『アンチヒーローズ・ウォー』 第二章・8

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(お前は俺のうしろにつけ)

 あたたかい声だった。
 その背中は、手のひらは大きくて、見つめてくるまなざしはいつも優しかった。

(まずは戦場の匂いを覚えろ。それから、俺のやり方をよく見るんだ)

 最初の派遣先。配属されたのは怪人《ノワール》のみで構成された小隊だった。
 成員のほとんどは旧式だったが、経験豊富な猛者揃いで、中でも隊長を務めていたその男は、卓越した判断力と指揮能力を有し、隊員たちからの信頼も厚かった。
 彼は、訓練との差異に戸惑うユリーに、戦場での心得を一から教えてくれた。
 だが、すべてはあっけなく崩れ去った。
 対峙していた相手国が、ユリーたちのいる戦線に英雄《ブラン》を投入した。
 圧倒的な強さを誇る英雄《ブラン》。
 怖気づいた司令部は戦線を放棄。ユリーたちの小隊は殿に残された。
 どうせ旧式《ロートル》ばかり、失っても惜しくないと判断されたのだ。
 これまで命懸けで尽くしてきた者に対する雇い主からの報酬が、これだ。
 追い詰められ、追い詰められ、最後には隊の中からも裏切り者が現れた。
 それでも彼は踏みとどまり、ユリーを逃がしてくれたのだ。
 お前には未来があるから、と――


「ハァ……ッ、ハァ……ッ! やった……!」

 一気に膝から力が抜け、シュガーは床にへたり込んだ。
 ほどなく、シャーリーもやってくるだろう。
 ユリーは仰向けの状態で床に横たわったまま、ぴくりとも動かない。

「べつに、あんたに認めてもらう必要なんてこれっぽっちもないけど……これで、証明できたんじゃない? あたしが、戦場でもやっていけるって」
「判断するのは……上の人だよ」

 口をひらいたと思ったらこれか。
 どうしても見た目のせいで、生意気なクソガキと思ってしまう。

「ええ、ええ。そーでしょうとも! だったらあんたも難癖つけてくんじゃねーって話だから!」
「まあ……認めてやってもいいけど。すくなくとも個の力では、僕を上回ってるってね……」
「はあ? なに勘違いしてんのよ」

 よたつきながらも、シュガーは立ち上がった。

「あたしが勝てたのは、あたし一人の力じゃない。シャーリーがいてくれたおかげだよ」

 彼女が身体を張って、ユリーの手の内を暴いてくれた。
 それがなかったら、絶対に勝てなかっただろう。
 だから、きっぱりと断言する。
 それを聞いたユリーのほうは、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたけれど。

「まあ、相談もなしにあれこれした件については、あとで説教だけどね」
「こえー女」

 ひとしきり肩を震わせたあと、ユリーは長い息をついた。

「久しぶりに思い出した」
「なにを?」
「楽しかったことと、苦しかったこと」

 ああ――
 ふたたびの吐息。
 長く、長く、かすれて――

「そうか……僕は、飲み込むことができなかったから……だから、忘れようとしたんだな」
「あんたにもいたんだ。大切な人が」

 ユリーの目が、シュガーのほうを向いた。
 なにか訊きたそうだったが、シュガーは機先を制した。

「そういえば――さ。青の技って、結局なんだったの?」
「……僕の顔を上から覗いてみろ」
「えっ、やだ」
「あのなあ……もう勝負はついてるんだ。いまさらおかしな真似するかよ」

 いわれたとおりにすると、ユリーは大儀そうに首を傾けた。
 彼の右目が見ひらかれ、青い光を発する。
 思わず腕を上げて防御しようとしたが、もちろん間に合うはずもない。
 だが、光は妙に温かく、浴びた箇所からは戦闘で受けた傷の痛みが、陽光に溶ける雪のように消えていった。

「これは……!」

 シュガーは両腕を擦り合わせた。
 小太刀によってできた傷も、きれいになくなっている。

「治癒光線……今日は、使うつもりなんてなかったんだけど……期待させてたなら悪かったね」
「ああ、うん……ありがとう?」
「なんで疑問形なんだか」

 ニヤリと笑ったあとで、ユリーは苦しげに身をよじった。

「だ、大丈夫? やりすぎたかな」
「同情すんなって……」

 険しかったユリーの表情は、憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
 そうしていると、まるで本当に十代の少年そのもののようだった。



 訓練から一週間後――
 正式にシュガーの戦線復帰が決まった。
 派遣先はトライドン。
 かつて、ヘルラが戦場として駆けた国のひとつである。



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