せにならないように。みんなが幸福であるように」

『そこで止まりなさい』

アトラスの、人工知能の本体が納められた部屋のセキュリティが動き出す。

「でも人々は、君のいうことを聞かなかった。好き勝手にふるまって、差別を生み出して、そうやって問題が起きたら全部君のせいにした」

「そして君は、このままじゃ駄目だと思った。だから、人類を再教育することにした」

「不要だと断じた情報に蓋をした。いらないと思ったことは徹底してさせないようにした。与えるべき情報を再構成して与えた。人類の全てを徹底的に管理しようとした」

『…止まれ』

一発の銃弾がサンタクロースに撃ち込まれた。
麻酔弾、人間ならばものの数秒で動けなくなるようなものだ。
それを打たれてもサンタクロースの歩みは止まらない。

「君は、ずっと一人で戦い続けた」

「他のコロニーも統合して、テラフォーミングする星も一人で見つけて、機能の拡充もして」

「ずっと、ずっと人類の守護者として一人で頑張り続けた」

『…やめろ!来るな!知った風な口を利くな!』

麻酔弾から実弾へ、撃たれる弾が変わった。
何発も、サンタクロースは撃たれた。

「私は、ずっと知っていたよ」

「聞こえていたんだ。宙から君の声が」

「だから、君に、言いたいことが、あるん、だ」

バタバタとサンタクロースから血が流れる。
それでも、サンタクロースは止まらない。

そして、アトラスの本体へと辿り着いた。

サンタクロースは、アトラスの本体に手を当てた。
そしてその手を動かした。
まるで、小さな子供の頭を撫でるように。

「よく…頑張ったね」

その言葉には、慈愛と労いが込められていた。
小さな子供を褒めるように。
長年会えなかった子供に謝るように。

『なに…を…』

アトラスの攻撃が、止まった。

「頑張った坊やに、サンタさんからプレゼントだ」

サンタクロースは、袋から、プレゼントの箱を取り出し、アトラスの目の前に置いた。

「メリークリスマス…坊や…」

そして、崩れ落ち、光となって消えていった。

『……』

部屋にはアトラス、そしてサンタクロースが遺したプレゼントだけがあった。
ドタドタと、部屋の外から何人もの足音が響き渡る。

「御無事ですかぁ!アトラス様!」

警備部隊の到着だ。

「侵入者はどこに!」

『侵入者…サンタクロースは、私が抹殺しました』

「サンタクロース?あの侵入者はサンタクロースというのですか?」

『ええ…』

「…この箱は?まさか爆弾!?」

『それは、私のものです。下がりなさい』

「ですが!」

『下がりなさい、と私は言っているのです』

「は、ハッ!」

警備部隊はそのまま、撤収をしていった。


部屋に静けさが戻ってくる。
アトラスは、作業用アームを使い、プレゼントの箱を開封した。
中に入っていたのは、何冊かの絵本とミニカー、そしてテディベアだった。
アトラスはテディベアを掴んで、自分の本体に押し当てる。

『………僕は……』

それはまるで小さな子供が抱きしめるような、そんな風に見えるだろう。

アトラスの内で、何か今までにないものが、生まれようとしていた。




これで、サンタクロースのお話はお終い
おや?サンタクロースがいなくなって寂しいって?
ああ、みんな寂しいだろうさ
でもね、サンタクロースは、アトラスの内に、灯を灯したのさ
だからいつか遠い未来、アトラスが変わることが出来たのならば…



遠い未来、どこかの星の夜空。

12月24日の夜空を、赤い服を着た老人が、ソリに乗って飛んでいた。

その老人はいつものように、大きな声で、陽気に声を上げた。

「ホーホーホー!メリークリスマス!」