英雄を狩るもの
僕は、望んだものを手に入れられない生涯を送り続けました。
手に入るのはいらないモノばかり。真に望んだものは、するりとこの手から零れ落ちた。人生の轍が刻まれたのは、死骸が転がった荒野だけでした。
でも、彼女を目にした時、僕の人生は変わったのです。目標が出来たのです。だから、僕は君に会いに行こう。そのために僕は。僕に抱き着いて性欲を滾らせた男の背中に、ナイフを突き立てたのです。
ジョナサン・ディキンソン【肺】
茹だるような熱気が漂う8月の終わり。歓楽街の大通りの突き当り。この王都で一番稼ぐ娼館の一室に、私はいた。
「…酷い臭いだ」
性欲を高ぶらせる為の香と、むせ返るような血の臭い。そして熱気が混ざり合い吐き気を催すようなミアズマとも言うべき空気が部屋の中を満たしていた。
部屋の装飾は華美に彩られていたのだろう。高級娼婦が働くための部屋とはいえ、家具一つをとっても仕事の成否に関わるはず。だが、その金をかけたはずの家具にも大量の返り血がかかっていた。
「…なんとまあ。悲しい死に様だ」
その部屋を作り出した主な原因が、私の前に転がっていた。大英雄。死龍騒乱を終わらせた男。ジョナサン・ディキンソンが死体となって転がっていた。全身の皮を剥がれた無残な姿となって。
「この国で掛け値なしの冒険者も、コトに及ぶその時は緩んでいた、か?」
「まあ、武装もへったくれもない状態ですしね」
今年、私が受け持ったばかりの新任の検死魔官が顔色を悪くしながら私の言葉を継ぐ。彼はしきりに部屋のある箇所をチラチラと見続けている。
「それで…これはなんだ?何があった?」
私も、彼の見ているものをもう一度しっかり見た。そこにあるのは、皮だった。ジョナサンのモノではない。血に塗れているが、それは女の皮だった。皮のない男と皮だけの女が、一つの部屋に存在している。
「コイツはここの女か?中身はどこに行った?」
【続く】