バットマン:エンドゲーム二次創作 整髪

生き物なら誰しも、必ずしなくちゃいけねぇことは、いくつかあるもんだ。

飯を食ったり、寝たり、糞をしたり…

それはスーパーマンだろうと、バットマンだろうと、スーパーヒーロー達と戦うヴィランだろうと変わりはしない。

その変わらねぇものの中に、髪を切るという行為も含まれていることを忘れちゃいけねぇ。

…そうさ、ヴィラン達も、髪を切るのさ。

俺の親父は、いや祖父の代から俺達は、このゴッサムで整髪を生業としている。

祖父は、悪党どもの整髪を一気に引き受けていたんだ。

考えてもみろ?

マフィアのボス達が、昼間のゴッサムシティに繰り出して、そこらの整髪店で髪を切らせると思うか?

そんなのんきに切っていようものなら、よその組織のカチコミに遭うだけだ。

実際、狙い目だから、何件もそんな事件が起きたらしい。

かといって整髪しなきゃ、組織を束ねるボスが、ボサボサの頭じゃ威厳のカケラもねぇ。

祖父は、あるマフィアのボスと古い友人で、夜中に特別に整髪をしてやったらしい。

それを聞きつけた同盟関係のボスが頼み込み、祖父がそれを引き受け、どんどん頼まれるようになり、祖父はゴッサム中のマフィアやギャングのボスたちの整髪を一手に引き受けるようになった。

