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日系企業が直面する国際的な人材活用とその実践的課題 ~第1回 中国・インドへの人材派遣と税務課題

文責:高野一弘

AsiaWise Group税理士高野一弘が、矢野綾佳税理士事務所の税理士矢野綾佳先生とともに、2024年4月号より、月刊国際税務において、「日系企業が直面する国際的な人材活用とその実践的課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第1回「中国・インドへの人材派遣と税務課題」を転載したものです。


米中対立やブレグジット、さらにはグローバルサウスの台頭などの事象が象徴するように、世界は多極化が進んでおり、国際関係は以前にも増して複雑で予測が難しい状況にあります。また、地政学的なリスクやサーバーセキュリティー上の脅威も急速に拡大しています。このような新しい時代のグローバル経済を勝ち抜くため、多くの企業が悩みながらも、戦略を練り、それを実行に移しています。このような環境の中で、人事戦略に関しては、従前の日本本社からの一方的な人材派遣だけではなく、双方向さらには子会社間での直接派遣も検討、導入が進んでいます。
本稿では、日系企業にとって極めて重要なアジアの2大巨大市場である中国とインドに焦点をあて、人材派遣/受入という観点から、昨今の具体的な事例を勘案しつつ国際税務上の課題を概観します。
今回は第1回目として、日本法人から中国・インドへの人材派遣とその税務課題に焦点を当てます。

事例

P社(日本企業)は、A事業及びB事業を国内で運営しており、A事業に関しては、10年以上前から国際展開を行い、中国子会社のS1社、インド子会社のS2社を設置しています。最近、B事業も両国への進出を検討しており、そのための現地での本格的な調査を行う目的で、1年以上の期間、人材を派遣することを検討しています。派遣のコストは、進出検討のための調査コストとして、P社B事業部が負担する予定です。
当初B事業部では、長期出張による人材派遣を前提に検討していましたが、派遣期間が長期にわたるためビザ等の問題が生じる可能性があると指摘されました。この問題を解決するため、長期出張に代えてS1社及びS2社へ人員を出向させることを検討しています。
A事業部、S1社及びS2社より、出向関連のコストをB事業部が負担することを前提として出向を受け入れることは可能との回答を得ています。

本事例に基づき、具体的な課題について以下検討します。

課題1 長期出張と税務課題

長期出張で人材を派遣する場合は、商用ビザでの入国となるため、滞在日数に制限があることは承知しています。長期出張に関して、税制面からの課題にはどのようなものがあるでしょうか?

1)長期出張と税務課題

長期出張における税務上の課題として、大きく2つ、a)国際的二重課税問題と、b)PE(恒久的施設)認定課税のリスクが懸念されます。

a)給与に対する国際的二重課税

長期出張では、出張期間中も継続して派遣元企業の被雇用者であり、派遣元国の居住者と取り扱われることが原則となります。加えて、派遣先での滞在日数が一定期間を超過するなどにより派遣先国でも個人所得課税が生じることが想定されます。結果的に、派遣元と派遣先の両国において個人所得課税が発生し、国際的二重課税の問題が生じかねません。以下、日本、中国並びにインドの個人所得税の規定を検討します。

① 日本での個人所得税課税

日本では、居住区分に基づき、個人所得税課税の範囲などが決定されます。日本国籍を有する個人でも、国外に居住する場合、「非居住者」とみなされ、日本国内源泉所得を除いて、日本での所得税課税は行われません。
この点、「継続して1年以上国外に居住することを通常必要とする職業を有する」場合は、日本国外に居住しているとみなすこととされています(所得税法施行令第15条第1項第1号)。

長期出張の場合、雇用主が日本法人であるため、出張先国に支店などを設置している場合を除いて、継続して1年以上国外に居住することが必要であることを強く主張することは困難です。この点、特別な理由が認められない限り長期出張者は、「非居住者」ではなく「居住者」とみなされます。すなわち、長期出張者の全世界所得は日本での個人所得税の課税対象となります。なお、居住者の国外源泉所得に対して、日本国外で所得課税が実施された場合は、外国税額控除の適用が認められます。ただし、外国税額控除を受けるためには、日本で確定申告が必要であり、さらに外国税額控除限度額が十分でないなどの課題がある場合、その効果も限定的となってしまいます。結果的に、費用対効果を考慮して外国税額控除を行わないケースも多く、税コストの増大につながっているケースも認められます。

