ビジネス課題となった人権①~米国ウイグル強制労働防止法の施行

文責:久保 光太郎、上村 彩、張 楚然

米国では、2022年6月21日より、ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act(H.R. 6256))に基づき、中国新彊ウイグル自治区関連産品の輸入が原則として禁止されます。同法は、輸入業者に対して、当該産品を輸入するため強制労働の存在の推定を覆すための証拠等を提出するよう求めており、米国に輸出する日本企業に多大な影響が及ぶことが見込まれます。本稿では、同法の要求事項や既存の国際スタンダードとの差を踏まえた特徴などについて解説します。

1. はじめに

米国は、従前から、関税法第307条に基づき、強制労働により生産された産品及び当該産品を組み込んだ産品と合理的に判断される貨物について、税関での貨物の引渡しを保留する貨物引渡保留命令(WRO)を発し、その輸入を制限してきましたが、中国新疆ウイグル自治区における強制労働に対する批判の高まりを受け、2021年12月23日、関税法第307条を効果的に適用するため、ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act (H.R. 6256))[1]を成立させました。

同法によれば、2022年6月21日以降、全ての新彊ウイグル自治区関連産品の輸入が原則として禁止されます。当該産品を輸入するためには、強制労働の存在の推定を覆すため、輸入者の側において強制労働が存在しないことを明白で説得的な証拠によって立証することが必要とされます。


2. ウイグル強制労働防止法の要求事項

米国国土安全保障省(DHS)などで構成される強制労働執行タスクフォース(FLETF)は、2022年6月17日、ウイグル強制労働防止法の規定に従い、同法の執行戦略をまとめた文書「中国で強制労働により採掘、生産または製造された物品の輸入を防止するための戦略(以下、「UFLPA戦略」といいます)」[2]を公表しました。 

UFLPA戦略の輸入者向けガイダンスによれば、米国に新彊ウイグル自治区関連産品を輸入しようとする者は、原則輸入禁止の例外扱いを受けるために、(1)サプライチェーン全体に対するデューディリジェンス(以下、「人権DD」といいます)を実施するとともに、(2)サプライチェーン追跡、及び、(3)サプライチェーン・マネジメントを行うことが必要です[3]。

(1) サプライチェーン全体に対する人権DD

人権DDの内容として、以下の8項目のすべてを実施することが必要とされます。

① Engage stakeholders and partners(ステークホルダーとパートナーを巻き込む)

人権DDの出発点は、ステークホルダーの協力を得ることです。ステークホルダーには労働者も含まれます。人権DDに対する労働者の関与が不可能と判断される場合、効果的な人権DDを実施することは不可能であることがUFLPA戦略には明言されています。

② Assess risks and impacts(リスクと影響の評価)

次に、サプライチェーン全体を見渡してリスクの所在を特定することが必要です。国際労働機関(ILO)によれば、強制労働を窺わせる事情としては、(i)脅迫、(ii)従属的・脆弱的な地位の搾取、(iii)自由な移動の制約、(iv)虐待的な就労・生活状況、(v)過重労働等があります。人権DDの実施に際してもこれらの事情がないか確認することが必要です。

③ Develop a code of conduct(行動規範の策定)

サプライヤーが遵守すべき行動規範を書面化するとともに、サプライヤーがなすべき全ての行為(監査の受忍等)についてサプライヤーとの契約上の義務とすることが必要です。この点は一般的な人権DDという言葉の語感には含まれない内容であり、また、契約に対する言及もなされているため、注意が必要です。

④ Communicate and train across supply chain(サプライチェーン全体でのコミュニケーションとトレーニング)

サプライヤーを選定する責任を有する従業員、エージェントに対して適切なトレーニングを実施するとともに、行動規範に含まれる基準について、エージェント、サプライヤー、リクルーター等に伝えることが必要です。

⑤ Monitor compliance(遵守の監視)

さらに、サプライヤーによる行動規範の遵守をモニタリングすることも必要です。ここでは、いわゆる伝統的な監査手法のみならず、テクノロジーの利用や市民社会(NGO等)との連携も考えられます。また、効果的な監査を実施するためには、(i)事前通知無しの監査の実施、(ii)上記②に記載したILO指摘事項の確認、(iii)雇用主及び政府の脅迫から自由な、母語による従業員インタビュー、(iv)就労場所等に対する自由なアクセス、(v)書類その他の情報の精査が必要不可欠となります。UFLPA戦略においては、監査の実施方法についてまで細かい指定がなされているので注意が必要です。

⑥ Remediate violations(違反の是正)

強制労働を窺わせる事情が存在する場合、輸入者はかかる事情全てを完全に治癒しない限り輸入することはできません。中国法の適用により追加的なモニタリングや透明性を要求することが難しい場合、当該サプライヤーとの関係を解消する以外、方法はないとUFLPA戦略には明言されています。

