『アンチヒーローズ・ウォー』 第二章・6

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「いまのは……」

 シャーリーの唾を飲み込む音が聞こえた。
 口許に冷たい笑みを貼りつけたまま、ユリーは肩を震わせた。

「再生怪人は命の危険に敏感なヤツが多いっていうけど本当なんだね。一度死んだことで、ここから先、あと一歩踏み込んだらやられるって勘が働くようになるんだって」
「殺すつもりで撃ったってこと!?」

 油断なく身構えながら、シュガーはちらりとゾルダのようすを窺った。
 装甲は焼け焦げているものの、かろうじて生きてはいるようだ。
 しかし、明らかにユリーの攻撃は、彼を巻き込むつもりで放たれていた。

「ゾルダの心配してるのかい? 君らも見てたから知ってるだろ。僕のことなんて、使い走り程度にしか考えてなかった。この訓練だって、独りで戦ってるつもりだったんだよ。まあ、そいつには言わなかっただけで、僕も同じ考えだったわけだけど」

 毒の滴るようなその声音を聞いて、シュガーは悟った。
 この少年は、ゾルダに諾々と従っていたわけではない。
 ただ面倒だとか、イキっている姿が滑稽だとか、そんな程度の理由から好きにさせていただけなのだ。
 チームでありながら、端から同じ土俵に立ってはいない。
 ユリーにとっては、それでまったく構わなかったのだろう。

「なんだか知らねえが、敵さん殺る気満々ってことか」

 シャーリーがウキウキした口調で言うと、両手の指のあいだにずらりとカミソリが現れた。
 左右のステップでフェイントをまじえつつ接近――斬りつける。
 ユリーは小太刀で攻撃を防ぐが、シャーリーの勢いに圧されて後退した。
 うまい。ああも接近していれば、姿を消されたところでどうということはない。

「たしかに強えが、オレにとっちゃサソリ野郎よりやりやすいぜ!」

 シャーリーがさらに攻撃の速度を上げた。
 だが、ユリーに動揺は見られず、柳のようにしなやかな動きで斬撃をさばいていく。
 不意に、シャーリーの動きが止まった。
 なにが起きたかわからぬうちに、脇腹から血がしぶく。
 そのまま、ユリーはシュガーに向かって突進してきた。

「き……気をつけろ……! そいつの左目は……ッ!」

 シャーリーが首だけを後ろに向けて叫んだ。
 ハッ、と向き直る。
 ユリーの左目が、完全な円を思わせるほどに大きく見開かれていた。


 燃える。
 瞳も白目も諸共に。
 赤く、紅く輝く――


 放たれる光。
 それを浴びた途端、何本もの透明な腕につかまれたかのように、身体が動かなくなった。
 これは――!
 物体の運動を止める、停止光線とでも呼ぶべきものか。
 接近してくるユリーの動きが、スローモーションのように映った。
 だが、逃れようにも足はまったく動かない。

「あはっ」

 勝ち誇った笑みを浮かべたユリーの小太刀が、シュガーの腹部を貫いた。
 だがすぐに、かたちのいい眉が怪訝そうに寄せられる。

「なんだ? 手応えが……」

 困惑するユリー。
 固まっていた身体が動く。効果時間は数秒といったところか。
 身を引いて小太刀を引き抜きつつ、先端を刃物にした触手を何本か生やして突き込む。
 ユリーはとび退り、ボールのようなものを地面に叩きつけた。
 たちまち灰色の煙があがり、同時に化学薬品を燃焼させたような強烈な匂いが立ち込める。
 位置がわからないので、シュガーはめちゃくちゃに触手を振り回した。
 そうして相手を近づかせないようにしながら、倒れているシャーリーのところへ移動する。

「大丈夫?」
「ちくしょう! 不覚だぜ!!」

 元気そうだ。
 煙幕は視覚嗅覚だけでなく音も遮る。こちらがユリーを見失ったの同様に、向こうもこちらが見えていないはず。
 シャーリーに肩を貸し、すぐにその場を離れた。
 適当な建物を見つけ、中に入る。そこでシャーリーを寝かせ、傷の具合を調べた。

