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星色Tickets(ACT2)_SCENE17

※共通(シナリオ分岐あり)

//背景:校舎裏_夕方

梅雨が遥か遠くの出来事であったかのように、空は青々と晴れ渡っている。

葉はますます深緑に染まり、雨音はセミの合唱となり、気づけばもう七月だ。

七月。
 
俺たちの勝負の瞬間まで、残すところ四週間。

恭司「なんか違うんだよなぁ~」

にもかかわらず、企画の段階で言えよ、とツッコまれそうな不満を口にする監督がいた。

瑠奈「まだ足りない点があるって言うの?」

それも一度だけではなく、三度も漠然とした指摘をされては、脚本家が青筋を立てるのも無理ないわけで。

恭司「う~ん、面白いしグッとくるラストではあるんだけど……なんかなぁ」
瑠奈「なんかなぁ、じゃわからないわよ。もっとはっきり言って」
瑠奈「う~ん……」

蝉のけたたましい鳴き声が鼓膜を突く。

直射日光の避けられる放課後の校舎裏と雖も、七月となればうだるように熱く、そんな炎暑が藤沢の苛立ちに拍車をかけているのかもしれない。

星「ごめんなさい。わたしが力不足だから」
恭司「いいや、雛鳥の演技は少しも悪くない。むしろ最高だよ」
恭司「すももと藤沢も段々良くなってる。はじめは違和感があったけど、今ではほとんどなくなってる」

三人とも、ほんとうによく頑張ってくれてる。

すもも「脚本も演技も問題なし。ならきーくんは、なにに違和感を覚えてるの?」

俺の夢を本気で叶えようと三人は頑張ってくれてる。

恭司「それは……」

凍てつくような藤沢の視線に、率直な疑問を宿した雛鳥とすももの視線が重なる。

……わからないんじゃない。これじゃダメだって、明確にわかるからこそ口に出せないんだ。

問題があるのは脚本だ。

けど、藤沢は俺のオーダーを完璧に遂行していて。これなら地区大会で優秀賞獲れちゃうんじゃないかって、本気で思えるくらい完成度の高い脚本で。

……でも、気づいちゃったんだ。

これじゃ小波を泣かせることはできないなって。

俺のほんとうに叶えたい夢は叶わないなって。

瑠奈「……忸怩くん、私と入部前に交わした約束覚えてる?」
恭司「……隠しごとをしない、だったよな」

口にした瞬間に胸が痛んだのは、その約束をはじめから守れていなかったから。

小波が泣けるような脚本を書いてほしいという本音を、俺は一度も口にしていないから。

瑠奈「正解。けど私も鬼じゃないから、二回までは嘘も隠しごとも見逃そうと決めたの」

二回は見透かされてたってわけか。

瑠奈「同時に三回目が来たら、なにを隠してるのか覚悟を決めて訊こうと決めてた」

一歩、一歩と、藤沢がゆっくりと近づいてくる。

瑠奈「教えて忸怩くん。あなたはなにを隠しているの?」

俺を見つめる藤沢は、どこか悲しげに見えて。

瑠奈「教えて。私はあなたを……あなたにだけは裏切れたくないの」
瑠奈「だから、お願いだから……私の信じる誠実な忸怩くんでいてよ。……信じさせてよ」
恭司「……」

真実を口にするのは簡単だ。

けど、その選択が今日まで築き上げてきた俺たちの絆を壊すかもしれないと思うと。

ほんのちょっとでも、その可能性があるかもしれないと思うと……

恭司「……ごめん。話せない」

こわかった。

藤沢に嫌われることが、この居心地のいい空間がなくなることが、堪らなくこわかった。

小波のためならどんな犠牲も厭わない覚悟でいた。……はずだったんだけどな。

俺が小波のことを話さない限り状況は進展も後退もしないのに。そうわかっているのに。

忸怩な俺は、大切が壊れてしまうことを恐れて、つらい現実から逃げることを選んだ。

瑠奈「……そ。じゃあさよならね」
恭司「え?」
瑠奈「私はなんでも話せるんだけどなぁ」
瑠奈「……あなたにとってそんなものなんだ、私って」

ぼそぼそとつぶやく声はほとんど聞こえなくて。

けど、ひとつだけ。涙声ってことだけはわかって。

恭司「ま、待ってよ藤沢! お前がいなくなったら誰がシュピレシアを演じるんだよ!?」
瑠奈「……当日、全員が全員万全の状態とも限らないでしょ? 不測の事態に備えてバーターを用意しておくのも監督の務めなんじゃないの?」
恭司「バーターって……主要人物はこの三人で演じたいって、藤沢、言ってたじゃん……」

