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見えない日常 #12 木戸孝子(写真家)

 家族の親密な関係性を収めたシリーズ「Skinship」が、このところ欧米の数々の写真コンテストで高い評価を受けている写真家の木戸きど孝子たかこ氏。同作のテーマに至るきっかけとなったのは、彼女がニューヨークでの生活で思いがけず遭遇した〝逮捕〟だったーー。

前回〈Chapter 11〉はこちら


Chapter 12

 移民局の法廷から帰って来た日の夜、南米出身の囚人が私のもとに来た。彼女は、「アイネスがTakakoの悪口言ってるよ」と教えてくれた。

 アイネスはエクアドル出身のおばちゃんで、盗みで軽犯罪になったことがあり、その後、飲酒運転で2度目の軽犯罪となり、移民局に逮捕された。もう7ヵ月もここにいる。アメリカ国内に留まりたくて闘っていたが、もういやになって、最近、強制送還に同意してサインし、エクアドルに帰れるのを待っていた。ちょっと意地悪なところがある人だった。

 アイネスは「Takakoは、20年アメリカに入るなって法廷で言われたんだって。20年なんて長過ぎるよ! 彼女は自分のケースを話さないでしょ。きっとすごく悪いことしたんだよ」と言っていたらしい。

 私は腹が立った。すぐにアイネスのところに行った。「アイネス、私がなんでここにいるのか、教えてあげる」と言って、自分が逮捕されてからここに来るまでのいきさつを全部話した。彼女は静かに聞いていた。

 同じ日に、今度は、ドミニカンリパブリック出身のサンドラが、「Takako 、ちょっと来て。私、話したいことがある」と言うから、サンドラのところに行った。「なんでここにいるのか聞いたよ」と言って彼女は話し始めた。

「私も、子どもたちの裸の写真を風呂上がりに撮って、ドラッグストアに現像に出して、通報されて逮捕されたんだ。裸といっても、パンツは履いてたんだよ。ドミニカンリパブリックでは、親子で一緒にお風呂に入って、おちんちんで遊んだりして、子どもは大きくなっていくんだよ。子どもの裸は何の悪いものでもない。私に起こったことが他の誰にも起こって欲しくないから、機会があればなるべく自分の経験を話してきたんだ。だから、Takakoの話を聞いて、とても悲しくなった。絶対に自分を責めちゃダメだよ。あなたは心のきれいな人で、何も悪いことはしてないんだから。悲しくなったらいつでも私に話しに来て」

 彼女のケースは、裁判までいって勝ったらしい。でも、その出来事の影響は大きかった。やっと家に戻った時、誰かに母親の悪口を吹き込まれたのか、息子は素直にママにハグもできなくなっていたというのだ。

 彼女はその時までに3回も裁判に巻き込まれ、3回とも勝っていた。1回目は子どもの裸の写真のケース。2回目は、ドミニカンリパブリックからアメリカに戻る時に、友達から「荷物を持って行って」と頼まれ、その中にドラッグが入っていた、というケース。3回目はどんなケースか聞く前に、私は「ちょっと待って。3回とも裁判で勝ったのに、何でここにいるの?」とたずねた。サンドラは2年もここにいるのだ。

「それが、私にもわからないんだ。移民局からは、『3回も裁判で勝つなんてラッキー過ぎる。絶対おかしい。何か悪いことやってるに違いない。その調べが終わるまでここに入れておくから』と言われたんだ」
 そんなことがまかり通っているなんて!

話をしてくれたことにお礼を言って、頭は興奮したまま、アイネスの優しさも少し感じながら、私は自分のベッドに戻った。朝3時に起きて、長い1日だった。

Suitcase, 2003

 その何日か後、私はお湯を沸かすためのスティンガーでヤケドしてしまった。薬を持ってくるナースに見せても、何もくれない。「後でドクターに会いに行って」と言われたので、呼ばれるのを待っていたが、結局呼ばれなかった。

 夜、別のナースに、ドクターに会えなかったことを説明して傷を見せたけど、また、「明日、ドクターに会いに行って」と言われただけだった。「バンドエイド持ってる?」と聞いたら、1枚だけくれた。傷に貼ったけど、まったく肌にくっつかず役に立たない粗悪品だった。その後、傷が膿んできた。何とか自分の体の力で治ったから良かったけど、結局一度もドクターには会わせてもらえなかった。

「Takako、早く荷物まとめな。日本に帰るよって看守が言ってる」とニキが言いに来た。すっかりあわててしまった。4月1日、エイプリル・フールだった。

 ニキはフィリピン出身で、レズビアンだった。カリフォルニアに住んでいた頃、10年間付き合っていた彼女と別れて、うつになる。ちょうどその頃、友達に勧められて、ドラッグに手を出すようになった。ドラッグの件で逮捕され重罪になった。4年間の刑期を終えた後、ニュージャージーで暮らしていた。その時に付き合っていた彼女と2007年11月にパリに旅行に行った。帰って来た時、ニューアーク空港で移民局に逮捕された。