「……アイツ《ユリー》は?」
「大丈夫。追ってくる気配はなかった……と思う」

 カミソリの装甲のおかげで、傷はさほどでもなかった。
 ほっとするシュガーを見て、シャーリーは顔をしかめた。

「オメーも刺されてただろ。大丈夫なんか?」
「あの動きを止める赤い光線、あたった部分にしか効果ないみたい。だから、背中とか内臓とかは変形してよけたから平気」
「……つまり、後ろから見たらお前の胴体、ガワを残して空っぽになってたってことか? キモいな」
「酷っ!」
「つか、変身能力ってフツーそういうんじゃあねえだろ。もっとエレガントでミステリアスっつーか? 元ネタの神様も美形なワケだしさあ。これじゃあクリーチャー街道まっしぐらじゃねーか」
「あたしにいわれても困るんですけど!」

 できることならシュガーだって、星やらカラフルな光やら撒き散らしながら華麗に変身とかしてみたい。
 だが、現状全身をスイッチでも切り替えるみたいに一変させるような変身は難度が高いし、なにより戦闘で勝つ方策を求めるとなれば、そんな余裕もありはしないのだ。

「念のため、シャーリーはここで休んでて。激しく動いたらモツが出ちゃうかもだよ」
「情けねえな。簡単にヤられちまって――でも、ヤツの能力はだいたいわかったな」

 悔しさを滲ませながらも、シャーリーは不敵に笑う。

「コンセプトは忍者。それっぽい武装に、カメレオンのイメージ通りの擬態能力……それに、信号機の三色に対応した光線技だな」
「赤の停止光線と、最初の雷撃みたいなやつ……これはたぶん黄色だよね」
「青も使わせられたらよかったんだけど、まあ、ここまで手の内暴けたんなら御の字だよな――ん? どうした」

 シュガーがじっとりとシャーリーを見つめると、彼女は首をかしげた。

「やっぱり、わざと前に出て攻撃を受けてたんだ」
「あ、いや。ほら、お前とちがってオレは頑丈だし」
「……まあ、そうなんだけどさ。次からはひと言いってよね! ありがと!」
「お、おう」

 赤面するシャーリーを後に、シュガーは建物の外へ出た。
 ユリーを探そうとこうべを巡らせると、視界の端にちらちらと動くものが映った。
 追いかけると、それは逃げるように移動する。
 誘っているのはわかったが、あえてついていくと、最初に待ち伏せされたデパートよりも、さらに大きな建物にたどり着いた。
 そこは一階がだだっ広いホールで、三階までが吹き抜けになっていた。
 怪人《ノワール》が、その身体能力を十全に発揮して飛び回っても大丈夫なくらいのスペース。
 ユリーの姿はない。当然、擬態して隠れているのだろう。
 目を凝らし、耳を澄ませ、ゆっくりと息を吸い込む。
 ほんのわずかな気配さえ逃すまいと神経を研ぎ澄ませる。
 じくじくと、腹の傷が疼いた。
 変身能力で出血を止められるとはいえ、即座に傷が癒えるわけではない。
 仮に即死級の攻撃を受けたとして、しばらくは活動できるだろうが、変身を解けばその場でお陀仏となる――ボガートからは、くれぐれも能力を過信しないよう言い聞かせられている。
 ユリーはどういうわけか、こちらを殺すつもりで戦っている。
 かつて知っていたはずの、本物の殺意。
 改めて向けられてみて、なるほどこういう感じだったかという想いもあった。
 カタン、となにかが倒れる音――だが、そこに意思は感じない。
 おそらくは、注意を引くための罠。だとすれば。
 反対方向を向き、空気の動きを感じ取る。

(ここ――!?)

 踏み込んだはずの足が、動いていない。
 かすかな膝の震え。
 まさか。恐怖による硬直?
 状況を把握する間もなく、疾風が脇を通りすぎた。


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