記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

お味噌汁をひとくち

吉本ばななさんの著書に出てくるシーン

雫石しずくいしのいつも少し濃すぎるお味噌汁がひとくち飲みたい。昨日の残りの味がしみた感じのが。」
パパはそうママに言った。ママは泣きながらキッチンに走った。
『アナザー・ワールド 王国その4』(よしもとばなな(現在の表記は、吉本ばなな)新潮社 2010年)より

父・かえでが自宅で息をひきとる直前の光景を、娘のノニが語っている。
作中では妻・雫石の「お味噌汁」と一緒に飲みたいと、「冷えたプロセッコ」を恋人・片岡さんにもリクエストする楓。
このふたつの飲み物をひとくち飲んで、にっこりと笑顔を残し、彼は逝く。

このシーンを読んだとき、楓と同じだと思った。
私も、お味噌汁をひとくち飲んで逝きたい。
自分が作ったお味噌汁をひとくち。

◇◇◇◇◇◇◇

私はほぼ毎日お味噌汁を作る。
使う味噌は、実家の味噌。
実家はもう60年以上、同じお味噌屋さんから同じ種類の味噌を購入し続けている。

私は結婚して実家の隣に住んだ。(結婚して約7年間住んだ隣の家(大正に建てられたらしい相当時代ものな古民家)は解体され、今は青空駐車場になっている。)
長男の妊娠が分かったころに自分の実家に戻ってきて、私達家族と母と弟の二世帯で暮らしている。

この家を建てた祖父が居た頃、この地域一帯に味噌を売りに来ていたお味噌屋さんがいたそうだ。
我が家は祖父亡き後もずっと、そのお店から購入し続けている。
「秋田屋」さんと言う。

私と母は別々の台所で、それぞれで調理している。
味噌はまとめて二世帯分を秋田屋さんに電話注文し、届けてもらっている。
秋田屋さん曰く、この地域にはうち以外にも長年継続して味噌を購入している方々がいて、昔からの長いつきあいのあるお客さん達だという。
最初に味噌を売りに来た先代のあとを、息子さんが継いでいる。

届けてもらうなんてわるいなと思いながらも、私は秋田屋味噌の虜だ。
50年前、母はこの家に嫁いでからこの味噌を使い始め、今に至る。
母のおなかに居た頃から、私は味噌を味わっていると思う。

結婚してから浮気心を出し市販のものを使ってみたのだか、秋田屋の味がどうしても忘れられず、味噌だけはここじゃないとダメと、隣の実家から分けてもらったりしていた。

当時は共働きで、家で規則正しくしっかりした食事をあまり摂らなかった。
夫の帰宅時間は土日平日関係なく、午前2時から3時。
私もコンビニのものばかり食べていた。
家で夫とお味噌汁を飲むのは週に数えるほどで、二人だと使う味噌の分量もたかが知れていた。

子どもが生まれ、私は仕事を辞めた。
夫は猛烈に忙しい部署から、緩やかな部署に移った。
今は夜7時過ぎに帰宅している。
家族の暮らしぶりが一変し、毎日、朝晩にお味噌汁のある生活になった。

「さいごに飲むのは自分が作ったお味噌汁」と思うからには、秋田屋さんに行ってみたくなった。

文京区根津。
味噌と一緒に持ってきてくれる領収書に書いてある住所。
店名と住所で検索してみると、ブログやネットで紹介されているではないか。(なんとnoteでも記事があった!)

◇◇◇◇◇◇◇
根津駅から言問通りを過ぎて少し行くとある秋田屋さん。


画像1

あのー、すみません、いつもお味噌を届けていただいてる〇〇(私の旧姓)です。

ええっ!あー、はい、〇〇さん!どうしたんですか?わざわざいらしてくださったの?

はい。私、こちらのお味噌が好きで好きで、一度お店に来てみたかったのです。

それは、それはー。ほら、これがいつも〇〇さんのお家に届けている「みちのく味噌」です。

我が家の味噌とお店で対面、嬉しい。

他にもお味噌、ありますか?

はい、こんな感じですよ。

秋田屋さんが味噌リストを見せて下さり、いつもの「みちのく味噌」以外を試してみたくなる。
お店のおすすめと言う「甲州やまご味噌」と、気になる「赤だし味噌」を選ぶ。

今日これ持って帰るの?重いですよー。お届けしますってば〜!

お気遣いに感謝して、持ち帰ってきた。

ビニール袋をあけるといい香り。
たまらず少しだけお味見。美味しい。
「甲州やまご味噌」、これで明日の朝のお味噌汁を作ってみよう。
「みちのく」に慣れ親しんでいるうちの男性陣、何て言うかな?
違いに気づくかな?

画像2

※この小皿はnoterのさっちさんのお店FREEPARKさんで購入したものです

◇◇◇◇◇◇◇

「さいごの時に何食べたい?」

夫に聞いてみたら、さいごって、最後?それとも最期?と質問で返された。

さいごはさいご。
どっちでもいいよ。

そうだなぁ。自分の最期はきっと味とか分かんないだろうなぁ。
食欲もたぶん、なさそうだなぁ。
意識もなさそうだなぁ。
地球最後の日で、これが最後の食事だよ、だったら、おかちゃ(=私のこと)の作ったカレーだね。

予想通りのこたえをありがとう。

夫はカレーと言うだろうなと思っていたから。

彼の最期に、カレーを口もとに持っていけるかな。
あたり一面カレーのにおいが漂っていて、泣きながらカレーをほんのちょっとだけ(彼はルーだけで良いそうだ)口に運ぶなんて、私に出来るかしら。


父が逝く時、私はただただ腕をさするしか出来なかった。
ぱっくりあいた口、カラカラになった口に、お水を飲ませてあげる(お水を含ませたもので軽く湿らせてあげる)という考えもおよばず、必死でそこに居て、絶えず身体に触れていることしか出来なかった。
亡くなる前は、何日間か、寝ているのか意識があるのかも全く分からなくて、父が生きているという反応は、ベットの周りの器械が数値で教えてくれていた。

みんな、違うだろう。
夫も、私も。母も、弟も。
すごくこわい。今もすごくこわい。
看取ることも、逝くことも。
そこに行きつく過程も、こわい。
でも、父を見送って、それ以降、ほんの少しだけ死の恐怖が和らいだ。
紙きれ一枚ぶんくらいだけれども。
父が見せてくれた光景を思い出すと、そんな気持ちになるから不思議だ。

私がさいごに食べたいのは、自分が作ったお味噌汁。
夫はカレー。
母にも聞いておこう。弟にも。

それって自分が最後まで残る気満々ねと母に笑われるのだけれど、「お願いします」と三人が全員言うのだもの。
わからないよ、それってわからない。
だから、私は伝えておく。
お味噌汁をひとくち、よろしくお願いします。


◇◇◇◇◇◇◇

くまさんの初企画、参加させていただきました。

この企画があったから、秋田屋さんに行くことが出来ました。
さいごを、もっと考えたいと思いました。
まだまだ足りないのは分かっています。
考えながら生きていきたいです。
くまさん、この企画をありがとうございました。


お読みいただきありがとうございました。
※見出し画像は文京区根津の秋田屋さんです。
noteにお店のこと、お味噌のことを書いていいですか?と話したら快諾してくださり、お店の写真も撮らせてくださいました。
秋田屋さん、ありがとうございました。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?