② 中国での個人所得課税

中国では、日本と同様に、居住形態に基づき、所得税課税の範囲が決定されます。居住形態は居住者と非居住者に区分され、さらに、居住者は永住者と非永住者に細分化されます。ここで、永住者とは、中国国内に住所を有する者[1]、または中国居住日数が183日以上の暦年が7年以上連続し、かつ前6年[2]の各年における1回での出国期間がいずれも30日を超えたことがない者を指します。非永住者とは、暦年における中国居住日数が183日以上であるものの、永住者に該当しない者を指します。永住者はその全世界所得が中国での課税対象となりますが、非永住者は課税対象が中国国内源泉所得及び中国国外源泉所得のうちの中国国内払い分に限定されます。非居住者とは、暦年における中国居住日数が183日未満の者とされ、中国国内源泉所得が中国所得税の課税対象とされます。

本件では、出張の形で1年を超える期間中国に滞在することになりますので、非永住者[3]として中国国内での勤務に起因した中国国内源泉所得及び中国国外源泉所得のうちの中国国内払い分が中国での所得税課税の対象とされます。

なお、非永住者は、日本で非居住者とされ、かつ中国国外源泉所得のうちの中国国内払い分のように、日本においても同一の中国国外源泉所得に対して課税されたことを証明できない限り、中国で外国税額控除の適用を受ける余地はありません。

通常のケースでは、長期出張が7年超に及ぶことは想定しがたいと考えられるところですが、出張期間が7年を超える場合は、永住者に該当する可能性が生じます。永住者に該当する場合は、課税範囲が拡大されることになることから二重課税の影響が大きくなることが懸念されます。この点、183日以上居住する年が7年以上連続している場合であっても、前6年の各年において中国国外への1回での出国期間がいずれか30日を超えている場合は年数の累積が中断されます。例えば、6年目に1回での中国国外への出国日数が30日間を超えている場合は7年目は永住者ではなく、非永住者とされます。長期出張の形態で中国に人員を派遣する場合、永住者認定を受ける可能性は限定的と思われますが、中国滞在日数は積極的に管理しておくことで二重課税の発生可能性を引き下げることが可能です。

③ インドでの個人所得税課税

インドの税法における居住者の認定はインドでの滞在期間に基づいて決定されます。具体的には、次の2つの基本条件のいずれかを満たす場合、その年度において居住者とみなされ、インド個人所得税の納税義務が生じます[4]。

a.現行年度における滞在日数:その年度(4月1日から翌年の3月31日まで)において、合計で182日以上インドに滞在している場合
b.直前4年度の滞在日数と進行年度の組み合わせ:直前4年度に合計で365日以上インドに滞在しており、かつ進行年度において60日以上インドに滞在している場合

本件では、出張期間が1年を超えるとのことですので、インドでの滞在日数が182日以上となることが想定され、「居住者」としてインド個人所得税が課税されることになります。なお、インドでは、居住者は全世界所得が課税対象となる通常居住者(Ordinary Resident)と、インド国内源泉所得及びインド国内で受け取られたもしくは受け取られたとみなされる収入のみが課税対象とされる非通常居住者(Not Ordinary Resident)に区分されます。すなわち、居住者が以下の2要件のいずれも充足している場合は、課税範囲が限定的な非通常居住者とされますが、そうでない場合は通常居住者とされます。

