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M82(NGC3034)

おおぐま座にある不規則銀河M82(別称NGC3034)のハッブル宇宙望遠鏡データをもとに三色合成画像を作ってみました.

M82の基本情報

M82の基本情報は以下の通り.
・赤経 (R.A., α) 09h 55m 52.430s
・赤緯 (Decl., δ) +69° 40′ 46.93″
・赤方偏移 0.00073
・視線速度 219km/s
・距離 1200万光年(約3.7Mpc)
・視等級 (V) 8.41
・視直径 5.070' × 1.622'

近傍にある有名天体なので,過去にいろいろな望遠鏡の観測装置でデータが取得されています.以下で示しているのはキットピーク国立天文台の0.9m望遠鏡で取られたデータ.

画像1

https://hubblesite.org/image/1024/category/101-starburst-galaxies

これだけですと,特に何の変哲もない銀河のように見えますが,M82といえばやはり広がった電離ガスですよね.


ハッブル宇宙望遠鏡データの三色合成画像

そんなわけで,ハッブル宇宙望遠鏡のデータをもとに作成した三色合成画像はこちら.

画像6

やっぱりハッブル宇宙望遠鏡は画像が鮮明で良い感じですね.
赤色の構造が他の色のと異なるのが気になるところです.

こちらのデータはHubble Legacy Archiveからダウンロードしたものを使用しています.いずれもACSカメラによるもので,
 青色:F435W(波長435nm)
 緑色:F555W(波長555nm)
 赤色:F658N(波長658nm)
となっています.

F435WとF555Wは広帯域フィルターなので主に星の連続光をトレースしています.一方でF658Nは狭帯域フィルターですので,星の連続光もありますが,水素のバルマー輝線の一つであるHαからの寄与が大きいです.Hα輝線は再結合線ですので,Hαで明るいということは基本的に水素が電離されている(電離ガスが存在している)領域を見ていると考えて良さそうです.

そう,M82は最初の画像で見られるように,パッと見たところは普通の銀河なのですが,今回作成した画像から分かるように,赤色で示している電離ガスが星成分とは直交する方向へ大きく広がっているという点が興味深い銀河です.


広がった電離ガスの原因

電離ガスが広がっている原因は,活発な星形成が元となった多数の超新星爆発による銀河風(スーパーウィンド)と考えられています.

一般に,縦軸に星形成率(star formation rate,SFR),横軸に星質量をとって星形成銀河をプロットすると,正の相関があることが知られています(星形成主系列).下の図はそれを示していて,色のついた直線は,各赤方偏移z(さまざまな時代)での典型的な星形成銀河の星形成率と星質量の間の関係を表しています.

画像3

https://www.researchgate.net/figure/The-location-of-LBAs-on-the-SFR-M-plane-Diamonds-correspond-to-the-sample-of-Overzier_fig1_317577013

M82はこの図ではシアンの丸印で示されています.M82は近傍にあって赤方偏移z~0ですので青線と比べると,M82は同じくらいの星質量を持つ典型的な銀河と比べて,1桁ほど星形成率が高いことがわかるかと思います.つまり,M82ではきわめて活発に星が作られています.

星が作られる際にはさまざまな質量の星ができますが,重い星ほど波長の短い(エネルギーの高い)紫外線をたくさん放射することが知られています.水素原子は91.2nmより短い波長の光子(電離光子)により電離されてしまいますので,大質量星がたくさんあるとその周囲の水素ガスは電離されます.

そして,重い星ほど寿命が短いですので,先に作られた重い星からどんどん超新星爆発を起こしていくことになります.超新星爆発が起きると,それにより周囲の電離ガスは吹き飛ばされます.たくさんの超新星爆発が起きることにより,電離ガスは星々が多く分布している領域を超えて吹き飛ばされていくこともあります.

M82では,中心付近での活発な星形成により生じた多数の超新星爆発により電離ガスが吹き出していて,それが星成分と垂直方向へ広がったHα輝線として観測されていると考えられています.なお,このような銀河規模のガスの大噴出を,銀河風やスーパーウィンドなどと呼ぶことがあります.


活発な星形成の原因

では,そもそもなぜM82では星形成が活発なのでしょうか.
それは,少し引いてみると見えてきます.

スクリーンショット 2020-10-10 23.25.03

https://www.astrobin.com/337859/?nc=user

ここで,NGC3034はM82の別称なのですが,比較的近くに巨大な渦巻銀河NGC3031(M81)があることがわかるかと思います.また,少し先にはNGC3077という別の銀河もあります.

実は,これら三つの銀河は,たまたま天球面上で近接しているのでなく,奥行方向で比べてもほぼ同じ距離にあることが知られています.そして,M82は過去にM81と近接遭遇したのではないかと考えられています.

銀河同士が近接遭遇すると,互いに潮汐力を及ぼし合います.M81はM82に比べてかなり明るく重いですので,M82が大きな影響を受けたことは想像に難くありません.

強い潮汐力を受けると,銀河内部の星や星間ガス雲の運動が大きく乱され,星間ガス雲同士の衝突が頻繁に起こり,爆発的な星形成が誘発されると考えられています.

M82はM81の近くを通った際にその潮汐力を受け,それがきっかけとなって活発な星形成を起こし,それによって生じた銀河風により電離ガスが大きく広がっている,というわけです.


近接相互作用の名残

ちなみに,これら三つの銀河たちを電波で観測すると,下の図で右パネルのように見えることが知られています.(左パネルは星の連続光をトレースする可視光での画像.)

スクリーンショット 2020-10-10 23.50.56

http://www.astro.umass.edu/~myun/m81group.html

電波で見ているのは中性水素からの21cm線でして,色が赤いほど21cm線が強いことを示しています.

おもしろいのは,M81やM82,NGC3077だけでなく,それらの間をつなぐように周囲に中性水素ガスが広く分布していることです.これは,互いに近接遭遇する中で,それぞれの銀河にあったガスの一部がはぎ取られて,尾を引くように跡を残しているためと考えられます.


中間質量ブラックホールの存在

ちなみにM82では,チャンドラX線観測衛星により,中心部から600光年離れたところにX線源が検出されていて,そこには太陽の約500倍の質量を持つ,いわゆる中間質量ブラックホールがあると考えられているそうです.

恒星質量ブラックホールや超大質量ブラックホールは多数見つかっていますが,そうした中途半端な質量を持つ中間質量ブラックホールはあまり見つかっていないので,形成過程など気になるところです.

活発な星形成により多数の星々が形成されたM82では,質量の重い星々の残骸である恒星質量ブラックホールが多数できて,それらが衝突合体を繰り返してそのような中間質量ブラックホールができたのでしょうか.それとも近接遭遇に誘発された星形成とは関係なく形成されたのでしょうか….



補足1:参考にした文献


補足2:三色合成画像の作成方法とデータ出典

前回同様,三色合成画像は,fitsデータをもとにAPLpyを使用して作成しました.
https://aplpy.github.io/

また,データはHubble Legacy Archiveで検索してヒットしたものを使用しました.
https://hla.stsci.edu/


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