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Withコロナ時代のアジアビジネス入門⑱「TikTokに続きWeChatも?<米中アプリ新冷戦>」@対論・米中関係とビジネスONLINE講座(3)

 米国がテキサス州ヒューストンの中国総領事館を強制閉鎖すると、中国は四川省成都の米国総領事館を閉鎖する対抗措置をとりました。さらにポンペオ米国防長官が「中国への関与政策は失敗だった」と事実上の新冷戦宣言をし、両国関係は厳しい局面を迎えています。米国はファーウェイ(華為技術)に代表される通信・ハイテク分野ばかりではなく、動画投稿アプリTikTok(北京字節跳動科技=バイトダンス=傘下の動画投稿アプリ)のようなエンターテイメント分野まで排除の動きを強めています。米中対立の中で、日系企業はどのような影響を受けるのか、日本はどう対応すればよいのか。
(YouTube→)毎日アジアビジネス入門ONLINE講座は中国編、インド編、ベトナム編に続き、シリーズ第4弾となる「陳言と及川正也の対論・米中関係とビジネス『第3回日本と米中関係』」が7月31日に開催されました。
メディカル・サプライチェーン再編の現実味?
 北京から参加した経済ジャーナリストの陳言氏と毎日新聞論説委員で元北米総局長(ワシントン)が対談しました。モデレーターは毎日アジアビジネス研究所長の清宮克良が務めました。
 主な対談内容は次の通りです。
――米国のみならず、英仏も5G通信網からファーウェイ排除を決定しました。通信・ハイテク分野の排除は決定的ですが、コロナで注目される製薬業界はどうですか。
及川氏 コロナ感染初期から米議会では微粒子用のN95マスクなどは自国で内製化すべきとの議論があった。(コロナに対する)医薬品有効成分(API=医薬品原料)の製造について米バージニア州のスタートアップ企業に莫大な補助金を出している。責任者は(対中強硬派の)ピーター・ナバロ大統領補佐官で、彼の発言からメディカル・サプライチェーンから中国を外し、再編しようとする意図が透けて見える。もともとAPIは米国で自国生産していたものを有害物質の問題などから中国にアウトソーシングした経緯がある。これを元に戻すことが現実的なのかどうかは米国内で異論がある。(自国生産すると)環境の規制を変えなければいけない。トランプ政権は環境規制を緩和してきているのでこれにも逆行する。
陳言氏 今年1月に新型コロナ感染がでた時に中国は薬の関係で米国に積極的に協力を求めていましたが、米国がWHOを脱退するに至っては無理です。マスクのような生活安全関連は米国も日本も自国で生産すべきだと思います。中国は世界最大の薬の原料国です。原料をつくる過程には技術も必要だし、巨大な市場がなければ、そうした必要が生まれてこない。米国が原料をつくっていくには時間がかかるのではないか。
 ――ハイテク同様に、バイオテクノロジーはどうですか。
ヒューストンと成都は産業情報の”宝庫”
及川氏 ヒューストンはテキサス州の中心で石油、宇宙産業から広範囲な産業、特にバイオテックの集積地になっている。各国の総領事館があり、中国は国営通信社、新華社の支社を置き、当然ながら(産業)情報を収集している。ですから米国がヒューストンの中国総領事館を閉鎖したのは、中国に科学技術やワクチンの情報を入手されることを牽制する狙いがあります。
陳言氏 四川省成都は軍需産業で有名です。米国総領事館を閉鎖したのは、軍事や宇宙産業とともに(地理的に管轄である)チベットの情報を成都の総領事館を経由して米国に流れるのを防ぐ狙いがあるとみられています。
陳言氏 バイオテクノロジーで言えば、中国が日米と違うところはAI、コンピューティングをとことん活用する点です。コロナでは(最初に感染拡大した)武漢の膨大なデータをとって研究開発し、深圳にもっていってワクチンや治療薬にするかを試みる。常にバージョンアップされているので中国の方が研究の進展が早い。
アカデミック排除なら米国のソフトパワー喪失も
――一部ではアカデミックの交流も途絶える動きを見せています。
及川氏 カルフォニア大学デービス校の中国人研究者が中国人民解放軍に情報を流したとして身柄を拘束されました。米国内には、鄧小平の時代から中国は米国の多くの知見を手に入れて、ここまで大きくなったのだから一定の牽制が必要だ、との考えがあります。その一方で、(中国人留学生の排除などは)米国の学術分野の求心力や発信力が落ち、それとともにソフトパワーを喪失しかねないとの批判があるのも事実です。