それは数週間前、脚本制作をしているときに藤沢がぽつりと呟いたこと。

恭司「だから三人で完結できる話にしたって。あくまで俺たち演劇サークルの作品にするって……」

らしくない仲間意識の際立った言葉に面食らったことを、俺は今でもよく覚えている。

恭司「なぁ藤沢、まさかここにきて降りるとか言わないよな?」
瑠奈「…………」
恭司「俺の泥船に最後まで乗ってくれるんだよな?」
瑠奈「……ごめんなさい」
恭司「俺の夢を叶えてくれるんだよな!?」
瑠奈「……私なんかじゃ、あなたの夢を叶えられないよ」

踵を返した藤沢は、足を止めようとしない。

恭司「藤沢!」

俺と、彼女の距離が。

俺の希望の星が。

ゆっくりとゆっくりと。

覇気のない足音と共に遠ざかっていく……

恭司「……そんなのってないだろ」

込みあげる感情は、後悔なのか怒りなのか。そしてその感情は、誰に向けられたものなのか。

恭司「俺にはお前の才能が必要なんだよ……っ」

激情の本流に呑まれながら、俺は縋るように情けなく、そんな本音を口にする。

瑠奈「……才能、か」

アスファルトを踏みしめる音がぴたっと止まる。

同時に、俺は取り返しのつかないことをしてしまったんだって気づいた。

恭司「あ、いや、今のは違うんだ藤沢。俺はお前のことを――」
瑠奈「そう。……そうだったの」

けど、気づいた時には既に遅くて。

一度声にしてしまった言葉は、どう足掻いても取り消せなくて。

濡羽色の髪を夕風に棚引かせながら俺を振り返った藤沢は、泣いていた。

瑠奈「信じてたんだけどなぁ」
瑠奈「あなただけは、本当の私を見てくれてるんだって」
恭司「藤沢……」
 
俺は知ってるんだ。藤沢が努力の天才で、お人好しで。

強気な態度が目立つけど、ほんとうはシビアなやつだって……

瑠奈「……じゃあね岸本くん」

//分岐:瑠奈ルートに入った時のみ再生

だってあの日も。図書館ではじめて会話した日も。

藤沢は、図書館の端にある誰の目にもつかない場所で、ひとり静かに泣いていたから……

//共通

恭司「あ……」

忸怩くん。

蔑称にしか思えないけど、恐らくこのあだ名は藤沢が俺を認めてくれている証だった。

俺と藤沢の、友情と絆の証だった。

恭司「ま、待ってよ藤沢……」

それが今、瓦解した。

藤沢の拒絶で瓦解した。

恭司「あ、ぁあ……」

足音が段々と遠ざかっていく。藤沢が手の届かない存在に戻っていく。

だというのに俺は。

手を伸ばしたまま動けない。足裏が地面にくっついたみたいに、ぴくりとも動くことができない。

恭司「……あぁ、くっそ……」

藤沢の後ろ姿はまだ見える。追いかければ手の届く距離にいる。

けど、追いかけようと思えない。
 
だって俺にはもう、藤沢を止める権利がないから。
 
彼女のもっとも傷つけてはいけないやわらかい部分を、深く傷つけてしまったから。

すもも「なにしてるのきーくん! これで終わりでいいの!?」

正面で膝立ちしたすももが、俺の肩を掴んでぶんぶん前後に揺さぶってくる。

アスファルトに直につけられた膝頭は、砂で汚れて変色している。

すもも「藤ちゃんも藤ちゃんだよ! こんな終わり方でいいの!?」
すもも「たしかにきーくんは隠しごとしてるけど、それは藤ちゃんを想ってのことなんだよ! きーくんは心の底から藤ちゃんを大切に想ってる。だから本当のことを話せないんだよ!」
恭司「すもも……」
すもも「友だちだからなんでもかんでも話せるってわけじゃない。わたしなんてきーくんの幼なじみなのに、ずっと昔から隠しごとしてる。……想いを伝えて今が壊れるのがこわいんだよ!」

気持ちが昂っているからか、すももの顔は真っ赤になっていた。

すもも「っ~! 藤ちゃんのばかぁ! ここまでしても戻って来ないならもう知らないっ! 後からぐちぐち言っても遅いんだからねっ! わたし、今ちゃんと伝えたからねっ!」
恭司「……ほんと、俺ってやつはつくづく救いようがないな」

部員を連れ戻すために副部長はこんなにも必死だってのに、部長はこのザマって……

すもも「なに弱気なこと言ってるの! ここで藤沢さんを諦めたら全部終わっちゃうよ!?」

お前、そんな熱血キャラじゃないだろ。

//分岐:すももルートに入った時のみ再生

けど、すももはいつだってそうだ。

俺が絶望に屈して立ちあがることもままならないとき、俺を先導しようと必死になってくれる。俺と真摯に向かい合って助けようとしてくれる。

………。

……。

//背景:恭司の家(過去)

