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星色Tickets(ACT2)_SCENE19
※共通(シナリオ分岐あり)
※ACT3で攻略するヒロインが一足早くお見舞いにやってくる。
以下、小波ルート(ノーマルEND)のシナリオ
//背景:病室_夜
恭司「んんっ……」
小波「お兄ちゃん?」
恭司「……小波か?」
小波「お兄ちゃんっ!」
胸にあたたかな温もりを感じる。
目を開くと、今にも泣きだしそうな顔をする小波が俺に抱きついていた。
小波「よかった……ほんとによかったよぉ……」
//演出:小波ルート選択時のみ再生
恭司「……ここは」
不鮮明な記憶の糸を辿る。
たしか……そうだ、バイト中に三脚から落ちたんだ。
で、緊急搬送されて病室に。家に連絡が届いたけど、いつものように母さんは仕事でいなくて。
小波しかいなかったから、こうして駆けつけてくれたのだろう。
//共通
小波「お勉強してたら突然店長さんから電話がかかってきてびっくりしたよぉ」
恭司「その店長さんは?」
小波「わたしが来たら店番があるからって、帰っていったよ」
恭司「そっか。あとでお礼の連絡しなきゃ」
ここ最近は志那ちゃんに迷惑をかけてばかりで申し訳ない。
明日……行けるかどうかはわからないけど、今度スイーツ店に行くときは盛大に奢ろう。
小波「無事でよかったよぉ」
恭司「小波……」
小波「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……っ」
小波は泣き出しそうな顔をしたまましゃくりあげている。
けど、小波の泣き出しそうが泣いたになることは決してない。
小波「ごめんな。心配かけて」
何故なら小波は――生まれつき泣くことのできない体質だから。
小波「わたしね、お兄ちゃんがいなくなったらって思うとこわくてこわくて」
小波「……お兄ちゃんはどこにもいかないよね? ずっとわたしの側にいてくれるよね?」
恭司「うん、俺はいつだって小波の側にいるよ。絶対に小波をひとりにはしない」
〝シェーグレン症候群〟という病気らしい。
多く高齢期に発症すると言われる、小波と同じ年頃の女の子では、まず患うことがないとされる国が定めた指定難病のひとつ。
小波「うぅ……お兄ちゃぁん……」
恭司「そう泣くなって。大丈夫、ちょっと無理が祟っただけだからさ」
涙声で、顔はくしゃくしゃで。けど、小波の瞳から涙は流れない。流れたことがない。
それでも小波は泣いてるんだってわかるから、俺は背中を撫でて慰める。
泣けない。
それはつまるところ、喜怒哀楽の〝哀〟が欠落していることを意味する。
そんな小波を父親は――あいつは気味悪がり、そして捨てた。
小波「ごめんね、わたしがこんなだから。……お母さんの負担を減らすため、なんだよね?」
俺と小波の親権にはまるで興味を示すことなく、全部全部、母さんに押しつけた。
恭司「考えすぎだよ。俺は経験が目当てでバイトしてる。給料なんて副産物で興味がないから、生活費に入れてるだけだよ」
そうやって、あいつが俺たちの前から姿を消したのは四年前のこと。
当時中学二年生だった俺は、さめざめと泣き続ける母さんと、全部自分のせいだと責任を感じて自信を失ってしまった小波を見て決めたんだ。
小波「ごめんね、お兄ちゃん」
これからは、俺がふたりを支えていくんだって。
小波「わたし、高校生になったらいっぱいバイトして自分の治療費は自分で稼ぐから。お母さんとお兄ちゃんに頼りっきりにならないようにするから……」
なんとかして小波を泣かせて、小波は普通の女の子なんだって、証明してやるんだって。
恭司「治療費のことなんて気にしなくていいよ。そんなことを気にするより、母さんは小波がのびのびと生きることを望んでるはずだ」
恭司「それに小波は賢いからさ、立派な学歴を修めて、立派な職に就いて。そうやって恩返しした方が小波の負担も軽いし、将来的な恩恵も大きいと思うんだけどどうかな?」
そして、小波を泣かせる可能性を見出したのが演劇だ。
いつだったか、テレビに映し出された有名な劇団が上演している様子を食い入るように眺めたのちに、小波は「なんかすごかった!」と興奮しながら俺に伝えてきた。
なんかすごい。
漠然としたその感覚は、小波を泣かせることのできる唯一の可能性のように思えた。
というのも、その頃の小波は塞ぎ込んでいて、感情を露わにすることがほとんどなかったからだ。
小波「……そう、だけど。でも……」