陳言氏 改革開放以降、中国から米国への留学生は100万人を超えています。2018年~19年で米国における海外留学生107万人のうち、中国人留学生は37万人を占める。留学などによる人的交流もあり、米中貿易の規模が大きくなった面がある。米国への留学ができなくなると、他国に留学するだろう。中国の大学生は毎年、200~300万人が日本語を学んでいるので、日本の大学のユニークなところをきちんと説明すれば、日本への留学生が増える可能性がある。(米国は金融やスタートアップシステム、ビジネスモデルなどが魅力だが)日本はものづくり大国なので生産方式のほか、アニメ、芸術、介護、行政管理などが評価されている。そうした分野で留学を希望する可能性は大いにある。
米でダウンロード最多のTikTok 排除にスポーツ選手ら注視
――TikTok のようなエンターテイメントまで排除の対象になりつつあります。
及川氏 TikTokは米国でZ世代(1990年代後半から2000年生まれの世代)が夢中になっているアプリです。米国の第Ⅰ四半期で3億ダウンロードされ、どのアプリよりも多かった。インドが先駆けて排除に動き、米国のポンペオ米国務長官も「個人情報が中国共産党に流れる」と排除の対象にしようとしています。米国の有名人やスポーツ選手らまで一斉に使うようになり、固唾をのんで成り行きを見守っています。InstagramのショートビデオアプリReelsが代替えの動きを見せています。
陳言氏 TikTokは商品、広告、営業と全て優れており、米国の企業にとって脅威になっている。TikTok は国家安全維持法が施行された香港から撤するなど国際分野では中国政府に情報を与えない姿勢をアピールしている。TikTokに続き、中国の大手IT企業テンセント(騰訊)が開発したメッセンジャーアプリWeChatがどうなるのか注目されている。中国で最も使われているアプリだけに影響は大きい。
中国政府は国有企業の税収に期待 打撃はサービス産業
――コロナによって中国政府は国有企業と民間企業のどちらにウエイトを置くのですか。
陳言氏 コロナ対策で一番支援したのは国有企業です。税収面を考えると、国有企業は目標を設定すれば利益を下げてもきちんと納税します。財政では大きな力を発揮します。国有企業を改革させる力が強く働いているとは感じていない。しかしながら、国有企業は(海外企業などに)一定の開放はしている。大きな改革はしないが、開放はしているのだから、そこに競争原理が働き、国有企業も自ずと改革しなければいけなくなる構図です。一方、コロナで最も影響を受けたのはサービス産業です。中国ではGDPに占めるサービス産業の割合が5割、日本で7割、米国が8割です。サービス産業の比率の高い日米の方が経済全体に打撃を受けました。
新冷戦に政治的立場を鮮明にできない日本
――日本はどう対応すべきでしょうか。
陳言氏 東アジアは世界経済のエンジンです。共通の目標を立て、日中韓が地域経済の連帯をとることでしょう。経済が好転すれば、政治や安全保障も上手くいく可能性が出てきます。
及川氏 日本に役割があるとは思いますよ。しかし、日本が態度を鮮明しようと思ってもできない面がある。ポンペオ国務長官が新冷戦になると言えば、米国の保守派はそう思うかもしれないが、米ソ冷戦時のように共産主義打倒と100%受け止めていいのか。日本やミドルパワーの欧州には民主国家の振る舞いをしていないのは米国ではないか、米国にはついていけないという思いもある。米大統領選までの今後3カ月、トランプ大統領はよりいっそう中国に強く当たると思うが、それで新冷戦がどうなるのか分からない。日本は中国にも言いたいことはたくさんある。香港への弾圧はきちんと言うべきことだと思います。日中も、そして日米も、経済がよければ政治、安全保障関係もよくなる。日本は今、政治的に動くことは難しい局面です。ですから経済的につなぎとめておくことが大切です。

■講師:陳言(ちんげん) 北京在住 経済ジャーナリスト、日本企業(中国)研究院執行院長、NewsPicks コメンテーター
1960年、北京生まれ。82年、南京大学卒。82-89年『経済日報』に勤務。89-99年、東京大学(ジャーナリズム)、慶応大学(経済学)に留学。99-2003年萩国際大学教授。03-10年経済日報月刊『経済』主筆。10年から日本企業(中国)研究院執行院長。現在は「人民中国」副総編集長も務める。

■講師:及川正也(おいかわ・まさや) 毎日新聞社論説委員、元北米総局長(ワシントン)
1961年、神奈川県生まれ。早稲田大学政経学部卒。88年毎日新聞社に入社。水戸支局を経て、92年政治部。激動の日本政界を追い続けた。2005年からワシントン特派員として米政界や外交を取材。13年北米総局長(ワシントン)。16年から論説委員。毎日アジアビジネスレポートに「米国のアジア人脈」を長期連載。

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