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痩せる薬 KARTE3

2023年11月下旬。
耳障りのよいニュースが流れ込んできた。

「運動や食事制限の必要なし」
「簡単にやせられる」

どうやら巷では、痩せる薬というものが流行っているらしい。
ネットで簡単な診察をしダイエット薬を発送してもらえるという代物だ。
努力せず誰でも簡単にダイエットが成功すると話題になっている。
医師の適切な診察を受けずに、誰でも薬が手に入れられるというものだ。
どうやらこれは糖尿病で使う薬らしい。

自分は糖尿病だ。しかも長年放置している状態だった。
このニュースを聞いたとき、胸が高まり受診を決意した。

薬を貰いに行こう

ラクして痩せられるという奇跡の薬を一刻も早く手に入れたい。
こういうときの行動力は早い。
糖尿病治療で評判のクリニックをすぐに見つけた。
病院を見つけた時点で勝利が決まったようなものだ。

ずっとデブだった。太っていた。
痩せることなんてないだろうと思っていた。
腹が減ったら我慢できなかった。

簡単に痩せられる。
単純にうれしい。
でかい体はキツかった。
20代前半のようにシュッとした体に戻りたい。
誰もがラクして痩せられる世界がついに来たと胸が高鳴る。

病院に電話し、すぐに来ていいといわれた。
到着して簡単なアンケートを書いた。
検尿と採血で血糖値を計測する。

HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)という値で糖尿病の状態を判定する。
すぐに結果がでた。長年放置し続けた数値は8.9だった。
「重症です」といわれた。

数年で血管がボロボロになり病状が進行するとやばいといわれた。
放置していたら危なかったが、目にもダメージがきている。
ダイエット薬きっかけで受診して本当にラッキーだった。

資料を使い先生がこれからの治療方針を説明してくれた。
しっかり20分ぐらい話をしてくれた。

そもそも思考がデブだったと改めて思う。
まあそうはいっても白米食べてもよくね?
菓子パンうまいよ〜、たまになら食ってもいいよね?

これまでの思考がやばかったという意識になってきた。

「糖質は控えてください」

「お米とかパンってことですよね」

「はいそうです。果物とかもだめです。ドライフルーツも糖が凝縮されてて危ないです」

「食べられないものが多いですね。」

「肉以外はまったく意味がないので食べなくていいです」

「肉以外は食べなくていいですか?いままで野菜を食べろ、果物を食べろって散々言われてきたんですが」

「食べなくてもいいです。とにかく肉だけ食べておけば痩せます」

「栄養的には大丈夫なんですか」

「まったく問題ないです。最低、肉だけ食べておけば健康でいられます」

「そ、そうなんですか(汗)」

「どんな肉でもいいんですか?」

「はい。それだけでどんどん痩せます。」

これまでの常識が覆った。
完全に脳が糖尿になるための脳だった。
いままでは菓子パンを食べて幸せになる脳だった。

果物食えだとか、野菜食えだとか、
バランスよく食えだとか、牛乳飲めだとか、
振り返ってみると、ダイエット成功者の方々から
いろいろなことをいわれてきた気がする。
どれもこれも成功しないしめんどくさかった。

運動をしろ、走れ、筋トレしろ、続けろ。
運動したら腹が減るんだよ。知らないの?

肉だけで生きていけるっていう説明に心を鷲掴みにされた。
どいつもこいつも小難しいダイエット方を紹介していて、
彼ら彼女らは、ダイエット成功者が教えてやってるという顔をしていた。
継続できないのはあなたのせいですといわんばかりに。

肉だけ食って痩せるなら、はやく誰か教えてくれよ。
野菜とか果物の方がよっぽど高いんだよ。
肉だけで済むなら経済的じゃないかよ。
いままでの常識はなんだったんだよ。
もっと早く誰か教えてくれよ。

魚を食えとか、サプリを飲めとか、
芋食えとか、おならがいいとか、
これがいい、あれがいい、スムージーがいい、
ケールがいい、穀物もいい、ヨーグルトが体にいい、
エイジングってなんだっけ。

あーーーーーーーーーーー。
まてまてまてまてー。
頭の中でいろいろな思考が駆け巡る。

自分が痩せないのは果物が買えない貧乏人だからと自分を責めていた。
野菜をあまり食べないから自分が悪くて痩せないとも思っていた。
このままじゃ健康になれないと、サプリをたくさん購入した。
ビタミンC、亜鉛、マルチビタミン、ビタミンD、フィッシュオイル、
ここには書けないぐらいたくさん飲んでいた。
こういうのは飲んだほうがいいんだと誰かにインプットされていた。
果物や野菜にお金を出すのは馬鹿らしく感じたが、
サプリにお金を出すのは気にならなかった。

病院に行く前に糖質についての本を読んでいた。
果物は食べていいが、糖の多い果物を避けなければならない。
パイナップルとか甘い果物は駄目で、キュウイはいいみたいなことが書いてあった。それならと氷まで砕けるドイツ製のブレンダーを買った。
これでスムージーなるものを作り健康的に痩せようと思った。

果物は高いから買えないと思っていたのに気がついたらブレンダーを買っていた。気がついたらサプリも飲むようになっていて、頭の中は健康のための奴隷のようだった。運動はしたくないし、食べるのはやめたくないし、
痩せたいし、健康でいたいしと願望が多いが、思考力がない状態に陥っていた。

ヘビースモーカーが、トマトジュースを飲みながら、
「トマトジュースにはリコピンが入っていて体にいいんだ」
「俺はリコピンを摂ってるから健康なんだ」というようなもんだ。
健康を気にするなら、まず煙草をやめろという話になる。

ずっと脳が誰かに支配されているような感覚がうっすらあった。
自分が悪いんだと思ったときから、少しずつ誰かの話しを真に受けて、
健康的なことをやってる自分は正しいと思いこんでいた。
だから、先生のいう肉だけ食べておけばいいという説明には痺れた。

ダイエット商品の購買意欲を刺激するために、
ああしろ、これしろと命令されてきてたのか。
気がつけば社会の都合の枠組みの中に自分は入れられていた。

「本当はお米やパンは食べなくていい」
「本当は野菜やフルーツは食べなくていい」

社会が隠していたとても恐ろしい本当のことに気がついてしまった。




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