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祝『ゴジラ-1.0』アカデミー視覚効果賞で思う「特撮」の本質について

祝『ゴジラ-1.0』オスカー受賞

歴史的な瞬間だった。

米国時間2024年3月10日、かねてよりアカデミー賞・視覚効果賞にノミネートされていたわれらの『ゴジラ-1.0』が、第96回アカデミー賞授賞式にて同賞を受賞。プレゼンターのアーノルド・シュワルツェネッガー氏とダニー・デヴィート氏がゴジラのタイトルを読み上げ、登壇した山崎貴監督、VFXプロデューサーの渋谷紀世子氏、高橋正紀氏、野島達司氏がオスカー像を手渡された。

悲願は成った。
怪獣映画のファンとして心からお祝いしたい。
山崎監督、同作に関わられたみなさん、ほんとうにおめでとうございます。

最も優れた視覚効果を発揮した作品に与えられる同賞の受賞は、報道によれば、アジア圏では初の快挙。
そして、その賞が円谷英二以来連綿と受け継がれてきたわが国の怪獣映画に贈られたことが、多くの怪獣ファンに非常なる感慨をもたらしている。

この記事で紹介した文献からわかるとおり、本邦の特撮怪獣映画は、少なくともその技術面においては不当な評価ばかりにさらされてきたわけではない。『空の大怪獣ラドン』の時点で、当時の評論家・双葉十三郎はその特撮映像を「アメリカの空想科学映画にヒケをとらぬ出来ばえと誉めても身びいきにはなるまい」と高く評価していたし、1957年に出版された映画技法の一般向け解説書『映画の手帖』では特殊撮影を駆使した映画の代表例として『ラドン』をあげ、5ページにわたって詳細な特撮のメイキングを掲載した。

ウィリス・オブライエンやレイ・ハリーハウゼンから円谷英二に受け継がれだバトンによって生み出したセンス・オブ・ワンダーは、当時の観客たちに確かに手渡された。

特撮の歴史は円環を成し、再び権威に手を触れる

しかし、である。「特撮」に特徴づけられる怪獣映画趣味は、これまで社会のメインストリームを歩くことはなく、長らくサブカルチャーの地位から世の中の権威とされるものを眺めてきた。

60年代の第一次怪獣ブームで、このジャンルのメインターゲットの年齢層が下がり、子供向けジャンルになったことが一つの要因と言えよう。怪獣は、かしこまった賞レースに乗るような作品よりも、子供たちの友達になることを選んだ。断じて言っておくけれど、これは悪いことではない。そのおかげで今の我々がいるのだから。

怪獣映画はファミリー映画の地位を不動のものにした。お正月に、子供を連れて安心して観に行ける定番のシリーズ。そのなかで平成ガメラ3部作などエポックメイキングな作品も登場し、ファンの間で高い評価を得たものの、世間の「怪獣=子供のもの=いつか卒業すべきもの」という固定観念をぬぐうことはできなかった。のちに『シン・ゴジラ』制作のきっかけになった2014年のギャレス・エドワーズ版『ゴジラ』から始まるモンスターバースシリーズもファミリー路線を全力で突き進んでいる。

そうそう、1998年のローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』も忘れてはいけない。これはゴジラというIPをモンスターパニック洋画アクション映画として再構築し、キッズ以外にもリーチせしめるための試みとしてかなりいい線を行っていた。怪獣に興味がなさそうな一般層(涙の片想い女のためにポプラの枝になる男、夜明けの電車で裸足で泣いている女、取り壊し予定の桟橋で密会している学生カップルなど)におすすめしやすい良作だが、直立二足歩行ではないリアルな恐竜体型でビル街を疾走する姿があまりに日本版とかけ離れていたため、ゴジラ原理主義者に「こんなんゴジラじゃないッ!」みたくディスられるという憂き目にあった。

そんな世間の評価と怪獣ファンの思いとを隔てる壁に、くさびを打ち込んだのが庵野秀明監督。2016年に送り出された『シン・ゴジラ』で、我らが愛する怪獣コンテンツの面白さに、ようやく世間が気づいてくれた気がしたものだ。

