流行り廃り

「死ぬって云われても吸うよ。」


30年から35年ほど前、糞みたいなことを我物面して、
自分に酔いしれて、それを周囲に見せつけていた輩が
多数いました。
喫煙についてです。

そこに流される女は「恰好いぃ。」心の尻尾を振って、
だから、頭の悪い男はよりつけあがります。
煙草を吸ったことは1度もありません。
頭が痛くなるからです。


両親は喫煙者でした。
なので、食事中のみ我慢してもらいました。
息が出来ないからです。
それだと飯が食えないのです。
我が子のことだから我慢してくれたのでしょうが、
他では違います。
「吸えないお前の勝手だろ。」
禁煙席でも、そんな時代です。
味も分からないくせに能書きたれて勝ち誇っています。


煙草を吸っている人と口論になったのは数え切れません。
喫煙可ではないところでの喫煙、歩き煙草、ちょっとしたマナー
を注意すると、大抵逆ギレします。
煙草を吸うと頭が悪くなるのだと思っていました。
明らかに悪いのを分かっている癖に、注意は受け入れることが
出来ないのです。

そう、悪いのは分かっているけれど、注意されたことが
悔しいのです。
「そんな云い方ねぇだろ?」
「お前ぇに云われたかねぇよ。」
悪いと分別はつくのに、いい方がだとか誰がとかは関係ないことに
気付けないのです。
口論になると、火のついたままの煙草を押し付けたり投げつけたり
危険というか不愉快な思いをあえて押し付けるのです。


そういう輩が揃って健康ブームに乗っかり、然も自分は以前から
健康を気にしていた体で喫煙者を迷惑がる素振りを見せるのは
滑稽で、鼻で笑ってしまいます。
鯖をむしろ馬鹿にしていたくせに、身体にいいとなったら急に鯖を
ありがたがって求めるのと似ています。
人に迷惑をかけることが恰好いいみたいな時代がありました。
不良がもてはやされた時代です。
弱そうな人間の前に割り込んで何も云わせなかったり、
後ろから蹴飛ばしたり。
火のついた煙草を投げつけたり、押し付けたり。


「昔はよかった。」
「昔に戻りたい。」


よく人は云いますが、本当にそうでしょうか?
そういうことを云えるのはやっていた側だからか、そういう思いをしないで
これた方だからではないのかな等とよく思います。
昔に戻りたくて仕方がない人がある日、タイムスリップして
念願はかなったものの、いざ戻ると不便なことだらけ、でも、
もう元には戻れないという物語を頭の中で創作し、楽しんでいます。
そういう輩は昔に戻ったまま返ってこなくていいです。

目があっただけで胸ぐら掴まれたり、トイレに連れ込まれたり、
順番並んでいるだけで後ろから蹴られたり、注意したら殴られたり。
自転車に乗っているだけで脇からいきなり蹴倒されたり、
そんなことが幾度もあったので、戻れるというのなら戻らないで
今に残りたい側の1人です。
もう一度100回減量もしたくはないからです。

その頃、味も分かりもしない癖に「鮪が好き。」だといえば
恰好がつく頃でした。
鮪に他意はありません。
他にもありますが、鮪が分かりやすいかなと思います。
トロではなく赤身の一件です。
味を分かっている振りをするのもされるのも嫌なのです。
青魚が好きだと云えば馬鹿にされました。
「そんな安い魚。」
値段でしか価値を見いだせない人間、数多く見てきました。


「臭い。」


本当に臭いと思う人もいれば、臭いと思いたがっている人も
いたと思います。
どちらかといえば、後者が煙草同様に半数以上に思えます。
世の中8対2です。
鯖に人気が出て、急にありがたがります。


「おれは、昔から鯖ばっか食べてるよ。」
臭いといっていた人が、着替えているのだとしたらと思うと
おかしくて仕方なくなります。


ま、ブームです。


キラキラネームと呼ばれるそれも、それが真新しかった頃には
便乗して自らの子供に名付けて、でも、それに大衆が便乗して増えてくると、そしてそれに慣れてくると馬鹿にし始めます。
ファッションも、他の何かでも大抵そうです。
その割合が多ければいいのです。


過半数が煙草を吸えば恰好いいし、吸わない方が恰好いいとなれば
禁煙するのです。
煙草が好きな人が嫌いな訳ではなく、マナーを守れない喫煙者が
嫌いです。
それでも吸い続けている方に僕は恰好よさを覚えます。
煙がだめなので、近づきたいと思いませんが。


日本中かどうかはさておき、散散応援していた芸能人を、
いざネットや週刊誌が叩き始めると一斉に着替えて叩きます。
そう、それもブームです。
そして、叩いていた誰かが自殺すると同情ブームに着替えます。
全ての人がという訳ではなく、でも、間違いなく結構な率
当てはまります。

不良ブームの頃からそんなことばかり考えてきました。
大食いが流行れば大食い自慢が増えるし、デブが流行ればみんな太るし、
健康が流行ればそのブームに早変わりです。


他人に迷惑をかけて、それを競い合うブーム。
バカッターという表現を使いたくないですが、その部類に入る
Twitterなどで迷惑かける行為を添付して自慢するブーム。
ほとぼりが冷めた頃、You Tubeでそれを行うブーム。
それを面白がって乗っかることにも全く理解出来ません。

そのYou Tubeでいうと、不良とスパーリングするという
動画が不快で仕方ありません。
喧嘩自慢だろうが、不良だろうが所詮素人です。
それを我が物顔でやっていて恥ずかしくないのかなと思います。
いじめがなくならないことがよく分かります。
プロの格闘家や、ボクシング元世界チャンピオン等がそれを
我が物顔でやっているのです。


いじめはなくなりません。
皆さんが楽しんでいるそれは、いじめだからです。
沢山の人が、そのいじめを他人事と楽しんで、喜んでコメントしています。

コメントで思い出したので一度逸れますが、ブームということと
コメントで共通していますので読んでください。
数年前、蒙古タンメン中本の食べログのコメントが脱糞自慢だらけに
なってうんざりしたことがあります。
食べ物の味云云についての語り合う場で、脱糞までの時間や量、
回数まで各自事細かく語り合って楽しんでいるのです。
善悪の分別もつかないいい大人が面白がって脱糞自慢を競い合っている
のです。
辛さや味を知りたくて開いたコメント欄でどの店舗のでも繰り広げられる
汚物の自慢大会にうんざりしました。
それでという訳ではありませんが、それ以降1度も足を運べていません。
あえて見なくなったからということは要因としてあるかもしれません。

本題に戻ります。

不良だろうと見た目がいかつかろうと格闘技に関しては素人で、
その素人をリングに上げて殴り倒して喜んで、意味がぜんぜん分かり
ません。
視聴者はそれを喜んでコメントしています。
クラスの誰かがいじめられているのを眺めて喜んでいる同級生と同じです。

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特にお得なことはないかもですが、でも、僕が 思うこと、感じたことなどを日日綴ります。

100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。