a.直近7年間でインドに滞在した期間が729日未満であること
b.直前の10税務年度のうち9年間が非居住者であること

本件では、長期出張でインドに赴任するとのことであり、当初は非通常居住者に該当することが想定されます。この場合、インド国外源泉所得に対するインドでの所得税課税は、インド国内において受領するなどの要件を充足しない限り発生しません。なお、非通常居住者に該当する場合は、インド国内源泉所得などのみが課税対象となりますので、インド申告において外国税額控除を適用する余地は、上述の中国のケースと同様、極めて限定的です。インドでは滞在期間が一定期間を超過すると課税範囲が拡大する通常居住者とされ、この規定についての例外規定はありません。このため、長期出張期間が2年を超えるなどのケースでは、通常居住者に該当する可能性が高くなり、国際的二重課税問題の影響が大きくなります。このような点も考慮に入れた人員派遣計画を検討することが肝要となります。

b)PE認定リスク

日本法人が国外で事業を展開する際、出張という形態で業務を行うことは、その国でのPE認定を受けるリスクを抱えます。以下、中国、インドのPE規定の内容を具体的に検討します。

① 中国でのPE認定課税

中国国内法及び日中租税条約において、PEは固定場所PE、建設PE、代理人PE、サービスPEの4種類が規定されています。本件では、長期出張者がS1オフィスを長期的に利用することになるという点、並びに本社向けに一定のサービスを長期にわたって提供するという点から考えると、固定場所PEに該当する可能性があると考えられます。

固定場所PEの特徴は、事業所が実際に存在すること、当該事業所は一定の持続性を備えていること、事業活動はすべて、あるいは部分的に当該事業所を通じて行われていることが特徴とされます。本件では、長期出張者が、実在するS1オフィスを利用して、事業活動を行っているところから固定場所PEであることを認定される可能性があると考えられます。

サービスPEについてはその認定事例が最も多い問題であり、中国税務当局は積極的にその認定を行っています。具体的には、中国において中国法人等に対する役務提供が12か月の間に連続または累計で183日を超えることになる場合はサービスPEを構成するとの解釈を行なっております。例えば、同一のプロジェクトが数年にわたる場合には、いずれの「12か月」の期間において中国国内での役務提供が183日を超えるものがあれば、他の同期間内においては183日を超えていなくても、当該法人は中国においてPEを構成するものと判定されることも留意する必要があります。本件においては、1年を超える期間人員を派遣するということですが、派遣された人員は日本企業(中国外企業)向けのサービスを提供することが予定されているためサービスPE認定を受ける可能性は限定的と考えます。

以上の通り、中国に長期出張者を派遣するケースでは固定場所PE認定リスクがあると考える必要があります。

PE認定を受けた場合、PE帰属所得に対して法人所得課税が実施され、実際の追徴税額が算定されます。原則としてPEに帰属する収入からコストを控除して課税所得が算定されますが、税務上のPEに係る帰属利益を裏付ける会計記録等は適切に準備できていないケースが大部分であり、実務上、推定課税が実行されるケースが多く見受けられます。推定課税では、PE帰属収入額(収入がない場合、PE帰属コストを推定利益率で割返した金額)に推定利益率を乗じてみなし利益額を算出し、当該みなし利益額に対して25%の企業所得税率を乗じて税額が算定されます。

また、推定利益率は、役務の種類に応じて次のとおりみなすことができるとされます。

なお、中国国内において、物品の販売・輸入、またはサービス、無形資産を販売する法人等と個人は増値税(付加価値税)納税義務者とされます。中国にPEを有するか否かを問わず、役務の提供者、または役務の受領者のいずれかが中国に所在する等のような増値税課税取引には、増値税が課されることとなります。さらに、PE認定を受けると、短期滞在者免税の適用要件を充足しないことになり、暦年における滞在日数を問わず、かかる者の中国国内源泉所得に対して個人所得税が課されることになります。

② インドでのPE認定課税

インド国内税法上は、一般的なPEに関連する規定はなく、インド非居住者がインド国内に事業上の関連性を有し、インド国内源泉の所得を得ている場合は課税する、という包括的な規定が存在しているのみです。したがって、具体的なPEの定義・範囲については、日印租税条約などインドが締結している租税条約により判断することが必要となります。