そして、いま、『シン・ゴジラ』を「次に監督する人はたいへんだ」と評した山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』が権威ある賞を手にした。

円谷英二のバトンは膨大な人の手によって受け継がれ、ロサンゼルスにたどり着いた。

円環が閉じた。長い道のりだった。

その長い道のりで、特殊撮影の主流はミニチュアワークからVFXになっていたが、特撮の魂は失われていないと断言できる。

VFXでも変わらない特撮の哲学

かつて怪獣ファンの間で、ミニチュア特撮とCGはどちらが優れているか、と論争があった。

ミニチュア特撮は偶然の要素が多く、撮影者の想像を超えた映像を生み出せるが、CGは作者の想像力を超えられない、といった言説があった。

我々は、かつてのミニチュア特撮の現場でクリエイターたちがどれほどの苦労を重ねて映像を作っていたのかを知っている。そしてまた、アニメーターやVFXのクリエイターがどれほどの時間をかけて迫力のある映像を生み出そうと努力しているかを知っている。だから今日ではミニチュアvsCG論争を見かける機会は少ない。

見る者をアッと言わせる映像を作りたいという姿勢はどちらも共通しているし、VFXの現場で「作者の想像力を超える」努力がされていないかといえば、否。断じて否。

庵野秀明監督は『シン・ゴジラ』や『シン・エヴァンゲリオン』で、制作現場のあらゆる工程で徹底的なトライアンドエラーを繰り返し、自身の頭脳だけでは生み出せない、ひとかけらのワンダーを探し続けた。

いかにして自身の頭脳を超えるアウトプットを行なうか。これは、庵野監督だけでなく、一流のクリエイター全員がいま、戦っているテーマなのだ。

山崎貴監督はその課題をチームの力、とりわけ野島達司氏ら若いクリエイターの能力を信じることで乗り越えた。例えば本作のVFXでも特に高く評価されている海での戦いのシーン。とりわけゴジラが泳ぐ白昼の水面の表現は、まさにオスカーに相応しい出来栄え。これは山崎監督の予想を超えた技術をもつ野島氏の仕事だった。

野島くんは、もともとコンポジター、合成する人として入社したんです。でも、趣味で水(の映像)を作る、水のシミュレーションが趣味なんですって言うから、ちょっと見せて言ったら、とんでもなく素晴らしいシミュレーションを作っていて。「それができるんだったらちょっと水をやってよ」って言って。

「スピルバーグからの影響やVFX、AIの話題も 山崎貴、ハリウッドで『ゴジラ-1.0』を語る」
リアルサウンド映画部、文=平井伊都子
https://realsound.jp/movie/2024/03/post-1588247.html


バトンがつながっている。こんなに嬉しいことがあるだろうか。

映画界の権威に触れた特撮文化は、ここから2巡目に入るのだ。


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ところで本邦の怪獣映画の歴史に大きな功績を残しながらもいつもゴジラの影に隠れてしまう『空の大怪獣ラドン』が2年後の2026年に70周年を迎えること知ってましたか!?!?
『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』につぐ東宝怪獣映画の3作目にして初のカラー作品!

私の怪獣ファン仲間でマブダチのキミコ氏が、ラドン好きの自身をモデルに書いた「ラドンライター」がここで読めます。ラドンを追うことに情熱を燃やす女性ライターが主人公の短編です。

その設定に全力で乗っかって書いた怪獣専門誌編集部を主役にした長編(キミコ氏と合同でc101で頒布したもの)を、今回、ラドン70周年勝手に盛り上げ企画としてアップしてみました。雑誌編集の現場をガチでやりすぎて「入稿締切日にFTPサーバートラブルで大ピンチ!」とか「特集がラドンじゃ広告が全然入らないぞ!どうするんだ!?」みたいな話が続いてなかなかラドンが出ないため、お仕事小説として読んでください。

ラドン登場場面から読みたい方はここからどうぞ↓

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