バロタが何言ってるかわからん、という人向けの解説(最終回)

5. バロックギアを使った人の使用感はどう理解できるか?

最初に書いたように、私自身は真円のギアしか使ったことがないので、非真円ギアの使用感を語れません。そこで、何人かの知人のコメントを物理学的に検証してみましょう。

証言A(東京の某サイクルショップ店主)

インナースプリント(インナーギアで高回転でスプリント練習すること)で普段は最大で900Wがせいぜいだったのが、バロックギアだと1000W以上を連発! 

ワット(W)とはパワー(仕事率)の単位でしたよね。そして、パワー x 角速度(ケイデンス)がトルクです 。つまり、

パワー = トルク/ケイデンス 

です。前章で説明したように、楕円ギアは、3時付近でトルクが最大になるようにできています(細かくはセッティングによる)。その一方、ケイデンスは3時付近で小さくなります。つまり、上の式から、3時付近でペダルを
強く踏み込む(つまり、接線方向の力F_c(その3:図2)を大きくする)と、その瞬間、パワーを大きくできます。F_cを大きくすればパワーが上がるのは真円ギアでも同じですが、楕円ギアでは、ケイデンスも小さくなるので、よりパワーが大きくなりやすいのです。

さらに、これまで説明してこなかったことですが、「慣性」の効果もあります。

慣性とは動いているものはその速度を維持する、止まっているものは止まり続ける

という世の中にあるすべての物質に備わっている「性質」です(ニュートンの第1法則)。

慣性によって生じる力を「慣性力」といいます。加減速が大きいほど、物体が重いほど慣性力は大きくなります。電車や車が急ブレーキをかけると、車内にいる人が前につんのめるのも、エレベータが上昇するときに身体が重く感じる(下降するときに軽く感じる)のも慣性力のせいです。

楕円ギアでは上・下死点付近でケイデンスが上がります。そのとき、サイクリストの脚(シューズやクランクも含む)も速く動いています。ペダルが3時に来た時に、急にケイデンスが下がります。つまり、脚の速度も下がります。
そのときに、脚には強い減速がかかるのですが、それに打ち勝って、ペダルを踏むことができれば、その減速分の「慣性力」をペダルに加えることができます。つまり、トルクが大きくなります。

おそらく、スキルのある人がバロックギアのような楕円ギアを使うと、上・下死点付近で回転スピードを一気に上げて、さらに一番トルクがかかるタイミングで、回転の接線方向にかかる力を瞬間的に上げることができるので、
真円ギアよりもパワーを上げることができるのだと思います。

しかし、ペダリングのリズムが悪いと、トルクが一番で出やすいタイミングを外してしまうので、真円ギアよりもかえってパワーが落ちてしまうということも十分ありうるでしょう。

九州の某サイクルショップ店主

バロックギアは脚が売り切れたときでも踏める気がする!

脚が売り切れる」という状況は、疲れ切ってペダルが踏めない(つまり、F_cを大きくできない)、もしくは回せない(つまり、ケイデンスを上げられない)ということで、誰しも経験があると思います。

踏めない場合、普通、ダンシングで体重を利用して、F_cを大きくするか、
ギアを軽くしてケイデンスを上げます。ギアを軽くすれば、当然スピードも出ません。

バロックギアは、「エネルギーを節約して、トルクを稼ぐ」道具なので、真円の大ギアを踏むよりはケイデンスを上げることと引き換えに、一番力の入るクランク角度でトルクを大ギア並に上げることができます。

つまり、もうギアが足りないとか、ダンシングをする元気がないときでも、
大ギアよりも少し軽いギアを回すことで、トルクを大ギア並に出すことができる
わけです(ただし、あくまで一時的に)。

ここで大きいトルクを出せるのは、あくまでクランクが3時付近だけですが、小ギアをクルクル回すよりは、全体のエネルギーが大きくなりますから、スピードを出せます(エネルギーを出し続けられれば)。

証言C(某実業団選手)

バロックギアの方が真円ギアより明らかに脚に来る!

「脚にくる」という状況は、よりエネルギーが必要か、ペダルを踏む力が必要、という感覚だと思われます。その6の図6でみたように、楕円ギアは、真円の大ギアと同じように踏んでいれば、必要なエネルギーは小さい(つまり、疲れない)はずです。

しかし、3時の位置では大ギア相当のギアを踏むわけですから「てこの原理」が効きにくくなって、ペダルが重く感じます。それに負けずに踏む(トルクを出す)と、真円の大ギアを踏んでいるときよりも、むしろ大きなトルクになります。そうすると、図の斜線部分の面積(エネルギー)が、大ギアを踏んでいるときよりも大きくなりことがありえます。つまり、結果として「脚にくる」わけです(その代わり、そのトルクを出し続けられれば速くはなります)。

図8 バロックギアを踏み込んだとき

証言D (バロタの漫画にでてくる選手)

バロックギアで、乗鞍ヒルクライムのタイムが大幅に更新された!

これは、前の証言Cの場合と同じです。ヒルクライムでタイムを出すためには、速度を出さなければなりません。つまり、運動エネルギーが必要です。そうすると、真円ギアを使ったときよりも、エネルギーを出すようなトルク分布になっていれば、タイムは速くなります。

それでも漫画では「息が切れない」のに「タイムが上がった」と言っていて、これはちょっとわかりません。物理的には、疲れずに速く走るという魔法なようなことはヒルクライムでは不可能です。

しかし、トルク分布が3時付近で急に大きくなる(上下死点付近では逆に小さくなる)という踏み方(例えば、図8)で、心拍数の上昇を抑えられるのかもしれませんが、たぶんこれは個人差が大きいでしょう。

(おしまい)

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