日印租税条約第5条では、支店などの固定的施設を設置して事業を行う固定場所PEに加えて、建設PE、監督PE並びに代理人PEなどがPEに該当する旨規定されています。長期出張者がインドに滞在し、S2社の施設を利用するケースでは、日本本社の従業員である出張者が長期的、専属的に利用できる場所がインド国内に存在し、その「場所」において出張者が日本本社の業務に従事している、すなわち固定場所PEが存在していると認定を行う基礎は十分に存在していると考える必要があります。PE認定を受けた場合には、上述の中国のケースと同様に、そのPEに帰属する所得がインド法人所得課税の対象とされることになります。また、インドにおいては、PE帰属所得は移転価格税制の規定に従い、算定することになります。

本件では、長期出張者はインド国内においてB事業部のインド進出検討を行うことを想定しているとのことですので、B事業部関連のインド向け売上は存在していない可能性もあろうと思われます。対外売上が存在していない場合は、PEの活動は日本本社向けの役務提供収入のみと考えられるところですので、PE帰属所得に重要性はないと判断できることもあろうと考えます。しかしながら、B事業部において、過去から第三者経由でのインド向売上を計上している場合は、その売上がPEに帰属するとの指摘を受け、多額の追徴課税につながる可能性も否定できません。加えて、法的エンティティを有しない、単なる税務上のPEを前提とすると、本店である日本本社とインドPEとの取引関係が契約書面などとして作成できません。納税者としてのインドPE帰属所得に関する考え方の基礎となる文書が存在しないことになり、税務当局による恣意的なPE帰属所得算定につながりかねないことにも留意が必要です。PEリスクについては、その認定のリスクに合わせて、具体的な帰属所得の分析まで行うことが肝要となります。

課題2 日本払い給与の精算

長期出張に代えて、現地法人への出向という形で、人員を派遣することにしました。出向者の希望により給与の大部分は日本で支払うことを予定しています。P社人事部からは、子社への出向である以上、給与は全て子会社の費用とする必要がある。本人の希望がある場合日本で給与の立替支給を行うことは認めるが、出向負担金としてその立替金は子会社への求を行うように指示されている。このような対応を行う場合、税制面から留意すべき事項はりますか?

日本払いの給与を国外子会社に請求する場合、国外子会社は日本に送金できるのか、並びに支払い金額を海外子会社の損金として取り扱うことができるのかという点が問題となるケースがあります。中国、インドでの取り扱いを以下検討します。

2)日本払い給与精算にまつわる税務課題

a)中国からの立替給与支払いと税務上の問題

中国の場合、出向先法人による支払いが単なる実費精算であるか、それとも出向者を通じて出向元法人から出向先法人に対して提供する役務の対価なのかが中国の税務当局では最も議論が交わされる論点です。実費精算であれば、PE課税になりませんが、後者の役務提供に該当すれば、サービスPEとして認定される可能性があります。立替金の精算であるということを主張するためには、出向者と中国法人の間で実態のある出向契約や雇用契約などが締結されていることが必要とされます。出向元法人が出向者の業務の結果に対して一部あるいはすべての責任及びリスクを負担し、業績評価を行なっているような状態であれば、出向者は出向元法人の従業員として中国内で業務を行なっているとみなされる可能性が高くなります。出向元法人の業務を行なっていると認定を受ける場合は、上述の長期出張と同様の税務上の課題が生じることになります。

本件においては、出向者は、中国に出向後も継続してB事業部の業務を行うことが想定されているところ、中国法人との雇用関係に実態がないとの指摘を受ける可能性が否定できません。

適正な出向関係にあることを強く主張するために、以下の項目を、出向契約書、給与その他立替金に関する協定書や出向者に係る雇用契約書等に適切に明記、定義しておくことが必要です。

