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【絵本レビュー】 『あさになったのでまどをあけますよ』

作者/絵:荒井良二
出版社:偕成社
発行日:2011年12月

『あさになったのでまどをあけますよ』のあらすじ:

「あさになったので まどをあけますよ」「やまは やっぱり そこにいて きは やっぱり ここにいる だから ぼくは ここがすき」

山間のちいさな村や、たくさんの人々と車が行き交うにぎやかな街、色とりどりの植物が生い茂る土地。それぞれの場所で、朝をむかえた子どもたちが、あたらしい一日のはじまりに窓をあけます。

『あさになったのでまどをあけますよ』を読んだ感想:

これまでの人生でいろんな窓を開けてきました。窓を開けた時の景色はもちろんですが、私はその匂いも色々と違うなと思います。雪が降った朝の鼻の奥がスッキリきれいになるような清潔な匂い、オーストラリアに着いた時空港のガラス戸を開いて最初に顔を包んだのは、なんとも言えない甘い空気でした。海が見えた窓もありました。山が見えた窓もありました。大きな通りが見えた窓もあったし、雑居ビルが見えた窓もありました。人生の中で一体幾つの窓を開けることになるんだろうと、この絵本を見ながら思いました。

その中でも好きだった窓がいくつかあります。まずは小学校低学年の時に住んでいた、小さな二階建ての家の窓。私の部屋の窓を開けると、目の前には家の後ろに建っていたアパートへ入る路地が伸びています。路地の右側には家族経営していた小さな工場があり、そこの姉妹が学校帰りにいつも来ていました。私は二階の窓からちょくちょく覗いて、二人が帰ってくるのを待っていたのです。女の子たちがいないときは、アパートに住んでいた4歳年下の男の子が出てくるのを待っていました。その子のお母さんは美味しいビスケットを焼いたので、それが楽しみであったこともそのこと遊びたかった理由の一つです。その路地はそのアパートと向上のためだけにあった、15mほどの短いものでしたが、そこは私の全世界を見渡せる窓でもあったのです。

その次はオーストラリアで住んだ家の窓。私はガレージの上に住んでいました。玄関を入りそのまま家を突き抜けて、勝手口からパティオに出てガレージ横の細い階段を上がると私の部屋です。窓は家に面して一つだけ。部屋は2つに分かれていたので、ベッドのある奥の部屋はいつも少し薄暗かったけれど、なんだかツリーハウスに住んでいるような気がして私はその部屋が大好きでした。窓は横長で、私の顔の高さくらいにありました。そこから真ん前に見えるのは、私のハウスメイトの小さなベランダと彼女の窓。夏にはよく音楽が聞こえていました。目線をちょっと下げると私たちのパティオと両隣の家のパティオも見えました。パティオには洗濯物が干してあったので、シーツがひらひらと風に揺れるのを見るのもなかなかいいものでした。ガレージには私の車もあって、車を車庫に入れてそのまま部屋に上がることもできました。唯一の難点はトイレが家の中にしかなかったことで、夜中に目がさめるととても面倒だったのですが、それもまたツリーハウスに住む醍醐味と言えたでしょう。

最後は父の車の窓です。父はどこへ行くにもほぼ車で移動でした。そして私が小さい頃は、どこへ行くにも連れて行かれました。家族で旅行に行く時には、母は後ろで寝ていることがほとんどだったので、私がいつも助手席に座りました。数え切れないくらいたくさんの高速道路の壁のつなぎ目を見ました。父と特に会話をするわけでもないので、私は大抵壁のつなぎ目や緊急電話の数を数えました。遠くを並行して走って行く電車も見ました。畑が見えて来たら要注意。毎年通ったその場所は肥溜めの匂いが車の中にも充満します。父の車にはエアコンがなかったので、窓を閉めた車の中はまるでサウナのようでしたが、そんな匂いと暑さの中でも母は平気の平左、グースカ寝ていましたっけ。方向音痴な父のために道路標識を懸命に見たり、温泉町の中をぐるぐる回りながら旅館の名前を探したりもしました。やっとの事で渋滞を抜けトンネルを出ると、サッと目の前が開け海が見えた時の感動は、何度味わっても褪せることはありませんでした。どんな家の窓からよりも、私は父の車の窓からたくさんの景色を見たと思います。

ある時どこか田舎の一本道を走っていました。緩い坂を下り、また上りといった道だったのですが、両側にも前にも何もありませんから、丘の向こうには何もないように見えます。まるでそのまま車ごと飛んで行ってしまいそうでした。
「このままヒューンって飛ぶんだよ!」
そう言って父を見ると、父は私の顔をまじまじと見て一言、
「お前がわからん」
がっかりした私は一人頭の中で「ヒュ〜ン」と飛んで行きました。父は一体あの窓から何を見ていたんでしょうね。

今見たいのは、やっぱり海かなあ。あなたの窓からは何が見えますか。

『あさになったのでまどをあけますよ』の作者紹介:

荒井良二
1956年山形県生まれ 日本大学芸術学部芸術学科卒業。 イラストレーションでは1986年玄光社主催の第4回チョイスに入選。1990年に処女作「MELODY」を発表し、絵本を作り始める。1991年に、世界的な絵本の新人賞である「キーツ賞」に『ユックリとジョジョニ』を日本代表として出展。1997年に『うそつきのつき』で第46回小学館児童出版文化賞を受賞、1999年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童図書展特別賞を受賞、『森の絵本』で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。90年代を代表する絵本作家といわれる。そのほか 絵本の作品に『はじまりはじまり』(ブロンズ新社)『スースーとネルネル』(偕成社)『そのつもり』(講談社)『ルフランルフラン』(プチグラパブリッシング)などがある。2005年には、スウェーデンの児童少年文学賞である「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を、2006年に「スキマの国のポルタ」で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞。


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