それから、ニキはこう説明してくれた。
「1996年、クリントン大統領がサインした移民法のせいで、犯罪を犯した外国人はすべて、グリーンカードを剥奪され強制送還されることになったんだ。しかも、自分のケースみたいに過去の犯罪にまで遡って逮捕している。この法律のせいで、何かちょっと盗んだ外国人とか、飲酒運転などで有罪になった外国人とかをすべて強制送還しているから、移民局の刑務所には人があふれてるんだよ」

 ニキは、家族はみんなアメリカにいて、フィリピンには帰りたくないから、移民局の法廷で闘っていた。彼女の場合、アメリカに留まれるけれど、アメリカから2度と出ることができない、という判決になるらしい。「何それ! 私には理解できないよ」と言うと、ニキも「まったく理解できないよ!」と叫んでいた。

 ちなみに、弁護士のロジャーの説明はニキの説明と少し違っていた。外国人が軽犯罪で2度捕まってしまうと、移民局のカテゴリーでは重罪とされ、逮捕されて強制送還される、とのことだった。

 法廷で判決が出た後、私は毎日のように、弁護士のジョナサンに電話していた。アメリカ国内にかける電話はすべてコレクトコールで、えらく料金が高いので、日が経つにつれ、友達にはかけられなくなった。弁護士には高い弁護料を払っているので、電話をとってくれる。

Times Square Station, 2003

 いったいいつ日本に帰れるのだろう。3月10日にここに来て、もう4月に入った。電話口のジョナサンは「Takakoの担当の移民局職員から電話があったよ」と言うと、次のように続けた。

「法廷の後、政府の役人に、君のパスポートと書類を、すぐに強制送還担当の職員に渡すように伝えてあったのに、なぜかわからないけど渡していなかったようなんだ。移民局の職員は、判決がどうなったのかさえ知らなかったよ。僕が全部電話で説明したから、これからプロセスが始まるからね。もうちょっとそこでがんばるんだよ」

 別の日に、日本領事館にも電話することができた。ハワードという、日本語がとても上手な人と話した。「ボーイフレンドは10日か11日に日本に出発できるよ」と教えてくれたが、私の強制送還に関しては、まだ移民局から連絡がないらしい。

 ジョナサンは、「移民局にはもう、Takakoをそこに留めておく理由はないから。チケットを予約するだけだから」と言う。しかし、たまに回ってくる移民局の職員に聞いても「チケットを予約するだけじゃないんだ。あれこれしなきゃいけないことがあるんだよ」と言う。そしてハワードもジョナサンも「移民局に何度も電話しているけど、誰も電話をとらないんだ」と口を揃える。

 ハワードは「なんとか1日でも早く帰れるように移民局にプッシュしていきますから」と言う。それをジョナサンに伝えると「弁護士よりも日本領事館からのプッシュの方が力があるはずだから」と言った。

 結局、誰も移民局に要求を伝えられないままなのだろう。手が届かないどうしようもないはがゆさと恐怖を、「まあそのうち帰れるから」という気持ちに無理に置き換える。移民局が仕事を進めるのを待つしかない。

Frozen Light, 2007


〈Chapter 13〉に続く
8月5日(月)公開



木戸孝子(きど・たかこ)
1970年、高知県生まれ。 創価大学経済学部卒業後、プロラボ勤務を経てフリーランスフォトグラファーとして独立。2003年、ニューヨークのInternational Center of Photography卒業。 その後、ニューヨークで、白黒銀塩写真のプリンター、リタッチャー、高知新聞への連載などを行いながら、自身の作品制作、発表を行う。現在、高知県に在住し、国内外で作品を発表する。写真集に東日本大震災の被災地を撮影した『The Unseen』(2021年)。
公式WEBサイト:https://www.takakokido.com/

〈近年の展覧会〉
「Arnold Newman Prize for New Directions in Photographic Portraiture 2023受賞者展」(The Griffin Museum of Photography/アメリカ・マサチューセッツ)
「LensCulture受賞者展」(Photo London・Somerset House/イギリス・ロンドン)
「ZUHAUSE NO.6(VONOVIA Award受賞者展)」(Sprengel Museum Hannover/ドイツ・ハノーファー)
「The Unseen(個展)」(多賀城市立図書館/宮城県、MARUTE ギャラリー/香川県)
「The Exhibition Lab Exhibition 2021(グループ展)」(Foley Gallery/アメリカ・ニューヨーク)

〈近年の受賞歴〉
「2023 Arnold Newman Prize」ファイナリスト
「2023 Daylight Photo Awards」優勝
「LensCulture Summer Open 2022」優勝
「VONOVIA Award fur Fotografie 2022」3位
「Women Photograph Project Grant」グラント受賞
「IMA next」テーマ「Touch」優勝
「Photolucida Critical Mass 2021」トップ50 Photographers




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