  • 出向者の派遣は、中国の出向先からの要請に基づくこと

  • 中国の出向先が出向者の業務の結果、成果に対して管理責任やリスクを負うこと

  • 中国の出向先が出向者に係る人事評価の最終評価者あるいは最終確認者であること

  • 出向者数、出向期間、職位、給与基準、勤務地など、出向に関する諸事項の決定権は中国の出向先が有すること

また、適切な書類整備に加えて、個人所得税の申告、納付に関して以下の点にも留意することで、より強く中国雇用を主張可能となります。

  • 出向元が立替えた出向者給与等と、中国の出向先から回収する立替送金額が一致すること(少なくとも回収額が立替額を超えていないこと)

  • 日本の法的社会保険料会社負担分のような出向者の経済的利益について、中国個人所得税法上、給与所得として認識すべきものも所得として漏れなく申告納税の対象とすること

b)インドからの立替給与支払いと税務上の問題

インドから国外への送金については、インド外国為替規制に従って対応する必要がありますが、定期的な給与負担立替金の精算として、関連する契約書等が適切に整備されていることを前提とすると、送金自体が問題視される可能性は限定的といえます。他方で、契約書などに不備がある場合は、送金が認められない可能性が生じることに加えて、本件支払いが立替金の精算ではなく、親会社による役務提供の対価であるとの認定につながることも考えられます。インド法人との間の雇用関係が実質的に成立していることを前提として、適切な文書化、実務対応を行っておく必要があることは、上述の中国実務と本質的に変わることはありません。

なお、昨今日系企業を含む多くのインド進出多国籍企業の間で問題視されている「出向者給与」にかかるGST課税(インド付加価値税課税)も、出向者給与を親会社によるサービス提供とみなすことを根拠としています。本件課税は2022年5月の最高裁判所判例を拠り所としていますが、この判例では、インド社による出向者の「雇用」は形式的であり、実質的な雇用主は国外関連社のみであると結論づけています。多くの日系企業では、「出向」期間中、出向者は日本本社との雇用関係に加えてインド現地法人との雇用関係も成立している「二重雇用」関係にあると考えていることと、本判例の結論とは対局を成しています。本件課税については、現在進行中の裁判など法的手続きの結論により課税実務、方針の修正等が予想される状況にあり、未だ課税処理方針が確立されていません。出向者は日本本社とインド現地法人との二重雇用の関係にあるという出向の趣旨に適った契約書を整備しておくことは非常に重要と考えます。

本件では、S2社に所属しつつ、実質的にB事業部の指揮命令下で業務を行うということとなると、前述の長期出張と結論が同様となりかねません。S2社との雇用関係を適切に主張できるように準備しておくことが非常に重要となるものと考えます。

課題3 子会社に対する役務提供対価の支払い

本件で派遣する人員は、現地にてB事業の業務を実施することになります。このため、本件派遣従業員が、B事業部向けに実施する業務については、その対価をB事業部から派遣先子会社に支払うことを予定しています。このような役務提供対価を支払う際の留意事項を解説いただけますか?

本件のようなサービス対価の支払いは、実質的な給与負担の付け替えではないかとの指摘を受けることが考えられます。適正かつ合理的な役務提供が実際に実施され、それに対する適切な対価が支払われていることを明確に説明できるようにしておくことができない場合、さまざまな税務リスクにつながりかねません。以下、日本、中国、インドでの取り扱いについて具体的に検討します。

3)サービス報酬にまつわる税務課題

a)日本での国外関連者寄附金

上述の通り、本件役務提供の内容が名目的なものである、もしくは実際提供されていない、対価が適切に設定されておらず不相当に高額となっていると認められる場合は、国外関連者寄附金に該当することになり、日本本社での損金算入が否定されます(租税特別措置法第66条の4第3項)。日本本社での損金算入性を確保するためには、単なる子会社への利益供与とみなされるような支出ではなく、実質的に日本本社が便益を享受している役務提供の対価として支払っていることを強く主張できるように資料を整えておく必要があります。契約書などを適切に準備することに加えて、実際提供したサービスの内容を確認できるような記録を残し、対価の設定も合理的であることを文書化しておくことが必要です。

b)中国での移転価格税制対応

本件のように、役務の提供者として国外から役務提供に対する対価を受領する場合、中国現地法人が十分な対価を収受していることが求められます。すなわち、子会社から国外親会社へのサービス提供を前提とした場合、コストプラスでの対価算定を行うことが一般的と考えられるところですが、この場合、コストに加算するマークアップ率の妥当性を検討することはもちろん、その対象となるコストの範囲についても慎重に検討しておく必要があります。