恭司『俺はさ、証明したいんだ。小波が普通の女の子だって。小波はなにもおかしくないんだって。俺は小波にずっと笑顔でいてもらいたいんだ』
恭司『……だからすもも、手伝ってくれないか?』
すもも『うん、いいよ。……あときーくん、泣いていいんだよ?』
恭司『ダメだろ。小波も母さんも泣いてる。全部全部、あいつのせいで……』
恭司『だから、俺が泣くわけにはいかないよ。俺がふたりを守っていかなきゃ。俺が強くなきゃ……』
すもも『恭司は立派だなぁ~』
恭司『っ! ……なに、抱き締めてんだよ。俺たち中学生だぞ? 勘違いされるぞ?』
すもも『わたしは勘違いされても構わないよ』
恭司『……やめろよ、そんな風に頭を撫でられたら……う、うぅ……』
すもも『そうそう、いいんだよそれで』
すもも『わたしの前でだけ、弱さを晒せばいいんだよ恭司?』
恭司『うぐっ……その、恭司って呼び方やめろよ。俺はきーくんだろ?』
すもも『慰めるとき限定で、きーくんは恭司なのです』
恭司『はは、なんだよそれ……ひぐっ』
恭司『……なぁすもも、俺は小波を普通の女の子だって証明できるかな?』
すもも『恭司ならできるよ。わたし、知ってるもん。恭司が誰よりも頑張り屋さんだって』
恭司『……でも俺、特別なにかできるわけでもないし』
すもも『できるできる。恭司なら絶対できる』
すもも『大丈夫だよ。わたしがずっと隣にいるから』
恭司『……いいのかよ。大切な時間を俺のために割いて』
すもも『大切な人のために大切な時間を割くんだもん。これ以上の幸せはないと思うけどなぁ』
恭司『…………泣いていいかな』
すもも『うん。たんとお泣き。全部全部、わたしが受け止めてあげる』
恭司『ひぐっ、うぅ……あぁぁっ、あぁああぁあ!』
すもも『よしよし。よくがんばったね恭司』

………。

……。

//背景:校舎裏(夕方)

あの時も、俺はすももに助けられた。

すももがいなければ、俺は間違いなくあそこで潰れていた。

//共通

恭司「……いいんだよこれで」
すもも「え?」

//分岐:すももルートに入った時のみ再生

けど、あの時とは状況が違う。
 
今の俺は、被害者じゃなく加害者だ。
 
あいつと――俺たち家族を捨てた父親と、変わらないことを藤沢にしてしまった。

父親『こんな子、生むんじゃなかった……っ!』

そう小波に吐き捨てて、家を出て行ったあいつのように。
 
俺は、藤沢を傷つけてしまった。
 
自分本位に物事を捉えて、相手の心境なんてお構いなしに感情をぶつけてしまった。

嘘をつくよりも最低な行為をしてしまった。

//共通

恭司「藤沢は俺と本気で向き合ってくれた。なのに俺は、あいつの本気に偽りの本気で応えた。だから、これは当然の報いなんだよ」

言葉は、いとも容易くひとを傷つける。言葉によってつけられた傷は、一生消えない。
 
人格を殺し、時として運命さえも狂わせるそれは、凶器よりも性質の悪い猛毒。

恭司「……ごめんな、すもも。せっかくここまで手伝ってもらったのに」
すもも「なに言ってるの! まだ終わったわけじゃ……!」
恭司「いいや、もう終わりだよ」

だって俺が、これ以上欺瞞を貫くことに、限界を感じてしまったんだから。

すもも「きーくん……」
恭司「……ほんと、ごめんな」

小波との約束も、雛鳥との約束も、先輩との約束も、これで全部潰えた。
 
こんな状況に陥って俺ははじめて気づく。
 
俺の本質は、絶対になりたくないと強く否定しつづけたあいつと変わらないんだって。

星「……せんぱい」

弱々しい声に振り返ると、雛鳥が今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめていた。

恭司「……雛鳥もごめんな。今日まで必死にがんばってもらったのに」
星「そんな。せんぱいがいなきゃわたし……」
恭司「いいや、俺がいなくたって雛鳥は輝けた。雛鳥はさ、最初から輝いてたんだよ」
星「そんなはずない。だってわたし、せんぱいと出逢うまで……」
恭司「名前に似合う立派な子だよ、雛鳥は。だからこれからは胸を張って過ごすんだ」
星「そんな……そんなのってないよせんぱいっ!」

//分岐:星ルートに入った時のみ再生

星「だってわたし、まだせんぱいの……っ」
恭司「先輩のなんだ?」

声を荒らげて雛鳥はなにかを訴えようとするが、ついに続く言葉が紡がれることはなく……

//共通

恭司「今日までありがとな」

その日、俺のふたつの星の消失と同時に夢が潰えた。

なにもかも失って、改めて痛感させられる。

俺にはなにもないって。支えてくれる誰かがいたから、俺はここまで来られたんだって。

……さて、みんなにどう説明したもんか。

音源に衣装に大会予約に。

明日からは頭を下げる日々が続きそうだ。

………。

……。


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