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【小説】怪獣専門誌の編集部が巨翼と邂逅する話⑤阿蘇山の異変

阿蘇山の異変を受けて『怪獣公論』次号の特集がラドンに決定! 広告クライアントも見つかるが……。ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターと、出版社のお荷物・怪獣専門誌編集部によるドタバタお仕事物語

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登場人物


阿蘇の異変と『怪獣公論』ラドン特集号

 次の企画会議でも特集は決まらなかった。それどころかさらに二週間が過ぎても企画案は二転三転。たまに妙案が出されても上層部からの横槍があったり、他部署の一般誌でスポット的に怪獣を取り上げているコーナーなどとの企画被りがあったりで実現しなかった。

 当然、新たなクライアント獲得の目処も立っていない。志治枝は、ここはという企業や代理店にアポを取り、売り込みを掛け続けた。しかしそれでも目ぼしい成果を見なかった。

 書籍第二部に対する社内の風当たりは徐々に不穏さを増していく。上層部では『怪獣公論』への懸念が取り沙汰されるようになった。飛倉は社内で相模と顔を合わせるたびに嫌味ともとれる忠告を頂戴したし、●●は戸波に会うたびに進行を心配された。

 志治枝は面と向かって不満を言うことはなかったが、彼女を見かけると日増しに焦りを募らせているのを察することができた。


 この間、動きがあったのはむしろ世間のほうで、阿蘇山が文字通りの震源地だった。

 熊本大と国環研の合同研究グループが、先に発表された火山ガスのデータに続き、今年に入って阿蘇山一帯で微弱な地震動が頻発しているのを観測したのである。

 ラドン覚醒の前兆か⁉︎ 

 テレビ、新聞、週刊誌はこぞってセンセーショナルに報道し、SNSでは「近いうちに必ず、阿蘇山の噴火とともにラドンが目覚め、九州全域が壊滅する」との根拠不明な言説が飛び交った。

 研究者グループは、断言できるのはあくまで観測された事実だけであり、ラドンの活動との因果関係は証明されていない、との旨を繰り返し強調したものの、広く流布された言説をかき消すにはあまりにも無力であった。

 また、同時に、ラドン対策をめぐる議論もにわかに熱を帯びた。総力を挙げてラドンを駆除し未来永劫にわたってその脅威を排除するか、多少の被害には目をつぶって共存の道を探るか――。世論はまっぷたつに分かれた。


 この世間の動きを受けて、ようやく『怪獣公論』の特集はラドンに決まった。だがこの時点では、世間のラドン騒ぎへの飛倉の見方は冷ややかで、ラドン復活についても懐疑的にとらえていた。

 多少なりとも世間に影響力のある怪獣専門誌としては、地に足の着いた情報をもとに取材を進めたい。

 すでに当地にあっては、ツアーや宿泊施設のキャンセルなどが相次ぎ、熊本のみならず九州全体の観光業は大打撃を被っている。安易な報道に飛びつくわけにはいかなかった。それは書籍第二部の矜持と言ってもよい姿勢であった。

 そんなある日、志治枝から1通のメールが届いた。

飛倉編集長

お疲れ様です。
怪獣公論に帝洋丸友不動産のご出稿が決まりました。
表二見開き、表三、四すべてです。
先方はタイアップ記事の製作もご希望です。
今日開いている時間でよいので、リモートでMTG可能でしょうか?

よろしくお願いいたします。

志治枝



 朗報である。表紙をめくった見開きと、裏表紙、裏表紙の裏面。最も目立つところにあるカラーの広告ページが一度に埋まったというのだ。朗報だが、極めて異例の事態だった。

 しかもクライアントの帝洋丸友不動産は、我が国で五本の指に入るスーパーゼネコン・帝洋建設のグループ会社の一社だ。

 ブランディングが目的であれば、その出稿先は巨額の予算を投じたテレビCMであろうし、マンションの販売などを目的としたレスポンス広告であれば、顧客層の多くが目にする電車内広告や駅中のアドピラーへの出稿が自然だろう。

 版元ですら利益度外視と考えているほど発売部数が多くないこの雑誌に何を期待されているのか読めなかった。

「『怪獣公論』のメイン読者層は四〇〜五〇代男性。そろそろセカンドキャリアをおぼろげに意識し始めるこの層に、郊外型のブランドマンションを訴求したい、というのが先方の意向です。表向きのね」
「表向き……ですか?」

 志治枝の言葉を怪訝な顔で聞いていた千若の疑問に、飛倉が言葉を続ける。

「まぁ、うちの販売部数じゃ効果測定もへったくれもないからな。先方もそれを承知でクライアントになってくれたんだ、ほかにねらいがあるってことさ」
「そう。先方はタイアップ記事の制作に熊本での取材をご希望です」
「わざわざ熊本まで行ってですか? いったいなにを取材するんです?」
「ほら、例の怪獣シェルター……」
「なるほど……」

 怪獣シェルターとは、帝洋建設のグループ会社である帝洋ハウテックが開発し量産態勢を確立、施工も手掛ける怪獣避難用コンテナ式シェルターの通称である。今回のクライアントになる帝洋丸友不動産はこの販売を手掛けている、という関係だ。

 コンテナ式に規格化され、組み合わせることで自由自在に拡張が可能な居住空間を既存の家屋敷地に埋設する、家庭用避難設備。「TAI-CON Ⅳ(TITAN container 4)」の名でシェアを伸ばしているのがそれだった。

