クランク長は長い方がよいのか、短い方がよいのか

フィッティングサービスをしているYoshifit高橋氏 が、「クランク長は短い方がよい」というような文脈で以下のMartin & Spirduso (2001)を解説してた記事を紹介していたので、解説記事(というより、パワークランクという製品の宣伝?)の方じゃなくて、原著論文を読んでみました。こういうサイエンスの論文は孫引きじゃなくて、元の文献に当たらないと時に大きな間違いをしますので。

この論文は、16名の経験あるサイクリスト(平均年齢29,平均身長179cm,平均体重73kg)をエルゴメータを漕がせて、パワーや、ケイデンス、ペダルスピードを測ったものです。

わりと短い論文ですが、その中でもっとも印象的で、高橋氏がその主張(もとのFBの記事を見てください)の根拠としたのが以下のFig. 1です。

見て分かるように、クランク長を 120mmから、220mmまで変化させたときの「パワーの最大値(W)」をプロットしたものです。これをみると、145mmのときに最大値 1194 W ±44W を記録しています。そして、クランク長が220mmから短くなるにつれて、最大値も上昇しています

これを見て「やっぱりクランク長は短い方がよいんだ!」と思ったあなた、すでに落とし穴に落ちています(笑

このグラフの縦軸をまず見てください。1100Wから1250Wまでですね。つぎに、下のグラフを見てください。同じデータで、縦軸を0Wから1200Wまで描いたものです。

ぜんぜん、印象が違いませんか?つまり、120mm-220mmと極端にクランク長を変えても、パワーの最大値の違いはほんのわずか、なのです。それは論文にも書いてあって、せいぜい4%しか違いません。

本来、こういう図で、Fig.1のように縦軸を0から書かないのはフェアーではないのです。(その話は重要ですが、また別の機会に)

そして、さらに問題なのは、この小さな差が誤差の範囲(Fig. 1の縦の棒=エラーバー)の入っている、ということです。今回の論文の被験者は、たった16名です。それくらいの数だと、測定誤差などで、Fig. 1の傾向(クランクが短いほどパワーが出る)がひっくりかえる可能性がある、ということです(一応、論文ではp値というのを示していますが、これくらいのサンプル数では統計的に意味のある議論になっている可能性は低いでしょう)。

私達は、クランク長を変えるといっても、せいぜい 160mm ~ 175mmくらいですよね。145mm クランクなんか使いません。そうすると、上のFig.1 の傾向を信用するとしても、パワーの違いはごくわずか、です。

付け加えて言うなら、この論文で測っているのは「パワーの最大値」であって、われわれ普通のホビーレーサーが1時間のレースで速く走れるか、とほとんど関係ありません。

結局、「科学的に」というのはとても難しいことで、データを適当に(捏造でないにしろ)恣意的に見せることも簡単だし、論文の結論を適当に引用して間違った印象を与えることも簡単なのです。一つの論文でも、アブストラクト(概要)に書いてあることと、中身の詳しい議論とではニュアンスが違ったりしますので注意が必要です。


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