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長編詩 遺書



僕は惑星周期の途上で遺書を書いている。
蝶が一度吸って落とした蜜のようにいとしかった日々を。
この歌は僕の生きてきたかろい足取りであり、君に渡す重い鐵の塊である。


第一章
「ヴァニラ・アイスクリームの日々」

僕はたれよりも孤独だった
S駅へ向かういつもの電車に寄りかかり
肋骨の夢を見ていた

僕の骨骨は美しく浮き上がり
青い血管と白んだ脂肪らがそれを包む

(八センチのピンヒール。)

―――穢い人。
そのひとは扇風機を、パスタを、一万円札をくれた

花火を見に行かず
僕は何より穢いことやものを集めて回る
総てはそんな風だった

ヴァニラ・アイスクリームを
一日に一個だけ、それだけ食べた


第二章
「自由律」

ミュージックよ鳴り響いて!スクエアホールは退屈のなかただ破滅を願っていた

(針葉樹林の夢を見る)

音階を壊してその硝子片で流れる血を太陽に捧げた

外の見えない窓、エアーコンディショナーの緑、十六度の部屋はいつも冷たかった

   石を並べて遊ぼう
   賽の河原ごっこしようよ
   地獄めぐりの地図は持ってきた?

天国に近いアパートメントの一階で冬を描いた

(深い森の中で迷ってしまったらなんてくだらない問いかけをして、)

遺書も残さずに十一月に死んだ君
遺書を描き続ける僕の日々

冷蔵庫は小さすぎて駅に行ける程のお酒も入れられませんでした、あの日六畳のアパートで見たライト、ライト、ライトの銀河の圧倒的な漠々を、オーバートリップ、月の板、死体は宇宙を泳ぎますか、君は十三歳で旅行に出た、僕は十三階からぐしゃぐしゃの地上に憧れてただ眺めていた…


第三章
「サーティーファイブの夢」

35個の夢をもって
30人を殺そうとした
あの日のチェーン・カフェで
君は青い猫
迎えに来て
いつでも
アトリエでホテルで駅で途方で
いつも君を待った
君は無表情で立っていた
いつでも

(かろくなったからだで、飛べた日のこと、僕はいつでもゆめをみた、短い生と、上映され続ける夢のフィルム、東京。)

「大丈夫。」
「だいじょうぶ
「ダイジョウブ

ツー。


最終章
「海へ」

三月のよく晴れた日にジンジャーエールを持って長いながい電車の旅の末、僕はいつだって海へ来た、海辺から少しのところに死んだ大きな木が縺れ踊るように佇んでいた、僕はそれを一生忘れないだろうと思った、そしてボロボロのブーツを捨てた日にも、小さなベッドのある宇宙の果てでも、その海を忘れなかった。

流木のスケッチ

おたすけくださひな。