本件では、B事業部の出向者活動に関するサービスであるところ、出向者の人件費のみを基礎として対価を設定することを思考しがちですが、その他配賦されるべき間接費についてもコストに組み込むことを主張される可能性があります。

さらに、本件では、S1社ではA事業部の事業を実施しています。A事業部事業がロスに陥っているケースなどは、そのロスをカバーできる金額の回収を行うことが主張される可能性も否定できません。さまざまな角度から、移転価格分析、検討を実施し、全体的な税務リスクの低減を図っておくことが肝要です。

c)インドでの移転価格税制対応

本件では、上述の中国のケースと同様、S2社が本件サポートの対価として十分な報酬を得
ていることを説明することが求められます。インドでは、このようなグループ内役務提供に関して、高い利益率の計上を求められる傾向にあります。例えば、全世界統一で5%マークアップを適用するという方針を採用している場合であっても、インド社で採用している移転価格コンサルタントからマークアップ率の引き上げが要請されることも珍しくありません。

また、日印租税条約12条では、人的役務提供の対価に関して、内容が「技術役務の料金」に該当する場合は、債務者主義による課税を認めています。この規定は、租税条約による別段の規定に該当し(法人税法139条など)、国外で実施された人的役務提供の対価であったとしても、「技術役務の料金」に該当する場合は、国内源泉所得とみなして、日本の源泉徴収の必要性を検討することが求められます。源泉徴収税額については、インド法人の申告時に外国税額控除を適用可能ですが、インド法人の所得状況によっては十分な税額控除を行えないことも考えられます。この規定は、中国との租税条約にはないインド特有の問題です。

本件においては、S2社A事業部の損益状況が不明ですが、B事業部関連の収支だけでは外国税額控除を使い切ることは困難と推測されます。また、短期的なキャッシュフロー上も、源泉徴収されることで資金不足に陥ることも危惧されます。これらの状況を打開するため、マークアップ率の特別考慮(上昇)を検討せざるを得ないことにもなりかねません。なお、このような特別な取り扱いを検討される場合は、他の地域との取引とインド向け取引とを区分できるように適切な文書化を実施しておく必要があります。源泉徴収税額が相当の規模になる場合は、インド法人による日本法人税申告を行い、源泉課税分の日本での一部還付を検討することが有効な選択肢となることもあります。

4)まとめ

今回は、日本から人材を派遣するというオーソドックスなケースについて、税務上の課題となりかねないポイントを中国、インドを比較する形で取り上げました。今後2か月に1回のペースで、日本と中国、インドに関するさまざまな形の人材派遣、受入を取り上げていきますので、今後の寄稿にもご期待ください。


[1]「中国国内に住所を有する者」とは、戸籍の所有、生計を一にする親族の存在、経済的利益関係によって中国国内に慣習的に居住する者を指します。要するに、中国では中国籍を有することと、住所を有することは、税法上ほとんど同義と解されています。したがって、日本籍を含む外国籍個人の場合、中国国内に住所を有しないとみなされ、専ら居住日数をもって居住形態を判定することになります。

[2]「前6年」とは、居住形態を判定する年度の前の6年間のことで、かつその開始年度は改正個人所得税法の施行年度である2019年度から起算することになります。よって、改正個人所得税法の施行に伴い、2025年にはじめて外国籍が永住者に該当し、中国で全世界所得に対して課税される可能性があります。

[3]出向者は中国法人の役員、高級管理職に該当しません。

[4]居住者に該当しない場合(「非居住者」)であっても、インド国内源泉所得はインド個人所得税の課税対象とされます。

[5]インド最高裁判例:2022年5月Northern Operating Systems社のケース。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
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