⑦ Independent review(第三者による検証)

第三者による独立した確認は、DDシステム全体の効率性を確保するとともに、DDの一部を構成します。

⑧ Report performance and engagement(パフォーマンスと関与の報告)

輸入者は監査を含むDDシステムについて、定期的かつ適時に対外的に公表することが期待されます。


(2) サプライチェーン追跡、及び、サプライチェーン・マネジメント

人権DDを実施する場合、まず手始めとしてサプライチェーン追跡を行うことが必要です。ウイグル強制労働防止法は直接のサプライヤーだけではなく、サプライチェーン全体において強制労働が存在しないことを確保することを求めています。したがって、輸入者としては、サプライチェーンの全ての階層を知ることが必要です。

その上で、輸入者はサプライチェーン・マネジメントを実施することが必要です。これは強制労働のリスクを防止、軽減するための手段であり、以下の手段が含まれます。

・サプライヤー候補との契約締結前に強制労働の有無を確認するプロセスを設けること

・サプライチェーン内に強制労働が発見された場合、サプライヤーが必要な補正措置を講じることができるように契約上の義務を定めること

・補正措置が講じられなかった場合、契約関係の終了等の結果が生じることを明示すること

3. 最後に ~ウイグル強制労働防止法の特徴

「ビジネスと人権」に関しては各国の法制化が相次いでおり、日本においても人権DDの法制化に向けた議論が進んでいますが、ウイグル強制労働防止法は、輸入禁止という強いサンクションを背景として、立証責任を転換して、輸入者に対して強制労働の不存在の立証責任を負わせるものです。弊職らがリサーチした限り、強制労働が存在することを理由として産品の輸入を制限する法令を持っているのは米国のみです[4]。

実務的には、いかなる程度の立証がなされれば輸入が認められるかに注目が集まりますが、そのハードルは高くなる可能性が高いことが有識者によって指摘されています。前述のUFLPA戦略において、米国当局は、新疆ウイグル自治区においては信頼可能な監査を実施することは困難であることを認識したうえで、その困難性は反証可能な推定の例外を認める理由にはならないと明示されています。

ウイグル強制労働防止法は、直接的なサプライヤーのみならず、あらゆるレベルのサプライチェーンの追跡を求めており、間接的なサプライヤーに対しても強制労働を行わせないよう確保することが必要とされます。従前、各国の人権DD関連法令において、二次サプライヤーに対する人権DDの実施を求める規範もありましたが、確立した事業関係がある場合(EUコーポレートサステナビリティ・デューディリジェンス指令案)、適切かつ可能な場合(OECDデューディリジェンス・ガイダンス)、リスクが顕在化した場合(ドイツサプライチェーン注意義務法)等、一定の限定が付されてきたところです。その意味でも、ウイグル強制労働防止法が求める義務のレベルの高さが窺い知れます。

本法は新疆ウイグル自治区で操業等する企業についてのみ関係する法令と思われるかもしれませんが、今後の米中対立下の規制強化や人権DD関連法制の厳格化の魁として、クロスボーダーに活動する全ての日本企業が注目する必要があると考えます。


[1] https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/6256/text

[2] https://www.dhs.gov/uflpa-strategy

[3] UFLPA戦略(前記脚注2記載)40頁以降の「VI. Guidance to Importers」をご参照ください。

[4] 法案レベルでは、カナダのBill S-204(An Act to amend the Customs Tariff (goods from Xinjiang))、豪州のCustoms Amendment (Banning Goods Produced By Forced Labour) Bill 2021が強制労働によって生産等された産品の輸入を禁止することを企図しています。2022年6月29日現在、カナダの法案は上院で審議中、豪州は2022年4月の議会解散により廃案となり、同内容の法案提出は確認できていません。


執筆者

久保 光太郎
AsiaWise法律事務所 代表パートナー
弁護士(日本)
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米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
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上村 彩
AsiaWise法律事務所 アソシエイト
弁護士(日本)
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2015年神戸大学、2018年同大学法科大学院を卒業、同年司法試験合格。2019年12月検事任官、東京地方検察庁配属。2021年4月岡山地方検察庁配属、同年10月退官。2022年1月弁護士登録。AsiaWise法律事務所入所。
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aya.uemura@asiawise.legal

張 楚然
AsiaWise法律事務所 アソシエイト
<Career Summary>
2010年より来日し、2010-2014年南山大学総合政策学部、2016-2018年名古屋大学大学院法学研究科博士前期課程総合法政専攻(応用法政)、2018-2022年同研究科博士後期課程総合法政専攻(国際法政)、うち、2021-2022年大同大学にて非常勤講師(日本国憲法)、豊田工業高等専門学校にて非常勤講師(日本国憲法)として勤務。2022年5月にAsiaWise法律事務所入所。
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