映画『JOKER』感想

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 さて。
『トイストーリー4』と並んで今年の注目作として挙げていた『JOKER』の感想です。
 そこまで期待値の上がった理由としては、なんといってもあの見事な予告編ですね。

 予告

 DCコミックスにおいてもっとも有名なヴィランであるジョーカー。このキャラクターを生み出した一点のみを取っても『バットマン』は偉大な作品であると言えます。
 ジョーカーのオリジンは作品ごとに異なりますが、近年では『ダークナイト』に代表されるように、‟狂気の仮面に隠された曖昧なもの”とされる傾向にありました。
 それが、あらためて描かれるという。
 それも、予告を見る限り、とてつもない悲哀を纏っている模様。
 いったい何を見せられるか。こちらはわくわくするわけです。
 おそらくは、何か彼にとって大切なものを失うのだろう。
 あるいは、彼自身の手でそれを破壊してしまうとか……。
 きっと、善良な、普通の人間にすぎなかった彼が凶器に陥る、それこそ世界すべてが反転してしまうような、酷い出来事が起こるのだろう、と。

 結論から言えば、こうした予想はある程度当たっていました。
 そして、本作はこの上がりきった期待に十分応える傑作に仕上がっていたと思います。

 のちにジョーカーとなる男、アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は冒頭からもうすでにかわいそうなんですね。
 ピエロとしてお店の宣伝をする仕事をしていたら親父狩りに遭う。しかもそのあと、本人に落ち度がないにも関わらず上司に叱られるという……。
 それに加えて、

 病気の母の世話をしながら暮らしているものの、彼自身も緊張すると笑いだしてしまう病を患っている。
「あなたの笑顔は周囲を幸せにする」という母の言葉を信じて芸人を目指しているが、いっこうに芽が出ない。
 病気の件でカウンセリングを受けているが、担当医とうまくいっていない。

 というように幾つもの問題を抱え、ほとんど身動きできず、出口も見えない状態にあります。
 かすかに希望と呼べるものは、同じマンションに住む女性への恋心と、かつて憧れのコメディアンが司会をつとめる番組でステージに呼ばれたこと。
 そんな彼が、とことんまで追い込まれ、悪のカリスマとして覚醒するまでが本作の主なストーリーです。
 総論としては、ヒーロー物のスピンオフというよりアート映画としての性格が強いですね。光の演出や画面作りも美しいです。
 印象的だったのはアーサーの住むアパートと駅を結ぶ長い階段(それに鉄道)ですね。
 画面を縦に貫く階段を、序盤には重い足取りで一段ずつ昇っていきます。
 対して終盤、ジョーカーへと変じたアーサーは、軽やかに踊りながら下っていく――
 ストーリーの起伏とは、主人公が上り調子にあるか下り調子にあるかでとらえることもできます。世阿弥でいうところの男時と女時ですね。
 これが平坦だとつまらなく感じ、下りっぱなしだと観客はしんどくなります。
 最初にいったん下がって、あとはだいたい上りっぱなしというのが、わかりやすいエンタメですね。
 アーサーは最初、物理的には上に向かっているにも関わらず苦しそうで、ジョーカーになってからはその逆になります。
 どの場面でも、階段を登り切ったその先や階段の下は画面に映らないわけですが、それぞれ天国と地獄があるとも解釈できそうです。
 つまり、アーサーは苦しみに耐えながら一生を終えれば、すくなくとも天国には行けたのでしょう。
 しかし、世界は反転し、悲劇は喜劇へと変わる。
 ジョーカーとなった彼は、地獄へと続く階段を下りると同時に「上昇」している。昇りながら堕ちている。
 劇伴も相まって観客にとってもめちゃくちゃに「アガる」シーンです。もう、ジョーカーの立ち居振る舞いすべてがかっこよく見える。
 そういえば『スパイダー・バース』でも、ヒーロー誕生の瞬間には「落ち」ながら「飛翔」していましたね。

 また、本作では「見えざる者の蜂起」が描かれていますが、これはちょっと前に公開されたばかりの『Us』とも共通するテーマです。
 貧困と格差。これが今、アメリカの抱える問題なのだということなのでしょうが、そのあたりは日本も同じなので身につまされるばかり……。
 そして、出口の見えない状況を打破、というより破壊するために「英雄は作られる」。そこにはおそらくトランプ政権の誕生も重ねられているでしょう。考えてみればジョーカーはトランプの札のひとつですけど、これはさすがに偶然かな?
 まあ、アーサーは望んで悪のカリスマとなったわけではありませんが。

 ただ、これもまた確定事項とはいいがたい。
 ジョーカーのオリジンをきっちり決めてしまうのは色々まずいという大人の事情は置いておくとして、これまでずっと「共感できない悪」であり続けたキャラクターに観客を同化させてしまう恐ろしい作品にあって、ギリギリ「やっぱそれはダメだろ」と正気に返ってもらうためにも「ハハッ、全部ジョークだよ!」と言わんばかりのあのラストは必要なバランスだったのではないかと思うのです。

                             ★★★★★

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