それから俺は、演劇の世界に深く潜り込んでいった。
小波にはバレないように図書館で書物を漁って、古典的名作とやらを原作を読んでから視聴して、最高の舞台を作りあげるために、実際はバイト代の四割しか家庭に回していないのに八割つぎ込んでいると嘘をついて。
四年間、積み重ねた。
すべては小波を泣かせるために。
小波を普通の女の子だって証明するために……
恭司「〝ごめん〟と〝でも〟は極力減らす努力をしろって言ったろ?」
父親がいなくなったあの日から、小波は悲観的思考に囚われてしまっている。
ほんとはもっと無邪気で、横着な一面があって、自分のしたいことをはっきり言える女の子だったんだよ、俺の妹はさ。
恭司「〝ごめん〟は〝ありがとう〟に。〝でも〟は〝したい〟に変えてこう?」
そんな妹が、俺は大好きだったんだよ。
もちろん、今の小波も大好きだけど。
恭司「いつもいつでも前向きにとは言わないけどさ、そうやって何事も後ろ向きに捉えてると、人生楽しくなくなっちゃうよ?」
小波「……うん、そうだね」
小波「さすがお兄ちゃん。お兄ちゃんはわたしのお星さまだねっ」
恭司「お星さま……」
懐かしい記憶が頭をもたげる。
星『わたしもお星さまみたいに輝けますか?』
雛鳥……
恭司「……俺は、お星さまなんかじゃないよ」
だって俺は、星に照らされる側の人間だから。
星に憧れて手を伸ばし続ける、求める側の人間だから。
小波「どうしてそんな泣きそうな顔してるの?」
恭司「……いや、なんでもないよ。それより小波、明日も学校だろ? 時間も遅いだろうし……って二十二時!? 小波、補導されたら大変だから今日は泊まって――」
??「そんな場所ないぞよ。ここは公共施設だから」
と、ごもっともすぎる指摘は部屋の入口から。
俺の寝ているベッドは月明りの差し込む窓際にある。となれば、電気が点いていなくともそれなりに視界は開けているわけで……
すもも「しかし、心配ご無用っ。タクシー呼んどいたからね」
恭司「相変わらず、見かけによらず手際がいいよなお前って」
すもも「ふふん、モモさんは有能だからねっ」
腰に握りこぶしを当てて胸を張る幼なじみはいつも通りお気楽で。
目覚めてからというのも暗い話ばかりしていたからか、そんな底抜けに明るい姿に頬が綻んでしまう。
//演出:すももルート選択時のみ再生
意図的かはわからないけど、すももはいつもここぞって時に癒しをくれる。
ほんと、助けられてばかりだ。
//共通
恭司「悪いな。運賃料は今度返すよ」
すもも「いいよいいよ、だって小波ちゃんはモモさんの妹でもあるし」
恭司「なに言ってる。小波は俺の妹だ。誰にもやらんぞ」
星「うへぇ、まさかとは思ってたけど、せんぱいって天然のシスコンだったんだ……」
恭司「は? なんで雛鳥がいるの?」
星「ちょっとちょっと! お見舞いに来たのにその言い方はないんじゃないかなぁ!」
恭司「いや、だって……」
俺が倒れたのって数時間前だよな? お見舞いって普通、翌日以降に来るものじゃないのか?
すもも「わたしが呼んだんだ」
恭司「何故に?」
すもも「何故ってそりゃ仲間だからだけど……」
すもも「あ、でも呼んだっていうのは語弊があるかも。モモさんはきーくんが倒れたって伝えただけなんだけど、そしたら雛ちゃん――」
星「わーわーわーっ! だ、だって心配だったもん! せんぱいは大切なひとだし!」
……そっか、雛鳥にとって俺は大切なひとに値する人間になれてたのか。
恭司「ここまで走ってきたのか?」
星「え? えっと、うん、走ってきたけど……それがどうしたの?」
恭司「どうしたのってお前……」
寝巻きのまま、俺を見舞うために汗も人目も厭わないで駆けてきたっていうのか? 雛鳥が演技をしてた公園からこの病院までかなりの距離があるんだぞ?
恭司「つまり、きーくんが思ってる以上に、みんなきーくんを大切に想ってるんだよ。ね、小波ちゃん?」
小波「そうだね。……よかった。お兄ちゃんを大切に想うひとが、わたしとモモ姉ちゃん以外にもいたんだね」
すもも「そうだよ小波ちゃん。きーくんは学校で毎日元気いっぱいハーレム活動に励んでるよ」
恭司「どさくさに紛れて嘘つくなよ」
なんだよハーレム活動って。
星「いや、わりかし否定できないと思う」
と、懐疑的なのは俺ひとりで、よくわからないけど部員ふたりは肯定派らしい。
恭司「なんでマジトーンなの? 雛鳥さん顔がこわいよ?」
小波「はは、お兄ちゃんは人気者だね」
恭司「あ、はは。人気……なのかなぁ」
好意よりも邪気を向けられる確率の方が高いと思うんだけど気のせいかな?