 この避難設備は、とくにラドン出現時に効果を発揮することが期待されている。ラドン出現時の脅威は、巻き起こす暴風と、超音速での飛翔時に生じる衝撃波「ソニックブーム」による家屋の倒壊が主なものだから、地中に逃げ場所を確保できるこのシェルターは、人命と財産を守るのに有効だと考えられた。

 ラドンが最後に姿を現わしたのは十二年前で、当時「TAI-CON Ⅳ」はまだ開発されていなかった。このときの被害は家屋全壊七八軒、半壊五八九軒。これは怪獣による災害としては比較的少ない被害状況であるものの、それでも瓦礫の下敷きになったり、割れたガラスに傷つけられたりなどして、死傷者は二〇名を超えたほか、三〇名の行方が未だに不明のままとなっている。

 人的被害がこれほど拡大した理由は、音速を超えた速度で飛ぶ、ラドン特有の避難の難しさにある。つまり、ラドンの脅威が迫っていても、音で気づくことができないのである。ラドン出現の防災警報を聞いてからラドンが上空を通り過ぎるまでの短い時間が非常に重要であり、その点でも各住宅の敷地内に設置できる避難設備が望ましい。

 阿蘇山を中心とした熊本県下では、ラドン対策へ取り組む自治体への助成金も背景に、この「TAI-CON Ⅳ」が急速に普及しつつあった。

 背景にあるそんな事情を志治枝は説明した。

「どうもラドン先生が以前『怪獣公論』に書いた記事が先方の広報担当者の目に止まったみたい」
「ラドンと共存を訴えるあの記事か……。なるほど、怪獣シェルターを売り続けるならラドンが生きていてくれたほうが都合がいい、と」
「はっきりそう聞いたわけじゃないけどね。ほら、ラドンを倒すべきかどうかの議論も今盛り上がってるじゃない」
「次もラドンさんを弁護して欲しい、と期待されてるわけだ……。で、タイアップ記事は熊本まで行ってどんな取材をご希望で?」
「あ、それはそんなに身構えなくても大丈夫よ。熊本でその怪獣シェルターの最新タイプを庭に作ったお宅があるから、そこを取材して記事にしてほしいって」
「それならラドン先生に行ってもらうか」
「あいにく、先方は編集長をご指名です」
「俺に、ですか」
「そ。これだけの広告を打つんだから責任ある人に書いて欲しいってことでしょうね。営業としても、今後も継続して出稿してくれるかもしれないし、先方への挨拶も込みで、編集長にお願いしたい」
「よし、新人くん、君も一緒に行くぞ。カメラマン要員だ」
「えっ⁉︎ あっ、はい」
「なんだ、不満か?」
「そう言うわけでは……。いえ、写真撮るのは編集長も得意じゃないですか。なら僕は熊本に行くより別の取材したほうがいいんじゃないですか。もっとこう、雑誌の売り上げにつながるような……」
「志治枝サンの言うこと聞いてたろ? こういうときは取材に力を入れてる姿勢を見せたほうが相手は喜ぶんだ。ひとりじゃ格好がつかん」
「そんなものですか……。わかりました」
「決まりね。詳細は博愛ADの細見さんに連絡して詰めてくださいな。細見さんにはほかの雑誌でもお世話になってるからよろしくね」

 志治枝の「よろしく」とは「先方の顔を潰さないように」との意味である。
 リモートのウィンドウを閉じてから千若が飛倉に尋ねた。

「ウチってそんなに信用ないですかね? 編集長が出ていかなきゃロクな記事ができないとでも? ●●さんだってウチの戦力じゃないですか。それを……」
「これまで散々自由に記事載せてきたからな。クライアントが不安になるのもわかるさ。まぁ、今度の取材で先方の出方を見て、雑誌の方向性も考えないといかんかもなぁ」
「編集長、それは自由な言論の場を捨てろってことですか? 編集長は、僕たちは、なんのために本を作っているんですか」
「……そうだな。実を言うと、俺にもよくわからなくなってきてる。読者のためなのか、クライアントのためなのか、ウチの立場を守るためなのか……」

 この出版不況の時代にあって、飛倉のような苦悩を抱える編集者は珍しくない。本は読者のためにある。だから売るには読者の求める本を作る。商業出版において、それは疑いようのない自明の理である。だがそれは、多くの読者が求めるものと、編集部の信念とが一致し、クライアントの理解があって成り立っていた。

 情報のニーズがネットに移り、雑誌を求める読者が減るとその構造に歪みが生じた。

 出版社は生き残るために変革を求め、ウェブ媒体に活路を見出そうとしている。

 だが雑誌は? あくまで紙の媒体の収益構造を維持しようとするなら、信念を曲げ、クライアントの要求を受け入れることが必要とされた。

 大東公出版・書籍第二部はその板挟みの渦中にある。


次の話につづく↓

※この物語はフィクションです。登場する人物・企業・出来事は、実在する如何なるものとも無関係です。

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特撮怪獣映画『ゴジラ』(1954)でヒットを飛ばした東宝が、1956年に公開した『空の大怪獣ラドン』。いいですよね『空の大怪獣ラドン』。2年後、2026年には70周年です。

先日、調布シネマフェスティバルの『空の大怪獣ラドン<4Kデジタルリマスター版>』上映イベントに行ってきたのでレポも書きました。

★この小説は、本作のファンサークル「ラドン温泉」が2022年冬のコミックマーケットC101で頒布した合同誌に収録されたものです。ラドン70周年を盛り上げるべく、修正して公開します。

元ネタは友人のキミコさんによる短編の世界観です↓

元ネタ(聖典)↓

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