自宅兼店の地下、倉庫になっていたスペースを改造して、専用の仕事場にした。

そして、ゴッサムのマフィアたちに暗黙の掟が生まれた。

この店は中立地帯、誰がこの店に客で来ようとも、手出ししたらただじゃおかねぇってな。

そして祖父から親父に引き継がれ、俺が12の時、事件が起きた。

親父が夜、地下の仕事場で、どこかのボスの整髪をしていた。

俺やおふくろはその時、絶対地下には近寄らないようにしたし、窓の外を見ないようにした。

店の外には、ボスが連れてくる護衛が見張りをしている。

そいつらと目を合わせたくない一心で、必死に眠ろうとした。

だが、そんなときに大量の銃声が鳴り響いた。

そうさ…掟破りが現れたのさ。

どこかの新興されたばかりの組織が、強襲をかけてきたのさ。

その流れ弾を喰らって、親父は死んじまった。

俺とおふくろは、おふくろの実家へと住むことになった。

俺を守るためだった。

おふくろは、マフィアのボスたちが、新しい整髪士にするために俺を狙っていると思ったらしい。

実際、それは正しいのだろう。

親父は俺に、整髪の仕方をガキの頃から仕込んでいた。

その情報は、ゴッサムの裏社会じゃ周知の事実だった可能性があると、ゴッサム市警の警察官が話していたのを聞いた。

ゴッサムの外、安全な場所で、俺はすくすくと成長し、俺は整髪士になるための学校に通った。

他の道があったのかもしれねぇ。

だが、ペンよりもキーボードよりも、ハサミがこの手に良く合った。

学校じゃトップの成績で卒業し、有名な美容院で働き始めた。

順風満帆、そう言えた。

しかし、ここまでだった。

仕事終わりの俺を、覆面を被った男達が拉致しやがった。

ゴッサムのマフィアたちの使いっぱしりだった。

ゴッサムマフィアたちの要求はただ一つ、親父の跡を継げというものだった。

逆らえば殺される、そう確信した俺は、ゴッサムに舞い戻るしかなかった。

だが、仕事の方法は俺に指定させてもらった。

それくらいの我儘ならと無理やりボス達を納得させた。

…俺は、親父と同じ轍は踏みたくねぇ…

俺はバンに、仕事に必要な道具一式を詰めるように改造した。

費用はボス達に出させた。

どこかのボスから依頼が来たら、その車を走らせて、指定した場所に即席の店を作る。

親父が死んだ理由は単純、中立地帯だからという油断と、マフィアのボスの護衛が少なかった。

その二つだけだった…

その頃からだった、ゴッサムにコウモリのコスチュームを着た奴が現れて、悪党をぶちのめすという噂が流れ始めたのは。

そうさ、我らがバットマンの登場さ。

俺はバットマンに希望を抱いた。

マフィアのボスたちを全員潰して、俺をこの街から解放してくれるんじゃねぇかって。

だが、俺を待っていたのは更なる闇だった。

スーパーヴィラン、バットマンの登場と共に台頭してきやがった悪党たち。

俺は、そいつらの相手をする羽目になった。

色々な奴らを相手に仕事してきた。

一番楽なのが、ペンギンだった。

今までのマフィアのボスたちを相手にしてるのと変わらねぇ。

本人を前にしちゃ言えないが、髪の毛の量が少ないから仕事も早く済むし、金払いもしっかりしている。

だが他の奴らは…おっかなくてしょうがねぇ。

ハービー…今じゃトゥーフェイスだ。

いつコインを取り出してくるか、気が気じゃない…

リドラーもだ。

奴のアジトに行く際、毎回リドルを出してくる。

その度に、こちらが参ったをするまでやり続けなければならない。

まだ、ポイスン・アイビーから御呼ばれをされたことはない。

しかし、何時呼ばれてもいいように、天然由来のシャンプーなどは用意はしている。

…これが彼女の逆鱗に触れていないかどうか、気が気じゃないが。

他にも何人か、まだマトモに切れる髪を持っている奴を相手にしたことがある。

でも、一番最悪なのが、奴だった。

ジョーカー…犯罪界の道化王子。

奴に呼ばれる時は、決まって俺の家に、プレゼントボックスが送られてくる。

リボンで十字に掛けられた…

その中に、奴の笑気ガスが込められていないか、ガスマスクを付けながら、冷や汗を流しながら、箱を慎重に開ける。

だが決まって毎回中身には笑気ガスは入っていない。

『HAHAHAHAHAHA!!!』

入っているのは笑い声、奴の笑う入れ歯と招待状が入っているだけだ。

招待状を受け取った俺は、奴のアジトへ向かう。

奴のアジトは、様々だった。

潰れたジョークグッズショップ、あるいは潰れたサーカス団のテント…

だがそこには決まって、場違いなものがあった。

椅子と洗面台だ、美容院にある様な、最新の…

ライトも水も何もかも、準備されている。

俺はただ奴の髪を切るだけ…

仕事を始める前に、奴は決まってあるラジオを流させる。

人気のコメディアンのネタが流れる放送、それを流させながら、俺に仕事をさせる。

ジョークも言わず、ニヤニヤとラジオを聞きながら。

それだけだ、それだけ…仕事の楽さで言えば、ペンギン並ともいえる。

でも毎度毎度、仕事が入るたびに、俺は怖くて仕方がなかった。

俺が奴の仕事を受けた三日後、必ず奴はバットマンと戦っていた。

その度に、大きな事件を起こし、大勢の人が亡くなってゆく・

奴は大仕事、バットマンとやり合うようなデカイ事件の前に、俺を呼ぶ。

その度に、俺は怖くて仕方がなかった。

これから大勢が亡くなるということを、誰よりも先に知らされるんだ。

その恐怖がわかるか?

時折、奴は友人のトミーに会いに行くとやらで、俺を呼ぶこともあった。(1)

確か、奴を孤独な道化師と見出しで書いた記者のはずだ。

…奴の話を聞く限り、碌な目にあわされていない。

名前を変えようと、どこに居ようとも、追いかけてゆく。

友達だから、そんな理由で。

だが、ある時、奴がいなくなった。

噂じゃ、ドールメイカーという悪党に顔の皮を剥がされたの原因だとか違うとか…

でも理由なんかどうでもいい…不安の種がいなくなってくれたんだ。

でも、その平穏は1年しか続かなかった。

奴は町に戻ってきた。

予兆はあった。

大雨、双頭のライオンの誕生…気づくべきだった。(2)

警官や多くの人々を殺し、アーカム・アサイラムを占領した。

そして、また姿を消した。

逮捕されず、アーカムにもぶち込まれず…

その時、俺は奴に呼ばれなかった。

理由は分からない、今回の事件は奴にとってデカい事件ではなく、ただの下準備にすぎなかったのか、あるいは…

いや、考えても無駄だ。

ヤツは、理解不可能の存在だ。


奴がいなくなってからしばらくして、友人が出来た。

エリック・ボーダー、昼間に俺が開く整髪店の客としてきたのが、出会いだった。

次に会ったのが、夜の仕事がない時のバーで、たまたま隣で飲んでいたのが、エリックだった。

アイツはいい奴だった。

アーカムなんていう最悪の場所に勤めながら、善性と正気を失わず、働き続けられるような奴だった。

気が合って、休みに釣りに行ったりもした。

ある日、エリックが俺の整髪店の休みの日に、髪を切ってほしいと頼んできた。

なんでも、大切な人に会う約束があるらしいのだ。

そんな相手がいたのかと驚いたが、友人のよしみで、特別に俺は、アイツの髪の毛を切ってやることにした。

エリックはコメディアンのネタを聞くのが好きだった。

劇場に行ったり、ラジオで流したり、今回は、休日で他の客もいないから、ラジオで流しながら仕事を始めた。

そして、眉毛を整え始めた。

エリックは髭が薄い、というより、まるで生えていなかった。

産毛すらなく、ツルツルで、奴みたいに。

そして、剃り始めてすぐだった。

シェービングクリームの下の肌の色が、おかしいことに気づいた。

エリックは白人だった。

あまり日に焼けていなくて、それなりに白かった。

でも、シェービングクリームの下の肌は、真っ白だった。

まるで、ジョーカーみたいに。

それで、気づいてしまった。

「ようやく気付いたみてぇだなァ…」

エリックは笑った。

アイツみたいに、顔を歪めて。

「そんな…ジョーカー…」

「そうだぜ、ジミー。これからバッツに会わなきゃいけねぇんだ。わかってンだろう?お前に仕事を頼むのは、バッツに会う前だってこたァよう?」

俺は、震えながら、手を動かす。

「しかしよぉ…お前はいい腕してるぜ。お前のジィさんといい勝負をしてやがる」

「ウソだ…爺さんが現役で仕事していたのは何年前だと思ってるんだ!?数十年前なんだぞ!?」

「オイオイ…ジイさんの仕事しているときの写真、ちゃんと見たことがねぇのかよ?」

俺は振り返って、飾ってある写真を見た。

祖父が仕事をしている時の写真、昼の仕事の合間の写真、祖母が撮った写真。

その奥、暗がりの中に、笑顔が見えた。

今その椅子に座っている、ニヤニヤ笑いが。

「そんな…」

ジョーカーは一体…何時からこの街にいたんだ?


俺は黙って手を進める。

奴は、ニヤニヤ笑いながら、コメディアンのネタを聞いている。

いつもと同じ、いつも通りに…

だが、予感がした。

何もかもが終わるという予感が。


バットマン:エンドゲーム 整髪《完》


(1)バットマン:エンドゲーム本誌の「友達」に出たトミーのこと。ジョーカーに友達だと思われ、精神的に追い詰められた。

(2)バットマン 失われた絆(原題 Batman: Death of the Family)の冒頭。ゴードンとハービーの会話から。