すもも「あ、タクシーついたみたい。小波ちゃん、玄関までひとりで大丈夫?」
小波「モモ姉ちゃんは相変わらず過保護がすぎるよ」
すもものやつ、小波の好感度稼いでやがるな。
小波「じゃあわたしはここで。モモ姉ちゃんと……雛鳥さんでしたか?」
星「あ、はい! 雛鳥星って言います! 今後ともよろしくお願いします!」
小波「こちらこそよろしくお願いします。雛鳥さん、これからもお兄ちゃんのこと頼みますね」
星「うん? えと……ま、まっかせて! わたしはせんぱいの星だからっ!」
小波「はい。彼女として、これからもお兄ちゃんのことを支えてあげてください」
恭司・すもも・星「んんっ!?」
三者一様の反応をする俺たちを見て、小波は不思議そうに首を傾げる。
でも、そっか。傍から見た小波がそんな勘違いをするくらいに、俺と雛鳥は親密な間柄に見えるんだな。
//演出:星ルート選択時のみ再生
……なんて感傷に浸っていたら、ぶんぶん首と両手を振って否定する雛鳥の姿が目に入ってなんだか心がズキズキ痛んだ。
別にいいけどさ。恋愛問題がサークルを瓦解させる一番の原因だっていうし。
……って、そういえばもう瓦解してるんだったな。
………。
……。
//背景:病院_夜
恭司「それで、ふたりはいつからいたんだ?」
小波がいなくなったところで、折り畳み椅子に腰かけてもらったふたりに問いかける。
すもも「えっと……『お兄ちゃん?』『小波か?』の掛け合いあたりからかなぁ」
恭司「最初からじゃねぇか……雛鳥も同じか?」
星「うん。せんぱいがシスコンだってことがよくわかったよ」
恭司「シスコンとは失敬な。俺の小波への愛はそんな安っぽい言葉で語れるほど甘くないぞ」
星「あ、極度の方だ。けど、家族にも優しいせんぱいは素敵だと思うな」
妹大好きお兄ちゃんだとバレて、何故だか雛鳥の中の俺の株が高騰した。
恭司「ところですもも、俺の隠してたことは雛鳥に明かしたのか?」
すもも「いいや、明かしてないよ」
すもも「だってそれは、きーくんが覚悟を決めて、きーくんの口から告げられるべきことだからね」
ふざけた気配など微塵も感じられない、真剣な眼差しが俺を射抜く。
軸なんてないように見えるけど、部内で誰よりも強い軸を持つのは、たぶんすももだろう。
すももは絶対に揺らがない。一度決めたことはなにがあっても最後までやり通す。
おどけて腑抜けた表層は偽りのベール。
勝ち気で、直向きで、常に強い自分を心の内側に宿しているのが、青海すもも本来の姿。
恭司「そうだな」
//演出:すももルート選択時のみ再生
だから、頼りになるんだ。
//共通
恭司「……よし、腹はくくった。雛鳥、今から俺、すげぇ最低な告白するけど聞いてくれるか?」
星「うん、いいよ」
雛鳥はあっさりうなずいた。
星「せんぱいには、これまで何度も助けてもらったからね。今度はわたしがせんぱいを助ける番だよ」
星「さ、どんときなさいな!」
すもも「したたかになったねぇ~」
すももの言う通りだ。雛鳥はもう、俺の支えがなくてもひとりで空に飛び立てるだろう。
……なんだかちょっと寂しいな。
恭司「じゃあ話すな」
そして俺は語った。
小波の病気のこと。両親が離婚したこと。ふたりに嘘をついていたこと……
恭司「演劇が好きなわけじゃないんだ。小波を感動させることができるのなら、その方法はなんだってよかったんだ。俺にとって、演劇は目的を達成するための手段にすぎないんだよ」
口にしながらなんて最低なやつなんだろうと呆れてしまう。
こんなの仮にも一時は演劇サークルの部長で、本気で演劇を作ろうとしていた人間が口走ってはいけないことだし、そしてなにより、心の底から演劇の世界に惹かれている雛鳥の前で演劇を愚弄するようなことを言うなんて、ほんとうにどうかしている。
けど、それが紛れもない俺の本音だから。
もう同じ轍は踏みたくない。
軽蔑されるのは構わないけど、欺瞞が原因で相手を傷つけるのは絶対に嫌だ。
すももも、雛鳥も、藤沢も。
みんな小波と同じくらい大切だから。
恭司「最低だよな俺って。……だからさ雛鳥、こんな最低なやつのことは忘れろよ。この三日で気づいたはずだ。お前はもう、ひとりでも輝けるんだって」
俺の長話に黙って耳を傾けていた雛鳥は、はぁとため息をついて呆れた顔を向けてきた。
