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#5 困惑

私の中には何人もいる。 熱血くん、悲しい僕、楽天的な子供、厳しい皮肉屋、全部含めて私だけど、 1人を贔屓にするわけにはいかない。 自分は何人もいるし、時と場所そして、誰といるかで私は変わる。 他人に左右されない真の通った自立した人でありたいけれど、つまづくこともある。そんな自分も愛して、抱きしめて、また歩いていく。 そうやって今までやってきたのだから、 これからも、やっていけるにちがいない。 大丈夫。1人でも独りじゃない。

    • #4マニュアル生命体

      人間の順応性は便利だ。 たいていどんな環境でも、睡眠、食事、運動を行えば、人間は機能する。 体から要件を知り、実行し、達成。 パターンは決まっている。仕事も同じだ。思い当たる策を試し、参考資料を見て、必要だったらほかの脳に問い合わせる。 定職に就けば環境は変わることは少なく、基本的にパターンを繰り返せば生きられる。 自分には、ささやかなことに感謝をもって生きることは大事と言い聞かせてきたけれど、一日のほとんどは考え事をしている。 当然、退屈なテレビ番組には集中でき

      • #3 小説「どうしても生きてる」(著:朝井リョウ)を読んで。

        生の虚無感をもつ私が、タイトルに惹かれ手に取った一冊。 本書は6つの物語で構成されている。物語は場面と時系列が変動的であるがそれも楽しんで読むことができた。 それぞれの物語はメインの一人の視点で描写され、その人の思考を体験するようだった。 脳で咀嚼する間もなく、次々と災難にさらされる無慈悲な生。 自分の不運を受け入れることは希望となるのか。 自分を隠すことがうまくなればなるほど、心は現実から離れ痛む。 虚無感で憂鬱になる。 なぜ生きているのか顧みる余裕もあたえられな

        • #2 「考えすぎ」と言われて

          「考えすぎだよ」「心配しすぎだよ」 なんどもそういわれた。 わかってる。でも思考はブレーキのない車輪のように回り続ける。 不眠症のときもこうだった。 眠ろうと思えば思うほど、眠れなくなった。 考えることをやめようとすればするほど、考えた。 やめようとするほど、やってしまう。 やめることも、やりつづけることも無理なら、その他に策はあるのか? 「~しすぎ」は、それとなくその行為自体を悪とほのめかしている。 考えること自体はわるくない。その生まれたその思考は置き場所を求めて

          #1 生きる意味の見つけ方

          すでに好きなことがある人はその活動をし続けるだけで、気づいた時には死んでいるだろう。 ガンジーが「私は毎日死んだように眠る」みたいなことを言っていた。 活発に生きている人は魅力的だ。 生物として、生きる目的は種の存続なのは当然に聞こえる。 でも、生命の根源となる地球環境を脅かすまでに進化した人類は存続すべきなのだろうか。また、個人の自由は拡張し続け、集合体としての目的は個人を動かす動機としては不十分だ。 人生は楽しむためにあり、感情は活動によって引き起こされる。 そのため

          #1 生きる意味の見つけ方