人権DDを実施した日系企業はどのくらいあるのか?~日系企業の人権DDアンケート結果報告~

文責:内藤雅子、張楚然

はじめに

近時、サプライチェーンにおける人権問題について社会の関心を集めています。実際に人権DDを実施する場合、どこから着手するか、どういう基準に基づいて実施するかといった問題を抱えている企業は多いでしょう。本稿では、AsiaWise Groupが実施した日系企業向けの人権DDアンケートの結果を報告しつつ、新疆ウイグル自治区における人権DDの難しさについてAsiaWise Groupの経験を通してお伝えしたいと思います。また、人権DDアンケートにおいて人権関連の法改正動向が気になる国・地域の上位にあげられた、日本、アメリカ、EUの法改正動向についても触れたいと思います。

一、 日系企業向けの人権DDアンケート

AsiaWise Groupは、2022年7月13日に「緊迫する国際情勢下におけるビジネスと人権」をテーマとしてセミナーを開催し、日系企業からの参加者に対して人権DDに関するアンケートを実施、100名の皆様からご回答をいただきました。

アンケートでは、参加者の約3割が人権DDの経験があるとする一方、参加者の約7割は人権DDの経験がないとの回答でした。また、人権DDの経験がないと回答した参加者のうち、1年以内に実施予定である参加者は少ないようでした。

人権DDの経験があると回答した参加者に、実施するきっかけについて尋ねたところ、その多くは社会的責任がきっかけであるとの回答でした。

また、人権リスクが高いと考えている国について、中国、ミャンマー及びロシアが挙げられています。

さらに、立法動向に関心がある国・地域として、EUやアメリカ、日本が挙げられています。

一年以内に人権DDの実施予定がない企業の方からも、ビジネスと人権セミナーにご参加いただいたという状況からすると、日系企業の人権問題に対する関心は高まりつつあるといえそうですが、実際に人権DDに着手する場合、どのような難しさがあるのか、新疆ウイグル地区の人権DDの実効性について、AsiaWise Groupの経験を通してお伝えしたいと思います。

二、 新疆ウイグル地区における人権DDの実効性について

アンケートでは、最も人権リスクが高いと考えている国は中国であることがわかりました。これは、新疆ウイグルにおける強制労働をはじめとする人権問題が大きく注目されているからでしょう。では、中国、特に新疆ウイグル自治区では、果たして人権DDを実施することは可能なのでしょうか。

そこで私どもAsiaWise Groupでは、現地コンサルティングファームに確認してみました。一部のファームから、これまで新疆ウイグル自治区において実施した経験がなく、近時の米中関係の影響もあり、実施することはほぼ不可能であるという回答がきました。また別のファームより、新疆ウイグル自治区において人権DDを実施した経験がないものの、通常の方法(内部資料の精査や現地訪問・ヒアリング調査等)を踏まえつつ、柔軟に実施できる可能性があるという回答はありましたが、どの程度の内容のDDが実施できるのか不明瞭な状況といえそうです。さらに、現地の法律事務所より、明確な回答はないものの、この問題へ対応するためのチームを立ち上げ、情報収集を行いながら検討しているという回答がありました。やはり、確定的な回答はありませんでした。

いずれにせよ、現在、新疆ウイグル自治区における人権DDの実現性について、まだ非常に不明確な状況であるといえそうです。AsiaWise Groupでは引き続き、現地の関係者と連携し、現地の状況を把握しながら、人権DDの実現性に向けて調査・検討していきたいと思います。

三、 日・米・EUの人権DD関連法令の動向

AsiaWise Groupが実施した人権DDに関するアンケートでは、立法動向に関心がある地域・国として、EU、米国、日本が上位に挙がっていました。そこで、日・米・EUの人権DD関連法令の動向について触れたいと思います。

まず、日本においては、2022年8月、経済産業省は「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」[1]を公布しました。本ガイドライン案は、国連指導原則を踏まえ、OECD(経済協力開発機構)の「OECD他国籍企業行動指針」やILO(国際労働機関)「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」における人権保護の主旨に沿って、制定されたものです。

次にアメリカでは、今年6月、ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act(H.R. 6256))が施行されました。本法に関する詳細な検討については、AsiaWise Groupが以前配信したNote記事[2]に譲りますが、この法律が、中国、特に新疆ウイグル自治区における人権DDへの関心に大きく影響を与えていることはいうまでもありません。本法は施行から日が浅く、制裁事例等はまだ少ない状況でありますが、今後、引き続き注目していくことが必要です。

さらに、EUでは、2022年2月、欧州委員会は国連指導原則や指針等に沿って、人権DDに関する指令案を公表しており、EU加盟国に対して国内法整備を促しております。

日系企業としては、今後人権DDを実施する際に、各国の動向を参考しつつ、自社にとって現実的かつふさわしい方法を検討することは有益であると思われます。

終わりに

本稿は、人権DDの実効性について解説しました。現実的な対応としては、各国の人権関連法令を把握しつつ、専門家等に相談した上で柔軟な対応を検討することが必要であるといえるでしょう。

AsiaWise Groupでは、毎月定額で各国人権関連法令の立法動向に関する最新情報を提供するサービスを開始しております。米国、EU、カナダなどの国・地域を中心として、既存の人権法令の実施状況や制裁事例のみならず、審議中法案等の立法動向や議論状況についてもリサーチしており、毎月のアップデートをまとめて情報提供しております。

また、上記サービスに加え、ご要望に応じ、現地の専門家等との連携も可能です。ご興味のある方は、ぜひAsiaWise Groupまでお問合せください。



[1]https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/supply_chain/pdf/20220808_1.pdf

[2] https://note.com/asiawisegroup/n/nb81c69b7ebcc


執筆者

内藤 雅子
AsiaWise Technology株式会社 取締役
<Career Summary>
シンガポールの法律事務所勤務、金融機関出向勤務を経て日本へ帰国。IT企業の常勤監査役としてマザーズ上場を経験。日本企業の海外拠点におけるコンプライアンス向上に貢献すべく、AsiaWise Groupに加入。
<Contact>
masako.naito@awtec.co.jp

張 楚然
AsiaWise法律事務所 アソシエイト
<Career Summary>
2010年より来日し、2010-2014年南山大学総合政策学部、2016-2018年名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程総合法政専攻(応用法政)、2018-2022年同研究科博士後期課程総合法政専攻(国際法政)、うち、2021-2022年大同大学にて非常勤講師(日本国憲法)、豊田工業高等専門学校にて非常勤講師(日本国憲法)として勤務。2022年5月にAsiaWise法律事務所入所。
<Contact>
churan.zhang@asiawise.legal


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