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『アリ語で寝言を言いました』(村上貴弘著)

アリ語で寝言を言いました』を読みました.著者の村上貴弘氏はアリを専門に研究されている生物学者です.

この本は,一年ほど前に茂木健一郎氏がYouTubeで紹介してて,それを見てとても興味を持ったはずなのに忘れちゃってました....最近Amazon Kindleでセール対象になっている本を眺めてたら,たまたまこの本が半額になっていることに気付いて,この機会に購入してみたのでした.
https://amzn.to/2W93MxJ


「まえがき」からいきなり興味深い記述があります.研究対象のハキリアリが特殊な音を出してコミュニケーションをとっているかもしれないという内容もそうですが,そもそも1匹1匹はあんなに小さいアリが,地球上において1万種以上,1京匹程度もいて,そのバイオマスヒトとすべての野生哺乳類を足した重さと同程度にも相当するというのも知りませんでした(追記1,追記2).

そしてそんなに大量に存在しているアリは,約5000万年前にはほぼ現在のアリの姿・形のものが出そろい,そこから現在に至るまで地球の資源を枯渇させることなく生き延びてきました.それに対してわずか20万年前に登場したホモ・サピエンスはその社会を急速に発展させてきましたが,それにより地球に大きな負担をかけていることが問題視されています.持続可能な社会を考えるとき,アリの社会にヒントがあるかもしれない,と筆者は記します.

そうした含蓄ある考察もある一方で,本書の大部分では多様なアリの生態をいろいろと教えてくれたり,研究の苦労話をおもしろおかしく紹介してくれるような内容なので,気軽にパラパラと読み進めることのできる一冊かなと思います.

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Fire_ants.jpg


アリについてほとんど知らない私にとって,アリの社会のおおまかな仕組みについての記述がそもそも興味深かったです.例えば,働きアリの仕事は年齢によって決められていて,エサ探しや偵察と行った,巣の外での危険な仕事は老齢なアリが担当するとのこと.

元気な若いアリの方が外での危険な仕事に向いてそうな気もしますが,もしその多くが死んでしまった場合,コロニー全体の労働力が大きく損なわれてしまうというリスクが伴います.一方で,まもなく天寿をまっとうする老齢のアリであれば,もし不幸な出来事でその多くが死んでしまったとしても,コロニー全体としてのダメージはそれほど大きくなくて済みます.そのため老齢の働きアリが危険な仕事に従事する方が合理的とのこと.

その根底にあるのが,アリは1個体1個体が集まったコロニー全体でまるでひとつの生き物として振る舞う「超個体」であるという考え方.アリのコロニーほど集団としての反映に最適化されたものは,人間の集団ではなかなかないんじゃないかなと思いました.

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さらに,ナベブタアリやミツツボアリ,ツムギアリ,アギトアリ,ジバクアリ,ヒラズオオアリといった,さまざまなアリの紹介も興味深かったです.それぞれのアリにイラストが付いているので,読書中に近くに寄ってきた息子くん(幼稚園児)にひとつひとつ「これなーに?」と聞かれて,説明したらめっちゃ食いついてきたような.

特に食いつきがよかったのが,時速230kmもの速さで大アゴを動かして獲物を捕らえるアギトアリと,巣に侵入者があったときなどに毒腺を急速に膨らませて自爆するジバクアリでした.YouTubeで検索した動画を見たり(追記3),適当に演じたりしたら,おもしろがって何度も真似してたような.

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研究のためのアリ採取の過酷さなどの描写もところどころにあって興味深かったです.パナマの熱帯雨林でハキリアリを調査した際,深さ数メートルに及ぶその巨大な巣を掘った際のエピソードで,興奮したハキリアリの兵隊アリに逆襲されて,そのとき身につけていたシャツやズボン,安全靴などがズタズタにかみちぎられて銃弾を受けた後のような有様になった,というのが特に印象に残りました.茨城県自然博物館で展示されたことがあったとのことですが,今もどこかで見れたりするのでしょうか.(ググったけどすぐには見付からず.)

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あと,働きアリの法則(働きアリのうち,勤勉なアリ・ときどき働くアリ・さぼりがちなアリの割合はそれぞれ約1/3)は,すべての種のアリに当てはまるわけではないというのも印象に残りました.

村上氏がしばしば研究対象にしているハキリアリではさぼりがちなアリは全体の1-2%程度しかいなくて,しかもそれらは蛹(さなぎ)から出たばかりの若い個体で,すぐに働けないだけなので,実質ほぼすべての個体が勤勉であるとのこと.

アリの社会はさまざまで,ハキリアリのように「洗練された複雑で大きな社会」があれば,働きアリの法則があてはまるような「小さくて地味だけど,平等でぼんやりできる社会」もある.そうした「多様な生き方が許容されていて,それがこの地球本来の姿」である,とのこと.

これを読んでいて,たしかにハキリアリのような無駄のない社会はうまくいっているうちは効率よくて良いかもですが,自然は複雑系であるため予期しない事態に陥ることがあるので,その意味でも多様な社会が存在していることは長期的に存続していくためには重要だったりするのかなとか思いました.

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なお,タイトルの『アリ語で寝言を言いました』に深く関連する,音を介したアリのコミュニケーションについては,この本を執筆されていた段階ではまだ論文未発表とのことで,発音のメカニズムや音声解析の手法など,さわりの部分しか記述されていない印象です.ただ,音声解析が進んだらその応用として,音を使ったアリの防除も可能になるかもしれないというアイデアが記されていて,今後新しい本などで紹介されるのが楽しみになるような内容でした(追記4).続編を期待.

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(追記1)

アリのバイオマスが哺乳類のそれに相当するという話で,宇宙におけるエネルギー組成をバリオン/ダークマター/ダークエネルギーというおおまかな分け方にとどまらず,さらに約40要素にも分類してそれらの量をまとめた論文Fukugita & Peebles (2004)があったのを思い出しました.どの分野でもこういうマクロな視点でまとめるのもおもしろいです.
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2004ApJ...616..643F/abstract

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各要素のエネルギー密度をまとめた表の一部.Fukugita & Peebles (2004) Table 1より転載.


(追記2)

さらに,バイオマスのところで,背景放射についてさらにマイクロ波成分と赤外成分,可視光成分に分けたときに,赤外成分と可視光成分がコンパラであるという論文Dole et al. (2006)も思い出したような.
https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/2006A%26A...451..417D/abstract

スクリーンショット 2021-07-26 10.30.33

波長ごとの宇宙背景放射の強度.CMBは宇宙マイクロ波背景放射,CIBは宇宙赤外線背景放射,COBは宇宙可視光背景放射を表す.Dole et al. (2006) Figure 14より転載.


(追記3)

アギトアリをYouTube検索して出てきた動画.
https://www.youtube.com/watch?v=E4FpkJtqdQk


(追記4)

ほぼ日にインタビューが掲載されてました.
https://www.1101.com/n/s/hakiriari


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