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天才少女の爪あと(番外編)

北島マヤが爪あとを残したのは、共演俳優だけではありませんでした。

最後はそういった人たちを取り上げてみます。

case5 : 山下夫婦
高校生になったマヤは、「奇跡の人」のヘレン・ケラー役のオーディションを受けることになりました。
三重苦のヘレンをどう演じるか、オーディションの前に稽古をしておきたいところです。
しかしマヤには稽古場がありません。

それを小耳にはさんだ"紫のバラのひと"より、別荘を貸してもらえることになりました。

わたしはご一緒できませんが あなたの好きに使ってください。

紫のバラのひとの言葉どおり、マヤは本当に別荘を好きに使います。
そこの別荘番が山下夫婦です。

ある朝、食事の用意に来た山下夫婦は、泥棒が入ったかのように物が散乱した室内を見て呆然とします。
いえ、泥棒どころではありません。まるで猛獣でも暴れたかのような惨状です。
すべて、三重苦をつかむために目隠しと耳栓をしたマヤがやったことです。

今これを読んでいただいているあなたの視界の中にカーテンがあれば、ちょっと想像してみてください。あなたはそのカーテンを素手で引き裂けるでしょうか?
私にはできません。爪が剥げます。

マヤはどうやらできたようです。
カーテンは引き裂かれ、あらゆる家具や調度品はなぎ倒され、窓も割られています。憑依型の女優ですから、恐竜でも降りてきたのでしょうか。

そこまでやらないと役がつかめないのなら、それはもはや天才ではないような以下自粛。

そしてその後始末は、マヤはきっとしません。
別荘の持ち主である紫のバラのひと、イコール速水真澄もやるわけはありません。
山下夫婦がやるしかない。

仕事とはいえ、お気の毒です。

case6 : 速水真澄はやみますみ
大トリを飾るのはやはりこの人です。

大都芸能の若き社長。
冷徹な仕事の鬼。
女性に見向きもしない堅物。
彼を形容する言葉はいくつもあります。

しかし、北島マヤと出会いその舞台を観てから、彼の運命は大きく変わりました。

どうかしてるぞ 速水真澄。
相手は10いくつも年下の少女だぞ。
おれともあろう者が…!
    「ガラスの仮面」文庫版第6巻より

この作品中何度もつぶやかれるこのセリフ。
私たち読者には、「おっそろそろ出るぞ」と予測すらできます。まるで水戸黄門の決めゼリフのようです。

マヤのファンであり影の援助者であり理解者である彼は、実は最大の被害者でもあるのかもしれません。

もし彼がマヤと出会っていなければ。
いえ舞台を観ていなければ。役者の舞台を観ないことをモットーとしている社長であったなら。

彼はきっと冷血仕事虫のまま邁進していたでしょう。
言うことをきかない小生意気な北島マヤなど容赦なく潰し、姫川亜弓を紅天女に祭りあげて上演権を手に入れ、義父への復讐も果たしたでしょう。
そしてなんの疑問も抱かずに鷹宮紫織と政略結婚をして仮面夫婦をそつなくこなし、守備よく跡継ぎももうけていたかもしれません。

どちらの人生が、速水真澄にとって幸せなのでしょうか。

私はどちらの彼も見てみたい。
そんな気がします。

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