星「せんぱいって、ほんと度が過ぎるお人好しなんだね」
が、紡ぎ出された言葉は表情とは不一致なトゲのないもので。
星「どうして最初からそう言わなかったの? 小波ちゃんのためだって」
恭司「え、いやだってそれは俺の私情だろ? 妹を泣かせるために最高の演劇を作りたいんだ、なんて言うやつについていきたいと思う変わり者はいないだろ?」
星「ううん、いるよ。少なくともここにふたりはいる」
覚悟を宿した瞳で強く言い切る雛鳥からは、少しの迷いも感じられない。
恭司「どうしてお前はそこまで……」
星「どうしてって、それはわたしがせんぱいの星だからだよ」
一度は俺の元から離れたふたつの星。
片方の星が潰えてしまい、もう星を掴むことはできないと諦めていたけど、実はもう片方の星は輝きを失っていなかったみたいで。
星「あと、せんぱいはひとつ大きな見落としをしてるよ」
恭司「見落とし?」
星「うん。演劇の定義は、役者と観客がいること。けど、今までわたしは観客がいない世界で演じてた」
星「だからね、たとえ観客が小波ちゃんだけだとしても、それはわたしにとってものすっごく大きな進歩なんだよ?」
変わらず俺を照らしてくれていて。
星「あと、せんぱいのしたことは全然最低なんかじゃないよ? むしろ目的が明確なのはいいことだし、厄介だなんてわたしは少しも思わないよ?」
星「だから大丈夫だよ、せんぱい。わたしが絶対に小波ちゃんを泣かせてみせるからさ」
だから、縋ってしまう。
恭司「……俺さ、ひとりじゃなにもできないんだよ。どれだけ努力しても所詮は凡人だから限界があってさ。脚本は書けないし、演技もできない」
恭司「こんな志しだけはいっちょ前な俺だけどさ、それでも小波を感動させたいんだ」
誰よりも強い光を放つ俺の星に。
恭司「雛鳥、俺の夢を叶えてくれ」
俺の見つけた希望の星に。
星「叶えてくれ、じゃないよ。せんぱいもいっしょに叶えるんだよ」
俺の手を両手で包み込んで、雛鳥は満面の笑みを浮かべる。
星「どんなに暗い夜でもいつかは終わる。そして太陽が昇るんだよ、せんぱい」
恭司「雛鳥……」
それはいつか、俺が雛鳥に告げたユーゴーの至言。
どんな絶望的な状況にあっても、希望を捨ててはいけないという至言。
すもも「夢以上に未来を創り出すものはない……な~んてね。きーくんのまっすぐな姿はね、図らずも周りのひとに勇気を与えてたんだよ」
恭司「すもも……お前、いつの間にユーゴー履修したんだ?」
すもも「レ・ミゼラブルくらい見ろって藤ちゃんに迫られたし、登校中は演劇の話しかしない演劇オタクが隣の家に住んでたからね。環境が人格を形成するとはうまく言ったもんだよ」
恭司「そんな演劇の話ばっかしてたっけ俺?」
星「うん、せんぱいの話は八割方演劇関連だよ」
雑談のレパートリー少なすぎだろ俺……
というか、そんな俺に文句のひとつも言わないお前ら付き合いよすぎだろ。
星「シェイクスピアの四大悲劇だけかと思いきや、サイモンにゴーゴリにソフォクレスに。海外の戯曲にまつわる知識量なら、せんぱいは余裕で校内首位だよね」
すもも「まぁ、その代償に卒業どころか進級すら危ぶまれてるんだけどねぇ。ほんと、リソースを少しくらい学業に割けばいいのにもったいないよ、シスコンお兄さま」
恭司「だってつまんないもん」
いつだったか、世界史のテストでシェイクスピア四大悲劇を選びなさいっていう設問があったんだけど、俺は空欄で提出した。
だって、そんな見せかけだけの知識に意味はない。ハムレットって作品名は知ってるけどオフィーリアは知らないとか論外だろ普通に。
すもも「とまぁ、こうも容易く語るに落ちるのがきーくんクオリティなのですよ」
すもも「これで演劇は目的を達成するための手段にすぎない~とか……いやぁ~さすがに無理があると思うんだわ」
すももに謀られただと!?
星「ですよね。わたしも学業を疎かにして戯曲に傾倒することはできないなぁ」
恭司「え、戯曲を疎かにして学業に傾倒する方が難しくない?」
すもも「なるほど、きーくんは常識の概念が既に凡人とは違うんだね……」
と、何故だかすももと雛鳥が残念そうな目で俺を見つめてくる。
……えっと、なにかおかしなこと言ったかな?
………。
……。
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